ハブル宇宙望遠鏡と電磁波について


2020-04-13(令和2年) 松尾芳郎

 

電磁波とは

電磁波説明図

図1:(NASA) 我々が肉眼で見ている波長帯(可視光線)は電磁波の中の極く一部分に過ぎない。波長の短い電磁波はエネルギーが高く、波長の長い電磁波はエネルギーが小さい。ハブル(Hubble)宇宙望遠鏡は、図の7色で示す可視光線部分とその両側の赤外線領域と紫外線領域の一部の領域で観測している。

 

人間の眼は、我々の周囲の物が出している電磁波の一部分の狭い領域、「可視光線」の部分だけを観ているに過ぎない。

可視光線の範囲だけを観ていると、物体が放射している他の情報は判らない。地球に住むいくつかの生き物のは、我々人間に見えない波長を見ることができる。例えば一部の魚類、牛蛙、蛇類、などは赤外線を見ることができ、濁った水中や夜間でも餌を捕食できる。蝶々やある種の鳥類は紫外線を感知でき、それを通して異性を知る。

宇宙に存在する星々、星雲、多くの銀河、が出す電磁波には、可視光線以外の帯域で、大量の情報を含んでいる。宇宙を観測する天体望遠鏡は、可視光線以外の電磁波帯域も観測できるように作られていいる。ハブル宇宙望遠鏡(Hubble Space Telescope)は、可視光線帯域と赤外線(Infrared)と紫外線(Ultraviolet)帯域の一部を観測できる。

(Human eyes see only a small portion of the range of radiation from the objects around us. We call the radiation as electromagnetic spectrum, and the part we can see “visible light”. The radiation comes from cosmic objects, key information is revealed by different parts of the electromagnetic spectrum. Telescopes are designed to capture different parts of this spectrum, providing more information than the human eye could detect on, as like the Hubble Space Telescope can provides.)

超遠方の銀河群

図2:(NASA, ESA, P. Oesch (University of Geneva) and M. Montes (University or New South Wales)写真はハブル望遠鏡が撮影した「the Hubble Ultra Deep Field North(北天の超遠方写真)」。赤外線、可視光線、紫外線、の帯域で見える数千の銀河の写真である。中には赤外線だけでしか見えない超遠方の銀河や、可視光線だけでは一つの銀河とされていたものを、可視光線と紫外線の観測で接近した二つの銀河であることが判った例などが写っている。

 

地上の天体望遠鏡では大気の影響で一部の波長の観測ができないが、ハブル宇宙望遠鏡は高度540 km (340 miles)で地球を周回しているので地上望遠鏡では観測が難しいあるいは不可能な天体を詳しく見ることができる。またハブル望遠鏡は、他の波長帯域を専門に扱う他の宇宙望遠鏡と共同で観測ができるので、単独の観測では得られない合成写真を得ることができる。

本稿では、NASAが「Hubble Space Telescope(ハブル宇宙望遠鏡)」と題して解説した記事の中の「Explore – Light (電磁波について)」(Last Updated: April 7, 2020, Editor : Michelle Belleville)を基にして紹介しよう。原文は多くの事例を述べているが、ここではその内の2例を紹介する。

省略した項目は;―

・赤外線:「Lagoon Nebula」/射手座にある干潟星雲、「Carina Nebula Pillar」/南半球で見えるηカリーナ星雲、「Goods North」/北斗七星、

・紫外線:」Saturn」/土星、「Jupiter Auroras」/木星のオーロラ、「Comet Impact on Jupiter」/木星への小惑星衝突、「Hubble Ultra Deep Field(2014)」/ハブル望遠鏡で見た超遠方宇宙(2014)、

・他望遠鏡との共同観測:「The Crab Nebula」/かに星雲、「Supernova Remnant 0509-67.5/超新星爆発の残骸

 

詳しくは原文を参照されたい。

 

赤外線(IR)で見ると

可視光線の中の波長の短い光は、伝搬する途中に粒子があるとそれに衝突して方向が外れ散乱し届かなくなる。しかし赤外線は波長が長く粒子を飛び越え直進しやすい。宇宙空間では、赤外線は、途中に漂う粒子、相当濃密なダストの雲でも通過できる。赤外線写真で見ると、宇宙のガスやダストの雲を通して背後に隠れている星々をはっきりと見ることができる。また、自身が赤外線を出していても弱いため可視光線では見えなかったガス雲なども見える。

多くの宇宙空間の物質は赤外線によってのみ観測できる。特に超遠距離にある銀河が発する光は、宇宙の膨張の影響で、赤外線でしか見えない。超遠方の銀河が発する可視光線や紫外線の光は、地球に到達するまでに波長が伸びてしまい、赤外線領域になってしまうからだ。このため超遠方の銀河は赤外線によってのみ観測することになる。

 

(注)光の速度/ 1光年とは;―

光が伝播する速さで、30万km /秒とされる。太陽から地球までは8分20秒、地球から月までは2秒以内。光が1年間に進む距離を「1光年( 1 light year or 1 ly)」と表し、天体までの距離に使う。太陽から最も近い恒星は、暗い赤色矮星「プロキシマ・ケンタウリ(Proxima Centauri) 」で太陽からの距離は4.2光年。太陽系の外縁部には冥王星を含む「カイパー・ベルト」があり、その先には球状に太陽系を包む「オールトの雲(Oort Cloud9)」が存在する。「オールトの雲」は無数の小天体の集まりで太陽からの距離は約1光年と言われる。

 New view of the Pillars of Creation — visible

図3:(NASA, ESA and the Hubble Heritage Team (STSc/AURA) ハブル望遠鏡が撮影した地球からおよそ7,000光年の距離にある「わし星雲/Eagles Nebula / M16」、あるいは「創造の柱(Pillars of Creation)」とも呼ぶ星雲の写真。3本の冷たい水素ガスでできた巨大な柱は、上方にある若い星々の集団からの強い光で照らされている。柱の先端にある指先のような突起は”EGGs (evaporating gaseous globules)”と呼ばれ、ここではガスの密度が高くなり新しい星々が誕生している。左の最も大きい柱は高さ約4光年と見積もられる。

 

有名な3本の柱状星雲「Eagle Nebula(わし星雲)」を例に見てみよう。「図3」は可視光線で撮影した写真。高さ4光年ほどの柱は、冷たい水素ガスからなるレース状のダストで構成され、あちこちで星が生まれつつある。左の柱の頂部では、付近の星の光で照らされ、ガスが温められて周辺の宇宙空間に線状になって放散されている。

次に示す「図4」の写真はあまり知られていないが、同じハブル望遠鏡で写した「図3」と同じ領域の赤外線写真。「3本の柱」の背後にある沢山の星々から出る赤外線光がガス雲を通して写し出され、また「Eagle Nebula」の柱の頂部で生まれつつある星々も写っている。

New view of the Pillars of Creation — infrared

図4:(NASA, ESA and the Hubble Heritage Team (STSc/AURA) ハブル望遠鏡が撮影した「図3」・「創造の柱」の赤外線写真。3本の柱を赤外線で見ると、ガスやダストの影響が少なくなり、これまで未知だった景色が見えてくる。写真の全域は、輝く星々や「柱」の中で誕生したばかりの星が散りばめらられ、天空の風景を醸し出している。「柱」のシルエットは薄暗く微妙な姿で、周囲を青い霧状で囲まれている。

 

他望遠鏡との共同観測

ハブル望遠鏡を使い可視光線で観測した「ヘラクレスA (Hercules A)」は、「3C 348」と呼ばれる楕円銀河で、一見したところ近くの銀河と変わらない。しかし、「ヘラクレスA」の中心は、質量が太陽の25億倍もある超巨大なブラックホールになっている。このブラックホールは、その重力と高速回転により途方もないジェットを磁界の方向に沿って噴き出している。その長さは150万光年にもなり、放射源である「ヘラクレスA」銀河より遥かに大きい。

このジェットは、陽子や電子からなる高エネルギーのプラズマ・ビームで、ブラックホール近くでは磁力で光速に近い速度になっている。ジェットは肉眼やハブル望遠鏡では見えないラジオ波だが、ラジオ波の観測装置(New Mexico州にあるVLA望遠鏡)で観測できるので可視光線写真と組合せて、図6に示す合成写真が得られる。「ヘラクレスA」は全天で観測される銀河の中で最も強力なラジオ波を出している天体。

ヘラクレス A

図5:(NASA ) ハブル宇宙望遠鏡が、可視光線で撮影した「ヘラクレスA (Hercules A)」銀河は地球から約20億光年の彼方にあり、やや黄色味を帯びている。この銀河は我が天の川銀河の1,000倍の質量があり、中心のブラックホールの質量は太陽の25億倍。噴射しているラジオ波は、太陽のラジオ波の10億倍以上のエネルギーを持っている。全天88星座の一つ「ヘラクレス星座」にある。

ヘラクレス Aジェット

図6:(NASA, ESA, S. Baum and C. O’dea(RIT), R. Perley and W. Cotton (NRAO/AUI/NSF), and Hubble Heritage Team (STScl/AURA) 楕円銀河「ヘラクレスA」の中心にある超巨大ブラックホールの重力エネルギーで噴射される壮大なジェットの写真。ハブル宇宙望遠鏡の「広帯域カメラ3 (Wide Field Camera 3 )」と米国ニュー・メキシコ州にある[ Karl G. Jansky Very Large Array (VLA)] ラジオ波望遠鏡群で撮影した写真を合成した画像である。ジェットは「ヘラクレスA」銀河面から垂直に噴き出していて、その先端付近に見える数個のリング状部は、かつてブラックホールが大爆発を起こした名残とみられる。ラジオ波の源は極めて高温のX線を放射するガス雲に包まれた中心部と考えられるが、写真では判然としない。

 

ハブル宇宙望遠鏡とは

ハブル宇宙望遠鏡は、1990年4月24日(30年前)にスペース・シャトル「デイスカバリー(Discovery)」で打上げられ、高度547 km (340 miles)の地球周回軌道軌道上にある世界初の宇宙望遠鏡である。毎日軌道を15周、つまり95分間で地球を1周している。従って秒速は8 km (5 miles)となり、米大陸を横断するのに10分しか掛からない。

ハブルは「カセグレン(Cassegrain)」反射鏡式の望遠鏡である。入ってくる光は、主鏡で反射され主鏡の先に設けた小さな副鏡に集まる。副鏡は集めた光を主鏡の中心に開けた孔を通して、焦点を結んでハブルの計測機器(カメラや分光計など)に到達する。ハブルの主鏡は直径2.4 m (94.5 inches)で、極めて精巧に磨き上げられ、大量の光を集めることができる。ハブルは肉眼の100億倍の視力があるので微かな光でも捉えることができる。さらに大気圏外にあるので、地上設置の天体望遠鏡よりずっと鮮明な様子を写し出せる。その分解能は例えて見ると「136 km (86 miles)離れたところに置いた10セント硬貨(1円玉程の大きさ)を認識する」能力である。これは、地上設置型の代表的な大型望遠鏡が持つ分解能のほぼ10倍に相当する。このお蔭でハブルは星の周囲にあるダストの円盤や超遠方の銀河の核から出る光を捉えることができる。

また大気圏の影響を受けないため、天体が発する電磁波を地上望遠鏡よりも広範囲かつ高精度で分光分析できる。

ハブルの観測は常に一定不変で、日によって変わることもなければ、周回毎に変化することもない。研究者が同じ天体を期間を置いて観測しても映像は毎回精緻で変わらない。これは、天候に左右されやす地上設置望遠鏡では得がたい能力と言える。

望遠鏡の真ん中、重心付近には自身の姿勢制御のための、リアクション・ホイール4個(重さ各45 kg)がある。これは “ニュートンの第3法則” / “作用・反作用の法則” を利用してハブル望遠鏡を目標方向へ正対させるための装置である。目標は地上管制センターからアップロードされ、メイン・コンピューターが計算し、どのホイールをどの位のスピードで何回転させるかを決め、効率良く望遠鏡の向きを新目標に合わせる。

ハブルには高精度のジャイロが6個あるが、その内任意の3個を使い、動きの割合と方角を決めている。ジャイロに加え、観測中に望遠鏡を正しく目標に向け位置を固定するため[FGS=Fine Guidance Sensor]・精密指向センサー」と呼ぶ装置が3基ある。これでハブルは目標に24時間に渡り位置を固定でき、微動だにしない( 7 mm-arc-seconds以内)。

ハブル望遠鏡と地上管制センター間の通信連絡は2組の高利得アンテナを使い、リレー衛星経由で行われる。管制センターが受け取った観測データは[Space Telescope Science Institute(宇宙望遠鏡科学研究所)] を通して世界中の通信網に配信される。

NASAはハブル望遠鏡に対して、これまで5回のサービス・ミッションを実施して、修理や改良を行ってきた。これでハブルの信頼性は一層向上し、2020年以降も充分活躍できる状況になっている。そして2021年に打上げ予定の格段に性能向上した赤外線宇宙望遠鏡「ジェームス・ウエブ/ James Webb」の活動に引き継ぐことになる。

ハブル

図7:(NASA Goddard Space Flight Center)ハブルは全長13.2 m (43.5 ft)、観測機器が収まる後部筐体(図の左部分)幅は4.2 m (14 ft)、重量は12.25 ton (27,000 lbs)、でほぼバスと同じサイズ。宇宙望遠鏡本体は、2枚のソーラー・パネルから得られる電力を6個の大型パッテリーに蓄電し、そこからの給電で作動する仕組みになっている。

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図8:(NASA) ハブル宇宙望遠鏡の仕組み。「カセグレン(Cassegrain)」反射鏡式の望遠鏡」である。「カセグレン」は15世紀のフランスの牧師で、反射式望遠鏡を初めて提案した人として知られる。

 

―以上―

 

本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。

NASA Hubble Space Telescope “Explore-Light”

NASA Nebulae April 6, 2020 “Eagle Nebula’s Pillars of Creation in Infrared”

NASA Hubble Space Telescope Discoveries / Highlights of Hubble’s Exploration of the Universe

NASA Hubblesite “Hubble’s Instruments including Control and Support Systems (Cutaway)

NASA Hubblesite “Hubble Space Telescope’s Internal Components (Light Path)

NASA Hubble Space Telescope “A Multi-Wavelength View of Radio Galaxy Hercules A”

NASA Hubble Space Telescope “Observatory”