2020-10-19(令和2年) 松尾芳郎
図1:(三菱重工)10月14日、三菱重工神戸造船所で新鋭潜水艦「たいげい」の命名・進水式が、岸信夫防衛大臣臨席し挙行された。海自潜水艦として「おやしお」型、「そうりゅう」型に続く最新の「たいげい」型1番艦SS-513である。これから艤装が行われ就役は2022年3月の予定。乗員は約70名。基準排水量3.000 ton、水中排水量は不明だが4,200 tonを上回ると推定される。
海上自衛隊の最新鋭潜水艦の命名式、進水式が去る10月14日、三菱重工神戸造船所で行われた。命名式で岸信夫防衛大臣が”「たいげい」と命名” と宣言すると、国歌君が代の吹奏と共に日章旗が翻り、続いて進水式に移り軍艦マーチの演奏で乾ドック(神戸造船所No.1 Dock) に海水が注入され、式典が終了した。
(The launching ceremony for a Japanese Navy’s new diesel-electric submarine, conducted on October 14, 2020. Scheduled to be commissioned in March 2022, Taigei, means “big Whale”, will be followed by at least two more sister ships. The Taigei, 3000-ton sub., is equipped with improved detectability sonar system, and a lithium-ion battery system that ensure quiet operation and longer submerged endurance.)
海自新造艦艇の命名・進水式に防衛大臣が出席するするのは珍しく、今回大臣自ら出席したことはそれだけ「たいげい」への期待が大きいことを示している。
長い伝統を誇るイギリス海軍では、大型艦艇の命名/進水式や就役式には王室、首相の出席が慣例となっている。我国では副大臣級が祝辞を述べるのが普通だったが、2013年8月ヘリ空母「いずも」(DDH-183) の進水式に麻生副総理(当時)が出席されて以来改まり、2020年3月イージス艦「まや」(DDG-179) の引渡し式には河野太郎防衛大臣(当時)が出席された。
「たいげい」(大鯨)(SS-513) は、「たいげい」型潜水艦の1番艦。「そうりゅう」型11番艦の「おうりゅう」、同12番艦「とうりゅう」に続き、GSユアサが開発したリチウムイオン電池搭載のデイーゼル電気推進方式の潜水艦である。
艦名「たいげい・大鯨」は、1934年(昭和9年)に建造された潜水母艦「大鯨」に由来する。同艦は1942年に空母に改装され「龍鳳」となり、終戦まで現役として活躍した。
図2:(海上幕僚監部)「たいげい」型潜水艦の概要図。前級「そうりゅう」型と比べ排水量が50 ton増えただけ、外見はほとんど変わらない。
リチウムイオン電池
前級の「そうりゅう」型は世界最大のデイーゼル潜水艦で、低振動、静粛性で知られる。その特徴は、長時間潜航ができる「非大気依存推進機関(AIP=Air Independent Propulsion)」を装備した点。「そうりゅう」型では1〜10番艦までスエーデンのスターリング・エンジンをライセンス生産してAIP機関として搭載している。しかし11番艦「おうりゅう」、12番艦「とうりゅう」では、スターリング・エンジンを廃止し鉛電池に変えてGSユアサ製のリチウムイオン電池を搭載している。リチウムイオン電池の潜水艦への採用はこれが世界初となる。
リチウムイオン電池は、鉛電池に比べ重量容積あたり蓄電量は2倍以上、繰り返し充放電回数は1.5倍以上、充電にかかる時間が短く、高率放電を長時間持続できると云う特徴がある。これで以前のAIP潜水艦よりも高速で水中の連続航行が可能となった。
そして高速充電のため、防衛装備庁等で行った新型の「スノーケル発電システム研究」(2010~2015)の成果が反映されている。
しかし“AIP+鉛”から“リチウムイオン”への変更で、建造費はAIP艦(10番艦)の517億円から11番艦は643億円に増加した。
潜水艦の推進力を示す軸馬力はAIP潜水艦の水中8,000 HPからリチウムイオン潜水艦は6,000 HPに低下し水中での最大速力は多少落ちるが、中・高速で長時間航行できるので持続力と速度性能では大幅に向上している。
GSユアサ(株)はGSユアサ・テクノロジー社を滋賀県草津市に設立、2017年3月より潜水艦搭載リチウムイオン電池の量産を始め2018年8月から海自へ納入を開始している。
船体構造
「たいげい」型は「「そうりゅう」型と外観ほぼ同じだが、防衛装備庁等で行なった「被探知防止、耐衝撃潜水艦構造の研究(2007~2016) などの成果で、静粛性の高い推進スクリュウ、音波吸収材の最適装備法、振動・衝撃を緩和する浮き床構造、などを採用、静粛性は一段と向上している。
推進スクリュウ部分は、進水式ではカバーされ目視できない状況だった。在来のスクリュウ方式の踏襲か、あるいは2016年度に開発が終った「リム駆動推進機」か、不明である。後者であればスクリュウ全体が筒状のダクトで覆われ、スクリュウ翼端に回転子を配する構造になり、キャビテーション・振動が低減し静粛性が向上しているはずだ。
ソナーと付随する戦闘指揮システム
「そうりゅう」型の2番艦以降では「おやしお」型の[ZQQ-6]ソナーの改良型[ZQQ-7B]が搭載されている。
これは艦首に円筒アレイ(CA=cylindrical array)、艦側面に側面アレイ(FA=flank array)、艦尾に曳航アレイ(TAS=towed array sonar)、および艦首の上に取付ける逆探知ソナー、からなる統合ソナー・システム。
側面アレイは船体側面に沿ってアレイを長く配置して艦首の円筒アレイより低周波数の音に対応する。曳航アレイ(TAS)も同じく低周波数の感知用だが、探知方向が明確でなく航路を変針して測定する必要がある。
「たいげい」には[ZQQ-7]を改良した[ZQQ-8] 統合ソナーが搭載される。[ZQQ-8]では艦首の円筒アレイを艦首形状と一体化して吸音材一体面の音波受信器として感度向上し、曳航アレイは光ファイバー受波技術を適用して指向性を向上している。そして異種ソナー間の探知情報を自動統合アルゴリズムの構築で統合化し、ソナーに関わる業務を大幅に自動化する。これには「次世代潜水艦用ソナーの研究」(2005~2009)、および「次世代潜水艦用ソナー・システム」(2010~2015)の研究成果が反映される。潜望鏡は「そうりゅう」型と同様、光学式従来型1本と非貫通式潜望鏡1型(英国タレス製CMO10型を三菱電機でライセンス生産)1本、を搭載する。
図3:(防衛装備庁)[ ZQQ-8 ] 統合ソナー・システムの概念図。艦首円筒アレイはコンフォーマル馬蹄形となり指向性が向上、側面アレイは従来の圧電素子ハイドロフォン・アレイから光ファイバー・ハイドロフォン・アレイにし、小型・軽量・低電力化され艦内の電磁気の影響を受けないシステムになる。曳航アレイも光ファイバー化され指向性と感度が向上している。
C4ISTAR
防衛省のC4Iシステムとは、「Command/指揮」、「Control/統制」、「Communication/通信」、「Computer/コンピューター」、「Intelligence/情報」および「Interoperability/相互運用性」の略。これに関連した搭載サブシステムは次の通り。既述した統合ソナー・システムはこの中に含まれる。
これらにより「たいげい」型の交戦能力は一層高まることが期待される。すなわち、友軍の監視衛星情報、哨戒機情報、水上艦情報などが、リアルタイムまたはノン・リアルタイムで把握でき、自艦のセンサーで感知していない目標に対しても正確な攻撃が可能になる。
・[OYX-1]情報処理サブシステム
・[ZQX-12]潜水艦戦術状況表示装置(TDS=Tactical Display System)
・潜水艦情報管理システム
・基幹ネットワーク・システム
・[ZPS-6H ]対水上捜索用レーダー 1基
兵装・18式魚雷ほか
艦首上部に533 mm 魚雷発射管[HU-606]を6門搭載している。この魚雷発射管からは現行89式長魚雷、最新の18式長魚雷、およびハープーン対艦ミサイルを発射できる。
また「そうりゅう」型8番艦「せきりゅう」[SS-508]から装備が始まった「潜水艦魚雷防御システム (TCM=Torpedo Counter Measures )も同様に装備される。
前身の[89式]魚雷は、重量1.76 ton、長さ6.25 m、直径533 mm、高性能炸薬267 kgを搭載し、射程は40 kt走行時で50 km、最大走行速度は70 kt (時速130 km)に達する。
89式の後継として開発された[18式]魚雷[ G-RX6] は、囮や欺瞞など魚雷防御システムへの対応能力が向上し、さらに音響環境が複雑な沿海・浅海域(東シナ海や南シナ海を想定)での目標探知・攻撃能力が向上している。有線誘導も可能で、水上艦、潜水艦いずれも攻撃できる。
目標の形を識別し囮と区別ができる音響画像センサーと最適なタイミングで起爆する新型の「アクテイブ磁気起爆装置」を搭載している。動力装置は、[89式]のピストン機関の変形の「斜盤機関」とは異なり、燃料に水素/酸素を使うタービン・エンジンを搭載、一層静粛で長距離航走ができる。
魚雷は、目標を直撃したときでけでなく、目標の近くを通った時にも爆発する必要がある、このため磁気起爆装置が付いている。これまでの起爆装置は目標の艦艇から生じる磁気を感知して爆発する仕組みだった。これに対し「アクテイブ磁気起爆装置」は、自らが磁気を出し目標の艦艇により磁場が変わることを感知して最適タイミングで起爆する装置。これで「18式魚雷」は正に一撃必殺の長魚雷となった。
平成31年度に開発費94億円が計上され、三菱重工が開発・製造を担当、初号機は2022年(令和4年)2月に納入される。
図4:(防衛装備庁)アクテイブ磁気起爆装置を搭載する18式長魚雷の概念図。
図5:(防衛装備庁)18式長魚雷に搭載する「アクテイブ磁気起爆装置」。写真の黒い四角部分が磁気センサー。このセンサーは小さな囮/デコイなどは検知しないし、海底や海面からの残響などの影響を受けないので目標を確実に捕捉できる。
「たいげい」型潜水艦の今後
防衛省が発表した「平成31年度以降に係る防衛力整備計画の大綱について」の中に、「たいげい」型1番艦[SS-513]は試験潜水艦への種別変更を予定する旨、記載されている。
これまでは潜水艦に関わる技術開発は通常の潜水艦が持ち回りで試験を行ってきたが、今後は専任の試験潜水艦「たいげい」が担当し、他の潜水艦は、稼働日数を増やすことで有事即応の体制を進める。これと共に専任試験潜水艦で開発試験の加速を目指すことになる。従って「たいげい」は、試験艦「あすか」と同様、横須賀基地艦艇開発隊群の所属となるものと想定される。
「たいげい」型の後続艦の状況は次の通り。
[SS-514] : 川崎重工神戸造船所建造中、進水2021年予定、竣工2023年3月予定
[SS-515] : 三菱重工神戸造船所建造中、進水2022年予定、竣工2024年3月予定
これ以降の建造計画は未定とされるが、旧式潜水艦の退役時期等から8隻程度は建造されるのではないか。
図6:「たいげい」型、「そうりゅう」型、「親潮」型の要目比較表。「たいげい」型の水中排水量は公表されていないが、4,200 tonを超えると思われる。
―以上―
本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。
防衛省 “防衛計画の大綱、中期防衛力整備計画” 令和元年8月発行
Yahooニュース 2020-10-14 “海上自衛隊の最新鋭3000トン型潜水艦「たいげい」が進水“by 高橋浩祐
防衛装備庁 “艦載装備品開発の歩み” by 副技術開発官・船舶担当 金子博文
YouTube・真・防衛研究チャンネル 2020/06/24 “最強の無音潜水艦となるか!3000 ton型潜水艦と最強魚雷18式について”
U.S. Naval Today.com October 15, 2020 “Japan Launches, names new diesel-electric attack submarine” by Naida Hakirevic
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