2018-10-06(平成30年) 松尾芳郎
米空軍は、当初次期訓練機「T-X」に関し、350機とシミュレーター約40台購入に関わる費用として190億ドル(約2兆1,000億円)を想定していた。これに対しボーイングは、「T-X」475機とシミュレーター120台を92億ドル(約1兆円)で納入可能である、と提案した。これは、機体・製造工程開発に関わる費用(EMD= Engineering and manufacturing development)と120台のシミュレーター価格を別にすると、1機当たり1,900万ドル(21億円)ほどになり、機体価格としては驚くべき低価格である。
米空軍は、9月27日に「T-X」にボーイング提案を選ぶと発表した。契約内容はボーイング提案を基にし、総額固定で、機体・製造工程開発費(EMD)には奨励金/ボーナスを付け、量産機の価格は固定とする、という条件が付く。
量産機を固定価格とする手法は、米空軍の次世代タンカーKC-X (後のボーイングKC-46A)契約でも採られたが、こちらは開発に予想外の手間が掛かり大きな赤字を生み出すことになる。しかし調査会社の推定によると「T-X」の場合は、世界中で50年間に2,600機ほどの需要が見込まれ、その整備もボーイングが一手に行う予定なので、十分な収益源になり得る、という。
「T-X」は2023年からサンアントニオ・ランドルフ(San Antonio-Randolph, TX)統合訓練基地に引き渡される。ここは、従来からの訓練機ノースロップ「T-38」タロンから新しい「T-X」への移行訓練を含むパイロットの教育機関、訓練大学である。コロンバス空軍基地(Columbus AFB, Mississippi)、ローリン空軍基地(Laughlin AFB, TX)、シェパード空軍基地(Sheppard AFB, TX)、バンス空軍基地(Vance AFB, Oklahoma)が、パイロットの再訓練にここを使っている。
最初の引渡しは2023年で、総額8億1,300万ドル(約900億円)で5機の「T-X」と7台のシミュレーターを納入する契約で、機体・製造工程開発費(EMD)を含んでいる。また、2024年までに「初期運用能力(IOC=initial operational capability)」資格の取得、および2034年までに「完全な運用能力(full operational capability)」資格を取得する、予定になっている。
図1:(Saab/John Parker) ボーイング/ サーブ共同開発の訓練機T-Xの試作機2機がセントルイス(St.Louis, Missouri)のGateway Arch上空を飛ぶ様子。
ボーイングが獲得した空軍次期訓練機「T-X」プログラムは、スエーデンのサーブ(Saab)社との共同開発で、ボーイング国防・宇宙・セキュリテイ部門にとり、この1ヶ月で3件目の大型受注となる。すなわち、海軍が空母艦載用無人タンカーにボーイング提案の「MQ-25」の採用を決めた件(8月30日)(TokyoExpress 2018-09-02 “ボーイング、空母艦載用無人タンカーMQ-25Aを受注“を参照)、空軍が長期間使用してきた「ベルUH-1Nヒューイ(Huey)」ヘリコプターの更新としてボーイング・レオナルド(Leonardo)共同開発の「MH-139」を選定した件(9月24日)(本稿6~8ページを参照)、に続く3つ目である。
一時期繁栄を誇った同社のセントルイス(St. Louise)工場は、この20年間に新戦闘機計画ではロッキード・マーチン製F-35 JSFに、新長距離爆撃機計画ではノースロップ・グラマン製B-21に、それぞれ敗れ致命的な打撃を被ってきた。しかしこの1月ほどの間に、「T-X」を含む3件、総額250億ドルに達する受注に成功、再び息を吹き返すことになる。これでセントルイス工場は訓練機の世界的な生産拠点として注目を集めるだろう。
共和党議員で空軍長官のヒーサー・ウイルソン(Heather Wilson)女史(57歳)は“T-Xプログラムは競争入札だったので少なくとも10億ドル(約1,100億円)を節約できた”と語っている。
競合機種は、いずれも在来機を基本にした機体で、ロッキード・マーチンと韓国航空宇宙工業が提案する「T-50A」と、イタリアのレオナルドが作る訓練機「M346」の改良型「T-100」であった。
こうしてボーイングは、1ヶ月間にわたる国防総省との一連の契約交渉で他社を圧倒して完勝したことになる。
これとは別に空軍は、ボーイングの次世代タンカーKC-46Aに関わる救済措置として開発費総額を92億ドル(約1兆円)に増額する契約を結んだ。KC-46Aは同社の旅客機B767-200を基本にしたタンカーで、2011年に49億ドル(約5,400億円)の固定価格でボーイングが開発を受注した。しかし開発に手間取り35億ドル(約3,800億円)もの欠損を出していた。
ボーイングの国防・宇宙・セキュリテイ部門社長リーネ・カレット(Leane Caret)女史(51歳)は契約について次のように話している。“「T-X」プログラムは、サーブ社の協力を得て長期間使用のリース形式の契約となり、今世紀後半まで仕事が続くだろう。”
図2:(Boeing)空軍がT-Xとして採用を決めたボーイングの訓練機。試作機2機が完成、写真の1号機は2016年12月から、2号機は2017年4月からそれぞれ試験飛行を始めている。
ボーイングの「T-X」は全く新しい設計で、サーブとの共同開発が始まったのは5年前。空軍に選定された技術的理由は、新設計であること、すでに試作機2機が飛行中であること、および実績のあるGE アビエーション製F404エンジンを装備し、垂直尾翼が2枚であること、と言われる。垂直尾翼を2枚にすることで空中給油を受ける際の姿勢安定性が改善される。
図3:(Boeing) ボーイング「T-X」は、現在空軍が高等訓練機として使っている431機のノースロップ「T-38」の後継機で、次世代戦闘機F-35や新型長距離爆撃機B-21のパイロット養成用となる。「T-X」は、全長14.15 m、翼幅10 m、最大離陸重量5.5 ton、エンジンGE F404 1基、 推力はドライ/11,000 lbs、A/B時17,700 lbs。最大速度1,300 km/hr、航続距離1,800 km。
契約締結を受けボーイングはサーブを含むサプライヤーへの部品発注を急いでいるが、90 %以上は米国で生産される予定。サーブは主に世界市場への「T-X」販売を担当する。
米海軍では訓練機にボーイングT-45を使用中だが今回の空軍が「T-X」採用を決めたことで、これが海軍の更新機として有力視されることになる。
T-45ゴスホーク(Goshawk)は、イギリスのBAEシステムス製の陸上用訓練機ホークを、旧マクドネル・ダグラス(現ボーイング)が艦載機として使えるよう改良した機体で、1988年以来2009年までに221機が製造された。エンジンやアビオニクスを含むレーダーなど各所が改良され、1997年以降は最新型のT-45Cになった。海軍では2035年まで使う予定。
図4:(USAF SGT Jeffrey Allen)米空軍ランドルフ基地(Randolph AFB, TX)第560訓練航空団のT-38C。世界初の超音速、複座、双発、の訓練機で、米空軍のほかドイツ、ポルトガル、韓国、台湾、さらにNASAの宇宙飛行士(日本人を含む)の訓練にも使われている。1961年の使用開始から今年で57年を超える。初期型のT-38Aの構造を強化、アビオニクスを近代化したのがT-38Cで、米空軍の機体は全てこれになっている。エンジンはGE J85-5A 推力A/B時2,900 lbsを2基。最大速度はマッハ1.3、航続距離は1,800 km。
図5:( US Air Force / Aviation Week) 米空軍とボーイングが取り交わした「T-X」契約案に含まれる“目標を超えた場合に支給される奨励金(Bonus)制度”の概要。8項目についてそれぞれ目標を超えた場合には、上限額以内でボーナスが支払われる。
最後に前述の「ベルUH-1Nヒューイ(Huey)」ヘリの更新として、9月24日にボーイング・レオナルド(Leonardo)共同開発の「MH-139」を選定した件に触れて見よう。
米空軍は10年以上前から、ベトナム戦争以来使っているベルUH-1Nヒューイ・ヘリコプターの更新を検討してきた。陸軍が使用していたシコルスキーHU-60Aを改良する案、陸軍が発注した最新型のUH-60Mを共同で採用する案などがあったが、議会からの圧力で競争入札することが決まった。
その結果9月24日にボーイング・レオナルドが提案する「MH-139」が選定され、ボーイングは、米国の核ミサイル(ICBM)基地の防衛用と要人輸送に使うため、23億8000万ドルで84機を製造、訓練装置の提供、その他の支援をすることとなった。納入は2021年からの予定。
空軍は当初40億ドル程度になると見込んでいたが、16億ドル程も安く契約できることになる。
「MH-139」は、レオナルドがイタリアで「AW139」の名前で製造販売しているヘリコプターで、ロシアおよび米国のフィラデルフィア(Philadelphia)でも組立てている。「AW-139」は、世界中で約270の政府機関、国防軍、企業などが900機以上使っている。日本では東京警視庁、海上保安庁などが採用している。アグスタ・ウエストランド(Agusta Westland)社のフィラデルフィア工場では10年前から260機ほどを組立てている。
最終契約は、競合するシコルスキーが抗告しているため、判決が出る10月半ばまで待つことになる。
レオナルドによると、「MH-139」はフィラデルフィア工場で組み立てられ、試験されたのち、ボーイングのリドレイパーク工場に飛行し、ここで軍用器材が装備されることになる。
図6:(Boeing)「MH-139」は、基本の「AW-139」が取得済みのFAAの”Part 29 helicopter” 型式証明を受け継ぐ機体で、世界各地での累積飛行時間は210万時間に達する。「MH-139」のエンジンは吸気口intake)が後ろにあり熱感知ミサイルの攻撃を回避できる。「AW-139」はアグスタ・ウエストランド社が開発製造する15人乗りの中型ヘリで2003年から就航中。エンジンはプラット&ホイットニー・カナダ製のPT-6C-67Cターボシャフト・軸馬力1,500 hpを2基、トランスミッションはウエストランドGKNと川崎重工が担当している。全長16.7 m、メインローター径13.8 m、全備重量7 ton、巡航速度300 km/hr、航続距離1,000 km。
—以上—
本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。
Global Security org Sept 27, 2018 “Air Force awards next-generation fighter and bomber trainer”
Aviation Week Newsletter Sept 27, 2018 “With USAF T-X Awards, Boeing Seizes a Trio of Contracts” by Steve Trimble
Aviation Week Newsletter Sept. 28, 2018 “Is Boeing’s ‘Eye-watering’ T-X Bid a Game-Changer?” by Michael Bruno and Steve Trimble
Defense News Sept 28 “US Air Force awards $9B contract to Boeing Next training Jet” by Valerie Insinna
Boeing News St. Louis, Sept. 27, 2018 “Boeing Wins US Air Fore T-X Pilot Training Program Contract”
Aviation Week online Oct 05, 2018 “Why Commercial Airplanew are Behind Boeing’s Military Wins” by Richard Aboulafia