434万票の疑問と怒り ――都知事の五千万円問題


2013-12-02  豊島典雄

今、世間の話題の一つが徳洲会から猪瀬直樹知事への五千万円問題である。知事は記者会見、東京都議会本会議、また記者会見と釈明に次ぐ釈明をしているが、都民の理解は得られていない。知事には強力に援護する政党もなく、時間とともに追い込まれていくようだ。

都議会でも追及は続く、都政の停滞の恐れがある。2020年東京五輪のイメージにもかかわる。そうなる前に、鮮やかな引き際を見せてほしい。また、昨日も永田町を歩いてみたが、徳洲会グループの選挙違反より、徳洲会マネーの広がりとその見返りに対していろんなうわさが乱れ飛んでいた。検察の捜査の進展でいろいろと見えてこよう。この問題は政界と金の関係が未だ、非近代的なものであることも示している。

都議会本会議で知事は

11月29日の都議会本会議で猪瀬直樹都知事が都議会への所信表明で、この五千万円資金提供問題に関して発言した内容は以下の通りである。

「このたびの私が徳田毅代議士から五千万円を借り入れた問題につきまして、一言申し述べさせていただきます。 この借入金は当時、自分の先の生活に対する不安があり、昨年11月に私が個人として借り入れたものであります。手を付けず、全額返済いたしました。今年2月に返済する予定で具体的約束も取り付けていましたが、結果として延び延びとなり、返済が9月になってしまったこと、また無利子・無担保で借りたこと、その軽率さについて批判をいただくのは当然です。この間を振り返り、深く反省しています。

しかし、医療法人『徳洲会』グループに対して、見返りに便宜を図ったことは一切ありません。また、資産報告書等への記載を怠って、先日訂正いたしました。ひとえに私の不徳の致すところであります。

今回の事態により、都民の皆様、共に都政を担っている都議会の皆様に多大なるご心配、ご迷惑をおかけしたことは痛恨の極みであり、深くお詫び申し上げます。誠に申し訳ありませんでした。

一日も早い都民の信頼回復に向け、これからも都民のため、国民のため東京のため、日本のため、粉骨砕身努力してまいりますので、よろしくお願い申し上げます」。

この部分は所信表明の途中で胸のポケットから紙を取り出して読み上げていた。

李下に冠を正さず 

この発言について都民の多くの納得は得られていない。いくつかの疑問を抱いてしまう。

①、       都民は、選挙資金ではないか?そうなると選挙運動費用に関する収支報告書に記載がないので、公選法違反の恐れがあるから個人的借り入れと言っているのではないか?という疑念を抱いてしまう。

②、       かりに、知事の言う徳洲会からの五千万円は個人として無利子・無担保で借りたとしても、当時副知事という公職にある者として強く疑問を持たれて当然ではないか。 東京都が作り出資している新銀行東京でも利子は取っている。都民の代表に成ろうとする者が無利子・無担保で融資を受けることに疑問を抱かなかったのか。都知事としての資質に疑問符がつくのではないか。知事は「見返りはない」というが、東京都内には徳州会の病院などもある。なかなか理解は得られないのではないか。「李下に冠を正さず」「瓜田に履を入れず」である。

③、       やましくない金ならなぜ、資産報告書への記載をしなかったのか?

④、       自分の生活に不安があったから個人として借りたというが金融機関から利子を払って借り入れるべきではなかったか。今、日本の世帯の31%は金融資産ゼロである。誰も無利子・無担保では貸してくれない。高いポスト、保持する権力への資金提供ではなかったか、と庶民は思ってしまうのである。

“表なし”だね

新聞の投書欄にも怒りをあらわにしたものがあった。「釈明は二転三転して到底納得できない。限りなくクロに近く都民の代表としてふさわしくない。東京五輪で“おもてなし”が言われているのに、これでは裏ばかりで“表なし”だね」(産経新聞、11月29日)。東京五輪の“顔”にはなれない、という厳しい指摘である。

電車の中で、真向かいに座った老夫婦の妻が夫に「知事の記者会見見た? しどろもどろじゃない? 五千万円も無利子・無担保で個人的に借り入れ? 騙されないわ。投票して損しちゃった。政治はプロに任せたほうがいいわね。小泉元首相やってくれないかしら? でも過激なのも危ないか? 誰か政治のプロいないかしら」と怒りながら話しかけていた。猪瀬氏に投じられた434万票の多くの感情かもしれない。

 都民の信頼は

「民信無くば立たず」。孔子は、政治を行う上で大切なものとして、軍備、食料、人民の信頼を挙げ、この中でも最も重要なものは人民の信頼だとした。小泉元首相の座右の銘としても知られている。一年前の都知事選で知事選史上最多の434万票を得た猪瀬都知事だが、この五千万円問題で信を、都民の信頼を失ってしまったのではないか。

都政関係者も「12月5日には都議会で代表質問がある。知事を支える政党も無い。時間とともに死に体になっていく」「こういう後ろ向きの問題で、都政は停滞する。オリンピックの成功に向け、海外に東京を発信していくときなのに、逆に諸外国からのイメージが悪化する」と言っていた。永田町でも猪瀬都知事退陣を前提にして「候補者として誰がいいかな」などと、過去に出馬した有名人の名前を挙げながら議論している。

また、真相究明を求める声は極めて多い。都議会の多数派は今は所信表明に対する代表質問などで疑問を質す構えだし、真相解明そのものは検察の捜査が本筋である。しかし、都議会の多数派もこのままでは世論に押されて100条委員会設置に傾いていくのではないか。証人の出頭や証言を強制して真相を解明することになるのではないか。

「出頭又は記録の提出の請求を受けた選挙人その他の関係人が、正当の理由が無いのに、議会に出頭せず若しくは記録を提出しないとき又は証言を拒んだときは、6箇月以下の禁錮又は10万円以下の罰金に処せられる」(地方自治法第100条第3項)。「宣誓した関係人が虚偽の陳述をしたときは、3箇月以上5年以下の禁錮に処せられる」(同法第100条第7項)。

散りぬべき時知りてこそ 

都民のトップが問い詰められる姿になるのは見たくないし、諸外国に見せたくも無い。そんな事態になれば、例えセーフの結果が出ても国際社会の東京や日本への信頼も傷つき、東京五輪のイメージダウンである。宮様や安倍総理が先頭に立ってオールジャパンで勝ち取った東京五輪である。

100条委員会設置になる前に、5日の都議会の代表質問などへの答弁を通じて、知事には都民が心から納得できる説明がほしい。いずれにしろ都民の信頼は大きく傷ついている。回復は難しい。この問題を引きずる形での都政の停滞は許されない。

日本は“おもてなし”の国であると同時に“侍の国”でもある。「散りぬべき 時知りてこそ 世の中の 花も花なれ 人も人なれ」(細川ガラシャ)。都民の疑問に真摯に答えた上での知事の潔い決断を期待したい。

−以上−