2016-10-27(平成28年) 松尾芳郎
2017-05-22改定(図8と説明を追加、その他文言の修正)
図1:(US Army)2016-07-08に米陸軍第11高射旅団第43高射連隊でPAC-3 MSEの試射がおこなわれ、飛来する無人標的機”QF-4”の撃墜に成功した。この結果米陸軍はPAC-3 MSEに対し“初期運用能力(IOC)”を認定した。
北朝鮮は昨年(2016)から今年に掛けて、潜水艦発射型弾道ミサイルSLBM、その陸上発射型、などを含め、我国を射程内に収める各種弾道ミサイル数十発を日本海に向けて発射している。また中国も新型弾道ミサイルの開発に余念がなく、今年5月初めには渤海湾に向け試験発射を行なった。
この事態を受けて防衛省は平成28年度第3次補正予算に、ミサイル防衛(MD)装備の強化のため2,500億円規模を計上し実施中である。
この中で、防衛省は平成29年度から始める予定の新型迎撃システム導入に向けた研究を平成28年度中に前倒し開始する。この中で高層域迎撃システムのイージス・システム の陸上配備型”イージス・アショア” と中層域迎撃ミサイル”THAAD”が検討されているが、費用対効果で“イージス・アショア”に軍配が上がりそうだ。
もう一つは、低層域防衛のため展開したシステム、空自の地対空誘導弾ペトリオット(Patriot) PAC-3を、改良型の ”PAC-3 MSE (Missile System Enhanced)” に更新する費用1,000億円を入れている点だ。これも平成29年度概算要求に計上済みだったが、事態の緊急性に対処して28年度内に開始しテイル。
”PAC-3 MSE” は現用の “PAC-3” に比べ、弾道ミサイル、巡航ミサイル、航空機などの脅威に対処する能力を高めた型である。弾体の直径を太くし推力を増やし、射程距離がPAC-3に比べ50%増の約30 km+にしている。また、弾体中ほどにある翼の幅を小さく、後部のフィン(操舵翼)を大型にして機動性を高め、同時に折畳み式にしてPAC-3キャニスター(発射筒)に収める。
図2:(Lockheed martin) PAC-3 MSEは直径の大きい2段パルス・ロケット(dual pulse rocket motor)、大型のフィン、改良型のアクチュエータ、新型バッテリーを備え、射程距離を延伸し、目標追尾能力を高めている。PAC-3 MSEは個別のキャニスターに納められて取扱いが容易。ペトリオット発射機は、PAC-3を4本収納可能な大型キャニスターを4基装備しているが、PAC-3 MSEはやや太いので1本の大型キャニスターに3本収納となる。
図3:(Lockheed Martin) 原型のPAC-3、長さは同じだが、弾体は細く直径は51 cm、尾部の操舵用フィンはPAC-3 MSEに比べ小さいのがわかる。現在空自の“ペトリオット高射群”に配備中のミサイル。
PAC-3 MSEは、今年(2016) 7月8日に試験配備高射隊が無人標的機”QF-4”の迎撃試験に成功し、米陸軍は“初期運用能力(IOC=initial operational capability)”の認定をした。この結果2017年には、さらなる運用試験を経て、実戦部隊に配備されることになる。
PAC-3 MSEでは、レーダーがPAC-3基本型から更新され、窒化ガリウム(GaN = Gallium Nitride)送受信素子製のAESA (Active Electronically Scanned Array)レーダーに改まる。ご承知のようにGaN製AESAレーダーは探知距離が伸び、精度が一段と向上する。
PAC-3 MSEシステムにはソフトの改良も含まれていて、誘導関連ソフト、慣性計測装置、データリンク、弾頭装備のシーカー関連ソフト、それに地上装置のソフト、が改善されている。
図4:(Military Today.com)PAC-2、PAC-3、の発射機は、4基の大型キャニスターを備える(我が空自の場合は2基装備の発射機が多い)。PAC-2の場合は各キャニスターに1本ずつ、従って4本を搭載する。PAC-3では各キャニスターに4本ずつ、従って16本搭載となる。PAC-3 MSEは弾体の直径がやや太いので各キャニスターに3本ずつ、従って12本搭載となる。
PAC-3の特徴をおさらいして見よう。これらの殆どは、そのままか、改良されてPAC-3 MSEに受け継がれる。
PAC-3はMIM-104Fと呼ばれ、システム全体は数個のモジュールに分かれ、車載式で、容易に移動配備ができる。
米陸軍の編成では、ペトリオット大隊(Battalion)は4-6個の発射中隊(Battery)で編成され、1個中隊は、レーダー、戦闘指揮車、アンテナ・マスト、電源車、通常6両のランチャー(発射機)および予備ミサイル搭載車両、複数の兵員車両、で構成されている。
レーダーは[AN/MPQ-63または-65]が使われている。パッシブ電子式スキャン・アレイ・レーダー(passive electronically scanned array radar)で5,000個以上の送受信素子で構成され、敵味方識別機能(IFF)、電子妨害排除機能(ECCM)、ミサイル誘導機能(TVM)を備えている。1台で、探索、目標識別、追跡、および破壊までを行える。アンテナ面から120度の探知覆域があり、航空機なら170 km、弾道ミサイルなら100 kmの距離で探知できる。同時に125個の目標を追尾できると言われている。戦闘指揮車(ECS)とケーブルで繋がれている。
図5:(Wikipedia)AN/MPQ-53レーダーの詳細。円形の部分がシステムの中心“フェイズド・アレイ・アンテナ”。約4 cm大の送受信素子5,000個で構成されている。PAC-3 MSEシステムでは、送受信素子がこれまでのガリウム砒素(GaAs)製から窒化ガリウム(GaN)集積回路製に変わる。これで弾道ミサイルはもとより高速で飛来する巡航ミサイルの捕捉能力を含む、全体の性能が著しく向上する。
戦闘指揮車(ECS = Engagement Control Station)[AN/MPQ-104]はシステム全体の神経中枢で、3名が乗務する唯一の有人車両である。ウエポン管制コンピューター(WCC = Weapons Control Computer)、データリンク・ターミナル(DLT = Data Link Terminal)、UHF通信装置、などで構成される。
ランチャーは、戦闘指揮車(ECS)からデータリンクで操作される。M901ランチャーは、PAC-2の場合は弾体が太いので4発、PAC-3は細いので16発を搭載できる。戦闘指揮車(ECS)からの情報・指令はデータリンク・ターミナル(DLT)を介して、無線あるいは光ファイバー・ケーブルを通してランチャーに伝えられる。
PAC-3の弾頭は、シーカーとしてKaバンドレーダーと機敏な機動性を確保するためのサイド・スラスターを多数内蔵している。そして“ヒット・ツウ・キル(hit to kill)”つまり衝突・破壊する方式で、これに“破壊力強化 (LE = Lethality Enhancer)” 機能を付け、目標に接近すると目標に向け小型のタングステン・ペレット(225 gr)が24個発射されて撃墜確率を高める。
図6:各種資料から収集したデータをまとめた表。数値は資料により多少異なる。
我国では、「ペトリオット高射部隊」は航空自衛隊に所属し、教育訓練を担当する高射教導隊と各航空方面隊などに所属する合計6個の高射群で構成される。そして各高射群に4個高射隊が配備され、高射隊の総数は24部隊になる。
1高射隊(Fire Unit)は、ほぼ米軍の発射中隊(Battery)と同じ編成だが、発射機(ランチャー)は5両で1両少ない。現在全高射群にPAC-3を配備中で、各高射群のランチャー数の割合はPAC-2用が3両、PAC-3用が2両となる。従ってPAC-3ミサイルは、合計で16発 x 2両 x 24高射隊=768発が配備される。しかし実態は、キャニスター2基の発射機が多数存在するので、実数はこの半分程度と思われる。
PAC-3 MSEに更新すると、キャニスター1基に搭載するのは3発に減少するので配備数は4分の3に減る。
図7:(防衛省)空自が配備するPAC-3発射機/ランチャー。このようにキャニスター2基の発射機が多数ある。キャニスターは2基だからPAC-3だと6発が装填される。
各高射群の配備状況は次の通り。
u 第1高射群:第1高射隊(習志野)、第2高射隊(武山)、第3高射隊(霞ヶ浦)、第4高射隊(入間)
u 第2高射群:第5高射隊(芦屋)、第6高射隊(芦屋)、第7高射隊(築城)、第8高射隊(高良台)、
u 第3高射群:第9高射隊(千歳)、第10高射隊(千歳)、第11高射隊(長沼)、第24高射隊(長沼)
u 第4高射群:第12高射隊(饗庭野)、第13高射隊(岐阜)、第14高射隊(白山)、第15高射隊(岐阜)
u 第5高射群:第16高射隊(知念)、第17高射隊(那覇)、第18高射隊(知念)、第19高射隊(恩納)
u 第6高射群:第20高射隊(八雲)、第21高射隊(車力)、第22高射隊(車力)、第23高射隊(八雲)
空自のペトリオット・システムは三菱重工が主契約となりライセンス生産しているので、PAC-3 MSEの場合も当然この延長上にあるとみて良い。
図8:(防衛省資料を地図に表示)「ペトリオットPAC-3」の配備状況。北から千歳(第3高射群)は千歳基地周辺に配備。三沢(第6高射群)は、北海道函館市近くの八雲航空基地と青森県北部日本海沿岸の車力分屯地、ここには米軍THAAD用前進レーダーAN/TPY-2が配備、三沢基地の防空を担当。入間(第1高射群)は、習志野、武山、霞ヶ浦、入間に配置され、首都圏防空を担当。岐阜(第4高射群)は岐阜基地、滋賀県饗庭野、三重県白山に配備され、名古屋地区の防空を担当。福岡県春日市の第2高射群は、福岡県北部の芦屋基地、同北東の周防灘に面した築城航空基地、同久留米市郊外の高良台分屯地に配置。沖縄県那覇市(第5高射群)は、知念(那覇から東20 km)と名護市近くの恩納に配備、沖縄本島の防空を担当。
これで判るように、ペトリオットPAC-3高射隊の殆どは航空基地などの防衛用に配備され、対空レーダー施設の多くと大都市やその他民生施設の防御は対象から外れている。我国の弾道ミサイル防衛(BMD)は、「イージス・システムのSM-3と陸上配備のペトリオットPAC-3の2層で実施」、とされているが、実情は異なり、大都市でPAC-3がカバーしているのは東京都心の市ヶ谷を中心とする半径20 km 圏内だけと言っても過言ではない。他の大部分の都市はPAC-3の防空圏から外れていて、イージス艦による高層域迎撃にのみ依存している。
このような不十分なミサイル防衛状況を是正し、近隣諸国からの弾道ミサイル攻撃に対処するには、PAC-3高射群の増設配備が緊急の課題だ。平成28年度の補正予算で、「PAC-3MSEの導入経費1,000億円」が認められたのはせめてもの救いと云えよう。
—以上—
本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。
Missile Defense Agency (MDA) “PATRIOT Advanced Capability-3(PAC=3)”
IHS Jane’s Missiles & rockets 12 July 2016 “US Army declares IOC for Lockheed Martin’s PAC-3 MSE” by Geoff Fein
防衛省“我が国の防衛と予算—平成29年度概算要求の概要”
Aerojet Rocketdyne “Patriot PAC-3 MSE”