最新型打上げロケット「ファイアフライ・アルファ」の開発順調


2016-08-11(平成28年)  松尾芳郎

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図1:(Firefly) ファイアフライ・アルファは、革新的な小型、軽量打上げロケット。最初は200 kg、将来は1tonまでの太陽周回軌道(Sun Synchronous Orbit)を回る衛星の打上げを目標に開発中。拡張性の高いエアロスパイク・ロケットを使い、低価格で高性能、全体を炭素繊維複合材で作る。図は旧い画像で、新型は1段目底部のスパイクがもっと伸びている。1段目エンジンはFRE-2、地上推力125,000 lbs、比推力 Isp 299秒、2段目エンジンはFRE-1、真空推力6,200 lbs、比推力Isp 325秒。1段目の直径は6 ft (1.8 m)、2段目の直径は5 ft (1.5 m)。

 

2014年設立の若いベンチャー企業「ファイアフライ・スペース・システムズ(Firefly Space Systems)」は、太陽周回軌道打ち上げ用の小型ロケットを開発している。「ファイアフライ(Firefly)」とは「ホタル/蛍」。この会社はオースチン(Austin, Texas)郊外にあり、創立者で社長のトム・マークシック(Tom Marksic)博士はスペースX社のロケット試験場の所長をしていた技術者。

革新的技術を使い打上げロケット「ファイアフライ・アルファ(Alpha)」を製作、コストを引き下げ、多くの衛星打上げを可能にしたい、としている。最初の試験機の打上げは今年末にも行われる。

「アルファ」打上げロケットのエンジンは同社が開発するFRE-2 エアロスパイク・ロケット(Aerospike Rocket)だ。FRE-2は推力125,000 lbsでこれまでのロケットに必要だった燃料ポンプなどの機械的に動く部分がなく、燃料タンクを加圧して燃料を供給する仕組みになっている。

「アルファ」は2018年3月に重さ200 kg(440 lbs)の衛星を太陽周回軌道に打上げる予定である。これはNASAと契約した4基の打上げの1号機となる。

マークシック社長は「FRE-2に使うエアロスパイクの原理は50年前から知られていた。これは、高空でのノズル効率維持のためノズル面積を広げる必要がなく、可変ノズル(variable area-ratio nozzle)機構が不要になる。エアロスパイク・ノズルは、上昇し気圧が下がるに連れ、ノズル面積が流体力学的に増加するのが特長である」と言っている。

今年(2016) 7月に行われた米国航空宇宙学会(AIAA=American Institute of Aeronautics and Astronautics)の「推進、エネルギー部会(Propulsion & Energy Forum)」で、マークシック社長は「エアロスパイクは原理的に単純で低価格ロケットの開発に適合している」と語った。

これまでも高空適応型のエアロスパイク・ノズルの1種で線形ノズルを持つXRS-2200がロケットダイン社で開発されたが、その後この計画は中止されたままだ。FRE-2は、同じ原理を使っているが線形ではなく、コーン型プラグを中心にその周囲にロケットを配する「プラグ・クラスター・チャンバー“plug-cluster-chamber-“」方式である。燃焼ノズル(ロケット)は合計12個で、いずれも中心のエアロスパイクの側面に配した縦溝に沿って内向きに排気が流れるようにしてある。

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図2:(Firefly)FRE-2エアロスパイク・エンジンは、最新のコンピュータ流体力学(CFD=computational fluid dynamics)を使って設計した縦溝付きのエアロスパイクを中心に、それを取り囲む12個の燃焼室/ロケットで構成されている。合計の推力は125,000 lbsとなる。

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図2A:(Firefly)前図(図2)の基本になったロケット。エアロスパイクは短く縦溝も付いていない。

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図3:(Firefly)FRE-2エンジンの単体部分。これがそのまま「アルファ」の2段目用のFRE-1エンジンにも使われる。

 

FRE-2の設計で考慮したもう一つの点は、簡単にすること、すなわちこれまでのロケットに必要だった複雑なターボポンプを使う燃料加圧システムを無くすことだった。代わりに採用したのは燃料タンクを加圧してエンジンに燃料を送る方法だ。

エアロスパイクは周囲のロケットの排気に曝されるので高温となり、冷却が難しいという欠点がある。一方タンクを加圧して燃料を供給するシステムでは、加圧するため大量の熱が必要になるが、エアロスパイクの内部に燃料を通して熱を吸収、この熱をタンク加圧に使うことで、両方の問題を解決している。

一般の打上げロケットの燃料タンクは、燃料が減るのに応じ燃料が沸騰するのを防ぐため不活性ガスを充填する機構を備えている。「アルファ」ロケットのFRE-2エンジンでは、液体酸素(LOX)とRP-1(kerosene)燃料を使うが、この種の充填装置は使わずに、高圧のヘリウムガスで加圧し噴射ノズルに供給する。ヘリウムは、別タンクに高圧、超低温の状態で保存してあり、必要量をエアロスパイクからの排熱で加熱・気化して燃料タンクに供給する。

酸素の流量は297 lbs/秒、燃料のRP-1の流量は126 lbs/秒で混合比は2.35である。これで銅製のニッケル鍍金をした燃焼室/推力ノズル内の圧力は547 psiaになる。

マークシック社長は「FRE-2の組合せとエアロスパイクの長さを決定するに際して、テキサス大学・テキサス先端計算センター(Texas Advanced Computing Center)の緊密な協力で問題を解決した。特にスパイクの縦溝の形と長さの最適値を決めるには、最新のコンピュータ流体力学(CFD=advanced computational Fluid Dynamics)が極めて有効だった」と話している。

ファイアフライの第2段のエンジンにはFRE-1を1基使う。FRE-1は、1段目で12基取付けたFRE-2エンジンの一つと同じで、普通のベル型ノズル付き、推力は6,200 lbsである。1段、2段に同じエンジンを使うことでコスト削減もできる。

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図4:(Edwards Media, Austin TX)ファイアフライ社のテキサス州オースチン郊外にある試験場で、地上試運転中の「アルファ」用FRE-1エンジン (82016-06-10撮影)。これを12基束ねてエアロスパイクの周囲に配置したのが FRE-2となる。

 

何故「エアロスパイク」を使うのか?

一般の打上げロケットはベル型のノズルを使う。ノズルの役目は推力の方向を維持するためと排出ガスを膨張させるため。しかし、膨張の度合いは大気圧で変わるので、ロケットが上昇するにつれて変わる。したがって一般的なベル型ノズルは、ある大気圧で効率をよくするよう作り、上昇に伴い気圧が低下すると効率が落ちる。これを次に図示する。

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図5:ベル型ノズルからの排出ガスが推力を生じる仕組みを示した図。ロケットの燃焼室では燃料と酸化剤が混合し高圧のガスを生じる。この高圧ガスは比較的低速度で「膨張ノズル(expantion nozzle)」を通過・膨張して高速の排気ガスになる。

 

図5のノズルは同じベル型で、同じ膨張比(expansion ratio)だが、異なる外気圧での運転状況を示している。右から左へ;—

「Underexpanded nozzle (膨張不十分なノズル)」;—

排気ガス圧が大気圧より高い状態、すなわち大気の薄い高空・大気圏外での状態を示す。ここでは、排気ガスはノズルから出てさらに外側に膨張し、一部の推力は本来の推力軸方向から外れるで、推進効率が落ちる。

「Ambient pressure nozzle (外気圧と釣合ったノズル)」;—

理想的なノズルで、排気ガス圧が丁度大気圧と同じになる状態で、排気ガスの運動エネルギーが100%推力になる。

「Overexpanded nozzle(膨張過大なノズル)」;—

排気ガス圧が大気圧より低い、すなわち大気圧の高い低空での状態。ここでは排気ガスが外気圧で圧縮され、多少効率が落ちる。

ロケットのノズルは、排気ガス圧と外気圧が常に同じであることが望ましい。打上げロケットの第一段は、普通地上では多少「Overexpanded型」にし、上昇するに従い「Ambient pressure型 」になるよう設計してある。

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図6:エアロスパイク・ノズルは、排気口の中心にコーン状のスパイクを設け、その周囲に配したロケットの排気を内向きにしてスパイクに沿って流す。これで、外気圧に大きく影響されずに排気の方向を推力(軸)方向に維持することができる。「ファイアフライ・アルファ」では、コーン状スパイクの形状をさらに改め、図左の「Inner Plume Boundary」に沿う形にして最適化し、特に高高度・大気圏外での排気ガス膨張による損失を最小に抑えることに成功した。

 

—以上—

 

本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。

Firefly Home “Firefly Alpha”

Aviation Week Network Aug. 5, 2016 “Firefly Targets Late Fall for Alpha Aerospike rocket Tests” by Guy Norris

Space com June 21, 2016 “Firefly Rocket Engine Looks Luminous During Test” by Calla Cofield

Space Exploration “Does the Falcon 9 v1.1 from a shock diamond when in flight?”

TokyoExpress 2010-09-20 「ロケットエンジンの基本」