オーロラ社、NASAに高効率次世代旅客機 “D8” の設計案を提示


2017-01-26(平成29年) 松尾芳郎

 

オーロラ・フライト・サイエンセス(Aurora Flight Sciences)社は、NASAがマサチューセッツ工科大学(MIT=Massachusetts Institute of Technology)等の協力で構想を纏めた高効率次世代型旅客機「D8」の実現に向け、研究を進めている。

「D8」は、NASAが2021年に飛行させたいとしている5種類の「大型Xプレーン」実証機の一つで、NASAは今年3月に「XD8」として関係各社から実証機開発の提案を受付ける。これに対しオーロラ社は180席型で航続距離3,000 nmの「OD8」の案を纏め提案する予定で、5-10年以内に生産に入りたいとしている。

DF-TECH-OD8_1_AuroraFlightSciences-1

図1:(Aurora Flight Sciences) MIT の「D8」からオーロラ社の「OD8」に変更した点は、主翼を新しい亜音速翼にしたこと、コクピットの窓を変更したこと、などである。

 

(注)オーロラ・フライト・サイエンセス社は、先進無人機の開発などでNASAや国防総省に多くの納入実績を持つ。本社はバージニア州メナサス(Manassas, Virginia)、生産工場はウエストバージニア州ブリッジポート(Bridgeport, West Birginia)及びミシシッピ州コロンバス(Columbus, Mississippi)にある。また研究開発拠点をケンブリッジ、ほか2カ所に持っている。よく知られている製品では、グローバルホーク(Global Hawk) RQ-4無人偵察機の複合材胴体とV尾翼、シコルスキーCH-53K大型ヘリのエンジンナセルと回転翼パイロンなどがある

 

オーロラ社の高効率次世代型旅客機案とは;—

u  MIT提案の“ダブル・バブル(double-bubble)”型胴体「D8」が基本

u  ボーイング737級の180席の実証機「OD8」の開発案を作成

u  「OD8」はNASA「XD8」の要件を満たしている

u  胴体は複合材製でFAAのCLEENプログラムに基づいて作られる

 

「NASAの革新的将来航空機 ”N+3” 案に応える形で、2008年以来オーロラ社・MIT・プラット&ホイットニー(P&W)社の3者が協力して「D8」構想を検討してきた。

2010年にMITが3社を代表して提出した「D8」案は、2035年の就航を予定し、複数の新技術を入れることで現用機に比べ燃費で70%、騒音で71 dB、優れた機体にする構想であった。その後もオーロラ社は、ジェフリー・チャンバーズ(Jeffrey Chambers)氏を中心とするチームで、この「D8」案の改良に取組んできた。

胴体を幅広の“ダブル・バブル”型にすれば、胴体も揚力を生み出せるので主翼を小さくでき、結果として燃費が向上する。そして幅広胴体が生み出す揚力を最適にするため、尾部に取付ける2基のエンジンで胴体上面の境界層の吸収 (BLI = boundary –layer ingestion)を行う。MITの担当者によると「一般的な胴体には乱流境界層の発生で全機抵抗の25-30%が生じる。「D8」の方式では胴体表面の境界層の40%ほどを吸収できる」と云う。

「D8」では、新設計の” 耐不均等流れファン (distortion-tolerant fans) “ で幅広胴体の上面空気流の境界層を吸入し、空気流全体にエネルギーを与えて、燃費を改善すると云うもの。この効果はまだ飛行試験で実証されておらず、オーロラの「OB8」で初めて試験されることになる。

 

(注)境界層とは

a0337

図2:(Cradleもっと知りたい!熱流体解析の基礎) 図に示すように物体の表面を粘性のある流体が流れると、粘性で表面付近に速度の遅い領域ができる。これを境界層といい、主流の速度の99%範囲をこう呼ぶ。境界層は流れの安定した層流境界層から次第に乱れた乱流境界層に遷移する。これが抵抗となる。この部分を吸収することで、流れがスムースになり抵抗が減る。

 

“ダブル・バブル”胴体を複合材で試作する件はFAA(連邦航空局)も応援していて、これが2通路型胴体として予定の重量以内に収めまるか、に関心を寄せている。オーロラ社によると、180席級を「ダブル・バブル」つまり2通路型にすると乗客の乗降が現在の単通路型に比べ早くなるので、機体の稼働率向上に繋がる、としている。

オーロラ社のチャンバーズ氏は、最近テキサス州グレープワイン(Grapevine, Texas)で開かれたAIAAのSciTech会議で、新しい「OD8」案について次のように述べている;—

「巡航速度を、「D8」が燃費節約のため設定したマッハ0.74から現用旅客機の平均的速度であるマッハ0.82に引き上げ、それに対応して主翼を亜音速翼に変更した。胴体幅を3 inch増やし非常脱出に備えて通路、座席幅を広くした。これらで「OD8」はボーイング737NGクラスに比べ、燃費で49%、ノイズレベルで40 EPNdB優れた機体となる。」

オリジナルの「D8」案は現在の737やエアバスA320級旅客機の更新用の機体で、空港設備は乗降用ブリッジを含め現在の施設を使えるように考えられている。「OD8」でもその点は変わらない。

DF-TECH-OD8_2_AuroraFlightSciences

図3:(Aurora Flight Sciences) エンジンは胴体尾部に取付けられるが、コア・エンジン部分は斜めに取り付けられ、不均等流れに対応する新設計ファンはギアボックスと駆動シャフトを介して回る。

 

一般の旅客機の胴体断面は円形で、客室与圧で生じる内圧(hoop stress)を最も効率よく受け止める構造になっている。円形でない“ダブル・バブル” 断面胴体では、最適な構造を選定することが重要になる。

MITの当初案は、円筒を2本並列にして上下に分割し、キールで繋ぎ内圧を受ける構造であった。オーロラ案は、この当初案を修正し、剪断力を受ける内壁(shear wall)、引張り力を受けるロッド(tension rods)、それにパーシャル・ウエブと引張りを受けるストラップの組合せ(combination of partial webs and tension straps)、の構造にしてある。

この結果、胴体は頂部に凹みのない“フラット・ダブル・バブル (flat double bubble)”となり、僅かの重量増に収めている。普通の胴体では壁面にドア用の大きな切り欠きがあるが、上下2分割のウエブ構造では切り欠きも上下に分かれ、両者を胴体フレーム(枠)1本置きに設けたテンション・ロッド(tension rods)で繋ぐ構造にする。

DF-TECH-OD8_3_AuroraFlightSciences

図4:(Aurora Flight Sciences)2通路型胴体の中央部に沿ってフレーム1本置きに設けた上下を繋ぐ“テンション・ロッド”は、この想像図ではさほど目立たない。

 

ウエブ(主縱通材)は、厚さ0.1 inch (2.5 mm)の金属板で、床下中央部と天井の手荷物収納箱(overhead bin)の間を胴体全長に伸びているが、この両者を多数の直径0.25 inchの“テンション・ロッド”で連結する。“テンション・ロッド”は、胴体フレーム(枠)を一本置きに結んでいる。“フラット・ダブル・バブル”構造の胴体を作る場合は、この方法が最も軽量化できるようだ。

オーロラ社は、FAAの主導する「低エネルギー、低エミッション、低ノイズ研究プログラム (CLEEN=Continuous Lower Energy, Emission and Noise research program)」の資金で、今年中に胴体の一部 (3 m x 1 m)を作り試験する予定。試作する部分胴体は、同社の炭素繊維で部品製造をする“自動繊維製造機(automated fiber-placing machine)”で作る最初の製品となる。

胴体尾部にエンジン2基を並列に取付ける配置は、一方のエンジンが破裂損壊した場合他に損傷を与える恐れがあるために、これまでは避けられていた。オーロラ社は、この対処策としてエンジン全体の構造を改め、小型のコア・エンジン部分を並行でなく互いに角度をもたせて配置し、破片が他に影響しない構造とし、ファンの駆動はシャフトとギアボックス経由で行う、としている。

NASA「XD8」の案では、コア・エンジンは1台で既製品を使いこれで両方のファンを回す構造としている。これに対しオーロラ社「OD8」は、新設計の機体と新設計のエンジンとの統合化が必要として、これまで習慣であった機体とエンジンの個別の開発を否定している。

エンジンの構造案は示されていないが、新しい小型コア・エンジンの開発と、その動力をファンに伝えるシャフトとギアボックスの設計はこれからはじまる。

実証しなければならない問題点として「新設計のファンが胴体上面からの不均等流れ(distortion flow) の中で正常に働くか?」及び「境界層(boundary layer)を吸込めば本当に抵抗が減るか?」の2点である。

Model_in_WindTunnel_NASAGeorgeHamich

図5:(NASA) NASAは、これまでに低速領域と高速領域での風洞試験を繰り返してきた。これまでに判明したところでは、境界層吸込み(BLI)で抵抗削減ができ、必要なエンジン推力も在来機よりずっと少なくて済む。従って新しいコア・エンジンはかなり小型になる、と云うことだ。

 

—以上—

 

本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。

Aviation Week Network Jan 18, 2017 “Aurora Refines Design of Ultraefficient D8 Airliner” by Graham Warwick

Aurora Flight Sciences “D8”

Aviation Week Sept 30, 2013 “Boundary-Layer Ingestion key to MIT/NASA D8 Hops” by Guy Norris

Cradle 技術コラム“もっと知りたい!熱流体解析の基礎 3.5.2境界層”