水素燃料ガスタービン・エンジン開発の現状


2020-10-10(令和2年) 松尾芳郎

 

エンジン・メーカーは、ジェット燃料/ケロシンを水素に変えるための研究を長年続けてきた。ヨーロッパ連合(EU)は、民間航空機から出る排気ガスCO2削減の強化を目指し、水素燃料の実用化研究を促進させている。

(Engine manufacturers have long studied hydrogen application as an alternative to carbon-based jet fuel. European Union now led decarbonization from aviation industries, by eliminating the CO2, NOX and other impurities from the engine exhaust.)

水素燃料実用化の問題箇所は、液体で貯蔵するため -253 ℃ の超低温で保管するための技術、水素原子は金属組織の中に浸透し脆性破壊を起こすのでその対策、それから輸送用配管などの継ぎ目のシールからの漏れ防止策、それから水素専焼ガスタービン技術の確立、などである。

これらの解決にはロケットで積み重ねた経験が役立つ。

米国では1950年代に軍用機の高高度飛行で水素燃料を使い性能を向上できないか検討したことがある。また1970年代のオイル危機で、代替燃料として水素を使う研究が行われた。1980年代および1990年代には石油不足の恐れありとして特にヨーロッパでは水素の使用が検討された。そして現在は気候温暖化の対策として、水素でエンジン推力を発生させる技術がスポットライトを浴びている。

しかし、エンジン・メーカーは、エアバスが発表した野心的な水素燃料航空機の開発計画に対し、やや懐疑的な見方をしている。全体の目標には賛同しつつも、多くの技術的問題点、安全性、証明取得の問題、それから日常運航に関わるインフラ・燃料補給体制の整備、などがクリアにならない限り、水素がケロシンに代わってジェット燃料の主流となるのは難しいと見ている。

メーカーによっては、モジュール化した水素燃料タンク付き民間機用のエンジンの検討を始めている。大半のメーカーは水素の直接燃焼を考えているが、これには様々な問題が予想される。

課題は、ケロシンに比べ液体水素(LH2)のエネルギー密度が3倍になる点、これは同じ量のエネルギーを収納するのに4倍以上の容積を必要とする、つまり同じ距離を飛ぶのに燃料タンクの大きさは4倍になる、ことを意味している。大型水素タンクを備えるため水素燃料機は空気抵抗が大きくなり、長距離路線には向かない。このため、エアバスなどメーカーは、短距離―中距離向けの水素航空機の開発に焦点を絞っている。

EnbleH2

図1:(EnableH2) 検討中の水素燃料用のエンジン燃焼器「マイクロミックス (Micromix concept)」の例。ケロシン燃料用ノズルと違い、無数の微小ノズルから水素を噴出・燃焼させて燃焼室の長さを短くする。図は環状型燃焼器(annular combustion chamber)イメージの断面で、左からコンプレッサー出口の高圧空気が入り、板状のマイクロミックス・ノズルから噴射する水素と混合・燃焼し右側の出口へ高温・高圧のガスを排出、タービンを回す仕組み。

 

直接水素を燃焼させるエンジンは、現在狭胴型機に使われている推力2,000-40,000 lbs級について、研究が行われている。長距離路線用の大型エンジンは、短・中距離路線に水素が使われる時代が来ても、暫くはケロシン燃料式の改良型の大型ターボファンが使われるだろう。

機体側では軽量で断熱材を使う高強度の燃料タンクおよびシステムの開発が重要課題だが、エンジン側では、タンクから高圧水素ガスをエンジンに供給する際の制御技術が課題となる。燃料システムに使われるバルブ類、流量制御装置、配管などからの水素ガスの漏れを防ぐ技術が必要となる、水素には「水素脆性 (hydrogen embrittlement)」で知られるように、微細な水素原子は金属組織に浸透し易く、そこに応力が加わると破壊を生じる、と云う性質がある。 (ロールスロイス航空宇宙技術開発担当主席技師Alan Newby氏談)。

同氏は次のように話している;―「エアバスは、液体水素を使う対象に狭胴型機の開発を選んだ、これは大きな抵抗増なしに大容量タンクの取付けが可能だからだ。エアバスは水素燃料の流量測定を、液状でするのか、あるいはガス状で行うのか、方針を示してほしい。液体の状態で、ポンプで加圧・流量を測定する方法はケロシンと同じで技術的には既知の方法だが、ガス化して流量を測るには多少の検討が必要になる。」

ガス化して流量測定する方法は、1957年にマーチンB-57を改造して水素燃料で飛行した機体で使ったことがある。エンジンは当時のライト(Wright)製J65 (RR-アームストロング・シドレー・サファイア/ Rolls-Royce Armstrong Siddeley Sapphireをライセンス生産したエンジン) 。これはNASAの前身のNACA (National Advisory Committee for Aeronautics) が米空軍のために「プロジェクトBee」で行なった研究であった。

AW&ST:NASA

図2:(AW&ST/NASA)NACA“プロジェクトBee”の目的は、水素燃料で飛行機の高高度性能がどの程度改善できるかを調べるため。試験機B-57B では液体水素(LH2)タンク(⑤)を左翼端に取付け、右翼端には加圧用ヘリウムのタンク(①)を取付けた。ヘリウムで液体水素タンクを加圧(②)、水素はパイプ(④)を通して熱交換器(③)で気化させ、左エンジンの燃焼室(水素燃焼用に改修済み)に供給、燃焼して推力を発生させた。

 

“プロジェクトBee” B-57は、離陸上昇の間は、両エンジンともジェット燃料(JP-4)を使い、上昇後に燃料をJP-4から水素に切り替えたが、スムースに切り替えができた。

NACAのルイス飛行推進研究所 (Lewis Flight Propulsion Laboratory) では、試験飛行の前に「高空試験装置 (Altitude Chamber)」を使いJ65エンジンの試験を行った。内容は、JP-4を高度65,000 ftまで使った場合と、水素を高度89,000 ftまで使った場合、の比較で、両者の燃費の差は水素の方が70 %少ないと云う結果を得ている。

水素は燃焼し易く・燃焼速度が速いので燃焼室 (combustion chamber)の長さを短くでき、従ってエンジン全長も短くできる。しかし燃焼温度はケロシンより38 ℃ ほど高くなるので、温暖化を加速する有害な窒素酸化物 (NOX=nitrogen oxides) を余計に生じる。

すなわち水素を燃やす燃焼室は、CO2 問題の解決にはなるが、NOX 排出を削減するためには改善が必要になる。

 

EnableH2

ヨーロッパ連合 (EU) は2020年に「液体水素燃料を使いCO2 を排出しない民間航空機研究 (EnableH2= enabling cryogenic hydrogen-based CO2-free air transport)」」と云うプロジェクトを発足させた。

これにはイギリスのクランフィールド大学(Cranfield Univ.) が中心となり、GKNエアロスペース社、サフラン(Saran)社、研究機関ARTTIC、ヒースロー(Heathrow)空港、ヨーロッパ水素協会、およびその他の英国、スウエーデンの大学などが協力している。3年計画で、470万ドル(約5億円)を使い民間航空機用として水素を燃料に使う燃焼室の開発、特に「マイクロミックス(Micromix)」燃焼技術の開発に焦点を当てている。

「EnableH2」研究のリーダーを務めるクランフィールド大学のボビー・セチ(Bobby Sethi)氏は次のように話している;―「ケロシン燃料を使う普通の燃焼室はそのままでは水素燃料には使えない。水素の燃焼温度はかなり高いので、完璧な燃料・空気の混合気を作らない限りNOXの排出量が増えてしまう。完璧な混合気を得るには「予混合(premixing)」をすれば良いが、これには新たに安全問題が生じる」。

2000年にエアバスが始めた「超低温航空機(cryoplane)」研究では、ドイツのアーヘン工科大学(Aachen Univ.)が、数千個の燃料ノズルを使う「マイクロミックス燃焼器」を初めて提案した。これでNOXを発生する高温の燃焼区域がかなり減ることが判ってきた。

ボビー・セチ氏はまた次のように話している;―「今年8月末にニューオルリンズ (New Orleans, LA)で開催された “米国航空宇宙学会/EATS (Electric Aircraft Technologies Symposium /電動航空機技術シンポジューム)”で、前述の「EnableH2」に新たな進展があった。ここで(川崎重工から)地上試験用の「マイクロミックス・ノズル使用の燃焼器」の試作・研究の結果が報告された。

これによると、マイクロミックス・ノズルの設計を変えることで火炎伝播速度の範囲が広がり火炎存続時間を減少できることが分かった。この部分の研究を進めれば水素燃料ジェットエンジンの完成が見えてきそうだ。

試験ではノズル(インジェクター・アレイ)への水素流量の制御を行なったが、これで燃焼温度分布をコントロールできるので、新たに温度を下げるための燃焼希薄区域を考えなくて良い、ことが判った。

enableh2-technologies

図3:(Kawasaki/EnableH2/AW&ST) 水素燃料用燃焼器の試作品、地上設置用エンジンで試験中の装置。真ん中の円盤状は水素ガスを噴出すノズル(インジェクター)で、数千個のノズルが配置( injector array ) されている。ICAO(国際民間航空条約機構)の「実績調査セミナー (Stocktaking Seminar)」2020-05-05)で紹介されたもの。

 

川崎重工の研究

川崎重工では2014以降「水素ガスタービン燃焼技術」に関わる研究を行い、報告書で公開しているので、簡単に紹介する。

排ガスのNOXを減らすには、燃焼室に水噴射をして温度を下げる方法が用いられてきたが、これではガスタービン発電プラントなどでは全体効率が低下する。

この代わりに水素燃焼でNOX低減を図り全体効率を高める研究を進めてきた。すなわち部分的に水素を使う「水素混焼」から全てを水素にする「水素専焼」までの各種の水素濃度に対応可能なガスタービンの開発を目標としてきた。

水素ガスタービンの要は「燃焼器」で、天然ガスより燃焼速度が7倍、かつ火炎温度が高い水素を燃焼させ、同時に排ガス中のNOX含有量を基準の 70 ppm 以内に抑える(社内目標は35 ppm)ことを目標にした。

NEDO/川崎重工/大林組は、「水素社会構築技術開発事業」の一つとして、川重が開発した「マイクロミックス燃焼」技術を使い水噴射を使わない低NOX水素専焼ガスタービンの実証試験を今年(2020)5月に開始、世界で初めて成功した。(燃焼温度を下げるための水噴射をしない)このドライ燃焼方式は発電効率が高く、NOX排出も低減できる。今年秋からは、この水素ガスタービンの熱と電気を近隣施設に供給するシステムの試験を、神戸市ポートアイランドで開始する予定である。

水素ガスタービンと排熱回収ボイラーを組み合わせた、本「コージェネレーション・システム」からは1,100 KWの電力と2,800 KWの熱エネルギーを周辺施設に供給できる。

 

(注)NEDO は国立研究開発法人「新エネルギー・産業技術総合開発機構」の略称で、水素社会の実現に向けて「水素社会構築開発事業」を進めている。

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図4:(川崎重工)「マイクロミックス燃焼器」のイメージ。2 MW級ガスタービン用の試作水素専焼燃焼器とその内部を示す、全体の長さが短いことに注目。円盤状の水素バーナー・モジュールには「空気孔リング」と「水素ノズル・リング」が同心円状に交互に配置されている。コンプレッサー出口からの高圧空気が「空気孔リング」の孔から吹き出し、「水素ノズル・リング」両側面にある多数の微細ノズルから水素が噴出・空気と混合して燃焼する。ノズルはシャープペンシル芯ほどの大きさ。この方式で「水素火炎」は「バーナー・モジュール」近くに留まり長く伸びないので燃焼器は短くて済む。

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図5:(川崎重工)神戸市ポートアイランドに熱と電力を供給する「低NOX水素専焼ガスタービン・システム」。ガスタービンは川重開発のM7A & L20A系列エンジンで、水素専焼燃焼器を搭載する。

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図6:(川崎重工)M7型ガスタービンは発電出力6~8 kw級、L20A系列は発電出力17.5-18.8 KW級。型式は「1軸型」、コンプレッサーは軸流11段、燃焼器器は缶型6個、タービンは軸流4 段、回転数は13,700 rpm。缶型燃焼器を水素専焼型に変更して使う。

 

エンジン・メーカーの対応

GE(GE Aviation)でも水素燃焼器の研究をしている。それによると、水素の火炎速度は極めて早く火炎長が短いので、燃焼室の空力設計に特別の注意が必要、また、精密な燃料流量コントロールが欠かせない、としている。燃料をケロシンから水素へ転換するのはそう簡単ではない、としている。

GEは「ガス・パワー部門」で航空エンジンを地上設置の発電装置に改造し、世界中で70基以上使っている。これらは燃料にケロシンと水素の混合気を使っている。これは米国エネルギー省の計画「高水素燃焼ガスタービン(high H2-concentration-capable gas turbine)技術」として始まったもので、これがGEの将来航空機用エンジンの先導役となっている。GEはこの経験を航空エンジンへ適用することを考えている。

工業用発電装置で得た「始動」と「停止」時における水素を除去(パージ)する方法、水素の噴射技術、および燃焼室での「逆火(flashback)」防止技術とNOX低減技術、などが航空エンジン開発に利用できる。GEでは、さらに、液体水素/LH2 の熱管理、水素脆性問題、それから燃料系統のシールからの漏洩防止、などの課題に取組む必要がある、と話している。

プラット&ホイットニ(P&W)の先端技術担当先任技師ミカエル・ウインター(Michael Winter)氏は「中間的措置として現用エンジンをLH2 化することは可能、しかし水素化の利益を十分得るには、エンジンの統合的な設計、すなわち水素エネルギーの利用と熱吸収源(heat sink) としての活用を含む熱力学サイクルを反映した設計(航空機運システム全体を含む)が必要である。単に水素を燃やすだけだと多くの利点が失われる」と言っている。

「P&Wでは現在狭胴型機で使っているPW1100G ギヤード・ターボファンの LH2化を検討している。好ましいとは云えないが、このエンジンが今後30年間使われ続けることを考えればやむを得ない。エンジン・航空機の設計を今新たに始めると完成は2025年、そして就航開始は2030年になり、クリーンな排ガス効果をもたらす多数機が就航するのは2065年頃になるだろう。」

GEやロールス・ロイスと同じようにP&Wも、現在のガスタービンが今後も改良を続けながら長期間使われると考えている。エンジン・メーカーは新型機の投入時期を決められないが、新技術への投資は続けて行き2050年までに航空機からの排出ガスを2005年の水準から半減させることを目標にしている。これには、航空機の運航方法の改善と、エンジン自体の性能改善を年率 1.5 -2 % で行うことを含んでいる。

 

終わりに

ガスタービンの燃料に炭素化合物であるケロシン「JP-4」を使う限り大気汚染・温暖化を促進する炭酸ガス(CO2)、窒素酸化物( NOX)などの排出は防げない。EUの「EnableH2」プロジェクトは始まったばかりだが、エアバスと一部のベンチャー企業は早速取組みを始めた。この一つが水素専焼ガスタービンの開発であり、その実現の鍵となるのが「水素燃焼器」である。

この分野では川崎重工の研究、今秋神戸市で稼働予定の地上設置型「低NOX水素専焼ガスタービン・システム」が世界の先端を行っている。川重の研究成果が航空エンジンの水素化に貢献することを期待したい。

川崎重工は、ガスタービンの水素燃焼技術の開発で、2015年からドイツのアーヘン工科大学の高温/高圧燃焼試験設備で実機試験を実施、2017年には図4に示す試作燃焼器を完成している。

 

―以上―

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y-matsuo79@ja2.so-net.ne.jp 松尾芳郎

 

本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。

 

Aviation Week Network September 30. 2020 “Hydrogen Combustion Challenges Face Engine Makers” by Guy Norris

川崎重工技報 2013-03 173号 “8 MW級 高効率ガスタービン「M7A-03」の高性能化“

NEDO・川崎重工・大林組 共同報告2020-7-21 “世界初、ドライ低NOX水素専焼ガスタービンの技術実証試験に成功・・水素社会の実現に向けて水素発電の性能を向上・・”