地球上最も高い場所に天体望遠鏡、南米チリに開設


地球上最も高い場所に天体望遠鏡、南米チリに開設

2024-5-18(令和6年) 松尾芳郎

図1:(Space.com and東京大学TAOプロジェクト)南米チリのセロ・チャナントール山頂に開設された東京大学アタカマ天文台(TAO)

天文学発達の過程で天体望遠鏡は限りなく高い場所を求めて設置されてきた。地球上で最適の場所の一つは南米チリのアタカマ砂漠(Atacama Desert)、ここのセロ・チャナントール(Cerro Chajnantor)山頂に東京大学アタカマ天文台[TAO] (Tokyo Atacama Observatory)が開設された。

(The history of astronomy or observatories are asking higher and higher location to get better views of the Universe. On Earth, one of the best location is the Atacama Desert in Chile, where the University of Tokyo Atacama Observatory (TAO) just opened its high altitude eye on the sky, atop Cerro Chajnantor.)

新しい天文台[TAO]は、海抜5,640 m (18,500 feet)のセロ・チャナントール山頂に設置され、この4月30日に完成した。総工費は約200億円と言われる。これは世界で最も高い場所に設置された天文台である。アタカマ砂漠には日米欧などが運用する「アルマ電波望遠(ALMA=Atacama Large Millimeter Array)」がある。この望遠鏡は口径12 mと7 mのパラボラ・アンテナ66基を一体運用する電波望遠鏡で、アタカマ砂漠の海抜5,050 m (16,570 feet) の場所にあるが、「TAO」はこれより590 m高い位置にある。

TAOプロジェクトは26年前に、遠方宇宙の銀河の進化から太陽系まで幅広く研究をするための地上設置型天体望遠鏡として始まった。

図2:(2024 TAO project CC BY ND)東京大学アタカマ天文台(TAO)があるアタカマ砂漠セロ・チャナントール(Cerro Chajnantor)山。標高5,640 m (18,500 feet)の山頂に建設された。スペイン語で“セロ”とは“丘”の意味、チャナントールとは現地語で”Place of Departure (空へ旅立つところ) ”の意味だそうだ。

セロ・チャナントール山は高度が5,600 m以上もあるので空気が希薄・大気圧は地表の半分以下、人々は酸素吸入なしでは活動が困難である。普通の人は高度3,000 m前後で頭痛などの症状がでる。しかしここは世界で最も空気が乾燥しているので赤外線の透過率が高く、赤外線帯域を観測する[TAO]望遠鏡にとっては極めて好ましい環境である。

チャナントール山頂に天文台を設置する計画/TAOプロジェクトは1998年に東京大学吉井譲氏が中心となり始まった。チリ政府をはじめ、チリの大学、現地の建設会社、現地住民、等の理解と協力を得ながら工事が進められた。

2006年に仮設のアクセス道路が完成、山頂の建設現場に関係者が集まり建設の無事故と成功を祈念する地鎮祭が行なわれた。

図3:(dangerousroads)チリのアタカマ(Atacama)砂漠「セロ・チャナントール」山に通じるアクセス道路は南米大陸で最も高い位置にある道路、2006年4月に未舗装状態で仮オープンされた。

この道路を使い、2009年には「ミニ TAO」と名付けた口径1mのパイロット望遠鏡を山頂に設置し、天の川銀河の中心部を撮影するのに成功した。

図4:(Space.com and東京大学アタカマ天文台(TAO)計画)2009年[ミニTAO]が撮影した写真。左は地球から26,000光年の距離にある天の川銀河の中心部、超巨大なブラックホールが存在する。右は銀河中心から100光年離れた場所にある若い巨大な星々5個の集合体。

2012年に口径6.5 mのTAO望遠鏡の製作を開始、2018年からは天文台建設のための道路工事をスタート、2020年にはアクセス道路の拡幅舗装工事が完了し、山頂サイトの工事が始まった。途中チリ国内の政情不安やコロナ蔓延などの困難があったが、それを乗り越えて工事が進んだ。2023年には観測運用棟が建設されエンクロージャーを含めて各種試験を実施、2024年4月にすべての山頂施設が完成した。

2024年4月30日、チリの首都サンチャゴ(Santiago, Chile)で「TAO望遠鏡完成記念式典」がマリオット・ホテル(Hotel Marriott Santiago)で日本/東京大学、文部科学省、駐チリ大使館、関係企業、それからチリ/科学知識省、外務省、などから関係者約200名が参加して開催された。

これから、日本からすでに天文台に搬入済みの望遠鏡本体や観測機器の組立て調整を行い、2025年から本格的科学観測を始める。

[TAO]望遠鏡は「中間赤外線」帯域で宇宙を観測する「赤外線望遠鏡」である。

宇宙で生じる様々な出来事、星々の誕生と死、銀河の形成や合体、ブラックホールの実態、近くでは太陽の活動、などは全て電磁波を通して知ることができる。地上では可視光線で観測するが、多くの情報を含む赤外線は地球の大気に遮られて地上には届かない。従って望遠鏡の位置を高くすれば、大気が希薄になりより多くの赤外線情報を得ることができる。大気のない宇宙空間に打上げたジェームス・ウエブ宇宙望遠鏡はその例だ。地上で高い位置に設置した望遠鏡は、乾燥した希薄な大気環境にあるので赤外線帯域での観測に好都合である。

「中間赤外線」帯域は電磁波の中で最も多く宇宙空間の情報を知らせてくれる。地球に飛来する小惑星(asteroids)や太陽等の主星を周回する惑星(planets)の情報がそれだ。小惑星や惑星は、主星の光を輻射し「中間赤外線」帯域の電磁波を出す。同じことが星々の周りを周回するガス・塵の“円盤”でも起きる。ガス・塵は星からの光で温められ中間赤外線を輻射する。超遠距離にある銀河を「中間赤外線」で観測することで、生成の過程を知ることが出来、天文学上の新発見が期待でる。

[TAO]は標高5,640 mの高所に設置されているので、「中間赤外線」帯域での観測には申し分がなく、世界一の地上設置型赤外線望遠鏡として活躍が期待されている。

[TAO]が観測する赤外線(infrared)帯域は次の3つ;―

「近赤外線」では波長0.9μm~1.4 μm(青)と波長1.4μm~2.5μm(赤)の2つの帯域。

「中間赤外線」では波長2μm~38μm(マイクロメータ)の広い帯域。

[TAO]望遠鏡には3つの焦点があり、各焦点にはそれぞれ観測装置が搭載されている。後述する[SWIMS]と[MIMIZUKU]がそれだ。

図5:(環境省・放射線の基礎知識・電磁波の仲間)可視光線の波長は「400 nm~700 nm」。赤外線は、可視光線の端「(760 nm~830 nm)から1 mmくらい」の波長範囲である。赤外線は、近赤外線「2.5μm以下」、天文学での中間赤外線「2.5μm~40μm」、天文学での遠赤外線「40μm~400μm」に区別される。これ以上波長の長い波長1 mmまでの赤外線は電波に近い性質を持つ。波長単位 1 mm(ミリメータ)は1000μm(マイクロメータ)、また1μmは1000 nm(ナノメータ)である。これで分かるように我々が目で感じる「可視光線」波長帯は電磁波に中で極めて限られた帯域でしかない。

[TAO]の中心は口径6.5 mの主鏡、これで捉えた赤外線を観測装置に送る。観測装置は次の2つが搭載されている。

  • [SWIMS]:「近赤外線多天体分光撮像装置 (Simultaneous-color Wide-field Multi-object Spectrograph)」

宇宙の創成期に塵やガスからどのようにして銀河が誕生したのか、プロセスを追求するのが主目的の装置。ブラックホール中心部の観測も期待されている。

近赤外線の2波長帯域、波長0.9μm~1.4 μm帯域(青)と波長1.4μm~2.5μm帯域(赤)の近赤外線帯域の情報を切れ目なく同時に取得・観測するのが特徴。新発見が期待されている。

TAO望遠鏡に搭載する前に、準備訓練のため2018年からハワイの「すばる望遠鏡」に取り付けて性能評価と調整を実施した。そして2021年4月からはすばる望遠鏡で共同利用観測を行い科学的成果を収めて2022年に終了している。

  • [MIMIZUKU]:「中間赤外線分光撮像装置 (Mid-infrared Multi-field Imager for gaZing at the Unknown Universe)」

星や銀河の生成の基となる塵やガスの原始円盤を研究するための装置。特徴は、「中間赤外線波長2μm~38μmの長い帯域の撮影」、「30μm帯での解像度は僅か1秒角」、「Field Stackerにより高精度のモニター観測が可能」、の3点である。

図6:東京大学TAOプロジェクト)セロ・チャナントール山頂に開設された東京大学アタカマ天文台(TAO)天体望遠鏡の完成予想図。反射式望遠鏡でトップリングの中心には副鏡、下の回転台座には口径6/5 mの主鏡が据え付けられる。主鏡の背後には観測装置[SWIMS][MIMIZUKU]が取り付く。回転台座の周囲プラットフォームには人の姿が描かれている。

東京大学[TAOプロジェクト・チーム]は[TAO]構造の詳細を公表しているが、本稿では省略し、主鏡と副鏡の簡単な紹介のみに止どめる。

主鏡:―

主鏡はポロシリケイト(オハラ社BSEガラス)のハニカム軽量鏡製。これはアリゾナ大学Mirror Lab.が開発したもので、口径6.5 m、周辺部の厚さ71 cm、内周部の厚さ39 cmの凹面鏡、ハニカム構造なので自重は8.3 tonと超軽量になっている。

副鏡;―

赤外線観測に最適化した構造で、すべての観測装置で共通に使用できる。そして高速アクチュエーターで表面形状を変え、補償光学装置と組み合わせて大気の揺らぎを補正し、3つの焦点で鮮明な画像を得ることができる。

終わりに

[TAO]天文台完成のニュースは、我国では簡単に報じられただけだった。しかし米国大手の天文宇宙サイト[Space.com]および[Fraser Cain Universe Today]は5月1日~3日版で大きく報じ、「地上最高の場所に設置した赤外線天体望遠鏡」として天文学上画期的な成果が期待できると報じた。

これからの[TAO]の活躍を期待したい。

―以上―

本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。

  • 東京大学アタカマ天文台(TAO)計画
  • Space.com May 1, 2024 “The highest observatory on Earth sits atop Chili’s Andes Mountains – and it’s finally open” by Sharmila Kuthunur
  • Fraser Cain / Universe Today May 3, 2024 “The Highest Observatory in the World Comes Online” by Carolyn Petersen
  • WION May 2, 2024 “Big! World highest astronomical observatory is finally open and sits atop Chili’s Andes Mountains” by Riya Teotia