2014-12-12 松尾芳郎
図1:(ABC News/ William Verquest) 登録番号「N100EQ」の事故機、エンブラエル製フェノム(Phenom)100。同機のパイロットはモンゴメリー郡空港(KGAI)のランウエイ14の手前7nm (約13km)で、周辺を飛行中の機に対し「R/W 14に”straight-in approach(直線進入)”する」と伝えた(10:41 am)あと失速し墜落した。この空港には管制官が常駐していない。
日本でも新聞各紙が簡単に報道したが、米東部時間12月8日の朝メリーランド(Maryland)州モンゴメリー郡(Montgomery County, Md.)にあるガイザースバーグ(Gaithersburg)空港(KGAI)ランウエイ14に着陸進入中の自家用ジェット機が、ランウエイ手前約1マイルの地点に墜落した。これについて多少詳しく紹介する。
この事故で同機に搭乗していた3名と墜落地点である住宅街の民家の住人3名が死亡した。
事故調査に当たっているNTSBによると、同機は3軒の家を壊したが、最初に衝突した家の屋根を引き剥がし、2件目の家には胴体と尾部を残し、3軒目の家に片方の主翼が突っ込んで火災を起こした。この結果3軒目の家の2階にいた母親と2人の幼児が犠牲となった。
図2:(ABC News)墜落で火災となった家屋。
図3:(Google Mapから作成)モンゴメリー郡空港(KGAI)のランウエイ14端から1マイル(約1,600m)の住宅街(このような袋小路の場所を”cul-de-sac”と呼ぶ)に墜落した。目撃者は「非常な低空をふらつきながら飛び失速しそうだった」と語っている。
調査に当たっているNTSB係官によると、墜落機のフライト・レコーダーの記録では「同機の最後の20秒間は失速警報が鳴り続けていた」と云う。
NTSBによると、パイロットは同機「N100EQ」の所有者Michael Rosenberg氏で、同氏は定期航空操縦士資格(Air Transport Pilot Rating)および教育証明資格(Flight Instructor Rating)を持ち、飛行時間は4,500時間であった。2010年3月に同じ空港の反対側のランウエイで、ソカタ(Socata) TBM 700型機を操縦、着陸時に事故を起こし機体は全損となったが、本人は無事だった、経験を持つ。
事故機にはパイロットの他に2名が乗っていたが、その内の1人は副操縦士席に座っていた。同機はノースカロライナ州チャペルヒル(Chapel Hill, North Carolina)を離陸し、57分飛行し、空港のランウエイ14 にGPSを使って進入中だった。NTSB係官によると「進入中は殆ど会話をしていなかった」と云う。フェノム100はパイロット1人で飛行可能な型式証明を取得している。
NTSB係官は事故直前の状況について次ぎのように述べている。;—
「墜落32秒前、同機の地上からの高度は500㌳(約160m)、直線進入(straight-in approach)の場合、ここでフラップとランデイングギアを下げ着陸態勢をとる。レコーダーの記録が終わる20秒前に失速警報(stall warning)の「stall stall」が鳴り始め、同時に主翼の迎角が失速領域に近くなった。フェノム100の失速速度は、フルフラップおよびランデイングギア出しの状態で、通常77kt (約140km/hr)である。
フライト・レコーダーに記録されている最低速度は88kt、この時点で機体のピッチとロールが大きく変わっている。そして(失速警報が鳴り始めてから)2秒後にパイロットはパワーレバーを押しエンジン出力を増やしている。フェノム100の失速警報からの回復方法は「パワーを出してから迎角を押さえる」のが標準操作。エンジンには鳥吸い込みなどによる損傷はなく、火災や破裂などの痕跡もなかった。
事故が起こった当時、近くには教育証明を所持する教官が3人いて、2人は地上で、1人は飛行中でランウエイ14のダウンウインド・レグ(滑走路に着陸するため先ず滑走路と平行に反対方向に飛行する経路)を飛んでおり、これからランウエイに正対するためベース・レグに回り込むところだった。この飛行中と地上の1人の計2人の教官は「(事故機の)ピッチ角が大きくなり、ピッチとロールが数回繰り返されるのを見た」と話している。これは「図3」説明にある目撃者談と一致しており、機体が失速/ストール(stall)に入ったことを示している。」
NTSB / FAAによると、フェノム100の失速防止システムは次ぎの2段階になっている。すなわち;–
1)機速が失速領域に近くなると「失速警報(stall warning)」が作動し「stall stall」と発声、鳴り始める。パイロットはこれで①エンジンをパワーアップする。次に②操縦ステイックを押して機首を下げる。これで失速を回避する。
2)機速77ktになると作動するステイック・プッシャー・システムがある。この機速になると操縦ステイックが振動するので、パイロットはステイックを前に押し機首を下げ失速から回復する。失速回復には300〜500㌳(約100〜160m)の高度が必要である。
事故原因の最終報告は未だだが、以上の状況から”失速警報が鳴り始めてからの対応の遅れ”が事故に関与したのでは?との疑いが持たれている。
図4:(Embraer)エンブラエル社製フェノム(Phenom)100型機、着陸進入時の写真。いわゆる超小型ジェット機で、2007年7月に初飛行、引渡しはFAAから型式証明を取得した2008年末から開始、これまでに約300機が作られている。客席は4〜6席、パイロットは1人。航続距離は約2,000km。エンジンはP&WC PW617-F型ターボファン推力1,700lbsを2基装備する。
–以上−
本稿作成の参考にした記事は次ぎの通り。
Aviation Week eBulletin Dec 8, 2014 “Phenom 100 Crash is First Fatal for Light Jet” by John Croft
Aviation Week eBulletin Dec 9, 2014 “NTSB: Stall Warning Sounded Before Phenom 100 Crash” by John Croft
FLYING Dec 11, 2014 “NTSB: No Evidence of Bird Strike in Phenom 100 Crash” by Stephan Pope