ホンダジェットHA-420の現状(その2)—採用した革新的技術


2016-06-12(平成28年) 松尾芳郎

 

エンジンの取付け位置を主翼上面に;

 

多くのビジネスジェットのエンジンは胴体に取付けられているため、利用できる胴体内スペースが制限される。ホンダジェットでは、エンジンを主翼上面に配置したことで、胴体を貫通する支持構造材が不要になり、これまでにない広い客室と荷物室を確保し、同時に客室に伝わるエンジンからの騒音と振動を小さく抑えることに成功した。また、主翼上に配置するエンジンの位置を最適化することで、空気抵抗を大幅に低減できることを実証した。これにより、さらなる高速飛行を可能にし、同時に低燃費を得、2つの相反する性能を獲得した。

藤野社長

図5:(Honda Aircraft)藤野道格社長は主翼上面型エンジンの取付け位置についてCFDを駆使して最適解を求め、抵抗を減らすと共に最大揚力係数を増やすことに成功した。なお降着装置(landing gear)は数少ない日本製で住友精密が供給している。

 

藤野氏らはHA-420のエンジン位置を決めるに当っては10種類以上の素案を、コンピューター流体力学(CFD=computational fluid dynamics)を使って解析した。1970年代に主翼上面取付け型を採用したVFW-Fokker 614型機などでは、いずれも主翼の性能が大幅に低下すると云う苦い経験を味わっている。しかし、藤野氏らはCFDを使い、パイロンの形状、位置などの最適解を求め、主翼上のエンジンの位置をかなり後ろにずらし、これでエンジンなしの主翼と同等の性能を維持することに成功した。

主翼上面取付け型にすることで、最大揚力係数は7%増え、同時に失速速度が低下することが判った。

 

 

自然層流(NLF=Natural Laminar Flow)技術の採用;

 

自然層流つまりNLF技術とは、物体周りのスムースな空気の流れを最大化する技術で、これにより空気抵抗を大幅に削減できる。ホンダジェットでは主翼と機首部分にNFL技術を採用している。この技術もまた、高速飛行と低燃費と云う相反する性能の両立に寄与している。

SHM-1翼圧力分布

図6:(Honda Aircraft藤野氏論文)ホンダジェット主翼翼型「SHM-1」のマッハ0.72空気流内での圧力分布を示す写真。上面がやや平滑で、下面に膨らみのある翼型(super critical 翼型)のため部分空気流がマッハ1になる衝撃波位置がかなり後ろになる。「SHM-1」は低音速風洞、遷音速風洞での試験に加えT-33型機の主翼で飛行試験を実施して、高い迎角での穏やかな失速特性、巡航及び上昇時での抗力が少ないことを確認済み。

ホンダ主翼

図7:(Honda Aircraft)主翼の縦横比(aspect ratio)は8.5:1、先細比(taper ratio)は38%、後退角は5.1度である。風洞試験の結果、前図に示すSHM-1は層流翼型なので、層流境界層が乱流に移る遷移点は、上面が42%、下面が63%となり、層流区域がずっと後ろまで伸びる。翼は上下2枚のアルミ合金製で、アルミ合金ビレット(billets)からミーリング加工で削り出したパネル、層流効果を維持するため精密な平滑さを備えている。

 

SHM-1翼型、主翼上面取付け型エンジン、それに翼幅を短くするウイングレットの相乗効果で、抵抗が少なくなり、快適性と低燃費をもたらす高翼面荷重が得られている。反面、小さめの翼とエンジン取付け間隔が広めなため、離陸速度が高くなり離陸滑走距離が1,200m (4,000 ft)と長くなっている。

最大離陸重量(4.8 ton)でのHA-420の離陸速度V2は120 kt (220km/hr)で、競合するエンブラエル・フェノム(Embraer Phenom) 100Eの98 ktや、セスナ・サイテイション(Cessna Citation) M2の111 ktより高速になっている。

機首部分は自然層流を維持するためにやや変わった形にしてある。これで普通の乱流型の機首と比べ抵抗が10%減っている。さらに複合材製なのでアルミ合金製よりも重量が8%軽量化されている。

 

複合材製の胴体;

 

多くのビジネスジェット機では構造材料にアルミ合金を使っているが、ホンダジェットでは、胴体に炭素繊維複合材を使っている。この胴体は、強度と軽量化を得るための強化型パネル式と形状保持のためサンドイッチ・パネル式の構造で成り立っている。これら二つの様式のパネルを最適に配置することで、軽量化だけでなく、NFL技術に必要とされる非常に平滑な形状に仕上げてある。

HA-120胴体構造

図8:(Honda Aircraft藤野氏論文)胴体は炭素繊維複合材である高強度のTOHOレーヨン製G30-500素材を使用。曲面で構成されるコクピットと尾部は、ハネカム・サンドイッチ・パネルを使用、特に層流設計の機首部分は形状維持が重要である。形状一定の中央胴体は強化型パネル構造にしてある。中央胴体は将来延長が可能である。

 

胴体の部品は、タラシー(Tallassee, Alabama)にある英国系企業GKNエアロスペース(GKN Aerospace)社で作られ、オレンジバーグ(Orangeburg, South Carolina)工場で組立てられる。胴体は左右に2分割にして作られ、モールド(mold/型)に炭素繊維のプリプレグ(prepreg)布を手作業で積層して成形される。複雑な形状の機首と尾部は、炭素繊維/ノーメックス・ハネカム(Normex- honeycomb)のサンドイッチ・パネルで作られる。形状一定の中央胴体は、応力外皮構造としたセミ・モノコック(semi-monocoque)で、縦通材と半円形フレームで成形される。機首と尾部を結合した左右半分ずつの胴体は、それぞれオートクレーブで高温処理されてから、接着剤で天井部分から胴体下面にかけて結合される。胴体前後の圧力隔壁(pressure bulkhead)は、後部は複合材プレート、そして前部はアルミ合金製でノーズホイール(nose wheel)支柱の支持構造と脚を収納するホイール・ウエル(wheel well)の兼用になっている。

 

 

先進コクピット;

 

ホンダジェットのコクピットは、人間工学の観点から最高の安全性が得られるように作られている。ゆとりのある室内、広々としたウインドシールド、適切に配置された操縦舵輪は、パイロットに快適な環境を提供する。操縦席正面の液晶パネルは、次世代型デイスプレイガーミン社製の「Garmin 3000」、直感的かつ簡単に操作できるのが特徴である。これは3台の14.1 inch型高解像度デイスプレイと2台のタッチパネル式・コントローラーで構成され、パイロットが必要とする全ての情報に対する操作と表示ができる。また、ホンダジェットは、パイロット1名で飛行することもできる。

ホンダコクピット

図9:(Honda Aircraft)コクピット正面計器盤にはガーミンG3000が配置されている。14.1 inchデイスプレイ3枚が正面に、中央下には2枚の5.7 inch型GTC 570タッチパネル・コントローラーがある。

G3000には速度高度などの飛行計器、航法計器、通信、交通管制、地形、気象、システム状況表示、警報、チェックリスト、が表示される。すなわち、EFIS (Electronics Flight Instrument System)、PFD(Primary Flight Display)を2箇所、MFD(Multi Function Display)、EIS(Engine Indicating System)、機体各システム、GPS、FMS(Flight Management System)、AFCS(Auto Flight Control System)、TCAS 1、等を表示する。タッチパネル・コントローラーは、全アビオニクス・システムへの入力操作と選択に使う。

 

その他のシステム;—

 

操縦舵面のコントロールはケーブル、プーリーで操作する手動式である。オートパイロットには、ヨー・ダンパー(yaw damper)/ラダー・ブースト(rudder boost)・システムが組込まれている。フラップは2段式で、「アップ(up)」0度、「離陸/進入(takeoff/approach)」15.7度、「着陸(landing)」50度」の3段階で、電動アクチュエーターで動く。

電気系統は左右2つに分かれていて、いずれも24 volt、28 amp/hr電池、及び28 volt、325 amp/hrのスターター/ジェネレーターに接続されている。

油圧系統の動力源は電動式パワーパックで、合成作動油(MIL=PRF-87257)を使い、3本のアキュムレーターを介して降着装置、つまりランデイング・ギヤ(landing gear)の出し入れ、それからアンチ・スキッド・ブレーキ、パーキング・ブレーキのセット、さらにノーズホイールのステアリングに使っている。

燃料は、左右の翼内のタンクに各93.5 gal(ガロン)及び中央翼タンクと後部胴体タンクに計243.7gal搭載できる。

 

飛行性能;—

 

ホンダジエットに採用した革新的技術のお陰で、同クラスのビジネスジェット機の中で数々の分野で最高の性能を誇っている。より速く、より高高度を飛行でき、より静かな客室で、燃費も優れている。すなわち、

・  最大巡航速度は420 kt (778 km/hr)、他機は339 kt-404 kt。

・  航続距離は客室4名搭乗時で2,185 km、これはニューヨーク(New York) – マイアミ(Miami)間に相当する。

・  最大巡航高度は、13,100 m (43,000 ft)、つまりFL430 (Flight Level 43,000

ft)で飛行可能、他機はFL350 – FL410。

・  離陸滑走距離は1,219 m (4,000 ft)以内、着陸滑走距離は3,050 ft以内。

・  上昇性能は毎分1,216 m (3,990 ft)

・  主翼上面のエンジン配置で、機体外および機体内の騒音は大幅に低減。

・  600 nm区間飛行時の燃費測定で165 galを達成。他機は189 gal – 199 gal。

 

客室の快適性;—

 

翼上面へのエンジン配置で、これまでにない静かな客室を実現した。客室は全長3.7 m (12.1 ft)、室内幅1.5 m (5 ft)、高さ1.5 m (4.8 ft)、このクラス最大の座席間隔218 cm (86 inch)の向かい合わせ配置で4名が快適に過ごせる。荷物室は胴体前部と後部に合計1.87 ㎥ (66 ft3)があり、大量の携行荷物を運べる。洗練された化粧室(Lavatory)を胴体後部に設置してある。

ホンダ内装

図10:(Honda Aircraft)ホンダジェットの標準型客席では、対面座席の間隔が競合他機と比べて35cm(14 inch)ほど広い。正面ドアは手洗い(lavatory)である。

private-lavatory

図11:(Honda Aircraft)手洗い(lavatory)室ドアを開けたところ。

 

客室はフライト、マネジメント・システム(FMS)に入っている到着地の高度に対応し、外気圧より8.8 psi高くなるよう自動的に機内気圧が設定される。温度はコクピットと客室は別々に自動設定される。酸素系統は体積50 cu-ft、圧力1,850 psiのボトルが1本用意され、旅客機と同じようにマスクから供給される。

客室ドアは幅2ft、高さ4ftの階段付きで、搭乗者はここから出入りする。前後の圧力隔壁で仕切られるコクピットから手洗室後ろまでの客室区間は長さ17.8ftある。

 

(続く)