“サンフランシスコ空港への夜間着陸であわや大事故”-NTSBの調査


2018-10-10(平成30年) 松尾芳郎

2018-10-12改訂(NTSB報告案を参照し全面改訂)

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図1:(Jeppesen 20 Dec 2017 / Wikipedia ) エアカナダ「ACA759」が着陸を指示されたのはランウエイ「28R」、しかしこれを閉鎖中の「28L」と思い、右側のタキシーウエイ「C」に着陸を試みた。「28L」-「28R」の間は700 ft (200 m) 。

2017年7月7日の深夜、エアカナダのエアバスA320がサンフランシスコ空港に進入・着陸する際、許可されたランウエイでなく隣のタキシーウエイに着陸を試み、接地直前に間違いに気付き着陸復航し事なきを得た。

本インシデントの原因究明に取組むNTSB(国家交通安全委員会)は、2018年9月25日に会議を開き、討議を行った。この会議は公開され委員会外の傍聴も許された。

NTSB委員長ロバート・スムワルト(Robert Sumwalt)氏は会議の冒頭次のように話しした。

本件は人員の負傷、死亡もなく、機体の損傷もなかったが、一歩間違えると大事故に至る事案なので、作成した調査報告書案(約100ページ)を元に複数の観点から討議したい。すなわち;—

  1. 乗員の疲労が管制側の意図を理解するのに及ぼす影響
  2. “思い込み(expectation bias)”の問題、および「これが乗員の状況認識に及ぼす影響
  3. 乗員に対する“ランウエイ閉鎖情報”の提供方法およびその順位付けの適切さ
  4. 航空機がランウエイに正対せずに進入してきた場合、乗員と管制官に伝えるべき緊急警報装置の技術的課題

 

既述したが、エアカナダ「ACA759」は管制塔から着陸許可のあった「ランウエイ「28R」に向かうべきところ、並行するタキシーウエイ「C」に進入した。

サンフランシスコ空港には同方向に並行ランウエイ、右が「28R」、左が「28L」、の2つがある。当夜は「28R」は運用中を示すライトを点灯中で、「28L」はランウエイ端に閉鎖中を示す「X」字ライトが点滅中であった。

パイロットは、「28R」を閉鎖中の「28L」と誤認し、「28R」右のタキシーウエイ「C」に目視で進入を続け、出発待ち中の4機のうち手前の2機の頭上をかすめる飛行をした。

パイロットが間違いに気付いたのは、タキシーウエイの最も手前にいたユナイテッド航空B 787「UAL1」の上空30 m (90 ft) で、ここで着陸復航を開始した。これで、フィリピン航空エアバスA340「PAL115」とは高度差が僅か7 m (20 ft)にまで接近した。

当時の状況

図2:(NTSB) 現地時間(PDT)の深夜23:55頃のランウエイ「28R」とタキシーウエイ「C」の状況。上は、空港設置の「Harris Symphony OpeVue」レーダーのデータによる図。下は空港ビデオの画像。離陸許可待ちの4機を示している。

掠め飛ぶACA

図3:(NTSB) 23:56:04 PDT に離陸待ちの「UA1」の頭上を掠め飛ぶ「ACA759」

 

「これ以上接近していたら間違いなく大惨事になっていた」NTSB副委員長ブルース・ランズバーグ(Bruce Landsberg)氏は9月25日の会議で語っている。

9月2日までにNTSBが明らかにした事実は;—

  1. 空港
  • ランウエイ「28L」は工事のため閉鎖中、ランウエイ端には閉鎖を示す「X」字のフラッシング・ライトが点灯中。2017年2月以降NOTAMおよび他の自動空港情報システムに閉鎖を掲載中。これに伴いアプローチ・ライトも消灯中。
  •  ランウエイ「28R」はアプローチ・ライトを点灯中。2,400 ft位置のマーカー、精密進入角表示装置(PAPI)、接地区域表示ライト、ランウエイ端表示ライトなどはいずれも点灯中。
  •  タキシーウエイ」C」のライトは点灯中、しかしセンターラインを示すグリーンライトは消灯。

 

(注)サンフランシスコ空港は米国内で「ASDE-X (airport Surface Detection Equipment-X / 空港面監視装置X)」の改良型「ASDE-X/ASSC (Airport Surface Surveillance Capability /空港面監視機能)」を設置した最初の空港。これでランウエイおよびタキシーウエイ上での航空機や車両の衝突を未然に防止する。

 

  1. パイロット
  • 「ACA759」の機長は20,000時間の飛行経歴を持ち、そのうちA320系列機の飛行時間は4,797時間。副操縦士は10,000飛行時間、うちA320系列機の経験は2,300時間以上。
  1. 航空交通管制
  • このインシデントが発生する7分前23:49 PDTのSFO空港管制塔の管制官は、全員所定の位置につき業務に従事していた。
  1. インシデントの内容
  •  23:46:30 PDT、「ACA759」は管制からランウエイ「28R」に目視進入する許可を貰った。
  • フライト・レコーダーによると3マイル(5 km)手前で当該機は280度方向を維持、タキシーウエイ「C」に向かい降下進入を始めた。
  •  23:55:46 PDT、「ACA759」はランウエイ端から0.7マイル(1.1 km) 、高度300 ft (100 m) で、管制に“ランウエイ・ライトを視認、着陸許可を求む”と伝え着陸許可を得た。
  •  23:55:52 PDT、管制はASDE-X/ASSCのデイスプレイ上で「ACA759」が進入コースを右にかなり外れて飛行し、12秒ほど表示から消えた、ことに気付いた。
  • 23:55:56 PDT、管制は着陸予定地点から約0.3 マイル(0.5 km)を飛行する「ACA759」を確認、再度ランウエイ「28R」に着陸する許可を出した。
  •  タキシーウエイ「C」で順番待ち中の最初の機体「UAL 1」は管制に“「ACA 759」がこちらに接近中(Where is this guy going ? )”と報じ、また2番目の「PAL115」の乗員は警告のためランデイング・ライトを点滅した。
  • 「ACA759」のパイロットは、高度85 ft (30 m) でパワーレバーを進め、上昇を開始した。
  • 23:56:04 PDT、「ACA759」は、管制塔のASDE-X/ASSCデイスプレイ上に再び姿を現した。
  • フライト・レコーダーは、パワーレバーを進め2.5秒後に最低高度59 ft (20 m) を記録している。
  •  23:56:10 PDT、管制官は「ACA759」に着陸復航を指示した。
  • インシデント後の聴聞で両パイロットは次のように答えた。「点灯中のランウエイは「28L」と思い、その右の「28R」(実際はタキシーウエイ「C」)に向け進入した。タキシーウエイ「C」上の航空機には気付かなかったが何かがいるように感じた。」

NTSBは1年から1年半後に最終報告をまとめる予定だが、新事実が判明すればそれに加筆する。

エビエーションウイーク誌電子版2018-10-03によると、NTSB報告案には次の記載がされている。すなわち;—

「管制当局はパイロットに注意を促がすために“ノータム(NOTAM=Notice for Airman)”を発行するが、その中で【ランウエイ「28L」は工事中で一時的に閉鎖する】旨記載している。またパイロットに対し注意を喚起する”ACARS (エイカーズ) ” メッセージでも送られ、コクピットのFMS (Flight Management System/飛行管制装置)デイスプレイに表示されたが、いずれも乗員の注意を喚起することはなかった。」

 

(注)「ACARS」とは “Aircraft Communication Addressing and Reporting System”で、無線や衛星通信経由で航空機と管制との間でやり取りをする短文のメッセージで、デジタル・データリンクである。1978年以来使われている。

 

問題の一つに、この空港に十分な着陸経験のあるパイロットが、トロント時間午前3時の深夜に、疲労を感じながら“思いこみ”で2本の平行ランウエイを眺め「FMS」の設定をせずに進入を始めた、ことがある。これでコクピットの「PFD(Primary Flight Display)」上に計器着陸システム(ILS=Instrument Landing System)が表示されず、ローカライザー(Localizer / ランウエイ方位を示す垂直電波) 表示も出なかった。

「ACA759」のパイロットはランウエイ状況について2度の注意を受けている。すなわち、1回目は出発前にパケット(packet)として、また2回目は飛行中に前述のACARSで“ATIS (automatic terminal information system/ 自動到着地情報システム) ”情報を受け取る仕組みになっている。しかし”ランウエイ閉鎖“に関わる情報は他の情報と一緒に伝えられ、特に重要視されなかった。出発前のパケット情報は、アップルのタブレット「iPad」に9ページのNOTAMを含む27ページの情報の中で伝えられた。”ランウエイ一時閉鎖”の情報はこの中の8ページ目に記載されていた。

昼間の想像図

図3:( Air Canada /NTSB / Aviation Week) 「エアカナダ「ACA759」がタキシーウエイ”C” に進入着陸を試み復航した事件」を昼間の状況に書き直した想像図。手前から、誤進入する「ACA759」、タキシーウエイ”C”上には4機のうちの3機、「UAL 1」(B-787)、「PAL115 」(A340)、「UAL863」(B-787)、が描かれている。

エアカナダ「ACA759」は、機長がサンフランシスコ空港への進入・着陸を行っていた。機長は調査官に「ランウエイ「28L」の一時閉鎖はNOTAMで読み、覚えていたが、進入の際には忘れていた」と話している。副操縦士はNOTAMの内容は思い出せなかった、と言っている。両者ともATISメッセージは読んだが、”ランウエイ閉鎖“の情報は思い出していない。

NTSB委員長スムワルト氏は「NOTAMは全く役立っていない。彼らはNOTAMの“ランウエイ「28L」の閉鎖”情報を覚えていない」と話している。

NTSBでは7項目の勧告を予定しているが、その一つFAA(連邦航空局)に対し「運航に関係のある情報の伝達について、パイロットの関心を引き付け、緊張感を持って読むよう改善すべき」と述べている。

長いこと航空安全の提唱者で自身もパイロットのランズバーグ氏(前述)は言っている、「NOTAMが関心を引き付けないのは昔からだ。FAAは2012年の議会命令でNOTAMを今の形に変えたが、なお改善が必要だ。重要でない情報が増え過ぎ肝心なものが埋没している」。

エアカナダでは今回の教訓を基に複数の改善を行っている。すなわち飛行前のブリーフィングで、進入方法とランウエイ・ライテイング情報、視認誘導装置(visual aids)の情報、“思い込みと軽視(bias recognition and mitigation) “ などを含む座学訓練で「なぜ有能な職業パイロットが過ちを犯すのか」について学習を始めている。

NTSBは、FAAに対し「タキシーウエイに進入・着陸を防ぐ」システムの開発を検討するよう求めている。一つは機上装備システム、他は地上設置のシステムである。

FAAは、設置を進めている地上システム「ASDE-X (airport Surface Detection Equipment-X / 空港面監視装置X)」を改良し、航空機がタキシーウエイに着陸しそうになった場合管制官に警告する装置にし、2年以内に実現を目指している。

「ASDE-X」の改良は、「タキシーウエイ端から1 km (3,000 ft) 、または20秒以内に着陸できる航空機が進入してきた場合には、管制官に音声と警告表示をする機能を追加する」と云うもの。

タキシーウエイ誤着陸の事件は、米国内では「2015年12月、アラスカ航空B737-900がシアトル・タコマ(Seattle-Tacoma) 空港で」、「2009年、デルタ航空B767-300がハーツフィールド・ジャクソン・アトランタ(Hartsfield-Jackson Atlanta) 空港で」等が知られている。我が国でも時折問題になっている。

(注):「ASDE-X (airport Surface Detection Equipment-X / 空港面監視装置X)」は、空港の管制官が、ランウエイとタキシーウエイ上の航空機、車両等の動きを把握し、衝突事故が起きないよう監視するシステム。空港面監視レーダー(surface movement radar)、ADS-Bセンサー、ターミナルレーダー、航空機搭載のトランスポンダーなどの情報を統合化して航空機、車両の位置、動きをデイスプレイに表示する。2003年にミルウオーキー空港(General Mitchel International Airport in Milwaukee, Wisconsin)に設置されたのが最初。米国では35空港に設置済み。日本での設置状況は不明。

 

エアカナダ759便に関するNTSBの勧告案内容

 

FAAに対する勧告案

  1. 航空機に装備するタキシーウエイ着陸検知装置の開発と装備の義務化
  2. 空港側にタキシーウエイ着陸監視機能装置の設置
  3. パイロットに対し重要な飛行情報が伝わるよう方法を改善すること
  4. フライト・マネジメント・システム(FMS) に、進入・着陸時のチャート(地図表示)を自動表示または自動改訂する機能を付加すること
  5. 並行ランウエイでは運用中であることを容易に識別できるよう照明など表示を鮮明にすること

 

カナダ航空当局に対する勧告案

  1. 乗員の勤務時間規則(duty-time rules) を改め、夜間飛行で疲労がある場合、待機中の予備要員に交代を申し入れできるよう改めること

FAAは今年5月からシアトル空港で新しい「タキシーウエイ・モニタリング機能」を追加した「ADSE-X」システムの試験を開始した。同様の装置を、アトランタ空港(Atlanta, Georgia)、ブラッドレイ空港(Bradley, Connecticut)、ボストン・ローガン空港(Boston Logan)、シャーロット・ダグラス空港(Charlotte Douglas, North Carolina)、でも評価試験を行なっている。そして2020年9月末までに全ての「ASDE-X」を改良型にする予定である。

 

—以上—

 

本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。

 

Sept 28, 2018 “NTSB faults Air Canada Pilots for Last Year’s Near Disaster”  by David Koenig

Aviation Week online 2018-10-03 “Taxiway Overflight Highlights NOTAM Problems for Landing” By Sean Broderick

NTSB Board Meeting 9/25/2018, Accident No. DCA17IA148 “Landing Approach to Taxiway at San Francisco Airport ”