2017-12-02(平成29年) ジャーナリスト 木村良一
一度はこの「メッセージ@pen」で取り上げておきたい、と気になっていたことがある。
衆院選前の10月8日の日曜日、東京・内幸町のプレスセンタービルで行われた日本記者クラブ主催の党首討論会だ。
NHKでテレビ中継され、自宅で見ていた。第2部の記者クラブ側の質問とそれに対する8党首の返答に移り、朝日新聞の論説委員が学校法人・加計学園の獣医学部の新設問題についてただした。
「首相は新設計画を知ったのが『(加計学園が事業者に認められた)今年1月20日だった』と国会で答弁していたが、びっくりした。これからもそうおっしゃり続けるのですか」
安倍首相はこれには答えず、特区諮問会議の委員が「新設の審査に一点の曇りもない」と国会で証言したことを取り上げ、「これを朝日新聞は報道していない」と批判した。
これに朝日論説委員が「しています」と答えると、安倍首相は「ほとんどしていない。ほんのちょっとですよ。アリバイづくりでしかない。愛媛県の前知事が(7月10日の国会で)『歪められていた行政が正された』と証言しましたが、それについては全く報道していない」と詰め寄った。
再び朝日の論説委員が「しています」と反論すると、安倍首相は「本当に胸を張って記事にしているといえますか」と質問。朝日論説委員が「できます」と答えると、安倍首相はこう切り返した。
「ぜひ国民の皆さん、新聞をよくファクトチェックしていただきたい」
安倍首相のこの発言を聞いてあのトランプ米大統領を思い出した。トランプ氏はホワイトハウスの記者会見などで自分の意に反する記事に対し、「フェイク(偽)ニュースだ」と繰り返し、それをツイッターで広めている。その結果、事実を嘘だと信じ込んでしまう米国民が多く出ている。
安倍首相はトランプ大統領と太いパイプを作り上げた。1年前、トランプ氏が米大統領に就任するやいなや、各国に先駆けて渡米して祝福した。トランプ大統領の初来日(11月5日~7日)では異例のゴルフ接待でもてなし、「シンゾー=ドナルド」の蜜月ぶりを国内外に強くアピールした。
安倍首相はトランプ氏から言論の自由を封じる術を学んだのだろうか。国会答弁などで政府寄りの人物の証言を何度も取り上げ、疑惑を払拭しようと懸命だ。
それにしても党首討論会での朝日の論説委員とのやり取りは大人げなかった。罵倒や怒鳴り声を上げるような下品な行為こそなかったものの、端から見ていて感情のコントロールが利かないように受け取られた。
マスコミや野党が追及する「長年の友達である加計学園の理事長を優遇したのではないか」という疑惑に対し、真っ当に答えられない。どこかやましいところでもあるのだろうか。
もっと泰然自若としてほしい。腹が立つと、最高の権力者であることを忘れてしまうのか。そうだとしたら実に情けない。首相として鼎の軽重が問われる。
思い出すのが、7月の都議選の秋葉原での応援演説だ。ヤジを飛されたことに腹を立てたのか、「こんな人たちに負けるわけにはいかない」と叫び、批判を浴びた。
「こんな人たち」と思うのであれば、相手にしないければよかった。つまらない相手と同じ土俵に立つことほど、ばかばかしいことはない。
朝日新聞は討論会翌日の10月9日付紙面で「国家戦略特区WG(ワーキンググループ)座長の発言など」「3月以降10回以上掲載」との見出しを立て、前述した安倍首相と論説委員とのやり取りを報じている。
さらに朝日新聞は論説委員自身が10月20日付のコラムで「首相こそ、胸を張れますか」(見出し)と反論している。毎日新聞も9日付紙面で「気色ばむ首相 朝日批判」との見出しを掲げて安倍首相を批判していた。
反対に産経新聞は、安倍首相と親しい論説委員がコラム(10月9日付)で前愛媛県知事の証言について「一般記事中で1行も取り上げず、審査の詳報の中でごく短く触れただけだった」と朝日と毎日を批判している。
掲載していたのか、それともしていないのか。安倍首相も新聞各紙も本筋から外れ、些細な事柄をことさら問題にしているように思えてならない。
加計疑惑を本気で払拭したいのなら、加計学園の理事長本人を国会に証人として喚問すればいい。証人喚問は参考人招致とは違い偽証罪に問われることがある。それだけに国民も野党も納得するはずだ。
ロッキード事件やリクルート事件などでは証人喚問が行われ、国会がその役割を果たしていた。安倍首相もそのことをご存じだと思うのだが…。
—以上—
※慶大旧新聞研究所OBによるWebマガジン「メッセージ@pen」12月号から転載しました。
http://www.message-at-pen.com/
http://www.tsunamachimitakai.com/pen/2017_12_002.html