「エボラの大流行」 感染症とどう付き合えばいいのか


2014-09-10  産経新聞論説委員 木村良一

 東京療院・医療シンポジウム

エボラ出血熱のアウトブレイク(地域的流行)には驚かされた。そのうちに収まるだろうと思っていたらさにあらず。わずか半年余りで西アフリカの国々に次々と広がり、1000人を超す死者を出したからである。その後も流行は続き、死者は2000人を超え、WHO(世界保健機関)は「感染の拡大を抑えるのに半年はかかる」との見方を示している。

1976年にザイール(現・コンゴ)のエボラ川流域で最初の患者が確認されて以来、最大の被害だという。WHOは8月8日、「国際的な公衆衛生上の緊急事態」を宣言し、感染拡大の防止に努めるよう世界に呼びかけた。

患者の血液、体液、嘔吐物に直接触れることで感染する。感染後平均10日で発病し、高熱を出してやがて目や鼻、腸など全身から出血し、最大で9割の人が命を落とす。基本的に有効性と安全性が確認された治療薬やワクチンはなく、対症療法しかない。まさにキラーウイルスである。

西アフリカ地域では初めての流行で、未経験ゆえに住民や医療機関に予防や治療の知識がなかったという。医療態勢そのものも脆弱だった。周囲の目を気にして患者を隠してしまうケースもあった。亡くなった患者の体を水で洗い、その水を回し飲むような風習も問題だ。デマが蔓延し、武装した若者たちが患者の隔離施設を襲撃、患者が逃走する事件も起きた。

エボラウイルスを封じ込めることはできるのだろうか。インフルエンザウイルスなどと比較して感染力は弱い。空気感染して次から次へと人に感染していくことはない。看病など患者と濃厚な接触がない限り感染はしない。感染者や患者をできる限り早く見つけ出して隔離、適切な治療を施していけば、感染の拡大は抑えることはできる。

ただし新たな流行までは食い止められない。ウイルスの自然宿主は熱帯雨林にいるコウモリとみられ、そのコウモリに噛まれたサルや家畜から人に感染しているという。人の世界での拡大を封じ込めても、ウイルスは自然界に存在する。今回の流行が終息しても、また次の流行が起きる危険性は残る。つまりエボラウイルスを根絶することはできない。

同じように人に大きな被害をもたらしたウイルスでも天然痘(疱瘡)は根絶できた。天然痘は発疹が体中にできて高熱を出し、古来から「悪魔の病気」と恐れられてきた。エジプトのミイラから発疹の痕が見つかっているし、ローマ帝国では全人口の3割前後を天然痘で失っている。日本では平安時代から鎌倉時代にかけて流行した記録があり、醍醐天皇や後鳥羽天皇が罹患している。

ここで天然痘の根絶までの歴史を簡単に振り返ってみよう。イギリスの医師、ジェンナーが1796年に牛痘ウイルスで人の体に天然痘ウイルスに対する抗体を作る種痘ワクチンの開発に成功する。1958年、WHOは世界から天然痘を根絶する計画を採択。種痘ワクチンを改良して質を上げるとともに量を確保し、65年から本格的な根絶作戦を展開し、根絶計画を成功させた。

地球上最後の天然痘患者は、77年10月26日に発病した東アフリカのソマリアの青年だった。2年半後の80年5月、WHOは天然痘根絶を宣言し、83年には「10月26日」を「天然痘根絶の日」と定めた。

エボラ出血熱と違い、天然痘が根絶できたのは、天然痘ウイルスが人だけに感染するからだ。そうしたウイルスは人の間で広がることが食い止められば、根絶の可能性はある。しかしエボラウイルスのように自然界、つまり野生動物の体内に存在する場合は、根絶の可能性は低い。

20世紀後半には、農業や工業の発展で森林が次々と開発され、人が野生動物の生息地域に入り込んでいった。野生動物はウイルスと共存している。ウイルスの自然宿主だ。当然、そこで人はウイルスに感染することになる。そのウイルスは人にとって未知のものであることが多い。アフリカの熱帯雨林に生息するコウモリから人に感染していったというエボラ出血熱は、まさにこうした感染症の代表格である。

さらに航空機というある程度の量をかなりのスピードで運べる交通網の発達が、人と感染症の接触の機会を拡大させた。

繰り返すが、エボラ出血熱のような感染症は、根絶することはできない。天然痘根絶の成功で、一時「感染症は克服できる」と考えられたが、天然痘克服宣言からわずか1年後の1981年には、あのエイズウイルス(HIV)が、そうした人間の思い上がりを戒めるかのように出現し、全世界に広がっていった。

一方、日本でアウトブレイクしているデング熱もエボラ出血熱と同じように「根絶」はできない。その理由は人と蚊の間で途切れることなく、感染が続いているからだ。ただデングウイルスは動物の体内ではウイルスが増殖しない。ここがデングとエボラとが大きく違うところ。余談だが、デングの研究ではデングウイルスが動物の体内で増えないので実験動物としてマウスが使えず、マーモセットと呼ばれる熱帯雨林にいる小型のサルを使うというが、これがなかなか手に入らないそうだ。

感染症が克服できないならどうすればいいのか。日ごろから健康管理と予防を十分に行い、ワクチンや治療薬、抗生剤を適切に使ってウイルスや細菌などの病原体をコントロールしながら感染症とうまく付き合うしかないのである。

–以上−

 

◎慶大・旧新聞研究所OB会の「メッセージ@pen9月号」から転載し、一部を差し替えました。

http://www.tsunamachimitakai.com/pen/2014_09_002.html