DARPA、巨大な折畳式スパイ宇宙望遠鏡を開発中


−国防高等計画研究局(DARPA)が進める超大型スパイ宇宙望遠鏡(MOIRE)計画は、これまでの宇宙望遠鏡の常識を遥かに超える斬新なプロジェクト、常時地表の4割を監視できる–

 

2013-12-27  松尾芳郎

 

DARPAスパイ望遠鏡

図1 (DARPA) :DARPAが開発中の大型スパイ宇宙望遠鏡”MOIRE”のフェイズ1試作機。写真は試作した主鏡の一部分を示す。これは、台所用のクレラップとかサランラップと同じプラスチックの透過薄膜(厚さ0.025mm以下)に回折パターン(diffraction pattern)をエッチングして作ってある。これで集光した光を、数十m離して設置した望遠鏡センサーに集めて焦点を結ばせる。

”MOIRE=Membrane Optical Imager for Real-Time Exploitation”、訳すると「常時監視可能な薄膜型光学望遠鏡」だが、“MOIRE”と云う単語自体は“波紋”とか“模様”の意味をもつ。

“MOIRE”計画の主契約は「ボール航空宇宙(Ball Aerospace)社」、同社はこれまで“ケプラー(Kepler)”宇宙望遠鏡や、これから打上げる”ジェイムス・ウエブ(James Webb)宇宙望遠鏡に使われる大型の光学系の開発を行なって行きた。

MOIREfull2

図2(DARPA):DARPAが示した主鏡面上の回折パターン

MOIREfull1

図3(DARPA) :高度36,000kmの地球静止軌道上で展開された”MOIRE”スパイ宇宙望遠鏡の想像図。直径20.7mのプラスチック薄膜製の主鏡で光を回折、その左上25mにある衛星本体のセンサーに収斂させる。これで一度に地球上の40%に及ぶ広い範囲の精密な画像、ビデオ映像が得られる。

各望遠鏡の主鏡サイズ

図4 (DARPA) :望遠鏡の主鏡のサイズを比較した図。黄色で示した”MOIRE”が飛び抜けて大きいことが判る。各望遠鏡の簡単な紹介は以下の通り。

*  スピッツアー(Spitzer):2003年に太陽周回軌道に打上げられた赤外線宇宙望遠鏡、2009年に冷却用液体ヘリウムが消費されたので、現在は一部のカメラしか働いていない。

*  ハブル(Hubble):1990年にスペースシャトルで低地球周回軌道に乗せられた望遠鏡で、近紫外線、可視光線、近赤外線を使い宇宙を観測中、これまでに最も活躍した宇宙望遠鏡として知られる。2014~2020年まで使われる予定。

*  ジェイムス・ウエブ(James Webb):2018年秋に打上げ予定の宇宙望遠鏡。地球から150万km離れた外側の太陽周回軌道(ラグランジェ・ポイント2)で主として赤外線領域での観測をする。

*  ハワイ・ケック(地上設置):マウナケア山頂に設置されている2台の世界最大の宇宙望遠鏡、ケック1は1993年から、ケック2は1996年からそれぞれ稼働中。主鏡は小型の六角形セグメント36枚で構成されている。

 

(注)ケック望遠鏡の近くにある“すばる”望遠鏡は1999年に完成、主反射鏡はULEガラスの一体構造で直径8.2m、厚さ20cm、重さ22.8㌧、可視光と赤外線領域の観測をする。

 

国の安全を確保するには、常時世界のあらゆる場所の状況を写真やビデオで把握しておくことが求められる。現在は航空機(AWACSやGlobal hawkのような)がもっぱらその任に当たっているが、相手国の領空の飛行はできない。衛星による監視は有効だが、一度に写せる視界・範囲に限界があり、また精度を上げるため大型の反射鏡を36,000km上空の地球静止軌道(GEO=geosynchronous earth orbit)に打上げるのは重量がかさむので極めて難しい。

米国防高等研究計画局(DARPA=Defense Advanced Research Project Agency)が計画中の軽量の折畳み式宇宙望遠鏡が打ち上げられれば、監視活動が一層楽になりそうだ。

この宇宙望遠鏡は、これまでの巨大望遠鏡のようにガラス製レンズを使うのではなく、プラスチック製の折畳み式レンズを衛星の中に収納し、軌道上で展開して直径20mの主鏡として使う。これに比べると今の望遠鏡は比較にならない位小さく見える。(図4参照)

DARPAの新しい宇宙望遠鏡計画は”MOIRE=Membrane Optical Imager for Real-Time Exploitation”、訳すると「常時監視可能な薄膜型光学望遠鏡」計画となる。これまで打上げられたハブル宇宙望遠鏡、あるいはこれから打上げるジェーム・スウエブ宇宙望遠鏡はいずれも主鏡にガラス製のレンズを使っているので重い。これに対し”MOIRE”はプラスチック・レンズなのでずっと軽く、大型にできるので、地球静止軌道(GEO)から地球上を一度に広範囲を長時間に亘り監視することができる。打上げ時には、直径6.5mほどに花びら状に折り畳まれ、高度36,000mの地球静止軌道に到達してから直径20.7mにまで展開する。この軌道上から”MOIRE”は地球上の40%の区域を一度に観ることができ、高解像度の写真やビデオに収録できる。正に究極のスパイ衛星だ。それだけではなく、気象衛星としての役目や災害監視の有力な手段ともなり得る。

 

http://www.youtube.com/watch?list=UUOIHBHRbvncMo7Bf0Vx1zEQ&v=q5oqle9Ct4Q

 

これまでは、高解像度を得るには、ガラス製の厚い重量のかさむ高価な大口径の鏡が必要であった。DARPAによると、ガラス製の主鏡の開発は、大型化、大重量化、高額化の一途を辿っており、現在利用できる最大のロケットを持ってしても打上げは限界に近ずきつつあると云う。

開発担当責任者”ラリー・ガン(Larry Gunn)”海軍中佐は次ぎのようにコメントしている。『これに対しプラスチック製薄膜レンズ主鏡は、簡単に大きくできるので高解像度が得られ、しかも非常に軽く、打上げ時には小さく折り畳め、従ってコストが少なくて済む。これでガラスの使用に見切りを付けた』。

従来の望遠鏡では、光を主鏡で反射させレンズで回折させていた。”MOIRE”は台所用と同じ薄いラップ膜に回折パターン(diffractive pattern)をエッチングし、光をセンサーに収斂させると云う方式だ。

”MOIRE”計画は2010年3月に開始、2フェイズに分けて開発を進めてきた。フェイズ1では基本構想に誤りのないことの確認をした。現在最終のフェイズ2段階にあり、ここで宇宙望遠鏡に回折光学(diffractive optics)方式を使うに際しての問題点の解決に取組む。フェイズ2では、先ずプロトタイプとして直径5mの部分主鏡とその副鏡を作り地上で試験をする。この小型版は空軍士官学校(Air Force Academy)が2000年から打上げている小型衛星ファルコン・シリーズの7号機「ファルコン(Falcon) SAT-7」(2014年打上げ予定)を使い軌道に乗せ、事前の検証をする予定になっている

本稿作成に参照した主な記事は次ぎの通り。

The Golden Eagles News 2013-12-18 “DARPA’s Giant Folding Spy Satellite will Dwarf All Other Space Telescopes” by Allen McDuffee

DARPA Tactical Technology Office “Membrane Optic Imager Real-time Exploitation (MOIRE)”by Lt Col Larry Gunn

FalconSAT-wikipedia

Moonandback.com, “DARPA Moire Project seeks Real-time Space Imaging”by Edward Wright

Ball Aerospace, MOIRE Overview

国立天文台“スバル望遠鏡”

−以上