スペースX ・スターシップ原型機SN5、高度150 mの飛行に成功


2020-08-10(令和2年) 松尾芳郎

 スターシップ150m飛行

図1:(SpaceX) スターシップ原型機[SN5]は、スターシップ実用機(全長50 m、直径9 m)の燃料タンク部分の大きさ(高さ28 m相当)。実用機ではこの上に人員、貨物を入れる与圧室が付く。エンジンは同じラプター・推力2,000 kN (440,000 lbs)1基を搭載。

スターシップエンジン

図2:(SpaceX) 着陸降下中のスターシップ[SN5 ]の内部カメラが写した映像。直径9m の空間の中にエンジンはラプター27号機(SN27)1基のみ。スターシップ実用機では6基が装備される。周囲には6個の着地用脚 (landing leg)が見える。

 

8月4日火曜日、テキサス州ボカ・チカ(Boca Chica, Texas)にあるスペースXの発射基地から「スターシップ(Starship)」原型5号機(SN5)が打上げられ、予定通り高度150 mに上昇し安全に着陸した。これは昨年8月27日に同じく150 mに上昇、着地した「スターホッパー(Star Hopper)」の成功以来11ヶ月振りのことである。この間試作した原型機は数回の爆発事故を起こし、その都度対策が講じられてきた。今回の成功で地球周回軌道飛行に向けての展望が開けた。

(On August 4th, Tuesday, the SpaceX launch team in Boca Chica, Texas, accomplished a major milestone of the Starship prototype (SN5), successfully completed a 150 m hop flight and landed safely again. After 11 months of success of previous miniature model the Starship Hopper flight test to 150 m high.)

スターホッパー

図3:(SpaceX) スターホッパー(Star Hopper)の試験は2019年4月から始まり、最初は地上係留索で保持・エンジンを噴射する「テザード(tethered)」試験で、1 m ほどジャンプした。その後2019-07-25に高度20 m・22秒間の飛行、それから2019-08-27に高度150 m・57秒間の飛行に成功した。飛行試験のスター・ホッパーはラプター・エンジン1基(6号機 (SN6)を搭載、胴体外径は9 m、固定式ランデイング・レグが付いている。宇宙飛行はしないが重量と重心を実用機と同じにして飛行した。

 

(注)TokyoExpress 2019-09-15 改訂 『スペースX、火星着陸用“スターシップ”の試作機“スターホッパー”の飛行試験に成功』および、同2020-05-26 「スペースX・スターシップ、高度150 m の跳躍飛行へ」を参照されたい。

 

https://youtu.be/s1HA9LlFNM0

 

図4:(SpaceX) 上記ユーチューブ・サイトをカーソルでタップすれば動画(1分間)が見られる。8月4日スターシップ原型5号機(SN5)の150 m飛行試験の様子。背景には広大なボカ・チカ・ビーチとスペース X社の発射基地が見える。

 

今回の試験の前に、燃料タンクの超低温の加圧テストが行われた。燃料タンクは、液体メタン(CH= methane)/沸点-162℃用タンクと、液体酸素(LOX)/沸点-183℃用タンクの二つだが、沸点がほぼ同じなので両者はほとんど同じ構造に作ってある。超低温加圧試験では、燃料の代りに液体窒素/沸点-196℃をを充填し、ラプター・エンジン1基を装着した状態で行われた。

しかし試験では問題が続発、3回の試験には原型機Mk1、SN1、SN2が使われたが、液体窒素を充填、加圧する際に全てが破損して失われた。4回目の試験は原型機4号機SN4で実施、超低温加圧試験は合格したが、続いて発射台上で行われたエンジンの静止状態での着火試験で火災が発生、爆発・破壊した。SN4は、150 m飛行試験に使う予定だったが失われしまった。

しかし今回のSN5は、6月30日と7月30日に、超低温加圧とエンジンの静止着火の組合わせ試験を実施して、2回共成功した。

この2回のテストに成功した後、イーロン・マスク社長は「間も無く150 m飛翔試験を行う」と声明を発表、FAA(民間航空局)に飛行計画の承認を求めた。これに基ずきFAAは8月2日(日曜日)と予備日として8月4日、5日に打上げ飛行がある旨、航空関係者向けの注意「NOTAM (Notice for Airman)」を発行した。

8月2日は天候が悪く打上げを中止、しかし4日火曜日には天候が回復し現地時間午後7時前に打上げ、45秒間の飛行に成功した。マスク氏によると、今後SN5を使いさらに数回の短時間の飛行試験を行い、完成度を確認してから高度20 kmへの飛行試験に移る、この試験では降下時に使う減速用のフラップ(胴体上部に装着)の展張も行う、と述べている。

今回の成功でスペースXの究極の目標「スターシップと巨大な打上げシステム」完成への道が開けた。数年以内に月面への貨物、人員輸送が定期的に行われるようになり、宇宙旅行の時代が始まるだろう。

 

スターシップの概要

スペースX社は革新的な宇宙開発を目的に2002年に設立され、現在では「ファルコン9」および「ファルコン・ヘビー」打上げロケットで、NASA、国防総省、その他多くの顧客からの需要に応えている。最近ではNASAが主導する国際宇宙ステーション(ISS)への貨物・人員輸送を「ドラゴン」宇宙機で実施している。これらに使った「ファルコン」ロケット、「ドラゴン」宇宙機は、いずれも再利用可能なシステムでコスト削減に大きく貢献している。「スターシップ」計画は「スーパー・ヘビー」ロケットを含み完全な再利用可能なシステムで、地球周回軌道だけでなく月・火星に向けたミッションに使うよう準備を進めている。

「スターシップ・システム」は2段式ロケット、1段目は「スーパー・ヘビー」と呼ぶブースターでラプター・エンジンを37基装備、そして「スターシップ」はこの2段目となる。

「スターシップ」の胴体は1段目と同じく外径9 mで、高さは50 m、自重は120 ton以下の宇宙輸送機。メタン(CH4)と酸素(LOX)を燃料とするラプター・エンジン6基を装備、うち3基は大気圏内で高効率を出せる型式、3基は大気圏外で高効率が出せるよう、異なるノズルスカートにしてある。合計推力は260万lbsになる。大気圏内用の3基は「スーパー・ブースター」のそれと同じエンジンである。

前述のようにスターシップは大型・長距離飛行可能な宇宙輸送機で、地球周回軌道への旅客および貨物輸送や月面基地へ人員・貨物を運ぶのが目的。また多少の改造で軌道上にある各種衛星への部品・人員の輸送もできるし、不要になった衛星・宇宙ごみの改修にも使える。さらに無人タンカーとして、燃料を火星探査宇宙船などの給油に使う。

「スターシップ・システム」の輸送能力は、高度500 km以下の低地球周回軌道(LEO)へ100 ton以上が基本。高度185 km x 35,800 kmの楕円の静止トランスファー軌道(GTO)へは21 tonを投入できる。GTOとは、近地点が低軌道上・遠地点が静止軌道上にある楕円軌道で静止軌道に移動するための軌道をいう。

月面のスターシップ

図5:(SpaceX)月面に着陸し、地球から運んできた月面輸送車を取降ろしている「スターシップ」宇宙機の想像図。

スターシップ有人機、貨物機

図6:(SpaceX) 「スターシップ」の有人機(左)と貨物輸送機(右)いずれも外径9 m、高さ50 m。貨物輸送機の場合、ペイロード室は、貝のように大きく口を開ける構造・clamshell構造で、容積は内径8 m x 高さ22 m。貨物を放出・取出してから口を閉じる。

 

胴体・タンク構造は “ステンレス・スチール”で作る。ステンレス・スチールは、想定される使用温度範囲、すなわちメタン・液体酸素の超低温-190℃から大気圏再突入時の超高温1,700℃以上の範囲、で強度vs重量比(strength-to-mass ratio)が炭素繊維複合材より優れている。マスク氏の最新の発表では304Lステンレス・スチールが最も好ましい、さらに社内で研究を進める、とのこと。

大気圏再突入時に必要な耐熱防御システムは、以前検討された耐熱シールやセラミックス板は廃され、ステンレス・スチール外板の2枚構造とし、その隙間に液体メタン(CH4)を流し気化させ、外板に設けた微細な多数の穴から放出する“気化潜熱”を利用する方式にする。

2017年に発表された案では、スターシップの与圧室は容積1,000 m3、旅客型では客室40室と広い共用区域、貨物室、ギャレー、さらに太陽フレヤー退避室などが用意される予定。

材料強度と温度の関係

図7:(SpaceX) 図5ユーチューブ動画から転写した「材料別の強度と使用可能な温度範囲を示す図」炭素繊維複合材やアルミ合金よりもステンレス・スチールが優れていることが分かる。

 

https://youtu.be/6AcE7hBhpYU

 

図8:(SpaceX) 動画“なぜスペースXはステンレススチールでスターシップを作るのか?(Why SpaceX Built a Stainless Steel Starship?)、長さ約12分、これを見るにはカーソルでこのサイト名をタップすると開く。

 

―以上―

 

本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。

Universe Today August 5, 2020 “Finally ! SpaceX Starship Prototype SN% Flies Just Over 150 meters into the Air” by Matt Williams

Space Flight Now August 5, 2020 “SpaceX clears big hurdle on next-gen Starship rocket program” by Stephan Clark

SpaceX Revision 1.0 March 2020 “Starship Users Guide”