ホンダジェットHA-420の現状(その1)—はじめに


2016-06-12(平成28年) 松尾芳郎

 ホンダ工場US

図1:(Honda Aircraft)ホンダ航空機の本社工場はグリーンスボロ(Greensboro, North Carolina)のピドモント国際空港(Piedmont Triad International Airport)にある。同社は空港隣接地に1億2000万ドルを投じで敷地面積60万m2(65万sq ft)を獲得、ここで研究、開発、生産、地上試験、飛行試験、シュミレータを使った顧客訓練、を行っている。建物面積は19,900 m2 (214,000 sq ft)になる予定。

 

1948年に創業した自動車メーカーのホンダは、今日までに8,000万台の自動車と2億5,000万台のオートバイを製造してきた。同社の技術者、藤野道格(みちまさ)氏を中心とするチームは、1986年に航空機の研究開発に着手、新たな挑戦に乗り出した。1997年にホンダジェットはスケッチとしてその姿を表す。そして2003年にホンダジェットは初飛行に成功、藤野氏をチーフとする技術者たちの“The Power of Dream”「夢の力」が、業界の常識にとらわれない独自の技術を結実させ、革新的な小型ビジネスジェットを生み出した。それがホンダジェットHA-420である。

ホンダは、2006年に「ホンダ・エアクラフト」社を設立し藤野氏が社長に就任、航空機事業への進出を発表した。HA-420は2010年に証明取得を計画していたが、開発途中に数々の困難に遭遇し予想以上の年月を費やすことになった。これには自社開発のHF118エンジンを基に、GEとの合弁会社で改良型のHF120を開発することも含まれる。HF120(推力2,050 lbs)は2013年に型式証明を取得。本体のホンダジェットHA-420は、昨年末(2015-12-23)にFAAから、また今年初めには欧州航空安全庁(EASA=European Aviation Safety Agency)から、それぞれ型式証明を取得して、直ちに顧客への納入を開始した。

ホンダジェット青

図2:(Honda Aircraft)ホンダの技術者・藤野道格氏率いるチームが30年の歳月を掛け幾多の苦難を乗り越えて完成した「ホンダジェットHA-420」はパイロットを含め6-7人乗りの小型ビジネス機である。革新的技術の採用で時速483 mphと43,000 ftの高高度巡航が可能である。1機当たりの価格は480万ドル(約5億円)。100機以上を受注済みで、顧客は65%が北米地区、30%が欧州、残りが南米とアジアとなっている。

ホンダ工場内部

図3:(Honda Aircraft)2015年末のホンダジェット生産の様子。今年(2016)の月産予定数は3-4機だが、来年からは年産70-80機に引き上げる。施設内は床、壁、天井、すべてが白色に統一され、明るいLED白色光の下で、全員が会社支給の白のカバロール(coverall)を着用し働く様子は米国では珍しい風景だ。従業員は現在約2,000人、地域社会の発展に貢献している。

 

工場建屋は将来のホンダジェットの大型化に対応できるように作られている。ハンガーのドアは、高さはHA-420の尾翼の約4.5 mの2倍近くあり、幅もほぼ2倍の25 mになっている。敷地も将来の拡張に備えて十分余裕をもって用意されている。

工場は、親会社であるアメリカホンダのマリースビル(Marysville, Ohio)工場と同様に、室内は白色で統一され清潔で、ホンダ・エアクラフトが持つ先進技術を誇示しているように見える。工場の秘密保持は厳重で、撮影は一切禁止、工場内のあちこちにあるドアは施錠され、有資格者でないと開扉入室はできない。

製造工場のほかに、敷地内にはFlightSafety訓練センター、顧客サポート・ハンガー、システム検査用のアイアン・バード施設、荷重試験リグ、疲労試験リグ、など全てが整っている。

HA-420の疲労寿命は20,000サイクル(離着陸の繰返し回数)であるが、疲労試験リグですでに15,000サイクルまでの試験を済ませ、最終的には40,000サイクルまで試験する予定である。

HA-420の今年5月末までの引渡し数は、北米地区で7機、西ヨーロッパで2機、ラテンアメリカで1機、の合計10機になっている。現在月産3-4機体制で生産が続いている。

 

ホンダジェットHA-420の諸元を示す。(HondaJet Official Siteによる)

 

最大巡航速度: 420 kt @ FL300(高度30,000 m)

最高巡航高度: FL430

航続距離  : 1,180 nm (2,180km)、 乗客4名の場合

離陸滑走距離: 4000 ft (1220 m)以下

着陸滑走距離: 3050 ft (930 m)以下

 

エンジン  : GE Honda Aero Engines HF120、推力2,050 lbs(950 kg)2基

 

翼幅    : 12.12 m

長さ    : 12.99 m

高さ    :  4.54 m

 

座席数   : パイロット1または2 + 標準乗客5または4

 

最大離陸重量: 10,600 lbs (4.8 ton)

最大着陸重量:  9,860 lbs (4.5 ton)

ホンダ3面図

図4:(Honda Aircraft)ホンダジェットHA-420の3面図。エンジン取付け位置が翼上面の後縁付近にあることに注意。

 

(注)ホンダジェットを完成に導いた立役者、社長の「藤野道格」氏は1960年生まれ。高校まで青森県で育ち、東京大学工学部航空学科に進学、卒業後1984年「ホンダ技研工業」に入社。1985年より航空機の研究開発に携わることになり、渡米。その後1997年にホンダジェットの企画リーダー、2006年「ホンダ・エアクラフト」設立と同時に社長に就任、以来ホンダ技研の航空機事業を率いる。(日経ビジネスon line @ 2015-12-11佐藤浩実氏の記事による)

speed-chart

図4A (Honda Aircraft) ホンダジェットHA-420と競合他機の速度比較。競合する他機とは、セスナ・サイテイション(Citation) CJ1、CJ1+、および同M2型機とエンブラエル・フェノム(Phenom 100/100E型機を指す。

 

ホンダジェットについては、米国では殊のほか高く評価され、ここ半年の間に採り上げたメデイアは、航空専門誌のみならず一般の新聞からU-tubeに至るまで枚挙にいとまがないくらいだ。そして何れも賞賛の言葉で満ちている。ところが我が国では、マスコミを始め政府の関係機関まで、成果を高く評価しようとせずほとんど無視に近い扱いをしている。

これはホンダが、関係省庁と特段の連絡をせずに開発を進めてきたこと、開発が本格化した後は米国に拠点を移したこと、型式証明や製造証明をFAAなどから取得したこと、などが影響しているようだ。

日本企業であっても、将来の製品の販路を考えれば最大の市場である米国に製造拠点を置き、そこで証明を取るのは当然のことである。自動車メーカーのホンダが航空機事業に進出し、航空業界では戦後例のないエンジンを含めた開発に成功した事を率直に評価すべきだと思う。

折りあたかもアビエーション・ウイーク誌(June 6-19, 2016)がホンダジェット特集号を発刊した事もあり、ここではホンダジェットの現況を「その2−採用した革新的技術」、「その3−GE Honda HF120エンジン」、「その4−パイロット・リポート」の順に紹介しよう。

 

(続く)