土星の衛星エンセラダスに生命存在の可能性


—探査機カッシーニ・ホイヘンス観測データの解析結果を基に推定—

 

2015-03-21 松尾芳郎

去る3月11日にNASAは「土星の衛星の海で熱水礁現象を検出」と題するニュースを発表したが、これを受けて我国の新聞等も同12日に一斉に「土星衛星、生命育む環境」などと題して紹介した。これに付いて以下に多少補足した解説を試みる。

エンセラダス南極の間欠泉

図:(NASA/JPL)土星探査機カッシーニが撮影した“エンセラダス”の南極付近。厚い氷層から氷の蒸気が間欠的に噴き出ている。

エンセラダス内部構造

図:(NASA/JPL)土星探査機カッシーニの観測データを基に描いた衛星“エンセラダス”の内部構造の想像図。エンセラダス”の南極の氷層の下、内部コアとの間に存在する海(深さ10km)の底にある熱水礁から噴き出す熱水が、外周の厚い氷層(厚さ30-40km)の割れ目を通って宇宙空間に噴出している様子である。

 

土星の衛星“エンセラダス(Enceladus)”は直径僅か500kmの小さな天体だが、太陽系の中で最も科学的に興味のある星の一つだ。表面は厚い氷の層で被われTiger Stripes(虎の縞模様)と呼ばれる皺があるものの、平坦で白く輝き太陽光をほぼ100%反射している。

2005年に、NASAが土星周辺に送った探査機“カッシーニ(Cassini)”は“エンセラダス“の表面から氷の蒸気が間欠泉のように噴き出しているのを発見した。その高さは“エンセラダス”の半径の3倍に達することもあり、蒸気の中の氷の粒は髪の毛と同じ位の直径であることも判った。この氷の粒とガスは表面から秒速400m (1,440 km/hr)で噴出している。

観測の結果“エンセラダス”の厚い氷層の下には広い海があり、この海底から噴き出る熱水礁が氷の蒸気の原因と判った。熱水礁は地球の深海でしばしば見られるが、地球以外の天体で発見されたのはこれが初めてである。

熱水礁とは、海水が海底の岩盤にしみ込み、加熱され、ミネラル成分を帯びて噴き出る現象。最近発表された2つの科学論文で“エンセラダス”の熱水礁が明らかにされた。

第1の論文は3月第初めにネイチャー(Nature)誌に発表され、米国コロラド大学(Boulder)のSean Hsu氏、ドイツのハイデルベルグ大学のFrank Postberg氏、それに我国の東京大学の関根康人氏の研究チームが発表したもの。論文はカッシーニが観測した熱水噴出ガスに含まれる微粒子に関する報告である。

これによると4年間に亘って送ってきたカッシーニのデータを分析し、コンピューター・シミュレーションを行い、研究室で実験を繰り返して、微粒子の生成過程を推定した。すなわち、熱水が“エンセラダス”のコア岩石中を通る際に、90℃以上の条件下でミネラル(鉱物質)を微粒子として取り込み、これを宇宙空間に放出している、と結論付けた。

カッシーニは2004年に土星周回軌道に到達したが、搭載しているCDA (cosmic dust analyzer/宇宙塵解析装置)は、到着する前からシリコンを沢山含む微細な粒子が土星付近に存在していることを突き止めていた。CDAのデータからこの粒子はシリカの微粒子であり、地球上の砂や鉱物結晶で見られるものと同じ粒子だと判った。しかし検出された微細粒子は最大でも6-9 nm(ナノメータ−)しかなく、その生成には特別な条件が必要である。

関根泰人氏が主導する日本チームは、カッシーニが検出した微粒子と同じサイズのシリカ微粒子を地上で作り出すことに成功した。すなわちシリカが過飽和状態で含まれる微アルカリ性の塩水を急冷させた場合に生じる。同じことが“エンセラダス”の海底でもコアから噴き出た熱水が周囲の冷たい海水で急冷されて起きる、と研究チームは推定した。

海底の熱水礁付近で生まれたシリカ微粒子は、海底から50kmほど上にある氷層表面まで数ヶ月から数年掛けて上昇し、間欠泉となり宇宙に噴き出ている。

カッシーニ搭載の重力測定装置のデータから“エンセラダス”の岩石質のコアはかなり多孔質であることが判っており、海水が容易に浸透し加熱されてこのような反応が起きると考えられる。

 

第2の論文は、”Geophysical Research Letter(地球物理学研究報)”に掲載された報告で、“エンセラダス”の南極付近から噴き出す間欠泉に含まれるメタン(methane)の生成課程についての解析である。

これにも熱水現象が深く関わっている。カッシーニの観測データから噴出ガスの中に多量のメタンが含まれているのは判っていたが、メタンが出る過程についてフランスとアメリカの研究チームが様々なモデリング試みた。アメリカ側の研究陣は、テキサス大学(Univ. of Texas, San Antonio)およびSouthwest Research Institute(San Antonio)にあるカッシーニ搭載の観測機器Ion and Neutral Mass Spectrometer (INMS)の研究チームである。モデリングの結果メタンの噴出について次ぎのような仮説が立てられた。

メタン生成過程

図:(Southwest Research Institute)探査機カッシーニに搭載する”Ion and Neutral Mass Spectrometer”で、“エンセラダス”から出るガスと氷粒の中にメタンの存在が確認されているが、その生成過程を推定した図

 

高圧力下の海中では、メタン分子が氷結状態にある水の分子に取り込まれ“clathrates”と呼ぶ分子構造になる。このメタンclathrates分子は、図に示すように熱水礁からの上昇流に引き寄せられ、シャンパンの泡のように噴き出すと云う。あるいは、熱水領域にある過飽和状態のメタンは”clahtrates”になる前に熱水と共に上昇し噴き出ているのかも知れない。

 

木星探査機カッシーニが、衛星エンセラダスの南極付近から氷状の噴出ガスを発見し、その氷層の温度が予想よりも高いことを検知したのは2005年であった。カッシーニは搭載する強力な観測機器を駆使して、予想よりも高温な衛星の表面、噴出する間欠泉、塩分を含む海水、有機物質、などを発見した。そして重力測定の結果、2014年には表面を形成する氷層の厚さは30-40km、その内部にある海水の深さは10km以上であることを明らかにした。

生命が存在するためには、液体の水、メタンなど炭素元素を含む分子、それに熱が必要だが、地球外でこの3条件が揃って検出されたのはエンセラダスが初めてである。

土星探査機カッシーニ

図:(Wikipedia) 土星探査機カッシーニ・ホイヘンス(Cassini-Huygens)は1997年10月に打上げられ、2004年6月に土星周回軌道に到着し、土星と付随の衛星の探査を続けている。2005年1月には搭載の子衛星ホイヘンスを分離し、衛星タイタン(Titan)に着陸させた。カッシーニは、搭載する12種類ほどの観測機器を使って土星と近傍の7個の衛星の探査を10年間続け、これまでに514GBのデータを収集して地上に送っている。これらを世界中の科学者が分析し、3000件以上の研究報告として纏めている。

カッシーニは高さ6.7m、幅4m。打上げ時の重量は燃料、子衛星ホイヘンス、を含め約5.7㌧、これ等を除く本体重量は2.1㌧ある。

 

土星は、太陽系で木星の外側の軌道を回る太陽系第2の大きさで、直径は地球の9倍あるガス衛星である。太陽からの距離は、地球−太陽間の約9.5倍ある。地球−太陽間の距離 1億5000万km (1AU)は、秒速30万kmの光(電波)で8分20秒掛かる、従って地球とカッシーニとの通信には、相互の位置関係にもよるが、おおよそ片道1時間以上を要する。

土星は大きく分けて7つの輪/リングを伴っているが、これ等は主に氷のかけらで形成されている。7つのリングは、内側からD、C、B、A、F、G、E、と名付けられ、その外周は998,000 kmにまで達している。また土星を周回する衛星はこれまで63個発見され、その多くに名前がついている。最大の衛星は、タイタンで水星より大きく大気を持つことで知られている。

 

前人未到の業績を打ち立てたカッシーニだが、今年(2015)10月には再び“エンセラダス”の周回軌道に入り最後の観測を行い、2017年に土星大気に突入して寿命を終える。“エンセラダス”への最後の飛行は3回の周回で、最終回の飛行では高度50 kmまで接近する。これでは、一つは南極付近の巨大な氷層の割れ目(Tiger Stripes)から噴き出る氷と水の蒸気の中を通過する。蒸気の成分を採取し搭載の “cosmic dust analyzer”で分析し、大半が塩化ナトリウムと カリウムであることを確認する。もう一つは、北極付近の調査である。カッシーニが最初に“エンセラダス”に接近した10年前は、北極は冬の闇に包まれていたが、年月の経過で今では夏となり明るくなったので、ここで南極と同じ間欠泉が発見できるかも知れない。

このほかにカッシーニは同じ土星の衛星デイオン(Dione)にも2回訪れる予定。カッシーニは10年に及ぶ観測飛行で、姿勢制御や軌道変更に使うロケット/スラスターの燃料をほぼ使い切るので、2016年からは土星の巨大リングを飛び越えて土星に接近し周回軌道に入り、北極と南極を22回ほど周回して観測を行う。そして2017年には土星の大気圏に入り最後を迎える予定だ。

 

カッシーニ・ホイヘンス(Cassini-Huygens)ミッションはNASA, ESA(欧州宇宙局)、およびイタリア宇宙局(Italian Space Agency)の共同プロジェクトである。NASAのジェット推進研究所(Jet Propulsion Lab. in Pasadena, Calif.,)がミッション全体を運営している。また前述のカッシーニCDA計測器は、ドイツのスツットガルト大学(Stuttgart Univ.)Ralf Srama氏主導でGerman Aerospace Centerが製作した。

 

−以上−

 

本稿作成の参考にした主な記事は次ぎの通り。

NASA News March 11, 2015 Release 15-036 “Spacecraft Data Suggest Saturn Moon’s Oxean May Harber Hydrothermal Activity”

NASA Cassini Solstice Mission

Aviation Week March 16-29, 2015 page 31 “Frozen Four” by Guy Norris