建設的野党とは何なのか?(その3)


2014-06-08  元・国務大臣秘書官 鳥居徹夫

 

■□「自主憲法制定」が「占領憲法を大幅改正」となった維新の会が分党

 

石原慎太郎氏、橋下徹氏を共同代表とする「日本維新の会」が分党することとなり、所属議員はそれぞれ意思を確認することとなった。その結果、石原氏側には23議員、橋下側には37議員となり、どちらにもつかない無所属が2議員という構図となった。

維新の会が分党したのは、橋下氏が今夏までに実現しようとしている結いの党(江田憲司代表)との合流問題との見方が強い。維新の会と結いの党との共通政策の作成過程で、江田憲司代表は、新しい党に「自主憲法制定」の文言を盛り込むことに反対した、と言われる。

つまり橋下氏らが、結いの党との合流のために、「自主憲法制定という文言」を障害とみなしたことに対して、石原氏らが拒絶した。そして石原氏が分党を申し出たのである。

橋下氏の影響力が強い関西出身の所属議員は、次の選挙を考えれば石原新党に行かないだろうとの見方が強かった。

ところが大阪から西野弘一議員、兵庫から三木圭恵議員、杉田水脈(みお)議員の3名が石原新党を選択した。

6月1日に東京で開かれた「新しい歴史教科書を作る会」の会合で挨拶した杉田水脈議員は、「(国民に約束した)維新八策には、集団的自衛権の行使容認と、自主憲法制定が入っている。有権者との約束は守るべきだ。有権者との約束を守る石原新党に行く」と断言した。また「(兵庫県を選挙区とするので)橋下の方が選挙に有利と考えなかったか」との質問に対しても「選挙区事情で考えてはならないと思う」と答えた。

日本維新の会の結党時、つまり2012年の衆議院選挙の公約では基本理念の中には、「維新八策の価値観、理念に基づいて、日本を賢く強くする」「自主憲法の制定」が掲げられていたが、今の維新のホームページには「自主憲法制定」が載っていない。

今の維新のホームページの記述は、「国家・民族、国民の自立を損なわせしめた占領憲法を大幅に改正し国家を立て直す」となっている。

つまり橋下グループは、はじめに「結いの党との合併ありき」で、その先の野党再編を見据えたものであろう。支持者・有権者への説明責任は、どこにいってしまったのであろうか。

 

■□焦点はバラバラの民主党の動向、再編の草刈場と化すのか

 

維新の会の分党が、野党再編につながるとの見方も出ている。

橋下氏は6月6日、大阪市内で記者団に「維新の会、結いの党、みんなの党と同じ考えの人もたくさんいる民主党の皆さんに旗を振ってもらいたい」と述べ、民主党を巻き込んだ野党再編に重ねて意欲を示した。

同時に橋下氏は、「民主党全部(と合流)というわけにはいかない」「海江田万里代表に公務員改革はできない。自衛権の話も合わない」と海江田代表を批判した。

民主党は野党第一党でありながらも、政策の軸がない。民主党が綱領を制定したのは、何と政権から滑り落ちた翌年の2013年である。つまり民主党が政権獲得したときには綱領がなかったのである。

いまも集団的自衛権行使の是非をめぐる党内の路線対立が表面化している。6月4日に、民主党の前原誠司前国家戦略担当相、長島昭久元防衛副大臣や細野豪志前幹事長ら13議員は、集団的自衛権の行使を限定的に認める「安全保障基本法草案」をまとめた。前原氏らは議員立法で提出する方針で、日本維新の会の橋下徹共同代表との連携を視野に、「党内のとりまとめでも集団的自衛権が全てだめだと決めていない。基本法をつくるのは大事なことだ」と訴え、また長島氏も「賛同してくれる他の野党の国会議員にも広く呼びかけたい」と述べ、他党の議員と共同提出する考えも示した。

これに対し翌5日、菅直人元首相や赤松広隆衆院副議長、江田五月元参院議長ら計15議員が、集団的自衛権の行使は容認できないとの見解を示した。

さらに7日、民主党の前原誠司元代表は「野党陣営の遠心力を求心力に変えていく努力が海江田氏は足りない」と、野党再編に慎重な海江田万里代表の姿勢を批判した。

日本維新の会の分党は、民主党内で野党再編派の主導権争いが激しくさせた。橋下グループは、結いの党との合流で、民主党の一部も巻き込み、野党第一党に躍り出たいと考えているのであろうか。党内が集団的自衛権など政策面で一致しない民主党に、揺さぶりをかける狙いも見え隠れしている。

かつて民主党が党内の亀裂を恐れて政策論議を先送りし、政権与党から転落したのは1年半前である。国民に責任を負わない議員集団のための政党ならば、政党の名に値しない。まさに選挙互助会である。

民主党は、党分裂の機が熟しているとの見方も強く、政界再編の草刈場になりかねない。

 

■□マスコミをにぎわす政党間の離合集散・再編と数合わせ

 

永田町では、どちらが選挙に有利かで、所属政党を決める政治屋が多い。ところが当選し国会議員となった後は、その党の綱領や選挙公約・マニフェストが、忘却の彼方に忘れ去られてしまう。そして選挙が近くなると、数合わせの論理、政党間の離合集散・再編がマスコミを賑わす。

小沢一郎氏が、政権交代前の民主党代表であったとき、当時の福田康夫総理と「大連立」で合意しながらも、党内の猛反対で頓挫した。この小沢氏の「大連立」に向けた言動は、党大会決定の「自民党に替わる政権交代」などの運動方針に反し、また国民に約束したマニフェストにも反する。

本来なら小沢氏は、党の懲罰委員会に付託され、厳重処分のシロモノであったが不問となった。同じ野党でも共産党では、ありえないことである。

また後に首相となり、消費税アップを実施した野田佳彦氏は、2009年の総選挙で、「シロアリを退治して、天下り法人をなくして、天下りをなくす」、「シロアリ退治しないで、今度は消費税引き上げるのか?」、「消費税を引き上げる話はおかしい。徹底して税金の無駄遣いをなくしていく。それが民主党の考え方」と、街頭演説で訴えたのである。

そして政権獲得の後、マニフェストに書いていない消費税を引き上げ、マニフェストに書いてあるシロアリ退治は行わずに、3年3ヶ月の政権は潰えた。

政党トップが政党そのものを私物化し、約束違反、運動方針違反すらも公然とまかり通るというのが、日本の政党の未熟なところであろう。

2007年9月に総理辞任の記者会見を行った福田康夫氏は、記者の質問に対し「あなたとは違うんです」と発言し、その年の流行語大賞となった。

新興企業の創業者にみられる前時代的なワンマン経営者の感覚が、政党に蔓延して入るのではないか。国民・有権者に対し、責任ある行動をとらない政治屋は、最後には有権者から見放される。

–以上−