2016-12-27(平成28年) 松尾芳郎
防衛省統合幕僚監部の発表(28-12-25)によれば、我が海自の監視部隊は、12月25日(日)午前10時頃、宮古島北東110 kmの宮古海峡海域を東支那海から太平洋に向け南東に進む6隻の中国艦隊を発見した。発見したのは第4護衛隊呉基地所属の護衛艦「さみだれ DD-106」(満載排水量6,200 ton)と第5航空群那覇基地所属の哨戒機「P-3C」であった。
中国艦隊はその前日東支那海中部の海域を航行しているところ確認したものと同一であった。
宮古海峡を通過太平洋に出た中国艦隊6隻の構成は次の通り。
航空母艦「遼寧」艦番号16、
ミサイル駆逐艦「旅洋II (Luyang II) 型」:「鄭州」艦番号151、
ミサイル駆逐艦「旅洋II (Luyang II) 型」:「海口」艦番号171、
ミサイル駆逐艦「旅洋III (Luyang III) 型」:「長沙」艦番号173、
フリゲイト艦「江凱II (Jangkai II )型」:「煙台」艦番号538、
フリゲイト艦「江凱II (Jangkai II )型」:「臨析」艦番号547、
また、フリゲイト艦の1隻から哨戒ヘリコプター「Z-9」型1機が発艦、宮古島領空の南東10 km以遠の空域を飛行したが、領空侵犯はなかった。
その後26日のロイター通信(Reuters)は、台湾国防省の発表として次のように報じている;—
「遼寧を含む艦隊は26日午後2時ごろから台湾の東海域を南下、台湾本島の南150 kmのバシー海峡を南西に向け航行した。その後台湾が実効支配する東沙諸島の南東海域を通過し、南西に向かい南支那海に入った。台湾政府は状況を引き続き監視、把握する」。
図1:(jiji.com)空母「遼寧」は山東半島の青島を母港とし、就役後は主として中国沿岸海域で訓練を続けていた。今回は東支那海から沖縄本島—宮古島間の宮古海峡を抜け太平洋に進出、南東に向かい台湾本島沿いに南下、バシー海峡を南西進し南支那海に入った。
「遼寧」を含む艦隊はいわゆる“空母打撃群”、“空母機動部隊”であり、今回の行動を通じ、中国海軍は空母を保持運用する能力が備わってきた事を内外に誇示したと言える。
中国共産党の環球時報は本件について次のように述べている;—
「空母は戦時だけでなく平時においても国の権益を守り、世界に対し自国の姿勢を示すことができる。空母の活動範囲を遠洋に広げ、中国沿海への圧力を軽減しなければならない」。
しかしその能力について軍事専門家の間では、疑問視する向きが多い。すなわち;—
「中国空母の実力は、まだ初期の訓練段階にあり、今回の大洋進出が直ちに日本、米国、台湾の深刻な脅威となることはない。脅威が本格化するのは、大連で建造中の空母と上海で建造が始まった新型空母(蒸気カタパルト発艦装置付き)が完成し、3隻体制となった後となる。それまでには少なくとも5年、長ければ10年かかるだろう。」
産経新聞は社説(12月27日)で「傍観せず空母導入考えよ」と題し、次のように述べている;—
「遼寧は第一列島線を超え大洋上で空母の作戦行動をとる意志を誇示したつもりだろう。日本では、洋上防空を担う空母保有は予定も構想もされていない。近い将来の中国軍の姿を想定し、今から備えておかなければ力のバランスが崩れ、抑止が効かなくなる。軍拡中国の侵略から南西諸島を守るには、わが自衛隊が正面に立たなければならない。このためには、F-35B STOVL戦闘機(短距離離陸垂直着陸機)を搭載する空母の導入、南西諸島への航空基地新設などが必要だ。」
以下に統合幕僚監部が発表した今回の「遼寧」を中心とする艦隊の写真を中心に紹介し、合わせて多少の説明を付す。
図2:(統合幕僚監部)やや不鮮明な写真だが「遼寧」は2012年就役の中国初の空母。元はウクライナから購入した未完成の「アドミラル・クズネツオフ」級の2番艦を購入し大連に回送、ここで完成した。
図3:(新浪軍事)J-15戦闘攻撃機を8機とヘリコプター2機を搭載して航行する「遼寧」。これだけの機数を搭載しているのは珍しい。「遼寧」は電子装備品や対空兵装を全て中国製に改めている。満載排水量6万ton、長さ304 m、艦首甲板は傾斜角14度の離陸用スキージャンプ型、左部甲板は着艦用で艦中心軸から7度開いたアングルド・デッキとなっていて、アレステイング・ワイヤ付き。搭載機は中国製「J-15」戦闘攻撃機18機とされるが、生産遅れで通常は数機しか搭載していない。
図4:(統合幕僚監部)ミサイル駆逐艦「旅洋II (Luyang II) 型」は「052C型」蘭州級とも呼ばれる。「鄭州」艦番号151は2013年末に就役した新造艦で東海艦隊に所属。「旅洋II型」は、フェーズド・アレイ・レーダーアンテナを艦橋四周に貼り付けた中国版イージス艦。HHQ-95対空ミサイルの6連装回転式VLSを8基搭載している。満載排水量約7,000 ton、速力29 kt、エンジンはドイツMTU製V型20気筒ジーゼルエンジン2基とウクライナ製UTG-25000ガスタービン2基を組合せて使っている。「Z—9」ヘリコプター2機を搭載する。同型艦は6隻。
図5:(統合幕僚監部)ミサイル駆逐艦「旅洋II (Luyang II) 型」で「0 52D型」と呼ばれる。「海口」艦番号171は、2005年始めに就役、南海艦隊所属。
図6:(統合幕僚監部)ミサイル駆逐艦「旅洋III (Luyang III) 型」:「長沙」艦番号173、2015年就役の新造艦で南海艦隊所属。先行の「旅洋II型」の改良型で、ステルス形状を強めている。フェーズド・アレイ・レーダーアンテナが新型に換装されている。同型艦は11隻が就役済みと見られる。1隻が建造中。
図7:(統合幕僚監部)フリゲイト艦「江凱II (Jangkai II )型」で054A型と呼ぶ。「煙台」艦番号538は北海艦隊所属。満載排水量約4,000㌧。現在同型艦は22隻が就役中で北海、東海、南海、の各艦隊に配備されている。さらに3隻が建造中。対空ミサイル短SAM HHQ-16 は米海軍と似た32セルのVLS(前部甲板)に納めている。この他にYJ-83対艦ミサイル4連装発射機2基を備える。後部にはKa-2またはZ-9ヘリコプター1機を搭載する。
図8:(統合幕僚監部)フリゲイト艦「江凱II (Jangkai II )型」:「臨せき」艦番号547は北海艦隊所属。
図9:(統合幕僚監部)どちらのフリゲイト艦か不明だが、着艦する「Z-9」ヘリコプター。
図10:空母「遼寧」艦上で主翼と尾翼を折りたたんだ状態で発艦準備中の「J-15」戦闘攻撃機。ロシアの艦上戦闘機「Su-33」の試作機「T-10K-3」をウクライナから入手、これを元に瀋陽航空機がリバース・エンジニアリングで「J-15」として製造した。2013年の生産開始からまだ20機未満しか作られていない。これではパイロット訓練にも不足だ。エンジンはロシアから購入したAL-31Fを2基装備するが、国産のWS-10Aに換装した機体もある模様。推力はアフトバーナ付きで33,000 lbs。全長21.9 m、翼幅14.7 m、最大離陸重量33 tonだが空母発艦には推力不足のため重量を30 ton以下に制限している。推力不足以外にも未完成箇所が多くあり、稼働率が低く、これが生産遅延の原因と言われている。
図11:「遼寧」から発艦するJ-15戦闘攻撃機。ここでは「J-15」の基本であるロシアの「Su-33」について触れてみよう。「Su-33」はスーホイで設計され、極東シベリアのコムソモリスク・アムール航空機工場が作る「Su-27」を基に、艦載機用として脚を強化し、折り畳み式翼とし、さらに安定性を増すために機首にカナードを付けた機体である。1995年からロシア空母「アドミラル・クズネツオフ(Admiral Kuznetsov)」に搭載が始まった。しかし生産機数は24機で打ち切り。2009年以降、順次ミコヤン設計局が作る「Mig-29K」に交代しつつある。「Mig-29K」はインド海軍との共同開発機で、インド海軍は45機を発注済み、ロシア海軍は24機を発注している。従って中国海軍の空母搭載機の将来は、現在の「J-15」を自力で改良しながら使用を続けるのか、あるいはロシア海軍に倣って「Mig-29K」に変えるのか、数年以内に決定することになる。
—以上—