2021年8月2日
元文部科学大臣秘書官 鳥居徹夫
新型コロナの感染者数がリバウンドの状況にあり、重症者数は減少しているものの、第4回目となる緊急事態宣言が東京都・沖縄県に7月12日に発せられた。
その後も感染者数は、減少するどころか増大する一方で、8月2日から31日まで対象地域に神奈川県、千葉県、埼玉県、大阪府が加わり、東京都や沖縄県も期間が延長された。また蔓延防止措置の対象地域が増加した。
そういう状況の中で、7月23日にオリンピックが無観客で開催され、この秋には自民党総裁選があり衆議院議員の任期がくる。
7月4日には東京都議選があった。自民党は当初50議席を超えるとの予想であったが、実際は33議席であった。
都議選の結果が、メディアや与野党にとって政局となり、自民党で大規模な追加経済対策を求める声が上がった。
自民党政調会長の下村博文は、都議選の翌日の5日、BSテレビの番組で「困窮世帯に1人10万円給付」を検討する考えを示した。
下村博文政調会長は、住民非課税所帯、一人親家庭、非正規雇用など困っている方に対する追加(現金)給付をするが、多く見積もっていたとしても2000万人程度とみられる。
国民1人あたりではなく、あくまでも対象は困窮世帯である。
衆院選前に経済対策の裏付けとなる補正予算を成立させるには、次の臨時国会で審議しなければならず、与党は予算の大枠の提示にとどめる方針という。
二階俊博幹事長も8月8日、追加経済対策について「30兆円に近いものを考えていかなければならない」と語ったという。
補正予算は、衆院選後の11月の臨時国会で成立させて直ちに施行したいと自民党は考えているようだが、衆議院選挙で自民党が敗北すれば財務省の歳出抑制路線が巻き返しを図ることになろう。
都議選の直前にも自民党は、生活困窮世帯に3カ月で最大30万円の自立支援金を支給すると発表したが、まだ施行されていない。
これらは、いずれも申請書類が多く審査に時間がかかり、使い勝手が悪すぎる。
他の支援金もそうだが、コマ切れの支援制度が多く、申請するのは自治体の窓口だが積極的に広報しようとしない。
たとえ財政拠出が国であっても、窓口である地方自治体の業務は大変である。
◆長期化する新型コロナと感染拡大、個人消費が激減
昨年度2020(平成2)年度の国民総支出(GDP)は、マイナス4.7%と「リーマンショック期より悪化」した。とりわけ個人消費が急減した。
鉄道関係や航空産業、旅行業やホテル旅館などの観光業界、さらにデパートなどは軒並みの赤字続きである。
事業者だけでなく個々人の生計も大変である。
厚生労働省によると、昨年度2020年度の1年間の生活保護申請件数が、速報値で22万8081件となり、前年比で2.3%増えた。同省は、失業や収入減少となった「働き手世代」の申請や受給が増えたとみている。
生活保護の申請窓口である自治体では、飲食や観光関係の経営者や従業員の申請が目立ったという。コロナ禍の長期化で、多くの自治体で飲食店への時短要請が行われた。外食産業の業界団体は、「休業している間も固定費は発生し続けている。各社とも危機的な状況だ。倒産してからお金が振り込まれても仕方ない」という。
早期に支給しないと「コロナで死ぬのではなく、経済で死ぬ」ことになる。実際に非正規の女性の自殺者が増えている。
「医療崩壊」より先に「飲食業崩壊」の様相である。飲食業に納品している事業者や農業や漁業、畜産の従事者や、そこで働く従業員やパートの女性や、アルバイトの学生への影響も多い。
とりわけ飲食・観光などの非正規雇用や低所得層の方々への波及、そして地方経済の落ち込みも深刻である。
昨年2002年末に改正されたコロナ特措法では、営業時観の短縮など知事の措置命令で罰金が科せられる。営業時間短縮に従わない飲食業店などが対象となっている。ところが生活や事業の支援金は支給が遅いが、罰金は取り立てが早いし、追徴金も課せられる。
新型コロナウイルス感染拡大の長期化が、国民生活を苦しめている。コロナの影響で、職を失ったとか、収入が激減した人が多い。
◆国民生活より財政切り詰めの財務省と立憲民主党
都議選前の6月18日に政府は、来年度の経済財政運営の基本方針「骨太の方針」を提起した。ところが新型コロナへの対策は万全を期す必要があるとする一方で、政府が掲げる財政健全化の目標は継続し、社会保障費などの歳出改革を実行するべきとしている。
よりによって、新型コロナウイルスへの対応でなど大規模な支出が続く中でも財政再建を進める必要があると強調している。
歳入の面では、「聖域を設けることなく、安定的な歳入財源を確保する必要がある」と提言した。大手企業や富裕層から、もっと税金を取れということである。
これでは国際競争力は低下し、産業企業に体力がなくなり、景気は逆行し、個人消費も伸びない。税収も停滞どころか減少する。
数年後には、炭素税(温暖化対策税)の本格導入にカジを切りたいのが財務省だ。
昨年度2020年度(令和2年度)の予算総額は、当初予算と1次、2次、3次にわたる補正予算を合わせ175兆6878億円。当初予算(102兆6580億円)の1.7倍という単年度予算額では過去最大の規模となったことを、財政規律派や財務省は強調する。
昨年度2020年度の国債の新規発行額は112兆5539億円と、初めて100兆円を超えた。予算全体で国債は歳入の64%。新規国債発行額はリーマンショック後の2009年の51兆9550億円の2倍を超える。
にもかかわらず政府は、国と地方の基礎的財政収支(PB)を2025(令和7)年度に黒字化目標堅持しを掲げた。
さすが自民党の部会では、新型コロナ対策による経済への影響から、積極的な財政出動を求める意見が続出したが、財務省ベッタリのベテラン議員らが反撃した。
日本の場合、国債を増発しても国内で消化する。国債を外国が購入しているわけではないので、ギリシアのように取り付け騒ぎとかパニックにはならない。
財務省は、国債残高が増えると長期金利が上がりインフレになるとメディアに訴えてきた。また国会議員などへのご説明をハシゴしてきた。ところがマイナス金利である。ハイパーインフレどころか、毎年2%の物価目標も達成していない。
この2%の物価上昇が10年間続くと、1.02の10乗で物価は約22%上昇し、名目賃金の上昇にもつながるハズである。
物価上昇率は、税と社会保障の一体改革の2012年以降は、10年間全体でも5%に達していない。消費税以下である。
消費税率が5%から8%、8%から10%と、この間5%もアップした。軽減税率や非課税品目もあるが、消費税アップ分の物価上昇への寄与度は大きい。
消費税率アップは、税金が上がったことであり、物価が上がったのではない。政府公表の消費者物価指数から、税金アップ分を差し引くと消費者物価は横ばいか下がっている。
2014(平成26)年に消費税率が上がったときは、物価水準はそのままだった。デフレであり、消費税アッブ分の多くが価格に上乗せできなかった。下請け業者は親会社から消費税のアップ分の価格吸収を求められ、賃金は上がらず可処分所得は低下した。
製品価格に転嫁できない分が、労働コストの圧縮に跳ね返り、実質賃金の目減りにつながった。
消費税率がアップしていながら、価格に転嫁できなかった。その結果、勤労者の賃金は抑えられた。そして個人消費も停滞し、景気が停滞しデフレ状態が続く、という悪循環から脱しようというときに新型コロナが世界を襲った。
◆財政緊縮政策の財務省と、迎合する立憲民主党
昨年度2020年度の経済成長率が「リーマンショック期を越えるマイナス」になったときに、財務省や大蔵族や一部野党議員は「財政規律」を強調している。
財務官僚は緊縮政策で政治家を洗脳しようと、個々の議員にご説明ご説明とハシゴして回っていた。
選挙が近づくと、いつもは財政出動を求める議員が多い。ところが今年は財務省や大蔵族のベテラン議員に抑えられている。消費税の減税とか廃止とか、特別定額給付金(昨年は一律10万円)を求める声もしぼんでいる。
たしかに立憲民主党や国民民主党の政策にも、定額給付金もあるが、財政出動のトーンが沈静化したさせた後に、実現しないことを見越したものである。
通常国会の会期末に、内閣不信任案を提出した野党には、政府がコロナ下でオリンピックを控えて換算総選挙に打って出ないことを見越したパーフォーマンスであった。
今年2021年初めにも財政出動の国民世論が盛り上がろうとしていた時に、野党は「国家財政も緊急事態」(立憲民主党の野田佳彦議員)と予算委員会で財政規律を強調し、積極財政の声や財政出動の足を引っ張った。
まさに自民党にとって「前門の野党、後門の財務省」なのである。
◆「財務省のために働く内閣」となった菅政権
菅義偉内閣は「財務省のために働く内閣」となった。財務省は、野党にも働きかけている。
定額給付金の最支給や大規模な財政出動を提唱していた自民党の安藤裕衆議院議員が、小選挙区(京都府6区)で勝ち抜いていたにも関わらず、これまでの選挙区の公認から外された。
安藤裕議員は「日本の未来を考える会」の座長として、財務省が嫌がる提言を多く出していた。
それと前後して、自民党京都府連は選挙区からの次の公認がはされ、別の前議員が予定候補者に指名された。
週刊誌(いわゆる文春砲)で「女性問題」のように取り上げられた。しかもタイトルと中身が違い、中身も卑猥な表現で、さも問題議員であるかのような印象操作であった。
週刊誌が勝手にストーリーを作り、無理やり記事にしてしまうという悪質ぶりで、相手された女性も否定していた。それがわかっていながら、自民党京都府連は、公認外しを撤回しなかった。
一方的な情報をメディアに流すなど、あまりにも悪質な反対派潰しである。
最近では、財務省も野党も喜ぶメルマガ記事も散見される。たとえば「都議選敗北の自民、また10万給付の税金泥棒」(7/8キツコのメルマガ)というタイトルからわかるように、そこには国民生活の救済の視点はなかった。
財務省は、昨年度2020年度のような定額給付金の一律配布だけは阻止したいとの執念を持っているのではないか。
昨年度2020年度は、国会に提出した補正予算案が修正となった。「生活困窮世帯を対象に30万円給付案」とする当初の補正予算案が、「国民ひとり10万円給付」と個人対象に組み換えた。
国会に提出した補正予算案を、国会審議前に大幅に修正することとなったが、予算修正だけは避けたいと思うのが財務省である。
◆積極的な財政出動の展開を
日本経済は、インフレどころかデフレのままである。
均衡財政主義を諦め、現金給付はもとより公共投資など財政支出を拡大し、市場にお金を流すことが肝要である。
昨年2020年春に当時の安倍政権が一人あたり一律10万円の給付を行ったが、今年2021年度は一律給付を求める目立った動きはない。
米国のバイデン大統領は、コロナ対策とし日本円で200兆円を計上し、すでに議会で法律が成立した。所得制限はあるにしても、そこには1人約15万円の現金給付を実施することも含まれていた。
そもそも現行の事業者や生活困窮者を対象とする対応では、どのように判断するのか、審査の基準は何なのか、不公平が生じないか、などの問題点が指摘されていた。しかも申請者のみが対象だ。
個人への救済制度や、事業者への支援制度を知っているかどうかで、違いが生じる。国や地方自治体の行政情報を多く知っているものと、情報貧者とは大きく差がつく。
困窮世帯が増加している時期は、なるべく対象を選別、分断をせず、一律で給付することが望ましい。また審査に時間がかかることもない。
ならば昨年のように、国民一律の定額給付金の支給の方が早いのではないか。
今回は選挙直前であり、財務省に狙われるのが怖いという議員心理となった。
立憲民主党なども、財務省に迎合して財政規律を強調している。与野党とも、財務省の財政緊縮路線を攻撃しない。野党と財務省の思考は同じである。
野党は、むしろ財務省の別動隊の役割を果たしている。
いま必要なことは、財務省のインチキ財政危機の主張を押し切り、積極的な財政出動の展開することである。(敬称略)