2017-01-21(平成29年) 松尾芳郎
精緻な宇宙開発探査機の分野でこれまで実績を重ねてきた「ロッキード・マーチン(Lockheed Martin)」(以下LM)社と「スペース・システムス/ローラル(Space Systems/Loral)」(以下SS/L)社の2社が、今度は太陽系成立初期の姿を残す小惑星を調べる探査機を開発する。
両社が開発するのは、「ルーシー(Lucy)」と「プシュケ(Psyche)」と名付けられた探査機で、火星軌道を超え小惑星帯を過ぎて木星と同じ太陽周回軌道上を回る「トロヤ群(Trojan)」小惑星を目指す。木星は太陽を12年の周期で回っている。「トロヤ群」小惑星は、木星軌道上で木星に対し60度進んだ位置と60度遅れた位置で太陽を公転しており、遠方にあった原始惑星が衝突で破壊した後の一群と考えられている。
「ルーシー(Lucy)」 :2021年10月に出発、火星~木星間の小惑星帯と木星軌道上にある小惑星の六個を「フライバイ観測」で調査をする。
「プシュケ(Psyche)」:2023年10月に出発、木星と「小惑星帯」間にある軌道上を回る金属塊の小惑星「16 プシュケ」を周回し探査する。
(注):「ルーシー(Lucy)」と「プシュケ(Psyche)」の名前の由来
「ルーシー」はNASAと米国の研究機関サウスウエスト研究所(SwRI)が主導するミッションで、その名前は、1974年に発見された約318万年前にアフリカで生きていた人類の祖先とされる「ルーシー」にちなんでいる。
「プシュケ(Psyche)」は[SS/L]社が製作する探査機で、ギリシャ神話に登場する美しい王女の名、紀元2世紀のアプレイウス(Lucius Apuleius)の小説”The Golden Ass”に登場する人名に由来する。
「ルーシー」と「プシュケ」ミッションはそれぞれ4億5000万ドルの予算で行われる予定。これらはNASAの小惑星探査計画「デスカバリー・ミッション」の一つで、1966年に発射された「地球近傍小惑星ランデブー探査機(Near Earth Asteroid Rendezvous Probe)」、「火星パスファインダー着陸機(Mars Pathfinder Lander)」、一昨年冥王星探査に成功した「ニュー・ホライゾンズ」、小惑星帯探査2号機の「セレス周回を目指すダウン宇宙機(Dawn Spacecraft now Orbiting Ceres)」、などに続くものである。
注:「デスカバリー・ミッション」(Discovery Mission)とは;—
l NASAの一連の深宇宙探査ミッションの総称で、定期的にNASA内や大学などから提案を集め、そこかから優れたものを選び、開発、打上げ、運用をするプロジェクト。計画は1992年に始まった。
l 主に火星以遠に存在する太陽系の星屑/小惑星群の調査
l 木星とその近傍を調査中の「ジュノー(Juno)」の探査技術を利用し、「トロヤ群」小惑星などを探査する
l GEOsat*軌道から「トロヤ群」小惑星に向かう
*「GEOsat」とは米海軍が1985年に打ち上げた地球探査衛星で高度800 km、傾斜角108度、100.6分周期で地球を周回。現在は後継機「 GFO=Geosat Follow-on」が任務についている。今では海底の地形データ、ハリケーン、津波などの気象情報、は公開されている。
「ルーシー」はロッキード・マーチン社が開発する探査機で、「デスカバリー・ミッション13号機」になり2021年10月に打ち上げられる。[LM]社は、現在木星を探査中の「ジュノー」開発で取得した知識を元にして開発している。「ジュノー」は木星探査機としては初めて太陽電池を動力源にしている。「ルーシー」計画を主導するサウスウエスト研究所(Southwest Research Institute, Boulder, Colorado)のハロルド・レヴィソン(Harold F. Levison)氏はこのミッションを次のように説明している。
「ルーシー」は2025年に火星~木星間の小惑星軌道に到達し一個の小惑星を観測した後、2027-2033年間に木星軌道上”L-4”点の「グリークス群」と呼ぶトロヤ群の小惑星4個を探査する。そして一旦木星公転軌道から離れて地球軌道周辺を回って再び戻り、2033年3月には”L5”点にある小惑星の連星系を訪れる、出発から12年に及ぶ長期ミッションになる予定。これら小惑星は太陽系生成の化石みたいな存在なので、探査機もそれにふさわしく人類の祖先「ルーシー」の名前を選んだ、と云う。
「ジュノー」と同様「ルーシー」も最新のソーラー・セルを搭載しこれを動力源にし、これまでの放射性同位元素を使う熱発電装置は使っていない。しかし「ジュノー」の場合は20 mもある長大なソーラー・パネル3枚を張出し回転させていたが、「ルーシー」のソーラー・パネルは円形でそれぞれ直径6.1 m (20 ft) 2枚の形式である。
図1:(Southwest Research Institute)「ルーシー」探査機が木星軌道を回るトロヤ群小惑星の近くを飛行する想像図。
「トロヤ群小惑星」は、太陽–木星のラグランジェ点( Lagrangian Points) L4及びL5の近傍にあり、前述のように木星に対し60度ずつ前後にかたまって太陽を公転している。「トロヤ群小惑星」は、太陽系生成時から1,000万年ほどの間に天体の衝突で生じた惑星の破片群で、太陽系生成の頃の原始情報を持つ、とされる。それが太陽系生成の過程で引き寄せられ、現在の木星軌道上に落ち着き、安定して太陽を周回するようになった惑星群である。
図2:(Wikipedia) 「トロヤ群小惑星」位置(赤色点)の説明。中心の黄色は太陽、その周囲を青色の木星が矢印の方向に周回している。この周回軌道上あるいはその近くで太陽と惑星の引力、それに小惑星にかかる遠心力が釣り合う点がラグランジェ点”L”で、5箇所ある。このうち太陽から木星に対し前後60度にある位置が“L4”及び”L5”で、その辺りに小惑星が集団を作っている。”L4”の小惑星群は「グリーク群」、”L5”のそれは「トロヤ群」と呼ぶ。
一般に「トロヤ群」と名付けた小惑星は、木星軌道上に限らず他の惑星、火星や海王星、さらに地球の太陽周回軌道上のL4やL5点で発見されているが、その数は極めて少ない。
図3:太陽系を木星軌道まで描いた図。中心にSun(太陽)、それから外側に順にMercury(水星)、Venus(金星)、Earth(地球)、Mars(火星)の軌道があり、その外にある無数の白い点々は「小惑星帯(main-belt)」を示している。さらに外側に大きく離れてJupiter(木星)の軌道があり、軌道の右下に”Greeks”(グリークス)群、同じく左サイド上に”Trojans”(トロヤ)群小惑星が描かれている。本文中では両者共に一括して「トロヤ群小惑星」と呼んでいる。木星の前を回る”L4”の集団を「グリーク・キャンプ(Greek camp)」、木星の後ろを回る”L5”の集団を「トロヤ・キャンプ(Trojan camp)」と云う。両集団合わせて100万個以上の小惑星があり、うち直径1 km以上のものは6,000個プラスある。無数の白点「小惑星帯」は、木星の重力の影響で惑星になれなかった星々の残骸と言われている。「ルーシー」探査機は、”L4”をかすめ太陽を周回してから”L5”の小惑星群に向かう。「プシュケ」探査機は、白色の「小惑星帯」軌道の外縁付近で太陽を公転している金属塊の小惑星「16プシュケ」を目指す。
「ルーシー」探査機は、打上げ時 (2021年10月) の重量は1,435 kg 83,164 lb)で、高速で飛行する。2027年4月〜2028年11月にL4点付近にあるトロヤ群小惑星4個(Orus, Leucus, Polymele, Eurybates) を低空でフライバイしながら観測して加速、一旦木星軌道から離れ、太陽を周回してから最終目的のL5点にある小惑星に2033年3月に到達する。目的のL5小惑星は連星で「パトロクラス/メノエテイアス(Patroclus/Menoetius)」である。
「ルーシー」に使われる計測機器は、すでに他の探査機で実績のある装置で、冥王星及びカイパー・ベルト探査機「ニュー・ホライゾンズ」で使用中の”LORRI” 遠距離望遠鏡及び”Ralph” 可視光線及び赤外線望遠鏡兼分光計、それに昨年打上げられ小惑星帯に着地・サンプルを採取、帰還する予定の探査機「オシリス・レックス (Osiris Rex)」に搭載されている熱赤外線分光計と同じもの、あるいはそれらの改良型を予定している。
「オシリス・レックス」はロッキード・マーチンが開発した探査機で、構造、推進システム、アビオニクスの多くは「ルーシー」にも使われる。「ルーシー」は、観測目標の小惑星を、5-8 km/秒 (3-5 mi./sec)の高速度で、且つ、425 kmの低高度でフライバイ飛行し、いわゆる“フライバイ観測”をする。他の探査機のように目標を周回して観測するのでないため、各計測装置は撮影する像が鮮明になるよう特殊な焦点維持用の装置に取付けられる。
「ルーシー」がL4付近にある「トロヤ群小惑星」をフライバイし通過するときは、次に太陽を周回してL5の目標小惑星に正確に戻るため、主ロケットの推力だけでなく姿勢制御用スラスターを使い姿勢を正しく整える。当面は、一回の探査で任務終了としているが、ロケット燃料はさらに追加探査飛行ができるよう、2回分を搭載している。
図4:(Peter Rubin/ASU JPL/SSL) 「スペース・システムス/ローラル(SS/L = Space Systems/Loral)」社が開発する「プシュケ(Psyche)」探査機が「16プシュケ」小惑星の軌道上を周回する想像図。
「プシュケ」探査機は、地球—太陽の距離「1天文単位(1 AU)」の3倍の距離「3AU」の彼方にある「小惑星帯」外縁にある「16プシュケ」を目指して、2023年に打上げられ7年後の2030年に到着、2年間の調査を行う予定である。
従来の惑星探査の対象は全て岩石、氷塊、あるいはガスの天体だったが、「16プシュケ」は例外で全体が金属の塊という点で、極めてユニークである。
「16プシュケ」は直径が約250 km (160 miles)の巨大な小惑星でほぼ全体が金属/鉄・ニッケルで構成され、太陽が生まれてから1,000万年後に火星ほどの天体が他の惑星と衝突して出来た惑星の核と考えられている。NASAは2017-01-04に「プシュケ」ミッションを「デイスカバリー・ミッション14号機」とした。
「プシュケ」探査機は、NASAのジェット推進研究所の監督のもとに、「スペース・システムス/ローラル社(SS/L=Space Systems / Loral)とアリゾナ州立大学(ASU=Arizona State Univ.)が協力して製作する。ASUでは、リンデイ・エルキンス・タントン(Lindy Elkins-Tanton)氏が計画の指導にあたっている。
「プシュケ」探査機は、ソーラー電力推進(SEP=Solar Electric Propulsion)を動力として小惑星「16プシュケ」上を周回する。搭載する計測機器は、鉄・ニッケルからなる表面の組成を調べる画像撮影カメラ、ガンマ線及びニュートロン分光分析計、そして金属体の磁力線を測定するブーム装着の磁力計、等である。
(注)ソーラー電力推進(SEP=Solar Electric Propulsion)とは;—
ソーラー・パネルからの電力でキセノンガスなどの推進剤をイオン化して推力とするスラスターで、宇宙探査機の推進装置や姿勢制御などに使われる。
「プシュケ」探査機から地上に情報を送信するのには、試験的にレーザー通信装置を使うことを検討している。
「スペース・システムス/ローラル(SS/L)」社によると、探査機のソーラー・パネルは、同社が地球静止軌道上(GEO=geostationary orbit)にある通信衛星で使用中の1,300系列中型アレイを使う4枚のパネルである。探査機は、太陽からの距離3AUの遠距離で作動するため、太陽光が弱まるがパネル電力100ボルトを維持するため電子回路を改良してある。
探査機が使う「ソーラー電力推進(SEP)」技術も、GEO上にある通信衛星で使用中であり、かつ、小惑星帯(火星—木星間)の1つ「セレス」の周回を目指す「ダウン(Dawn)」探査機でも使われている。
探査機はアトラスIV級の大型打上げロケットで2023年10月に出発、2014年に地球、そして2025年には火星をフライバイして加速、2030年に「16プシュケ」の周回軌道に到着、約6ヶ月間軌道上から表面の地図作成、地表の組成、重力と磁力の分布、などを観測する。
木星トロヤ群小惑星探査には、我国のJAXAでも「ソーラー電力セイル探査機」を送る検討を進めている。JAXAでは2010年に打上げた「イカロス」で太陽風を利用する「ソーラー・セイル」の実験で宇宙空間の飛行が可能なことを世界で初めて実証した。いわば宇宙帆船である。これを元に大型化したセイルのモデルを作成、収納、展張の実験に成功した。これを使う「ソーラー電力セイル探査機」を2020年台前半に打上げ、地球と木星でスイングバイし、11年後に木星「トロヤ群小惑星」に到着、探査を目指している。
図5:(JAXA)薄膜ソーラー電池を50 m四方に大きく広げ、大量の電力を確保し、イオン・エンジンを駆動、木星トロヤ群小惑星に飛行、観測する。電力セイルは、アルミ蒸着したポリミドフィルムでその上に多数の薄膜太陽電池を貼り付ける。
—以上—
本稿作成に際し、参照した主な記事は次の通り。
NASA Jet Propulsion Laboratory January 5, 2017 “NASA Selects Two Missions to Explore theEarlly SolaraSystems”
Aviation Week network Jan 12, 2017 “Lockheed Martin, Space Systems/ Loral Building Discovery Mission Craft” by Frank Morring, Jr.
University Herald Nov 23, 2016 “NASA News: Sends Probe to Study Psyche, A Large Metallic Asteroid; Explains Why Humans are made of Star Stuff? By Ysi Bilangel
JAXA宇宙科学研究所2016-06-15 “ソーラー電力セイル探査機による木星トロヤ群小惑星探査計画について“by 松本純
TokyoExpress 2016-07-31 “木星探査機「ジュノー」、捕捉軌道に入り最初の遠地点を通過」
TokyoExpress 2015-07-14 改訂“ニュー・ホライゾンズ、冥王星とカイパー・ベルト探査を実施”