中国軍の防空識別圏設定は明確な挑発だ


−尖閣諸島奪取に向けた新たな圧力、決して屈してはならない—

 

2013-11-28  松尾芳郎

2013-12-27 Revised

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図:我国の防空識別圏。防空識別圏(ADIZ=Air Defense Identification Zone)とは防空上の理由から設定された空域を云う。我国の防空識別圏は、大東亜戦争敗戦直後の1945年に連合国軍最高司令部/GHQが制定した空域を、1969年に防衛庁(当時)が引継ぎ、殆どそのまま防空識別圏として使用している。ただし日本最西端の与那国島上空が外れていたため2010年に線引きを見直した。

ADIZは、国外からの航空機が領空(領海)への不法侵入を防ぐために設けた境界線で、ADIZ内を飛行するには飛行計画を航空管制機関に提出しなければならない。

また、ロシアとの間に帰属問題のある北方4島と韓国が不法占拠する竹島はADIZに含んでいない。

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図:(中国国防省)11月23日中国国防省が発表した東シナ海(彼等は東海と呼称)上の防空識別圏。南端部分で尖閣諸島を含み、沖縄本島に接近し、九州西岸に僅か130km近くまで達し、我国の防空識別圏に大きく食い込む範囲を自国の防空識別圏とした。

 

中国国防省は23日、東シナ海に、我国の防空識別圏を大きく侵害する形で、自国の防空識別圏(ADIZ)を設定したことを明らかにした。そして、「防空識別圏は中国国防省が管理し、指令や規則に従わない航空機には武力措置を講じることがある」と発表した。これは民間航空機が、防空識別圏内の飛行計画の提出を拒めば緊急措置を採ることを意味しており、公海上空における飛行の自由の侵害である。我国としては到底容認できるものではない。

*我国の対応

統合幕僚監部の発表によると、この防空識別圏設定の発表直後に中国軍のTu-154偵察機とY-8電子戦情報蒐集機が相次いで我国防空識別圏に飛来したが、我が空自のF-15戦闘機が緊急発進して領空侵犯を防いだ。

我国は中国の防空識別圏設定に対し、安部首相が25日、参議院で「我国の領土、領海は断固守り抜く」と表明、中国に対し「一切の措置を撤回すべし」と要求した。また小野寺防衛相は「我国領空への侵犯に対しては厳正な措置を採りたい」と述べた。また外務省の斉木次官は、同じ日に程永華駐日大使を呼び付け厳重に抗議した。

我国のJAL、ANAなど民間航空各社は不測の事態を避けるため、23日から一旦は中国当局に対し飛行計画を提出し始めていた。しかし、26日午後国土交通省から提出しないよう指示を受け、27日からは提出を取り止め中国当局の警告を無視する形で飛行が行なわれている。政府の対中国政策に沿った当然の措置である。それにしても日本を代表する航空会社が、関係する国土交通省や防衛相に相談することもなく、直ぐに中国の脅しに屈し短期間だが飛行計画を出したことは情けないし、反省を求めたい。

*米国は?

米国のケリー国務長官とヘーゲル国防長官は、中国国防省の発表の数時間後に直ちに声明で、その一方的行動を批判するとともに、衝突が起きれば日本を守る、との米国の方針を表明した。ただケリー長官が中国軍の発表について「反対する」ではなく「支持しない」と、やや穏やかな調子で非難した点が懸念される。

中国は、かねてから米国に対しオバマ・習近平会談等を通じて“日米両国の連携に楔を打ち込み日中間の問題から米国に手を引かせよう”と云う趣旨の「米中2大国論」なるものを提示してきた。数週間前には、米政府の某高官がこの“2大国論”を容認するかのごとき発言をしている。この政権内の“中国と事を構えたくない”と云う意見を窺わせるケリー長官の発言だった。

26日にはホワイトハウスのアーネスト報道官は中国の防空識別圏設定について「不必要な対立を煽るだけだ、こうした問題は脅しや対立を激化させる表現で対処すべきではなく、外交的な解決が可能でありそうすべきだ」と語っている。これもケリー長官の発言趣旨に沿うもので、領有権を巡る軍事衝突に米国が巻き込まれる恐れがあることを懸念したもの、と受け止められている。

しかし一方で国防総省の対応は違った。すなわち25日夜(米東部時間)にはB-52戦略爆撃機2機をグアム基地から発進させ、沖縄本島西方東シナ海の中国側防空識別圏内を飛行、1時間足らずパトロールを行ない中国軍の対応を探った。勿論、中国が求める事前の飛行計画、無線周波数の提示などは一切無視して行なわれた。この飛行について国防総省のステイーブ・ウオーレン大佐は「通常の手続きに従って尖閣諸島付近でオペレーションを実施したもの」と語っている。これに対し中国軍は、緊急発進は勿論監視飛行も行なわず、単にレーダーで追跡しただけで、抗議声明も出していない。“強い相手には手を出さず”と云う中国伝統のやりかただ。このB-52による迅速な対応は日米間の連携の強さを改めて示したものと云える。

*中国の狙い

中国の狙いは何処にあるのか。このような動きで、日米間の微妙な意見の違いに揺さぶりを掛け、日本側の主張を徐々に弱めて行き、最終的には尖閣諸島を乗っ取り、その地下資源を確保するのが狙い。同時に海域の制海/制空権を奪い、自国の戦略原潜(SSBN)の外洋進出の自由を図り、将来の国際社会で対米対等の地位を窺う、と云うのが長期的戦略であることは明らかである。

*  むすび

ますます挑発的になる中国の対日姿勢に、我国はどう対処すべきか。これまで長い間、経済第一、国防は全て米国に頼ってきた我々だが、昨年の民主党政権の末期頃から国民は“どうもおかしい、このままで日本は大丈夫か”と気付き始めた。幸い新しく誕生した安倍内閣は“強い日本を取り戻す”のスローガンで国民各層から広い支持を得て、決める政治で国政の停滞を取り除き“国家の自立”を目指して舵を切りはじめている。

今回の中国軍の防空識別圏設定は、米国がイラン核開発問題の解決に忙殺されている時期に合わせ突然行なわれたもので、米国の隙を突いた作戦と見る向きもある。幸い間髪を入れず日米両国が連携して対応したため、今のところ問題の拡大は押さえられている。

しかし米国の庇護には限界が見え隠れしており、いつまでも支援が得られるとは思えない。今回の事件は我々に“自分のことは自分で対処すべし”との教訓をもたらしたものと云える。

今回の我国政府の対応は迅速で正しかったか。時系列的に振り返ってみると、23日の発表後に行なわれたのは、外務省事務レベルから東京の中国大使館に電話で抗議を申し入れただけだった。一方米国は、中国国防省発表の3時間後にケリー国務長官とヘーゲル国防長官から非難声明が出された。これに追随して我が政府も抗議レベルを上げて対応したと云うのが実態で、そこには独力でも断固国益を守ると云う気概は感じられない。事実ウオールストリート・ジャーナル紙は25日の紙面で「中国による挑発への日本政府の反応は抑制されている。中国への抗議もトップ級でなく実務レベルを通じて伝えられた」と記している。“弱腰の相手は居丈高に脅す”と云う中国に対処するのにこんなことで良いのだろうか。

それにしてもこのニュースが、我国経団連一行178名の諸氏による中国訪問の最終日に出て来たのは、皮肉としか言いようがない。安倍内閣は経済界に対しても、国策に沿って行動するよう常日頃から指導すべきであろう。

−以上−