–中国軍拡に対抗するため、アジア同盟諸国への支援強化に乗り出す-
2015-09-24 松尾芳郎
世界平和と安定のため、米軍事力の派遣を求める声は多い。米国防総省はその中でもアジア・太平洋を最重点地域と位置ずけ、最新の艦艇と航空機を投入し戦力を増強することを決めた。去る8月初めに公表された米国防総省の「アジア太平洋地域の海洋保全戦略(Asia-Pacific Maritime Security Strategy)」で明らかになった。戦後70年間続いてきたアジア太平洋海域での平和と安全を維持するため、米軍は今後とも空と海での活動を継続、強化する。
「アジア・太平洋地域の海洋保全戦略」に記載された目的とは、「1.海洋の自由を守る、2.紛争と威圧を排除する、3.国際法と規範の順守を推進する」としている。
主な対象地域/海域として「1.南沙諸島(Spratly Islands)、2.東シナ海と沖縄列島、特に沖縄本島北西の白樺ガス田付近、3.尖閣諸島」を挙げている。
そして、「この地域/海域では急速な軍事力の近代化が進行中で、不測の事態や紛争が生じる危険性が著しく高まっている」と述べている。
図1:(“Asia-Pacific Maritime Security Strategy”by US DOD)米国防総省作成のデータ。図中の表示は次のように読む。「大型戦闘艦=フリゲートより大きい艦、小型戦闘艦=コルベット級より小さい艦艇、揚陸艦=小型揚陸艇を含まない」。中国海軍は、小型戦闘艦と揚陸艦の隻数で日本を大きく上回っている。
「アジア太平洋地域の海洋保全戦略」に沿って、その具体化がすでに始まっている。すなわち;—
第一は、現在第7艦隊の中核である原子力空母ジョージ・ワシントン(USS George Washington)を、今年(2015)秋までに新型のロナルド・レーガン(USS Ronald Reagan)(図2参照)と交代させる。横須賀入港予定は10月2日。また2020年までに、米海軍の最新型で航空機運用能力を持つ強襲揚陸艦アメリカ(USS America)(図3参照)を配備する。さらにBMD(弾道ミサイル防衛)対応型イージス駆逐艦を2隻日本に増派し、最新型のステルス駆逐艦DDG-1000を太平洋艦隊に追加する(図4参照)。
図2:(reagan navymil.) 米原子力空母「ロナルド・レーガン(USS Ronald Reagan, CVN-76)」は、ニミッツ級空母の9番艦としてNorthrop Grumman社で建造され、2003年夏に就役した。2011年3月には東日本大震災後に7隻の艦船とともに東北沖合に展開し,支援活動「ともだち作戦」に参加した。本艦は、満載排水量10万トン、全長333m、推進機関はWestinghouse製 A4W原子炉2基/蒸気タービン4基で出力26万馬力、最大速力30ノット以上。乗員は3200名プラス航空要員2480名、搭載航空機は第5空母航空団所属の約90機。
図3:(Wikipedia)米強襲揚陸艦「アメリカ(USS America, LHA-6 Amphibious Assault Ship)」は、2014年10月に就役したばかりの新鋭艦。タラワ級の後継となる強襲揚陸艦の1番艦で、攻撃打撃部隊や強襲上陸部隊の旗艦の役を担う。戦闘に参加する海兵隊員約1,600名を乗せ、輸送ヘリ、MV-22オスプレイ、F-35B VTOL機を20機搭載する。揚陸艇は持たずウエルデッキも廃し、空母的性格の強い揚陸艦。満載排水量45,000トン、全長257m、推進はガスタービン2基、合計出力7万馬力プラス補助エンジン2基、計1万馬力。速力22ノット。
図4:(Aviationintel.com ) DDG-1000ズムワルト(Zumwalt)駆逐艦は、目下試験中、海軍への引き渡しは2015年11月予定の最新鋭艦である。満載排水量約15,000トン、全長183m、推進機関はRolls-Royce Marine Trent-30エンジン2基、プラスRolls-Royce RR4500 ジェネレーターで78M Wattの出力。最大速度30ノット。Mk 57 VLS(垂直発射装置)を艦の側面に沿って20基装備する、各セルは1〜数発のミサイルを収納可能で合計で各種ミサイル80発以上を搭載する。搭載可能なヘリは、SH-60、MH-60R、あるいはMQ-8 Fire Scout無人ヘリ2機など。搭載する先進砲システムは155mm口径砲2基で射程150km、毎分10発発射できる。砲身は水冷式で平時は収納されている。ステルス性を高めた艦形で3隻建造する予定である。2番艦DDG-1001 Michael Monsoorは2016年11月、3番艦DDG-1002 Lyndon B. Johnsonは2018年12月にそれぞれ完成する。
これら艦隊を援護するために強力な航空機の配備も決めた。すなわちステルス戦闘攻撃F-22を配備し(ハワイ)、B-2およびB-52などの戦略爆撃機を引き続き駐留させ(グアム)、さらに海兵隊と特別部隊用にMV-22テイルトローター機の追加配備を行う(グアムと日本)。さらに2017年中に最初のF-35戦闘攻撃機部隊を岩国基地に展開する。
打撃力を向上させるために、より遠距離から敵を攻撃できる新型の統合空対地ミサイル(Jassm-er)や先進精密誘導兵器の調達を早める(図5参照)。また、現用のトマホーク(Tomahawk)巡航ミサイルの改良も計画している。
図5:(Lockheed Martin) AGM-158 JASSM=統合空対地ミサイル(Joint Air to Surface Standoff Missile)は空中発射型巡航ミサイルでステルス形状を持ち、重量約1トン、炸薬450kgで「ER」モデルでは1,000km以上の彼方にある目標を攻撃できる。全長2.4m、翼幅2.4m、エンジンはTeledyne CAE J402−100推力680lbs。誘導はGPSと慣性航法装置(INS)で目標に接近、そこから赤外線感知センサーで到達する。B-2、B-52、F-15E、F/A-18、F-35などに搭載できる。2013年から生産を開始、米空軍は4,900発を購入する意向と言われる。
ISRと呼ばれる「情報収集・警戒監視・偵察 (ISR=intelligence, Surveillance and Reconnaissance)」活動の強化にも取り組み、空母艦載型の新型早期警戒機E-2Dホークアイ(hawkeye)(単価238億円)24機の導入を決めている。さらに今後4年間で新型哨戒機P-8Aポセイドン(Poseidon) を47機、総額99億ドルで購入、その多くをアジア太平洋地域に配備する(図6参照)。
P-8A哨戒機は3014年3月の起きたマレーシア航空370便の行方不明事件で、捜索活動に協力した。P-8Aは現在のP-3Cに比べ、捜索現場への到達がずっと早く、燃費も良い。
またRQ-4グローバルホークを海軍用に改良した洋上滞空型無人機MQ-4Cトライトン(Triton)を2017年中に地域に派遣する(図7参照)。
図6:(Boeing)P-8Aはボーイング737-800型機に同—900型機の主翼を付けた海軍用哨戒機。対潜水艦、対地上、対水上艦の探知、監視、攻撃と電子情報収集(ELINT)を任務とする。レイセオンAPY-10多目的レーダーを装備するが、運用高度が高いため磁気探知装置(MAD)は装備しない。対艦攻撃用ハプーンミサイルを搭載する。これまでに20機ほどが海軍に引き渡し済み。インド海軍が8機を発注している。
図7:(Northrop Grumman) MQ-4Cトライトン(Triton)は広大な海洋と沿岸地域を、リアルタイムで「情報収集・警戒監視・偵察 (ISR)」を行う無人機である。我が空自が採用(4機)を決めたMQ-4グローバルホーク(Global Hawk)を、海軍用に改良した機体。全周をカバーする各種センサー類を備え、低空で遭遇し易い悪天候に耐えるよう構造が強化され、搭載重量が増えている。航続時間は24時間以上、飛行高度の上限は16,000m、航続距離は15,000km。翼幅39.9m、長さ14.5m、重量約15トン、エンジンはRR F137ターボファン推力7,600lbs 1基。米海軍では68機を配備する予定。
近年の中国軍の急速な近代化を考えると、この地域(アジア太平洋)で予期せざる不測の事態が起きる危険性は著しく増加している。中国は水上艦隊、潜水艦、航空機、ミサイル、レーダーの能力、さらに沿岸警備隊を含む海軍力全体の近代化に力を注いでおり、力で領土覇権を獲得しようとしている。
注目すべきは、中国は2013-2014年にかけて世界で最も多くの海軍艦艇を就役させ、遠洋航海能力を備える新しい多目的艦隊の保有に向け拡張を進めている点だ。今や中国海軍は300隻以上の水上艦艇、潜水艦、揚陸艦、哨戒艦を運用し、この数は日本を含むアジア諸国の何処よりも多い。
我が国は、この事態に対応するため、特に中国が領有を主張する尖閣諸島を含む南西諸島方面に陸海空3自衛隊の戦力をシフトさせ、また海上保安庁の能力を強化して、防衛力を高めつつある。(「中国の軍備拡張と我国の対応・2016年度防衛費」2015-09-13を参照)
このように急変する軍事情勢下で、日本は米国にとり重要な基地であることに変わりはない。米国は、日本政府の要求に応じ「AAV7水陸両用戦闘車」(52両)、「V-22オスプレイ・テイルトローター輸送機」(17機)、「E-2Dホークアイ早期警戒機」(4機)、および「MQ-4グローバルホーク滞空型無人監視機」(3機)、の売却を決めている。
むすび
「アジア太平洋地域の海洋保全戦略(Asia-Pacific Maritime Security Strategy)」は米国防総省が8月初めに公表した文書だが、我国メデイアは全く伝えなかった。時期たまたま参議院で「安全保障関連法案」が審議中で、野党側の“憲法違反”、“戦争法案”、“徴兵制復活”など、「安全保障環境」に関わりない主張に耳目を奪われていたためだ。政府側の答弁も、与党内や経済界にある親中派に配慮して、「安全保障環境の激変」の説明を十分に行わなかった嫌いがある。
幸い9月19日未明に懸案の法律が成立したことで、米軍を支援する“集団的自衛権”が日の目を見ることとなり、これで法的な面でやっと普通の国に近くなった。これからは新中期防(平成26-30年)で決めた防衛力整備を前倒しで実行し、1日も早く我国周辺の「安全保障環境の激変」に対処できる体制を整備して貰いたい。
-以上-
本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。
Aviation Week Sept.14-27, 2015 Page 82 “Pacific Punch” by Michael Fabey
“ASIA-PACIFIC MARITIME SECURITY STRATEGY” by US Defense Dept.
「中国の軍備拡張と我国の対応・2016年度防衛費」2015-09-13