シーラス航空機の単発「ビジョンジェット」、600機+を受注


2017-12-03(平成29年) 松尾芳郎

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図1:(Cirrus Aircraft) シーラス航空機製の個人オーナーが操縦する「ビジョンジェット」。「小型ジェットの中では、最も低高度を飛行し、最も低速で、最も低価格」な機体を目指して開発された。取扱いが容易でプロのパイロットは不必要。基本価格は200万ドル(約2億2000万円)で競合する機体はない。後部胴体上部には推力1,800 lbs・FJ33-5Aエンジン1基、尾部にはV字型尾翼とベントラル・フィンが付いている。最大離陸重量は6,000 lbs (2,727 kg)、翼幅11.8 m、全長9.4 m。離陸滑走距離970 m、巡航高度28,000 ft、巡航速度300 kts、着陸滑走距離500 m。

 

シーラス航空機(Cirrus Aircraft)によると、同社が作る「ビジョンジェット(Vision Jet)」は大好評だ。「ビジョンジェット」は単発、5-7人乗りの超小型自家用ジェットだが、すでに600機を超える受注を獲得、この生産に5年掛かるという。

昨年12月からこれまでに15機が顧客に引き渡され、今年12月末までに合計30機以上が納入される。来年(2018)には生産機数を倍増する。最終的には年間100機以上の生産を目指す。製造は、「ビジョンジェット」ともう一つの単発ピストン・エンジン機「SR20」を含めて、ノースダコタ州グランド・フォーク(Grand Fork, North Dakota)およびミネソタ州ドールース(Duluth, Minnesota)工場で行われている。さらにテネシー州ノックスビル(Knoxville, Tennessee)に引渡センターを準備中で、ここには訓練施設、シミュレーターなどを設置、年末からはここから「ビジョンジェット」の引渡しを行う。

シーラスの単発ピストン機「SR20/ R22」に比べ「ビジョンジェット」は、内部が広く、快適に過ごせる。コクピットは「SR20/SR22」の設計を引継ぎ、ガーミン(Garmin) G3000アビオニクスを使っている。そして「SR20/ R22」と同様、エンジンや操縦系統の故障時に安全に降下、着地できるように「シーラス・エアフレーム・パラシュート・システム(CAPS=Cirrus Airframe Parachute System)」を備えている。座席は26Gに耐えられる強度があり、飛行不能になった場合でもCAPSで安全に着地し、乗員、乗客は重傷を負うことはない。

「ビジョンジェット」は「SF50」とも呼ばれ、現在エンブラエル、ホンダ、テキストロン、等がしのぎを削る双発ターボファンのビジネス機と、パイパーM500/M600、エピックE1000、ダールTBM 910/930、ピラタスPC-12等の単発ターボプロップ機との中間を狙っている。機体の基本価格は200万ドル(約2億2000万円)で、やはりこれら既存機の中間に設定してある。

「SF50」は2006年に開発がスタートしたが、シーラスの目標は「小型ジェットの中では、最も低い高度を飛び、低速で、最も低価格の機体」にすることであった。

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図2:(Cirrus Aircraft) ドールース工場では2017年末までに30機を製造、2018年には50機、2019年には125機を生産する予定。

 

価格を下げるために、設計開始当初から、一般に使われている複合材を使用、エンジンは小型機で好評なウイリアムス(Williams International)製FJ33- 5Aに決め、アビオニクスは他機で実績のあるガーミン(Garmin) G3000を採用することにした。

シーラス社は、バーレーンのマナマ(Manama, Bahrain)にあるアルカピタ(Arcapita)が所有していたが、2008年の不況で資金回収が難しいとの理由で「SF50」の開発は中断された。

その後、2012年4月に中国航空機工業ゼネラル・アビエーション(CAIGA=China Aviation Industry General Aviation)がシーラスを買収、開発資金を供給して、開発が再開された。

そして「SF50」は2016年10月にFAAの型式証明(Type Certification)を取得、2017年5月には製造証明(Production Certification)が交付され、顧客への納入が始まった。

機体構造のほとんどの部分は、低圧低温で焼結する炭素繊維複合材のサンドイッチ構造で作られている。ただし翼主桁は、“ブラック・アルミ”と呼ばれる炭素繊維複合材の積層材で高温高圧で成型されている。これはボーイング787やエアバスA350で使われている素材と同じものだ。

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図3:(Cirrus Aircraft)ランデングギアには、スムースな接地ができるよう長いアームが取付けられている。またブレーキパッドは大きく、デスクを過熱させずにブレーキが掛かるよう工夫されている。

 

主翼の翼型は、同クラス他機より低速で飛ぶため、これに適合する低速翼型を使っている。巡航速度は300 Kt (約550 km/hr)、巡航高度は28,000 ft(約8,400 m)で、客室与圧装置(6.4 psid)を備えている。

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図4:(Cirrus Aircraft)ガーミンG3000アビオニクスは、タッチパネル方式、ゼネラル・アビエーションの世界で広く使われており、極めて直感的で、闇夜や悪天候時の着陸を容易にするよう合成視認機能(SVT= Synthetic Vision Technology)を備えている。コクピットの視界は非常に良い。パイロットの後ろには標準で3席がある。

 

フライトコントロールは、機械式でロッドとベルクランクで構成され、コクピット左右のサイドステイックとペダルから、主翼のエルロンと、V型尾翼のラダーベーター(ruddervators)に繋がっている。サイドステイックの先端には、トリムタブ操作用のスイッチが付いている。

V字型尾翼の下には2枚のベントラル・フィン(ventral fin=腹ビレ)が付いていて、対地高度が200 ft(約70 m)以下になると自動的に作動、機首の左右の振れ(片揺れという)を防ぐ「ヨーダンパー(yaw damper)」の働きをする。

主翼のフラップは、離着陸時には50% (15度)、必要な場合着陸で100% (39度)を使うこともできる。ギアを下ろしフラップを下ろした場合の失速速度は67 Kt (約124km/hr)、これはSR20/SR22のようなピストン・エンジン付単発小型機とあまり変わらない。

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図5:(Cirrus Aircraft) ビジョンジェットSF50は、エンジン故障など非常の場合、機体全体をパラシュートで降下させる装置「シーラス・エアフレーム・パラシュート・システム(CAPS=Cirrus Airframe Parachute System)」を取付けて、FAA型式証明を取得した最初のジェット機である。パラシュートで降下する場合は、降下率26 ft/秒、つまり3.5 mほどの高さから落とした場合と同じ速度で着地する。

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図6:(Cirrus Aircraft) 「ビジョンジェット」の前身であるシーラスSR20単発5人乗り軽飛行機。エンジンはコンチネンタルIO-390 水平対向215 hp。エンジンを310 hpに強化したSR22型もある。コクピットにはガーミンG1000アビオニクス、安全装備としてパラシュート・システム「CAPS」を装備。ルフトハンザ航空フライトスクールを始め、我が国の航空大学校などでも採用されている。

 

終わりに

シーラス航空機は1984年にミネソタ州ドールースでデイル・クラップマイヤー(Dale Klapmeier)氏兄弟により設立され、組立て式飛行機キットVK-30を製造したのが始まり。2013年以降ではSR20/SR22のようなピストン・エンジン付き小型軽飛行機の製造・販売で世界最大の企業になっている。

記述したがシーラス航空機は2012年以降、中国政府の国有企業「中国航空機工業ゼネラル・アビエーション(CAIGA)」に買収され、その傘下に入っている。このため、ビジョンジェット搭載のエンジン、ウイリアムスFJ33-5Aや、ガーミンG3000アビオニクスなどの最新技術が中国側に流出する懸念が指摘されている。

FJ33系列エンジンは、推力1,500 lbs (670 kg)、自重140 kg、の2軸式ターボファンで小型ジェット機用として生産中。その基本型となるF112は、米空軍の最新型巡航ミサイル、AGM-129先進型巡航ミサイルおよびAGM-86B巡航ミサイルに使われている、また最近日本でも話題になる長射程巡航ミサイル、トマホークBGM-109には同系列のF-107エンジンが搭載されている。

ガーミンG3000は最新型のアビオニクスで、闇夜や悪天候などの低視程状態でも、センサー情報と空港周辺ソフト情報を組み合わせて、飛行方向の様子を合成して画面に表示する「合成視認技術(SVT=Synthetic Vision Technology)」を内蔵している。

これらの技術が中国軍装備に転用され、我が国の脅威になる日が来ないことを願う。

 

—以上—

 

本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。

Aviation Week Network Business & Commercial Aviation Aug. 21, 2017 “Cirrus Reports More Than 600 Orders for Vision Jet” by William Garvey, Jessica A. Salerono and Molly McMillin

Aviation Week Network Business & Commercial Aviation Oct. 23, 2017 “Cirrus SF50: Personal Jet Sets High Standards” by Fred George

CIRRUS Aircraft “Explore the Vision Jet”