インド海軍向け飛行艇US-2iが正式契約へ、防衛装備輸出の第一号


インド海軍向け飛行艇US-2iが正式契約へ、防衛装備輸出の第一号

 

2015-03-11 松尾芳郎

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図:(海上自衛隊)離水する「US-2」 5号機。長さ33.3m、翼幅33.2m、最大離着陸重量47.7㌧、最大離着水重量43㌧。エンジンは、RR AE2100Jターボプロップ4,600馬力4基と境界層制御用LHTEC T800ターボシャフト・エンジン1,300馬力1基を装備する。離着水速度は50-53kt(100km/hr弱)で、離水距離/280m、着水距離/310m。操縦システムはフライ・バイ・ワイヤの3重装備、グラスコクピット装備で巡航速度470km/hr、航続距離4,700kmの性能を誇る。

 

インドは、我国の海上自衛隊が使用中の救難飛行艇US-2を購入すべくかねてから検討を進めてきたが、このほど契約に向けての最終段階に入った。これで日本とインドの関係は一層緊密になるだろう。両国は共に最近の中国の台頭に不安を抱いており、今回の飛行艇購入で、他の日本製防衛装備品の導入にも道が開けると見られる。

インド政府の公式筋によると、インド海軍の捜索救助任務に充当するため、今年中に新明和工業製US-2飛行艇9機を発注したい、としている。これは我国にとり昨年(2014-04-01)に閣議決定した新しい「防衛装備移転三原則」を適用する初のケースとなる。1967年以来いわゆる「武器輸出三原則」で自国産業を縛ってきた武器禁輸政策がこれで漸く改まり国際標準に近づくことになる。

インド側は自国産業育成のために技術移転と国内生産を要求しており、これが合意に達すれば正式契約が締結される。引渡し開始は2018年とされているが、正式契約が早くなれば2017年末からの納入も可能となる。

新明和インド駐在代表スジート・サマダール(Sujeet Samaddar)氏は外誌のインタビューに答え「インド側は海軍とは別に空軍と沿岸警備隊もUS-2導入に強い関心を持っている」と語っている。

海軍用として初めの6機は、「US-2i」として完成機を毎年2機ずつ新明和から輸入する。そして7号機以降はインド国内で最終組立を行い、その開始時期は契約成立後5年以内を目指すとしている。

我が国政府は、3月7日閣議決定した防衛省設置法改正案を、開催中の国会に提出し今会期中の成立を目指すが、この中に「防衛装備庁」の新設が含まれている。「防衛装備庁」は、陸海空3自衛隊が装備を個別に調達することで生じる無駄を省き、その一元化を図る目的で設立される部門だが、同時に本格的な装備輸出の窓口業務をも担当する。「US-2i」の輸出契約はその第一号となるもので、今年秋の安部総理の訪印に併せて正式契約をする予定である。

インド側は、「US-2i」の選定に先立ち同種の水陸両用機ボンバルデイア415 MPとベリエフBe-200を含めて検討したが、性能面で勝れ海軍の要求に適合する日本製の機体を選んだ。

関係筋の話では「インドは海岸線が7,500kmもあり、これを考慮すれば海軍の必要機数は最終的には15機以上になりそうで、それに加えて空軍と沿岸警備隊の希望する20機程度の追加導入が検討されている」と云う。

昨年東京で安部総理とインドのナレンドラ・モデイ(Narendra Modi)首相が会談した際、両国の戦略的互恵関係を一層高めることで合意した。これで新明和工業とインドの国防産業側との間で難航していた「US-2i」の技術移転に関わる協議が解決に向かうだろう。

インド側がUS-2について最も注目しているのは、“水陸両用機”であることと“波高3mの条件下でも離着水可能”な性能にある。この勝れた離着水性能は、独特のエンジン装着方法でもたらされた。すなわち、通常飛行用として4基のロールスロイス(RR) AE2100J ( 4,600軸馬力)を装備するが、この他にRR-ハニウエル製 CTS800 ターボシャフト・エンジン1基を低速時の操縦性能の増強用として装着している点である。CTS800のコンプレッサー・エアをフラップ、ラダー、エレベーターに吹き付け、境界層制御を行い低速時の揚力を増やし、舵の効きを良くしている。

このため単価は高価で装備内容で異なるが、9,000-1億1,500万㌦(約108-138億円)となり、全体のプログラム・コストは30億㌦(3,600億円)に達すると思われている。

成約に際しての最大の障害は、インド側が自国供給の比率30%を要求している点。このため当面の発注は9機に止どめ、うち6機が完成機の輸入となっている。新明和にとっては、インド国内で充分な品質を維持しUS-2組立て可能な信頼できる企業を選ぶことが重要課題となっている。新明和としては、当初は尾翼など比較的簡単な組立てから技術移転を始めたいとしている。

インド側の要求する高い国産化比率は、予想される極めて少数機の生産で果たして採算が取れるのか、疑問視されている。現在の新明和でのUS-2の生産は2年掛けて1機を完成すると云う、他に例が無いゆっくりしたペースで行われている。しかし、契約がまとまれば、製造のスピードを加速すると共にインド側への技術供与に関わる教育、訓練、製造工程の移転範囲決定などの作業を急がなければならない。

今回の輸出契約は、両国の航空機生産体制の効率化を進める良い機会となるだろうが、特殊で高価な「US-2i」の将来の展望が開けるかどうかは何とも云えない。

今回の輸出契約はインド側にとっては将来の国産化に向けた大きな試金石となる。一方、新明和を含む我国の防衛産業にとっても他国への武器技術の輸出・移転は“全て未経験の分野”であり「US-2i」がその最初となるため、その成否には注目が集まっている。

「US-2i」の輸出が成功し、後に続く「そうりゅう」級潜水艦のオーストラリアへの輸出、さらには「P-1」対潜哨戒機のイギリスへの輸出の商談がまとまることを願いたい。

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図:(Rolls-Royce) RR AE2100Jエンジン。元来は米国アリソン(Allison Engine Co.)が作ったターボプロップだが、今はロールスロイスの一部門になっている。2軸式でエンジンとプロペラをFADECで動かす最初のエンジン。ダウテイ(Dowty)製6翅プロペラを動かす。ロッキードC-130J輸送機などに採用済み。コンプレッサー14段、高圧タービン2段、プロペラタービン2段で、出力は4,600軸馬力。AE2100系列エンジンはこれまでに1,800基以上が出荷され560万飛行時間運転の実績がある信頼性に高いエンジン。

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図:(LHTEC) LHTEC T800ターボシャフト・エンジンはRolls-Royce と Honeywellの合弁会社LHTEC社が開発したヘリコプター用エンジンで、AW159や最近開発中のシコルスキーX2次世代ヘリなどに使われている。エンジン本体の長さは80cm、重さ143kgの小型軽量で軸馬力1,500馬力を出す。

−以上−

 

本稿作成の参考にした記事は次ぎの通り。

Aviation Week March 2-15, 2015 “Wedding Ring” by Jay Menon and Bradley Perrett