カッシーニ、土星探査の最終段階“グランド・ファイナル”に入る


2017-09-09(平成29年) 松尾芳郎

カッシーニ探査機

図1:(NASA) 土星探査機カッシーニは最後のミッション“グランド・ファイナル”に入った。

タイタンIVB打上げ

図2:(NASA) カッシーニはNASA最大の宇宙探査機(打ち上げ時重量5.7 ton)で、ESA開発のホイヘンスを背負い、1997年10月15日にケープカナベラル空軍基地から“タイタンIVB/セントール”ロケットで打上げられた。上部のフェアリングは高さ20 m、直径5.2 m、中にカッシーニが収められている。タイタンIVBは、コアは液体燃料ロケットLR87が2基・推力55万lbs、その両側に大型の固体燃料ブースター・推力170万lbs x 2 が付いている。2段目はKR91液体燃料ロケット1基で推力は10万lbs。ロッキード・マーチン製。

カッシーニ土星への軌道

図3:(NASA) カッシーニ打ち上げから土星到着までの経路。地球出発から土星到着まで途中フライバイを繰り返しながら約7年かかった。

土星軌道へ進入

図4:(NASA) カッシーニの土星軌道に進入の経路、土星周回軌道に進入後4周目に衛星タイタン上空に入り、ホイヘンス・プローブを放出、タイタンに降下させた。

 

カッシーニ・ミッション(Cassini mission)はこれまでの宇宙探査で最も成果を上げたミッションの一つである。NASAとヨーロッパ宇宙機構(ESA=European SpaceAgency)およびイタリア宇宙機構(ASI=Agenzia Spaziale Italiana) の共同プロジェクトで、極めて精緻に作られた探査機を使い土星システムの細部の調査をするのが目的であった。カッシーニはホイヘンス(Huygens)と名付けたプローブを背負い、2005年1月には土星最大の衛星タイタン(Titan)にパラシュートで降下させ、タイタン表面の様子を撮影した。

カッシーニは2008年6月までに当初予定の4年間にわたる土星システムの探査を終了、それからカッシーニ・エクイノックス(Cassini Equinox)「昼夜が同じ時間になる日」と呼ぶ第1回の延長調査を2010年9月まで行った。そして、カッシーニ・ソリステイック・ミッション(Cassini Solstice Mission) 「全体論的」と名付けた第2回目の延長調査を実施した。

 

(注)土星とは;—

土星は太陽系で木星に次ぐ2番目の大きな惑星。太陽から平均9.56 AU離れた軌道を、29.5年かけて周回している。( 1 AUとは地球と太陽の平均距離約1億5,000万 kmを云う) 土星の赤道の直径は12万km、地球の直径は12,800 kmなので9倍になるが、密度は地球の1/8しかない巨大なガス惑星である。

2016年末からは新しいミッショング“ランド・ファイナル(Grand Final)”に入った。これは、土星と、最も内側の細いFリングの間を通過し、土星の南北両極の上空から離れる長大な楕円軌道を22回繰り返し飛行するミッションである。ここでカッシーニは衛星エンケラデス(Enceladus)を調査している。“エンケラデス”は水分を含んだ蒸気を大量に噴き出している変わった星だ。

カッシーニによる土星システム細部の探査は、ミッション開始時には予定になかったが、これで予期しなかった詳しい価値のある情報が得られている。カッシーニは、土星の重力圏、磁気圏を調査しマップを作成し、土星の内部の組成を明らかにし、内部の回転状況を知る手がかりをもたらして呉れそうだ。またリングに関して、全体の重量やその構成材料についての詳しい情報が得られている。

“グランド・ファイナル”では、搭載の微粒子検知器(particle detectors)でリングの氷の微粒子を採取し、またカメラで土星のリングと雲の様子をこれまで想像できなかった超近距離で撮影する予定だ。

これらを通じて、巨大なガス惑星、土星とその衛星の成り立ちの情報を得ることができる。

カッシーニは最後の周回軌道を終えた後に土星大気に突入、20年にわたる生涯を終わる。

 

カッシーニ・ミッションの歴史

 

カッシーニ・ミッションの歴史を振り返って見よう。

1997年:

カッシーニはNASAが計画した最大の宇宙探査機(打ち上げ時重量5.7 ton)で、ESA開発のホイヘンスを背負い、10月15日ケープカナベラル空軍基地から“タイタンIVB/セントール”ロケットで打ち上げられた(図2参照)。

1997-2004年:

カッシーニは7年かけて土星に向かう。途中、金星で2回、地球で1回、木星で1回、それぞれスイングバイして加速して土星に到着した(図3参照)。

2004年:

土星近傍に6月30日に到着、FリングとGリングの間を通過、土星の衛星軌道に乗る(図4参照)。

2005年:

2004年12月24日に搭載していたホイヘンス・プローブを分離、衛星タイタンの大気中に放ち、降下、2005年1月14日に着陸、そのデータを地球に送る(図11参照)。

2004-2008年:

4年間にわたる当初からの計画ミッションで、土星周回軌道を76周し、その間タイタン上空を45回通過し、10個の衛星と遭遇した。

2008—2010年:

カッシーニ・エクイノックス(Cassini Equinox)と呼ぶ2年間の延長調査を実施、ここでは土星周回64回、タイタン接近28回、エンケラデス接近8回、それから小さな氷の衛星に3回接近。エクイノックス・ミッションは2009年9月に終了した。

2010-2017

カッシーニ・ソリステイック (Cassini Solstice) は7年間延長のミッションとして行われ、この間土星周回を155回、タイタン接近を54回、エンケラデス接近を11回、小さな氷の衛星接近を5回行った。この間に土星北半球の春から夏にかけての観測を実施した。

2017年:

グランド・ファイナル期間。探査機の最後の周回飛行を終えてから9月15日に土星大気に突入、20年間の観測活動を終了する。

カッシーニは科学計測器を12個搭載しているが、そのうち8個はまだ健在なので、14日には土星極地方のオーロラを鮮明に捉え、最後の周回で撮影したタイタン、エンケラデス、北極の6角形の嵐の模様(図5A参照)などの撮影画像と共に地球に送信してくる。

そして15日07:53 am東部夏時間に土星の大気圏上層部(土星の雲の上空1,500 km)に突入してから1-2分後まで大気の組成情報を調べ、最後の送信をする。

北半球の嵐

図5:(NASA) 2010-2011年に土星の北半球に現れた大規模な嵐、数カ月間にわたり続いた。

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図5A:(NASA)カッシーニが2013-12-03に撮影した土星北極付近の6角形模様。多数の嵐が形作ったもの。

 

土星のリング

 

土星と内側の主リングの外縁にあるFリングの直径は28万 kmになる。主リングの外側には薄いEリングがある。Eリングは大変希薄なので、太陽光で光る内側リングの反射光でぼんやり見える。Eリング外縁までの径は96万kmになる。

土星のリングは氷のかけらと岩石でできており、その大きさは砂粒ほどの微粒子から自動車や家ほどの大きさまで様々である。厚みは大変薄い。リングは比較的若く、生成してから数百万年しか経っていない。

土星は少なくとも60個以上の衛星を従えており、長い間に土星に飛来した小惑星や彗星がこれら衛星に衝突して破壊した小片がリングを形作ったと考えられている。

土星には7個の大きなリングがあり、発見された順にA, B, CからGまで名前がつけられている。それぞれのリングは細い多数のリングの集合体で、その厚みは大変薄く10 mから100 mほどしかない。リング同士の間には空隙がある。リングは土星の周りを高速度で周回している。

リング紫外線写真

図6:(NASA) 土星の主リングを紫外線で撮影した映像。外側のリングほど氷片が多いことを示している。

リング微粒子写真

図7:(NASA) リングの氷片の大きさで分類した写真。密度の濃い主リングは、土星赤道から7,000 km〜80,000 kmの範囲に広がっている。Aリングのすぐ外側には細いFリング、さらにその外にはG及びEリングがある。

Eリング

図8:(Wikipedia)左側の主リングに比べ、淡いEリングの広がりはずっと大きい。Eリングの範囲は、土星本体の半径の3倍付近から8倍の距離まで達している。Eリング内側にはエンケラデス、Eリングのかなり外側にはタイタンがある。

土星のリング全体

図9:(NASA) カッシーニの広角、狭角の両カメラで、2013-09に土星が太陽光を遮る“日食”時を狙い、土星を含みEリングまでの652,000 kmの範囲を4時間に渡り撮影し323枚の画像を得た。そのうちの141枚をモザイク状に貼り合わせ合成したのがこの写真。土星を取り巻く主リングとその外側にはEリングが薄く広がっている。GリングとEリングの間、遥か彼方に地球が写っている。

 

タイタン

タイタンは土星最大の衛星で直径5,150 km、水星より大きい。土星から約120万km離れたEリングの外側の位置にあり16日かけて土星を周回している。

タイタンの表面は窒素ガスの厚い大気圏に覆われ、液化メタンやエタンの海や湖があり、炭化水素の雲から雨が降っている。表面には7.5年を周期とする夏冬の季節があり、地球によく似た世界と考えられる。

またカッシーニ・ミッションで、タイタンの表層の下には、水とアンモニアの海が広がっていることが判明した。窒素(N) は、常温ではガスで地球大気の75%を占め、融点は-210度、沸点は-196度である。メタン(CH4)は、融点-182度C、沸点-162度C。したがってタイタンの世界は極めて低温である。

カッシーニが最後にタイタンの12万km上空を通過するのは9月11日である。

タイタン表面

図10:(NASA) カッシーニが撮影した衛星タイタンの表面のレーダー画像。タイタンは、ホイヘンスの観測データなどから、大気の主成分は窒素ガスで、表面は雨が降り、川が流れ、湖や海洋があることが分かった。

ホイヘンス着陸

図11:(NASA) カッシーニからホイヘンスが放出され、パラシュートでタイタン表面に降下する想像図。図右下にはホイヘンス、プローブが描かれている。ホイヘンスは直径2.7 m、重さ318 kgで、降下中2.25時間に渡りタイタンの大気観測と着陸後72分間地表の写真撮影を行なった

 

エンケラデス

 

タイタンの1/10の大きさしかないこの衛星の表面は、氷に覆われ白色に輝き、無数のひび割れがあり、そこから大量の氷を含む粒子、水蒸気が噴き出している。カッシーニの調査で、厚い氷層の下に広大な海のあることが確認されている。

噴出する水蒸気は海から発生しており、噴出速度は1,300km/hrにもなり、その噴煙の高さは数百kmに達している。噴出した微粒子は、一部はエンケラデスに戻り、他はEリングに逃げその一部となる。

Eリングは氷や砂状の微粒子からなり、その大部分はミクロン単位の大きさで、シリカで構成されている。カッシーニの調査で、これは氷層下の海底から生じる熱水噴出口(hydrothermal vents) 付近で温度が90度C以上になり、水と岩石が相互作用を起こして生成されていることが判った。この水蒸気噴出はエンケラデス南極付近で著しい。このような事実からエンケラデスの海洋には地球外生命の存在(微生物)の可能性がある。

エンケラデス

図12:(NASA)エンケラデスは、土星の衛星中6番目の大きさで直径約500 km、イギリス本土のイングランドほどのサイズ。土星から24万km離れたEリングの内側軌道を33時間ほどで周回している。エンケラデスの南極付近からは、氷層の割れ目から大量の水蒸気を含む微粒子が噴出している。

エンケラデス2

図13:(NASA) カッシーニが2005-07-13に。太陽光を背景にして撮影したエンケラデスの南極付近から噴出する水蒸気、微粒子の様子。かなり広範囲に噴きだしていることが分かる。

 

カッシーニの最後、9月15日

 

カッシーニの最終衝突目標として土星を選んだのは訳がある。すなわちタイタンやエンケラデスには生命の存在の可能性があるため、カッシーニに付着しているかもしれない地球微生物が,衝突でこれら衛星を汚染するのを避けるためである。

土星大気圏への突入は土星の昼間で北緯9度付近を予定し、地球の時間では、9月15日午前7時53分(EDT=東部夏時間)、グリニッチ標準時(GMT)では同日12時になる。

打上げ時に搭載したカッシーニの燃料はヒドラジン(Hydrazine) 3,132 kgだったが、コースの変更や調整で使い続け、今では残り40 kgになっている。

11日には衛星タイタンの重力で速度を落とし、木星に向かう。途中でタイタンやエンケラデスの姿を撮りながら、Aリングにある微小衛星のそばを通る。14日、15日はこれら情報を送り続け、土星大気圏突入の際は、1-2分後まで大気の組成情報を調べ、最後の送信をして来る。

NASA、ESA、JPLなどの担当科学者は、これから1年間カッシーニから送られてきた膨大なデータの解析に忙殺されることになる。

土星とFリング間の周回

図14:(NASA) カッシーニは土星と最も内側のFリングの間を擦り抜け土星の南北両極を回る長大な楕円軌道を22周して、その歴史的な生涯を閉じる。

 

—以上—

 

本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。

US Air force Fact Sheet “TITAN IVB”

NASA “Cassini at Saturn”

NASA November 11, 2013 “NASA’s Cassini SpacecraftProvides New Viewof Saturn and Earth”

NASA “The Rings of Saturn” by Dr. David G. Simpson

NASA “Cassini-The Grand Finale”

NASA Jan. 30, 2015 “Ring-a-Roud the Saturn”

NASA Aug.30, 2017 “Saturn Plunge Nears for Cassini Spacecraft”

Aviation Week September 4-17, 2017 “Curtain Call for Cassini” by Irene Klotz