エアバスの成功と懸念


2014-08-14   松尾芳郎

 

ファンボロー航空ショウでの実績

 

去る7月14-20日に行われたファンボロー航空ショウ(Farnborough Air Show)で、エアバスは新記録となる496機、公示価格で750億㌦の受注を獲得し、ボーイングの106機の確定受注と購入覚書95機を引き離した。ボーイング受注には、777Xの 50機の確定が含まれるが、覚書を加えて合計すると201機となり、受注総額はエアバスの半分を越えている。エアバス受注には、300機を越えるA320およびA320neoを含み、さらに懸案のA330neo では、121機の発注覚書を得て開発に踏切った。

シアトルタイムスのドミニク・ゲイツ氏によると、エアバスCEOファブリック・ブレゲー(Fabric Bregier)氏は記者会見で次ぎの重要な発言をした;–

①「A330neoの決定でエアバスの広胴型機の品揃えが完成した」、

②「エミレーツ(Emirates)航空が要求するA380のエンジン換装は行わない」、

③「ボーイング777-9Xに対抗する400+座席の大型機の開発は行わない」。

続けて「A330-800neo、A330-900neo、A350-900およびA350-1000の4機種で250席から370席の範囲を切れ目なくカバーできることになり、満足している」。

一方別の報道では“今年(2014)のエアバスの広胴型機受注は低迷”として次ぎのように述べている;—

「航空ショウ期間を含め7月一杯でエアバスはA320系列機で465機の確定受注をしたが、同期間の広胴型機の受注は低迷したまま。A330neoとA350で136機の発注覚書を獲得したが、いずれも厳密な意味での確定受注とは云えない。

今年1月–7月の期間中の、広胴機の純受注数は、エアバスが27機減らしたのに対し、ボーイングは273機を獲得している。しかし狭胴型機ではエアバスの732機に対し、ボーイングは 559機となっている。

注目すべき点は、A350の確定受注機数が減少したこと。これはエミレーツから70機のキャンセルがあったためで、クエート航空などから12機の確定受注があったが埋めきれなかった。しかし、それでも受注数は742機あり、これは充分な数と云える。

A380では、スカイマークの6機がキャンセルされたが、ダブリンを拠点とするリース会社アメデイオから20機の受注があったので、埋め合わせができた。

A330ではネットで29機の受注があり、さらにA330neoで多数の発注覚書を獲得、これは数ヶ月以内に確定発注に切替えられるので、広胴型機の受注数は年末までには持ち直す。」

結論として、今年(2014)7月までの両者の実績は、狭胴型機でエアバスが優位であったが、利益率の高い広胴型機の販売ではボーイングが強みを発揮した、と云える。

以下にエアバスの成功と今後の懸念に付いて述べて見よう。

 

A320と後継機A320neoの成功

 

A320がデビューしたのは1987年で盛大な式典が催された。その後継機であるA320neoは未だ初飛行前だと云うのに、3,000機を越える受注を獲得してエアバス随一の成功機となっている。しかし、そのロールアウトは、大方の予想に反して派手な行事は一切行われなかった。

完成したA320neo

図;(Airbus) 組立て完了しハンガーから姿を現したA320neo。地上試験の後間もなく初飛行する予定。A320系列機は中距離路線用、客席数150席前後の狭胴型機で、基本型となるA320は1988年から就航している。最終組立てはツールース(Toulouse, France)、ハンブルグ(Hamburg, Germany)、天津(中国)、さらに昨年春からはモーバイル(Mobile, Alabama)の4ヶ所で行われている。2010年末には、新型機A320neoの開発が決定、エンジンにはCFM Leap-XまたはP&W PW1100Gのいずれかを選択できる。在来型エンジン装備のA320に比べ16%の燃費節減が期待できる。2016年の引渡し開始予定で、以後15年間に4,000機が就航する。旧型のA320系列機は今年4月までに5,800機以上が引渡し済み。

 

A320の開発が決まったのは1984年、以来シリーズ全体として10,925機を販売、現在の受注残はA320neoを含み4,754機に達している。これを消化するべく生産機数を現在の月産42機から50機以上に引上げることを検討している。

全てが順調に見えるA320だが、紆余曲折を経て開発が決まった(1984年)当初の目標は、20年間で800機を販売すると云うものだった、そして600機が採算分岐点と予想していた。

エアバスは1970年1月にフランスとドイツ合弁で発足した企業で、当時は、ドイツが230席クラスの4発広胴型機、フランスは150席級の狭胴型機の開発を主張していた。折衷案として双発広胴型のA300を作ろうと云うことでスタートしたのである。(当時の雑誌に“エアバスは300回の会議を経てやっとA300の開発を決めた”と皮肉られていた)

そしてA300BとA310を併せて年間(月産ではない!)で40~50機を作ることになったが、1983年末には引き取り手のないA300が24機もツールース(Toulouse)空港に駐機していた。その翌年にA320の開発が決まったが、内容は、フライバイワイヤ操縦系統の採用、飛行許容範囲(flight envelope)を電子的に制御、新型のマン・マシン・インターフェイスを採用、エンジンは双発でスネクマGE製CFM56またはIAE製V2500から選ぶ、と云った斬新な試みが採用された。しかし、当初(1988~2000)は737-300、DC—9の新型、などと競合して販売は低迷し続けた。しかし地道な努力の結果、引渡し数で2002年にボーイング737を越えてからは、ずっと優位を保ち、2009年からは年間400機以上を顧客に納めている。今では民間航空機市場の30%を占めるまでにシェアを伸ばすに至っている。

前述のように航空ショウ期間中でも300機を越える受注があったが、内訳は、50機ほどの現在型A320を含み、大半はA320neo(2クラス150席)で、注目すべきは胴体の最も長いA321neo(2クラス185席)の需要が65機にも達したことだった。

 

A330neoの開発決定とA350の離陸中断試験クリア

 

A350開発に関連して最近重要な2つの問題が解決した。一つは高速離陸中断試験に成功したこと、もう一つはA350-800を発注済みのハワイアン航空がほぼ同じサイズ性能のA330-800neoに発注を切替えたことである。

ハワイアンの決定で、A350系列の最も小型の-800の受注数は28機に減り、残っているのはエアロフロート(8)、アシアナ(8)、イエーメン(10)、AWAS(2)となった。

エアバスは、公式にはA350-800の開発中止とは云っていないが、その顧客を同クラスで新規開発のA330neoに変更させたい意向を持っている。エアバスはハワイアンの発注変更が実現したことで、残りの航空会社にA330neoへ変更提案するのに自信を深めているようだ。

A330-900neoは2017年末に、また小型のA330-800neoは2018年前半に、それぞれ引渡す予定で開発が進んでいる。長距離路線を必要としない多くの航空会社は、座席数の多いA330-900neoを選ぶ、とエアバスは見ている。

エアバスが7月14日に発表した内容;–「A330-800neoとA330-900neoの開発を決定した。エンジンには最新のRR Trent 7000を採用する。主翼延長などの空力改善と客室仕様を一新し、基本型のA330に比べ、座席当たりの燃費を14%少なくし、航続距離を400 nm(海里)伸ばす。引渡し開始は2017年末となる。」

A330neoの完成予想図

図:(Airbus)2014-07-14に発表されたA330neoの完成予想図。A330neoには2機種ある。A330-800neoは252席で航続距離は7,450 nm(海里)、最大離陸重量はA330と同じ242㌧。A330-900neoは同じ最大離陸重量で、座席数は310席に増え航続距離は6,200 nm(海里)と短くする。787との比較で、航続距離は、A330-900neoは787-9より1,300 nm短く、A330-800neoは787-8より400 nm長い。座席当たり14%の燃費改善の内訳は、新型エンジンの効果で11%、主翼を3.7m伸ばし64m幅とするなどの改善で3%。主翼中央翼は変更しない。

 

ボーイングは787の開発を2004年に決めたが、これは当時のA330に対抗するためであった。エアバスはこれに対してA330の改良型を検討したが、顧客から評価を得られず断念した経緯がある。それが10年後になってA330のRR Trent 700に替わる新エンジンTrent 7000の実現の目処が立ち、A330neoとして再登場したと云うことである。

エアバスによると、座席当たりの燃費は、A330-800neoはボーイング787-8と同じレベル、またA330-900neoは787-9と同水準になる。しかし注目すべきは取得価格が25%安くて済むことだ。これ等を考慮して、A330neoの購入を決めたある顧客は“A330neoは2030年までに1,000機は売れそう”と予想している。Air Asia Xは今でもA330を20機所有する長距離路線運航のLCC企業だが、ここがA330-900neoの50機発注覚書(MOU)にサインしたことでローンチ・カストマーになった。これは、カンタス航空系LCCのJetStar 社やルフトハンザが計画中のLCCが、検討中の機種選定“A330かボーイング767か?”に大きな影響を及ぼすことになろう。AirAsia Xの他にA330neoの購入を決めたのは、Air Lease Corp (ALC)が25機(同時にA321neoを60機発注した)、ロシアのトランスエアロ(Transaero)が12機、リース企業のCITとアボロン(Avolon)がそれぞれ15機ずつ、となっている。

ALCのCEOで航空業界のカリスマ的存在であるステイーブ・ウドバーヘイジー(Steve Udvar-Hazy)氏は、「A330neoは、現在広胴型機が使われている路線の70~80%をカバーする中距離路線用としての最適な機体だ」と評価している。またA330neoと競合機との価格差に付いて「ボーイングはとても追随できないだろう」と云っている。

エアバスの営業担当トップ、ジョン・リーヒー(John Leahy)氏は「A330-800neoは787-8と客席数、燃費は同じだが、整備費と購入価格に違いがあるので、運航費全体としては7%の差が生じる」と云っている。

 

エアバスにとってA350-800開発を中止すれば、その資源を大型、つまり-900より胴体を11フレーム伸ばしたA350-1000の開発に注力でき好都合である。

A350-1000は、中央翼の組立てが始まり、ロールスロイスはTrent XWB-97、推力97,000lbs、の試運転をダービー(Derby)工場で始めており、機体の組立ては2015年に始まる予定だ。そして就航はA330-900neoより数ヶ月早い2017年となる。

A350系列で最初に就航するのはA350-900(RR Trent XWB-84、推力84,000lbsを装備)で、去る7月19日に型式証明取得の最後の課題である最大エネルギー離陸中断試験(MERTO=maximum energy rejected takeoff)に成功した。これは5機の試験機のうちMSN001を使って行われた。最大離陸重量268㌧を越える275㌧で170ktまで加速し、中断、ブレーキを掛けて停止すると云う過酷な試験だった。停止後5分間そのままにしてそれから消防車で脚部を冷却したが、この間ランデイングギア周辺の温度は1,400℃まで上昇したと云う。

シドニー着陸のA350

図:(Airbus)ルート検証飛行で8月5日にシドニー空港に到着したA350-900 MSN005号機。主翼、胴体、尾翼を炭素繊維複合材で作るエアバス初めての大型旅客機。A350-900とA350-1000の2機種を開発中で、-900は2014年末に就航予定。A350-1000の引渡しは2017年中頃になる。ローンチ・カストマーはカタール(Qatar)航空で80機を注文している。標準的な3クラス客席数で、A350-900は314席、-1000は350席。最大離陸重量はそれぞれ268㌧、308㌧。航続距離はいずれも14,000km以上になる長距離用大型機である。

 

続いてエアバスはMSN005を使い、3週間かけてルート検証飛行を行っている。合計で30フライト200時間に及ぶ飛行で、実際のエアライン運航を模したフライトを続けている。訪問先は、オークランド(Auckland, NZ)、フランクフルト(Frankfurt)、香港、カナダのイクルート(Iqaluit)、ヨハネスブルグ(Johannesburg)、サンチャゴ(Santiago, Chile)、シンガポール(Singapore)、シドニー(Sydney)、この内シンガポールと香港間は4往復する。

A350-900は今年9月に型式証明を取得し、11月にはカタール航空(Qatar)に引渡される。

A350系列機の確定受注は742機、これにオプション288機が加わる。この中には前述した機種変更の可能性のある-800型28機を含む。また、2014年6月にエミレーツ(Emirates)が発注済みの70機をキャンセルした件も勘定に入れてある。確定受注の内訳はA350-900が539機、A350-1000が169機。

我国では、日本航空が-900を18機、-1000を13機、合計31機を確定発注し、他にオプション25機を契約(2013-10-07)している。

 

懸念されるA380の今後

 

エアバスにとって最大の問題はA380の取扱いだ。

A380は14年前(2000)に開発がスタートしたが、2006年には業界のアナリスト、航空宇宙研究センターのフィル・ローレンス((Phillip Lawrence)氏とテイール・グループのリチャード・アボウラフィア(Richard Aboulafia)氏は、2025年までにそれぞれ800機および400機は売れると予想した。ところが実際は、現在(2014-07-31)の確定受注は318機(うち138機が引渡し済み)に止まり、販売はなかなか進んでいない。

そしてエミレーツ(Emirates)航空が最大のユーザーで50機を受領、発注残90機で、全てが納入されれば140機となる予定。つまり受注残180機の半分がエミレーツからと云うことである。そしてこの有力顧客がA380のエンジン換装を求めていると云う状況だ。

エミレーツA380

図:(Airbus)250億㌦(2兆5000億円)を投じて開発したA380は2階建て広胴型の世界最大の旅客機、2007年10月シンガポール航空で就航。客室床面積はボーイング787-8より40%広く、3クラス仕様で525席、最大で853席にもできる。航続距離は8,500 nmで、写真のエミレーツ航空が望んだ“ドバイからロサンゼルスに直行”ができる。2012年には主翼リブ・フィッテイングにクラックが入る問題が生じたが検討の結果、微細と判断され、在来機では部品の交換、また新造機では材料の変更、の処置で解決した。採算分岐点は、当初270機とされていたが、生産の遅延、予期せぬトラブル、ドルの下落などで、420機に修正されている。現在の公示価格3億900万㌦(390億円)に対し、生産価格は10%ほど下っているとされるが、実際の販売価格には割引があるので、評価が難しい。

 

これに対し、先般のファンボロー航空ショウでエアバスCEOのブレーゲー氏が「A380のエンジン換装はしない」と明言したのは前述の通り。「これでエミレーツ航空はその意向を受入れ、現仕様のA380の導入を続けることになる。エミレーツは、去る6月に発注済みのA350、70機をキャンセルして世間を驚かせたが、これは機材を大型の777Xに切替えるためのようだ。大量輸送を目指す同社は、同じ理由からA380の購入停止は考えられず、逆にその増機は避けられない筈」、と云うのが前述のアナリスト(Richard Aboulafia氏)の見方である。

A380を巡るもう一つの問題は中古機市場が存在しない点である。エミレーツに777Xの引渡しがスタートする2020年代になると、A380の退役が始まりそうだが、買い手がいない。エミレーツは、A380の相当な部分をアメデイオ(Amedeo)社からリースしているが、20機程度の返還を申し出るかも知れない。アメデイオ社自身も20機の確定発注をしており、このリース先を含めて未確定の部分が多くある。

A380を導入しているマレーシア航空、タイ航空、英国航空、エアフランス、ルフトハンザ、大韓航空、シンガポール航空、中国南方航空、の多くは発注した機体の納入延期を求めていると云われ、これも中古機市場の成立の妨げの一因となっている。

777-8X、-9Xは、2013年11月に開発を決めた長距離用大型機で、乗客400名、航続距離8,500 nm(15,000km)の性能を持つ。すでに6社から286機の確定受注と覚書を獲得、価格は公示価格で950億㌦以上になる。就航開始は2020年の予定。発注社は、エミレーツ(150機)、カタール(50機)、エチハド(25機)、ルフトハンザ(20機)、キャセイ・パシフィック(21機)、ANA (20機)。

何れにしても777-9Xの引渡しが始まると、これが引き金となってA380の存続に影響が生じることになり、これがエアバスの将来に大きな影響を与えるのは間違いない。

 

–以上−

 

本稿作成の参考にした記事は次ぎの通り。

Aviation Week July 14, 2014 page 70 “Defining Priorities” by Jens Plottau

Aviation Week July 21, 2014 page 14 “Farnborough Boost Airbus”, page 22 “Second Life” by Jens Flottau and Guy Norris

Aviation Week July 28, 2014 page 33 “Takeoff Rejected” by Jes Flottau

Aviation Week August 4, 2014 page 16 “Airbus’s Ascendency” by Pierre Sparaco

Seattle Times July 14, 2014 “UPDARED: Airbus launches A330neo and firmly answers to looming strategic questions” by Dominic Gates

Aviation Week eBulletin Aug 10 2014 “Airbus widebody orders weak in 2014” by Brian Bostick