NASA、小惑星の軌道変更ミッションを計画


2015-03-06 松尾芳郎

 

NASAでは、2030年代に予定している火星有人探査の前段階として「小惑星の軌道変更作戦」(ARM=Asteroid Redirect Mission)を計画している。ARMとは、火星軌道の外側にある小惑星帯の中の小惑星を捕まえ、月を周回する軌道に移し、そこに宇宙飛行士がオライオン宇宙船で着陸してサンプルを採取する、と云うミッションである。

米連邦議会は、NASA提出の2016年予算の審議を始めたところだが、そのなかに「小惑星の軌道変更作戦」(ARM)用として2億2000万㌦(約240億円)が含まれている。これは2年前にオバマ政権から提案された計画だが、未だ充分な支持を集めていない。と云うのはNASA内部でもアイデアが充分まとまっていないからだ。

以下にNASAや外誌が報ずる概要を紹介して見よう。

 

小惑星に関する詳しい研究は、NASA が2013年に発表した「小惑星に関する提案(Asteroid Initiative)」の中で“地球近傍物体監視計画”としてスタートした。これまでに1,000個を超える小惑星を調べ、この中で6個をARMの候補として選んでいる。今後数年でさらに沢山の小惑星が発見されるだろうが、それらの速度、軌道、大きさ、自転などを考慮して、ARMに適した小惑星を選び出す。

「小惑星に関する提案」には、地球に衝突する可能性のある小惑星を見付けだすことも含んでいて、これもARMの選定条件の一つとしている。

NASAは2020年前にARM用宇宙機を打上げる計画だが、小惑星捕捉には2案があって、1つは(Option A)袋状の大きな膨張型捕獲器/inflatable systemを使う方法、他は(Option B)ロボットアームで大型の小惑星を直接捕まえる方法、だ。どちらを選ぶかは未だ決まっていない。

小惑星帯

図:(Wikipedia)太陽系の中で火星と木星の間に小惑星が無数に集中している領域、小惑星帯がある。太陽系が誕生したころに沢山あった微惑星のうち、この領域にあったものだけが惑星へ成長しきれず取り残され、太陽を回る軌道上を回っている。地球から太陽までの距離1億5000万㌔を1天文単位(1 AU)とする。地球軌道から小惑星帯まではほぼ2 AU、約3億㌔である。

 

小惑星の捕獲に成功した宇宙機は、軌道を変更し火星の軌道を通過して地球に戻り月を周回する”Distant Retrograde Orbit”と呼ぶ軌道に小惑星を乗せる。

2020年代中頃に完成予定の火星探査用オライオン(Orion)有人宇宙船が実用になれば、宇宙飛行士が乗り込み、この小惑星に着陸し探査をする。

小惑星には太陽系が生まれた頃の姿、素材が残されているので、宇宙飛行士はそれらを地球に持ち帰り、これまで以上に詳しい地球誕生の歴史を検証できるようになる。

この”小惑星軌道変更作戦(ARM)”は、当然のことながら将来は、地球衝突の危険性のある軌道を飛ぶ小惑星から地球を守る有効な技術となり得る。

 

ソーラー・エレクトリック・プロパルジョン(SEP=Solar Electric Propulsion)

ARM宇宙機は、大きな質量を持つ小惑星を捕獲、その軌道を変え、長い時間を掛けて長距離を飛行し地球の月まで移動させる役目を担う。このためには、長期間の連続運転に耐え、大出力且つ高効率のエンジンが必要となる。小惑星の軌道変更のために開発中のエンジンが“SEP/太陽電気推進”。

SEPとはソーラー・アレイで集めた太陽エネルギーを電力に変え、この電力で推進剤(燃料)をイオン化し加速して推進力を得る方法である。

SEPは普通のロケットより遥かに高い比推力を持つ、タイプで異なるが比推力は1,000-7,000秒に達するSEPの推力は弱いが燃費が良く、長期間運転できる、と云う特徴を持つ。

ソーラーアレイ・パネルはNASAのグレン研究所(Glenn Research Center, Cleveland, Ohio)が中心で開発中の装置で、システムとしての飛行試験は2020年前に行われる。これは軽量で、打上げ時は小さく折り畳まれ、打上げ後は広く展張されてエネルギーを吸収する。

計画中のARM宇宙機は、打上げ重量13,000kg、50kwクラスの「ソーラ−・エレクトリック・プロパルジョン(SEP)」を装備する。

solar arrays

図:(NASA) SEPのエネルギー源はソーラー・アレイ・システム(SAS)で得る太陽エネルギーからの電力。SASは、ATK (Alliant Techsystems Inc.)が開発するATK MegaFlexで、発電量20kw、直径12mパネル2つを宇宙機に取付ける。出力密度は150W/kg。この技術は将来300kw(片側150kw)まで拡張できる。

ionengine-nasa

図:(NASA)NASA試作のEPS。2012年から運転中の出力12-15kw、比推力2000-3000秒、外周と中央部分の電磁石でシールドされ、ホール・スラスターを形作る。その磁力で推進剤をイオン化して加速、推進力を得る。推進剤はキセノン(xenon gas)を使う。これを基に20-50kwクラスSEPを開発する。

 

オプションB宇宙機

図:(NASA)最近(2015-01-07)NASAが公表したOption B。ARM宇宙機がロボットアームで小惑星(背景)上から小さな岩石塊(幅10mくらい)を捕獲する様子を描いたもの。捕獲した岩石塊は月の周回軌道まで運び、ここに宇宙飛行士が着陸しサンプルを地上に持ち帰る、と云う構想。ARM全体に掛かる費用は12億5000万㌦(1,500億円)とも云われ、その大半はSEPエンジンの開発費用に充てられる。

宇宙機の両側には直径12㍍のソーラーパネル、背後に青白く見えるのは宇宙機のエンジンSEP(solar electric propulsion)からのイオン排気。

これによるとARMは技術の開発が目的で、当初から小惑星本体の軌道変更を予定してはいない

 

将来の開発予定

1)大型の自動展張型ソーラー・アレイ

片側で150kw出力が得られ、運用電圧を高め、同時に折り畳み容積を縮小する

2)高出力のスラスター

出力100kwクラスで、寿命は20,000-40,000時間が目標、可変比推力機能を備え、推進剤にキセノン以外も使える

 

参考までに同じ小惑星探査のためにJAXAが発射した「はやぶさ2」の現状を簡単に述べてみる。

2014年12月3日に種子島から打上げられた「はやぶさ2」は、小惑星帯にある小惑星1999 JU3—これは大きさ直径920mのほぼ球形である–を目指して飛行を続けていることは、ご存知の通り。2018年に到達して、着地ローバーの「ミネルバ(Minelva) II」とドイツ開発の「マスコット(Mascot)」を使って調査、サンプル採取などを行う。

現在地球に近い軌道で太陽を一周しているが、2015年12月に地球スイングバイで小惑星1999 JU3に近い軌道に入り、ここで太陽を2周して2018年夏に到着、約18ヶ月間サンプル採取と調査を行ってから、2019年末に地球に向け出発、2020年末には地球に帰還する予定。

同じ小惑星帯探査でも、NASAのARM宇宙機とくらべJAXA「はやぶさ2」はずっと小型で、採取するサンプル量も桁違いに少ない。

「はやぶさ2」は重量約600kg、エンジンはイオン・スラスター「μ 10」4基で無電極プラズマ・スラスター型、推力10mNで燃料/推進剤としてキセノン65kbを搭載する。

到着したはやぶさ2

図:(JAXA)「はやぶさ2」が小惑星1999 US2にインパクター(衝突装置)を放出する様子。「はやぶさ2」本体の下面には4基のμ10イオン・スラスターある。

はやぶさ2の構造

図(JAXA)「はやぶさ2」の外形。下面にはインパクター、側面にはイオン・スラスターが描かれている。筐体に隠れて一部しか見えないが上面には皿状のXバンド・アンテナ2枚がある。

 

−以上−

 

Aviation Week eBulletin “Let’s Fix the Asteroid Redirect Mission”

Feb 23, 2015 by Marcia Smith

NASA “Asteroid Redirect Mission Overview” by Robert M. Lightfoot

What Is NASA’s Asteroid Redirect Mission? June 27, 2014

Spacenews “Redirecting Asteroid Not Top Objective of Asteroid Redirect Mission, NASA Official Says” by Dan Leone — January 8, 2015

Spacenews NASA Advisory Council Remains Skeptical of Asteroid Redirect Mission by Jeff Foust — January 23, 2015

NASA Solar Electric Propulsion (SEP) Technology Development

JAXA「はやぶさ2特設サイト」