「何が医療従事者をエボラ出血熱に挑ませるのか」エボラ専門医を取材した


2014-12-01  産経新聞論説委員 木村良一

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写真:(筆者撮影)国立国際医療研究センター(東京都新宿区戸山)の国際感染症対策室医長、加藤康幸さん。加藤さんはエボラなど致死率の高い出血熱に罹患した患者を治療する内科医であり、出血熱の研究者でもある。今年5月と8月の2回、WHOのチームの一員としてリベリアに赴いて支援活動を行ってきたエボラ出血熱の専門医。

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写真:(筆者撮影)国際感染症対策室医長、加藤康幸さん

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写真:(筆者撮影)国際感染症対策室医長、加藤康幸さん

 

昨年末から西アフリカ(リベリア、ギニア、シエラレオネなど)を中心に感染が広がったエボラ出血熱。WHO(世界保健機関)によると、その感染者は1万5000人を超え、うち死者は5000人以上にも達している。未曾有のアウトブレイク(流行)である。

この感染拡大を食い止めようと、欧米や日本など先進国からは医師や看護師ら医療従事者が現地に赴き、患者の治療を続けている。しかしエボラウイルスの特性上、患者と直接接する医療従事者が感染する危険性は高く、最悪の場合、命を落としかねない。

それにもかかわらず、彼らはひるまない。その勇気には頭が下がる。何が医療従事者をエボラに挑ませるのか。今年5月と8月の2回、WHOのチームの一員としてリベリアに赴いて支援活動を行ってきたエボラ出血熱の専門医に話を聞いた。

この専門医は45歳になる国立国際医療研究センター(東京都新宿区戸山)の国際感染症対策室医長、加藤康幸さん=写真。加藤さんはエボラなど致死率の高い出血熱に罹患した患者を治療する内科医であり、出血熱の研究者でもある。

エボラウイルスはキラーウイルスと呼ばれ、感染するとその致死率は最大で9割と高い。加藤さんはリベリアの首都モンロビアでエボラウイルスに感染した患者を治療するとともに現地の医師や看護師らに感染防護の方法を教えてきた。5月のリベリアはまだ本格的なアウトブレイクはなく、加藤さんが派遣されたときはエボラ患者はゼロに落ちていた。ところが8月のリベリアは、仮設のユニット(隔離病棟)のベッドに30人以上の患者がぐったりと横たわっていた。

加藤さんは「いままでに映像でエボラの患者を見たことはあったけど、直接治療するのは初めて。すごい光景だった」と振り返り、こう語る。

「8月にリベリアに入ったときは米国人の医師が感染してしまい、治療のために米国に戻るところでした。私は入れ違いにその医師が治療行為を行っていたユニットに入りました。きちんと感染防護をしているはずの医師までも感染してしまう。知識のある専門家も感染する。自分も罹る可能性はゼロではない。そう思うとやはり怖かった」

なぜ、加藤さんたち医療従事者は怖いと感じるのにもかかわらず、遠い西アフリカの地にまで赴いて患者の治療に当たるのか。

その答えを導き出すのは難しいかもしれないが、加藤さんは「使命感というよりも私はエボラ出血熱という感染症そのものに関心がある。もちろん医師として患者を何とか助けてあげたいという気持ちは強い。しかしそれ以上にこの不思議な病気の実態を解明したいという研究心が強い」と話す。

加藤さんによれば、患者は下痢と嘔吐で苦しんでいた。消化管から出血し、下痢便には血液が混じる。治療はまず水分を与えて脱水症状を止めなければならない。経口補液といって患者の口から直接、ブドウ糖や食塩が入った水やスポーツドリンクを飲ませる。

加藤さんたち医療従事者はボディースーツの上に防護服を付け、目にはゴーグル、口には密度の濃いN95のマスク、手には二重の手袋を付ける。暑くて息苦しくなる。だから隔離病棟での治療は1時間しかできない。

加藤さんは「経口補液を優先し、患者の腕に針を刺す輸液、つまり点滴は行いませんでした。点滴は患者を刺した針を誤って刺して医師や看護師が感染する危険がある。そのうえ、ひとりひとり針を刺している余裕はないし、輸液のパックを交換したり、患者の尿量をモニターしたりする時間もなかった」と説明する。

患者の数に対し、医師や看護師が足りない。2回目の8月に加藤さんがリベリアを訪れたときは、治療に当るWHOのチームは加藤さん以外はすべてウガンダ人で加藤さんを含め計7人。その内訳は医師3人、看護師2人、医師助手1人、消毒の専門家1人だった。

首都モンロビアにある5つのすべての病院で医療従事者が次々と消え、エボラ治療以外の一般の医療行為もできなくなっていた。管理職を除いて医療従事者がエボラ感染を恐れてストライキに近い状況でいなくなったという。

エボラ出血熱やクリミア・コンゴ出血熱、マールブルグ熱、ラッサ熱といった出血熱を研究してきた経験から加藤さんは最後にこう指摘する。

「エボラウイルスは人の社会に出てきてはいけないウイルスだ。アフリカの野生動物と共存して静かに眠っていてほしい。それがこれだけ広まってしまった。東京での私たちの暮らしにまで影響を与えている。自然界からの警告かもしれない」

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エボラ専門医、加藤康幸さんのインタビューを産経新聞の「話の肖像画」の欄で12月8日から計5回に渡って連載する予定です。

 

※原稿は慶大旧新聞研究所のOB会「綱町三田会」のWebマガジン「メッセージ@pen12月号」から転送したものです。

http://www.tsunamachimitakai.com/pen/index201412.html

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