NASA、“木星の衛星、氷に覆われたエオローパ ”の生命探査を推進


2017-05-05–31(平成29年) 松尾芳郎

 NASA Europa Clipper

図1:(NASA/JPL-Caltech/SETI Institute) NASAは、木星の氷に包まれた衛星エオローパ(写真)の生命探査のため“エオローパ・クリッパー”探査機を送る計画だ。長い茶色の線は表層の割れ目で3,000 km以上のものもある。エオローパは直径3,160 km、ほぼ地球の月と同じ。図は1995年から木星探査を行ったガリレオ探査機が撮影したもの。

 

“クリッパー(clipper)”とは、19世紀にヨーロッパから大西洋を渡り新大陸などに航海した帆船の通称である。3本マストの優美な帆船 ”クリッパー” は、大西洋だけでなくインド洋にも進出し、紅茶やそのほかの商品を積んで欧州と世界中との交易の先駆けを務めた。

“エオローパ・クリッパー(Europa Clipper)” 宇宙探査機は、前世紀に活躍した帆船の業績を引き継ぐという意味で名付けられた。“エオローパ・クリッパー”探査機は、ガリレオ(Galileo)木星探査機の後継機である。

ガリレオ探査機は1989年10月に打上げられ、1995年12月から木星とその周辺のエオローパ、ガニメデ(Ganymede)、カリスト(Callisto)、などの衛星を探査して、2003年9月に活動を終えて木星に突入し、その役目を終えた。

 

衛星エオローパは、厚い氷層 (5-10 kmと云われる) に包まれえた天体だが、その下には塩分を含む海水の大洋があると考えられ、NASAでは長い間探査の対象のトップに位置付けられてきた。

”エオローパ・クリッパー“探査機ミッションの目的は、

レーダーによる氷層の厚みの測定、その下に広がる海の構成の詳細、氷と水の変換のプロセス、

氷と水の化学的組成の調査、

氷層の地質学的特徴、特に地殻変動により生じる熱エネルギー活動との関わり、

将来の“エオローパ・ランダー(着陸船)”の着陸地点候補の選定、等である。

NASAではこれらを通じて、衛星エオローパに生命が存在するか否かを決定したい、としている。

NASA JPLの”エオローパ・クリッパー“計画担当技師ロバート・パパラルド(Robert Pappalardo) 氏は次のように話している;—

『探査機が周回飛行中に衛星エオローパの近傍を通過するのは高速かつ短時間なので、その間に熱放射を含む大量の科学データを記録するのはかなり難しい仕事になる。』

“エオローパ・クリッパー“探査機は、開発中の超大型打上げロケット”スペース・ローンチ・システム(SLS = Space Launch System) を使い2020年代 (2022年)に打上げられる、木星到着はその数年後になる。

 

(注)NASAが計画している”スペース・ローンチ・システム(SLS)”とは、地球周回軌道の遥か彼方の深宇宙探査用の打上げロケットである。SLSは世界最大のロケットで、オライオン(Orion)有人宇宙船を火星に送り再び帰還させる能力を持つ。NASAにとって、40年前のスペース・シャトル以来初めてとなる打上げロケットの開発で、2015年に細部設計を完了した。現在ボーイングが中心となり、ユナイテッド・ローンチ・アライアンス(United Launch Alliance)、オービタルATK、エアロジェット・ロケットダイン(Aerojet Rocketdyne)の各社が製造に参画している。1号機は2018年に完成し、2019年にオライオン(Orion)無人カプセルを月周辺に送る予定。2号機は2022年に“エオローパ・クリッパー”を打上げる。

打上げにかかるコストは1回あたり10億ドルと試算されている。

NASA SLS想像図

図2:(NASA) “エオローパ・クリッパー”打上げに使うSLS Block 1Bの完成予想図。高さ64.6 m、直径8.4 m、液体燃料2段式、打上げ能力は低地球周回軌道(LEO) にペイロード70-115 ton を運べる。1段目エンジンはRS-25D/E型を4基、合計推力7,440 kN、両脇にブースター、5分割型固体燃料ロケット推力16,000 kNを2本装備する。2段目エンジンはRL10B-2推力110 kNを1基備える。

pia20025

図3:NASA) 氷の衛星エオローパの上空を飛ぶ“エオローパ・クリッパー”探査機の想像図。右上には木星が描かれている。探査、通信に必要な動力は両側に広がるソーラーパネル、各18 m2、からの電力600 wattで賄う。

 

NASAでは、今年2月15日に“エオローパ・クリッパー“探査機ミッションについて、フェイズBと呼ぶ予備設計を開始することを決めた。

前段階のフェイズA設計では、衛星エウローパの科学分析に使う10種類の計測装置の選定と搭載を決めている。フェイズBは2018年9月まで継続し、ミッションに必要なシステムやサブ・システムの予備設計を完了する。さらにサブ・システムの担当ベンダーを決め、探査機の構成要素を作成し、試験をする。

今後はフェイズBに続いて、最終設計に相当するフェイズC、および製作、試験のフェイズD、へと計画が進む。

クリッパーの周回軌道

図4:(NASA)衛星エオローパは木星周辺の強い放射線帯の中を周回している。 “エオローパ・クリッパー”探査機はこの強い放射線を避けるため、大き目の30日周期の軌道で衛星エオローパに接近し、短時間の間に高速度でデータを採取、メモリーに貯蔵する。そして周回軌道上で7-10日掛けて地球にデータを送信する。探査機はこの30日周回軌道を45回廻り、約1.9年にわたり観測を行う。木星周辺の放射線帯については、すでに任務を終了したガリレオ探査機と、先日木星軌道に到達したジュノー(Juno)探査機が取得したデータを基に、シールド材として150 kgのチタニウムを搭載するなど完全な防護策を採る。

エオローパ周回軌道

図5:(NASA)“エオローパ・クリッパー”探査機が予定している衛星エオローパ上空を通過する軌道。これで衛星エオローパの全域を探査する。

 

NASAは、2022年に“エオローパ・クリッパー“探査機を打上げる費用を含み、惑星科学関係で総額19億1,000万ドルの2018年度予算を要求していた。これは前政権のオバマ大統領時代から引継いだ構想だったが、このほどトランプ政権から0.8%の減額で承認され、5月23日提出の2018年度連邦政府予算案に計上された。

この中には”エオローパ・クリッパー“関連費用として4億2,500万ドルが含まれている。連邦予算では、クリッパー・ミッション全体の費用として、2018から2022年までに総額16億3,000万ドル、を想定している。

0.8%の減額分は、「軌道上にある衛星に対する無人整備計画の実証(robotic satellite-servicing demonstration mission)」の見直しと、「(地球衝突の危険性のある)小惑星の軌道変更ミッション(Asteroid Redirect Mission)」計画の中止などである。

全体として、2020年予定のオライオン宇宙船による火星探査、木星衛星エウローパの生命探査計画、2018年打上げ予定のジェームス・ウエブ宇宙望遠鏡費用5億3,400万ドル、打上げロケットSLSの開発費、などオバマ政権下での主要項目は全て新政権に受け継がれ、承認された。

エオローパ着陸船

図6:(NASA/JPL-Caltech) 衛星エオローパに“クリッパー“からの着陸船(lander)が着陸しアーム(右側)を伸ばし表面からサンプルを採取している想像図。上は高利得円形アンテナで裏面に2個のステレオカメラが取付けてある。

 

米国議会は“エウローパ着陸船(Europa Lander)”の検討をNASAに指示していたが、NASAは2017年2月に回答を提出した。

それによると、“エオローパ・クリッパー”ミッションとは別に“エオローパ・ランダー(着陸船)”ミッションを計画する、しかしNASAはまだ正式に“ランダー”ミッションの実施を決めたわけではない。

着陸船には、打ち上げ方法の決定、生命探索に使う氷層穴あけ用ドリルの開発、カラー・ステレオカメラの開発、地震計(Seismometer) の開発、それにエウローパの強い放射線から電子装備を保護するためにジュノーが装備したと同じ放射線防護シールド(Radiation Vault)などが必要になる。

着陸船の第1の目的は、衛星エウローパの分厚い氷層の下に広がる海に存在するかも知れない「生命の探索」。地球の場合、水中には太陽光の届かない深海を含むあらゆる箇所に生命が存在している。衛星エウローパの海水は、地球の海水の2倍の体積があると見られ、木星の重力の影響で生じる地殻変動で温められているだけでなく、ミネラルや有機質が溶解している。

“エオローパ・ランダー”は打上げ時の重量は16.6 tonになる予定で、打上げは2020年台になる。打ち上げは、前述の超大型打上げロケット“スペース・ローンチ・システム(SLS) で行なう。一つの案では、2025年にSLSで発射され、2027年に地球重力を利用するスイングバイで加速、木星/エオローパ到着は2030年、そして1年間周回軌道を飛行したあとエオローパに着陸する。着陸後は化学バッテリーで20日間運用される。

NASAの“エオローパ・ランダー”ミッションが実現すれば、“エオローパ・クリッパー”と欧州宇宙機構(ESA) の“木星の氷の惑星探査機(Jupiter Icy Moon Explorer)”計画 (Juiceとも呼ぶ)に次ぐ3番目のエオローパ探査になる。

最後に、昨年木星周回軌道に入った“ジュノー”探査機について触れてみよう。“ジュノー”は木星本体の観測が業務で、衛星の調査は行わない。

木星南極の写真

図7:(NASA/JPL-Caltech/SwRI/MSSS/Besty Asher Hall/Gervasio Robins) 2017年5月26日にNASAが発表した写真。木星の南極上空52,000 kmから探査機ジュノーが撮影したもの。円形、楕円形の多数の模様はサイクロンを示し、直径が1,000 kmほどのサイズ。ガス惑星の木星は、これまで考えられていたよりはるかに猛烈な嵐に覆われており、巨大な磁気圏を持つことがわかってきた。ジュノー(Juno)探査機は、2011年8月5日に出発し2016年7月4日に木星に到着、周回軌道に入り、8月27日に4,200 km まで接近して観測を始めた。

ジュノー搭載の観測機器MWR (Microwave Radiometer) は木星大気の深層部にあるアンモニア雲からでる超短波の熱放射を測定する。これまでに判ったことでは、赤道付近の大気層はかなり深い部分と循環しているのに対し、高緯度地方の雲は循環が浅い層に止まっている。

以前から木星の磁気圏は太陽系で最も強いと分かっていたが、ジュノーの磁気計 (MAG=magnetometer) の観測では、木星の磁界は想像以上に強力で不規則な形で、磁界の強さは推定値7.766 ガウス(Gauss)よりずっと強力であった。磁界が不規則形状なのは、磁力を発するダイナモ源が木星中心部にある金属水素域ではなく表層に近いところにあるためらしい。

昨年7月に紹介したように、ジュノーは木星の両極を53日間で回る長大な軌道上にあり、その殆どは木星から遠く離れた位置にある。しかし53日間に1回の割合で、2時間ほどの間に北極から南極の上空を通過し、科学観測と望遠カメラで写真を撮る。そして収集した6メガバイトのデータを1日半かけて地球に送信している。

 

終わりに

トランプ政権は米国環境保護庁(EPA=Environmental Protection Agency)関連の予算81億ドルを57億ドルに31%カットし、その業務の4分の1を削減するとした。さらに科学技術関連の費用にも大幅削減が強いられそうだ、として内外の“進歩的勢力”から大きな批判の声が出ている。

しかし冷静に見れば、地球温暖化を巡る問題は米国だけに責任がある訳でなく、中国に代表される新興諸国にも応分の負担を求めるのが筋だろう。科学技術についても、地球衝突の恐れのある小惑星への対処策などは全地球的な問題で、米国だけに負担を求めるのは無理がある。

“エウローパ・クリッパー”に代表されるNASA関連の新年度政府予算は、その意味で極めて妥当で評価に値するとして良い。

 

 

—以上—

 

本稿作成の参考にした記事は次の通り。

SPACE Com. May 25, 2017 “NASA’s Proposed 2018 Budget could push Europa Mission to late 2020s” by Mike Wall

NASA Juno May 26, 2017 “A Whole New Jupiter :First Science results from NASA’s Juno Mission”

NASA News 17 May 2017 “NASA asks Scientific Community to think on Possible Europa Lander Instruments”

NASA News 8 February 2017 “NASA Receives Science Report on Europa Lander Concept”

NASA “Space Launch System”

Aviation Week May 15-28, 2017 page 18 “Search for Life” by Frank Morring, Jr.

Aviation Week com. May 25, 2017 “New NASA Budget Closely Tracked Old One” by Frank Morring, Jr and Graham Warwick

TokyoExpress 2016-07-31 “木星探査機「ジュノー」、捕捉軌道に入り最初の遠地点を通過“