2014-09-13 松尾芳郎
図:(Penn State University/NASA/JPL-Caltech) WISE 0855-0714と名付けられた太陽に近い冷たい天体のイメージ。これは[褐色矮星(brown dwarf)]と呼ばれ、質量が小さいため、太陽や多くの星々のように中心部で核融合反応が起きなかった星の一つ。[褐色矮星]は自身の重力で収縮する際に熱を放出して赤外線で輝く程度だが、この天体はこれまで発見された[褐色矮星]の中で最も温度が低く、北極では-48℃から-13℃くらい。イメージの色は低温のため青色で書いてある。この天体は太陽から7.2光年の至近距離にあり、天体の直ぐ右に明るい点で太陽が描かれている。
図:(Penn. State University)太陽近傍の天体を示した図。NASAの「広域赤外線探査衛星(WISE)」は、これまで発見された太陽近傍の天体システム4個のうち2個を発見した。いずれも名称の先頭に「WISE」を付け、一つは連星システムの「WISE 1049-5319」、もう一つは主題の「WISE J085510.83-071442.5」である。
NASAは、「広域赤外線探査衛星(WISE=Wide-field Infrared Survey Explorer)」と「スピッツアー(Spitzer)赤外線宇宙望遠鏡」を使い、これまでで最も低温の「褐色矮星(brown dwarf)」を発見した。この天体の北極の温度は地球のと同じ位低い。スピッツアー(Spitzer)宇宙望遠鏡で調べたところこの天体は太陽から7.2光年の距離にあることが判った。
太陽近傍の天体としては4番目の距離にある。太陽から最も近い天体は「アルファ・センタウリ(Alpha Centauri)」で、「同ベータ星」、「プロキシマ・センタウリ(Proxima Centauri)」を含む3連星である。(以後本文中では“ケンタウリ”と記す)
“アルファ・ケンタウリ”は、ケンタウルス座のアルファ(α)星で、ケンタウルス座で最も明るい、太陽よりやや大きい星で、近くには太陽とほぼ同じ大きさのベータ(β)星とプロキシマ星、を伴う3重連星。太陽からの距離は約4.4光年で最も近い恒星だ。
ペンシルバニア州立大(Penn State Univ.)の系外惑星・生命存在可能性研究所(Center for Exoplanets and Habitable World)教授のケビン・リーマン(Kevin Luhman)氏は、次ぎのように語っている。「太陽のこんなに近くに新たな褐色矮星が発見されたのは驚くべきこと。しかもその温度が地球と同じくらい低いと云うことは、この星の大気の構成について多くのことを示してくれる」。
「褐色矮星」は、普通の恒星と同じガス状天体で自身の重力で収縮しているが、ガス質量が少ないため内部で核融合反応が起きないので恒星のように光を発せず、収縮に伴う赤外線のみを放出する。
新しく発見された褐色矮星は「WISE J085510.83-071442.5.」と名付けられ、図の説明にあるように、北極圏の温度は地球のそれと同じ-48℃から-13℃の低温である。
「WISE J085510.83-071442.5.」は、木星の3ないし10倍の質量を持ち、木星と同じガス天体で褐色矮星に分類されるが、発見されている褐色矮星の中では最も小さい。
WISEが撮影した写真を2013年に解析し検出した褐色矮星「WISE 1049-5319」は、6.5光年の彼方にあり、2重連星系だ。この天体の温度は今回の発見に比べずっと高く室温(20℃前後)程度である。
WISE望遠鏡は、赤外線で全天をくまなく年2回走査して希少な天体を探り当てる。褐色矮星のような冷たい天体は、ガス収縮で微かな赤外線を放射しているが、可視光望遠鏡では捉えることはできない。
WISE望遠鏡で褐色矮星を検出したのはその赤外線検知能力に依る所が大きいが、それだけでなく、同じ天体を半年毎に調べ、それが付近の星々に比べ位置が変る事実を突き止め、今回の発見に至った。
近くにある天体の場合、数ヶ月の間を置いて観測すると背後の遠くの天体に比べ移動しているのが分かる。飛行機が低空を飛んでいる場合は、高空を飛ぶものに比べ、早く移動するように見えるのと同じ理屈だ。
リーマン教授は、2013年3月にWISE J085510.83-071442.5.の動きに気付き、スピツアー宇宙望遠鏡のデータなどを使い解析を進めた。そしてこの褐色矮星の存在と太陽からの距離、そして温度を突き止めることができた。
NASA WISE(Widefield Infrared Survey Explorer)
図:(NASA) NASAの「広域赤外線探査衛星(WISE=Wide-field Infrared Survey Explorer)」は地球極軌道上約500kmを95分で周回、一日で15周して数百万枚の赤外線写真を撮影した。
2009年12月に打上げられ、地球の昼夜を分つ軌道(Sun-synchronous polar orbit)の525km の上空を周回し、2011年2月まで活動を続けた。固体水素を使った冷却装置で絶対温度15度Kに保持された高精度の赤外線望遠鏡を搭載している。望遠鏡システムは、直径40cmの望遠鏡と百万画素数の赤外線検知器4個で構成され、内部と望遠鏡の筐体は、固体水素を使う冷却システムで冷却されている。
望遠鏡は太陽の熱が入らないよう太陽に対して常に直角に置かれ、6ヶ月掛けて全天を細かく分けながら捜査する。一区画の捜査は11秒毎に行われ、撮影データは毎日4回地上局に電送される。
WISEにはもう一つ役目があり、隕石や彗星の追跡にも使われている。
搭載している固体水素冷却剤はほぼ1年後に使い切ったが、それでも4基の赤外線望遠鏡のうち2基は多少温度が上がったものの充分機能していて、2011年2月まで探査ミッションに従事し、数百万枚の赤外線イメージを採取した。研究者達は、撮影されたこれ等の写真を分析中で、この内の一つが本件の成果として明らかになった。
スピッツアー宇宙望遠鏡(Spitzer Space Telescope)
図:(NASA) スピッツアー宇宙望遠鏡(Spitzer Space Telescope)は、赤外線宇宙望遠鏡で2003年に打上げられた。計画では寿命2.5年とされたが搭載の望遠鏡冷却用の液体ヘリウムが無くなる2009年5月まで活動を続けた。主鏡は直径85cm。液体ヘリウムを使い切った後も、最短波長用のIRACカメラ2台は異常なく作動するので“Spitzer Warm Mission”として使われている。
打上げは2003年8月、ケープカナベラル空軍基地から出発し、太陽周回軌道に乗り、地球から0.1天文単位(AU)離れた軌道上を地球と同じく1年掛けて太陽を周回している。
搭載装置は3種類あるが、その内前述したIRAC(赤外線アレイカメラ=Infrared Array Camera)は4台あり、それぞれ異なった波長帯(3.6μm、4.5μm、5.8μm、および8μm)を使って撮影する。各カメラの画素数は65,500画素。この内3.6μm、4.5μm、を受持つカメラが、冷却用ヘリウムが消費された後も絶対温度30度Kの環境のもとで“Spitzer Warm Mission”として使われている。
(注)光は1秒間に30万km進むのはご存知の通り。1光年とは、光が真空中を通過するのに1年掛かる距離。
1 au(天文単位)とは地球と太陽の距離1億5千万kmで、光の速度では約8分20秒かかる。最も遠い惑星である海王星は、太陽から30 auの距離にあり光の早さで約4時間10分かかる。現在冥王星を目指して飛行中の“ニュー・ポライゾンズ”探査機は海王星軌道を通過したところなので、地球から指令を出しても届くまで4時間以上掛かる。太陽近傍の天体と云っても我々の想像を遥かに超える彼方にある。
纏めると;–
1光年=63,241 au(天文単位)=約9.5兆km
–以上−
本稿作成の参考にした記事は次ぎの通り。
NASA WISE Wide-field Infrared Survey Explorer “Mission Overview”
NASA’s Spitzer and WISE Telescope find Close, Cold Neighbor of Sun, April 25, 2014
NASA Spitzer Telescope Honored by Aerospace Society, August 7, 2014
Wide-field Infrared Survey Explorer, Wikipedia
Spitzer Space Telescope, Wikipedia
Newton “宇宙について知りたい68項目“ 2014-08-15発行