NASA、初めての太陽探査衛星「パーカー」を打ち上げ —改訂版—


2018-08-21 (平成30年) 松尾芳郎

2018-08-25改訂(新情報を入れた)

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図1:(ULA)「パーカー」太陽探査機は、2018-08-12(日曜日)早朝ユナイテッド・ローンチ・アライアンス(ULA=United Launch Alliance)のデルタIVヘビー・ロケットで、ケープ・カナベラル空軍基地No. 37発射台から打ち上げられた。「パーカー」太陽探査機は、太陽を取り巻く大気“コロナ”を直接調べる人類初の探査機である。“コロナ”の活動は、太陽系全体の気象に直接関わり、地球の気候にも大きな影響を及ぼしている。

 

8月12日日曜日早朝、NASAの「パーカー」太陽探査機(Parker Solar Probe)が太陽に向け打ち上げられた。探査機は今年12月に太陽に接近し、私たち地球に生命を育んでくれる太陽について、初めての詳しい科学情報を発信して呉れる予定だ。

探査機は小型自動車ほどの大きさで、米東部夏時間(EDT)午前3時31分にユナイテッド・ローンチ・アライアンスのデルタIVヘビー(Delta IV Heavy)ロケットで、ケープ・カナベラル空軍基地No. 37発射台から打ち上げられた。5時33分に打上げ担当指揮官から、探査機はロケットから分離され正常に飛行を始めた、と発表があった。

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図2:(NASA) パーカー太陽探査機が太陽に向け飛行する想像図。2009年に計画が決まり、15億ドル(1,600億円)の費用を投じて開発された。

 

このミッションで、衛星が故障したり、宇宙飛行士が健康被害を受けたり、無線通信が混乱したり、あるいは送電線網が破壊したり、の原因である“宇宙気象の異常”が解明され、その予報の手掛かりが得られると期待される。

打ち上げ後最初の週に、高利得アンテナ(地球との通信用)と磁力線計測(magnetometer)用ブームが展開、続いて電界計測用アンテナが半分まで広げられる。9月最初の週になると計測機器の試験が始まる。それから4週間ほどの間太陽観測機器を使う試験が行われる。

パーカー太陽探査機計画統括の主席部長アンデイ・ドレスマン(Andy Driesman)氏は「今回の打ち上げ成功は、これまでに費やした60年間/数百万時間の研究・努力の賜物である。探査機は正常に作動しており、これから7年間にわたり太陽観測のミッションに入る。」と語っている。同氏はジョン・ホプキンス大学(Johns Hopkins Univ.)の応用物理研究所(APL=Applied Physics Lab.)に在籍中の人。

これから2ヶ月間、探査機は金星(Venus)に向って飛び続け、10月始めに金星をフライバイし、少し減速して太陽に接近し楕円軌道に入る。これで探査機は11月始めに太陽表面から24,000 kmまで近づく。この距離は太陽の火炎に包まれた大気“コロナ”の内部になり、これまで人工物が入ったことはない。

パーカー太陽探査機は7年にわたるミッションを通じ、金星の重力を利用するフライバイをさらに6回繰り返し、太陽近傍を24回通過する予定である。太陽には620万km まで接近する。この間探査機はおよそ時速69万km)の高速で飛行を続ける。この速度は人工物としては、これまでに達したことのない超高速である。

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図3:(NASA) パーカー太陽探査機の飛行予定。“打上げは2018-08-12”、“最初の金星フライバイ/ 2018-10-03”、“最初の太陽接近/2018-11-05”、これらを経て7年間のミッションで太陽に接近する飛行を24回行う。初めは大きな楕円軌道、徐々に太陽に接近、最も近ずくときは616万kmになる。

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図4:(SoHO, joint project of ESA and NASA) 太陽は太陽系の中で飛び抜けて巨大、その直径は約140万km。地球の直径は僅か1.3万km弱なので太陽の百分の1以下、太陽表面にある無数の細かい粒(表層に湧き出る高温の泡)よりも小さな存在である。図右には「プロミネンス」(火炎)、その他各所には「フレア」が見えるがこれらは水素プラズマの放射現象。いずれも地球より遥かに大きい。

 

太陽は、多数の惑星を含む太陽系全体の重さの99.9 %を占める。中身はほとんどが水素(71 %)とヘリウムガス(27 %)、中心部分では水素原子からヘリウム原子が作られる核融合反応が起きている。その結果膨大なエネルギーが生み出され、光球から高温と光を放出している。表面は激しく変動し、数分間隔で震え、数日間隔で黒点が出現/消滅を繰り返している。これとは別に11年周期で黒点の数が増減し、これが太陽風と太陽の磁力線に影響している。

光球の外側には希薄な大気層コロナがあり、突発的な爆発「フレア」や大規模なガスの炎「プロミネンス」を出している。太陽活動は長期的にも変動し、地球に氷河期や温暖期をもたらすなど、気候変化に大きな影響を及ぼしている。

 

パーカー太陽探査機はコロナ観測を通して、人々が長い間抱いてきた太陽に関する基本的な疑問に答えを出してくれる予定だ。すなわち;—

①太陽の表面から数千kmも離れているコロナの温度が、何故太陽表面の温度より極めて高いのか?コロナの温度が130万度C あるのに対し1,600 kmも下にある太陽の表面温度は6,000度Cしかない。

②太陽の全表面からは、微粒子を含む超高速の太陽風があらゆる方向に常時噴き出している。何がこうしているのか?

③太陽から噴き出すエネルギー粒子は光の速度の半分ほどの早さにもなる。何故こんなに早いのか?

科学者たちは60年以上に渡ってこれら疑問の答えを模索してきた。このためにはコロナの中に探査機を入れる必要があり、近年の耐熱技術の進歩がそれを可能にして行くれた。

ジョン・ホプキンス大学APLのプロジェクト技師ニコラ・フォックス(Nicola Fox)氏は次のように話している;—

「太陽の大気、コロナを調べることは、これまでの宇宙探査の中でも最も困難な技術開発であった。1958年に物理学者のユージン・パーカー(Eugene Parker)博士が示した太陽コロナと太陽風の存在について、回答を出せる探査機をやっと完成、打ち上げることができた、探査機に「パーカー」と冠したのはこのためだ」。

太陽風とは、表面のコロナから全方位に超高速(秒速400 kmあるいは時速160万km)で吹き出している電子、陽子、などの電荷粒子で、太陽の重力でも止めきれない。太陽風は一定ではなく、秒速300 kmから800 kmの間を変動している。この変動が地球の磁気圏を乱し磁気嵐を生じ、諸々の障害が発生する。太陽風は、太陽圏の外縁に近い“Termination Shock”域で速度が落ち、太陽系外恒星の影響域との境界付近で消滅する。

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図5:(NASA) 太陽風のイメージ。太陽から吹き出す超高速の高エネルギー粒子は、地球に近くなると磁気圏の影響で迂回し、地球への影響が弱まる。しかし、「コロナ質量放出」や大規模な「フレア」などが起き、その方向が地球に向いていると、地球に大きな障害が生じる。

 

パーカー太陽探査機は、全長9.8 ft (約3 m)、前面には、炭素繊維複合材製の2,500度F (1,370度C) の高温に耐えられる頑丈な耐熱シールドがあり、これで計測装置類を高熱から防いでいる。

耐熱シールドは幅2.4 m、厚さ11.5 cmの円盤状で、カーボン・フォーム断熱材を2枚の硬い炭素繊維板で挟んでいる。太陽と向き合う面にはセラミック・コーテイングがしてある。コロナの130万度Cと言われる温度は、そのまま探査機に伝わるわけではない。つまりコロナの中の粒子は高温、高速だが、密度が非常に低いためだ。それでも太陽に晒される面は1,370度C (既述) になる。シールド面のセラミック・コーテイングは、太陽の熱エネルギーの半分を跳ね返す効果をもつ。こうして耐熱シールドの裏側は300度Cに下がる。その後ろには内部が空洞の“耐熱シールド冷却パネル”があり、この区域で温度がさらに下がり、その後ろにある大部分の計測装置は30度C以下に保たれる。

パーカー太陽探査機は、こうして130万度Cにもなるコロナの極めて過酷な環境の中で、太陽から飛び出す電荷粒子、太陽の磁界、放射線、温度などを計測する次の4つの計測機器を搭載している;—

 

①  FIELDS

太陽大気圏の電界および磁気圏の大きさと形を調べる機器で、大気圏低層部でこれらから出る波長と乱れを高解像度で測定する。この領域は急激に変動し、磁力線の分離、結合が頻繁に繰り返されている。

FIELDSは、探査機周囲に5本のアンテナを備え、うち4本は耐熱シールドの外にあり2,500度F(1,370度C) の温度に晒される。アンテナは長さ2 m、耐熱性に優れた二オビウム(niobium)合金製である。アンテナ4本による電界測定は広帯域の周波数で行い、太陽風の測定は高速風、低速風を分けて行う。耐熱シールド内にあるアンテナは、他の4本と直角の向きで、高周波帯域での電界測定の3次元化をする。

磁気測定用装置は握りこぶし大で3個あり、これで磁力線を調べる。これはコイル・マグネトメーター(search coil magnetometer)で、時間の経過と共に磁力線が変化する度合いを調べる。磁力線の変化でコイルの電圧が変わる性質を利用した計測器。2個の同じ“フラックスゲート(変動型)マグネトメーター”、MAGiおよびMAGoが搭載されている。1つは時々起こる太陽表面から高く離れる大規模な磁力線の変化を調べる装置。他の一つは、毎秒200万回も起こる低高度の磁力線変動を捉える。カリフォルニア大学バークレー校の宇宙科学研究所の主導で開発した。

 

②  WISPR

WISPRは探査機に搭載する唯一の撮影装置、“Wide-Field Imager (広角撮影装置)”である。探査機がコロナの中に入る前に、離れた距離からコロナと太陽風の様子を撮影する。WISPRは靴箱位の大きさで、遠方から“コロナ質量放出(CME= coronal mass ejections)”と呼ぶ、太陽から大量の粒子が噴き出す様子など、太陽で起きる大規模なコロナ現象を捉える。WISPRは太陽大気の観測のため、太陽光の大部分を遮断するシールド中に収められ、小規模なコロナ活動の影響は受けないように作られている。

WISPRには2つのカメラがあり、普通のカメラで使うCCDの代わりに、耐放射線CMOS検知センサーを使っている。CMOSセンサーは軽く、電力消費も少ない、さらに宇宙線や高エネルギー粒子などからの放射線被害にも耐性がある。レンズは宇宙望遠鏡で使う耐放射線BK7で作られている。

WISPRは、ワシントンD.C.の米海軍研究所、太陽物理部門が設計、開発した。

 

③  SWEAP

SWEAPとは“Solar Wind Electrons Alphas and Protons investigation”(太陽風アルファ電子および陽子探査装置)の略で、粒子を捕捉するSPCカップと、SPANと呼ぶ粒子の解析装置からなる。これで太陽風の中の電子、陽子、ヘリウムイオンを捕捉、それらの速度、密度、温度を測定し、太陽風とコロナ・プラズマの理解を深める。

SPCは真空中で電荷粒子を捕捉、その数を調べる“ファラデイ・カップ(Faraday cup) ” で、耐熱シールド円盤の外縁にあり、太陽の光、熱、エネルギーを直接受ける。カップは高い透過性の網目状で高電荷の粒子が通過しやすい。その裏には集電荷用プレートがあり、ここで粒子を調べる。網目状カップは、宇宙線や電子から出るノイズを取り除く役目もする。カップは1,370度Cにもなり赤白色に輝くが、その後ろに計測装置が付いている。探査機が太陽に接近飛行するたびに、SPCは太陽プラズマの粒子の速度、密度、温度を、毎秒146回の割合で計測する。

SPANは、SPCが計測できなかった広範囲の粒子を計測する装置で、SPAN-AとSPAN-Bの2つからなる。SPAN-Aは電子とイオンを測定するがSPAN-Bは電子のみを計測する。

SWEAPは、マサチューセッツ州ケンブリッジ(Cambridge, Massachusetts)のスミソニアン宇宙物理観測所とカリフォルニア大学バークレー校宇宙科学研究所が開発した。

 

④  ISOIS

太陽の統合科学探査装置(Integrated Science Investigation of the Sun)と名付けたこのISOISは“イーシス”と発音する。ISOISは、2つの計測装置を一つの構造にまとめ、広範囲のエネルギー粒子を測定する装置である。電子、陽子、およびイオンを調べ、粒子がどこで生まれ、どのようにして加速され、太陽からどのように宇宙空間に拡散するのか、を解明する。2つの計測装置は、EPI-LoとEPI-Hiで、それぞれがエネルギー粒子を計測する。EPIとはEnergetic Particle Instrumentの略である。

EPI-Loは、電子とイオンのスペクトル分析を行い、炭素、酸素、ネオン、マグネシウム、シリコン、鉄、ヘリウムの同位元素He-3とHe-4の有無を調べる。

ISOIS計測器は八角形のドーム型をしており、硬貨ほどの大きさの観測窓80個が付いている。これらの窓を通して低エネルギー粒子を観測する。イオン粒子が窓から入ったとしよう。イオン粒子はカーボン・ポリミド・アルミ・フォイルを通過して半導体検知器に当たる。衝突するとフォイルに電子が発生、これを測定する。

EPI-Hiは、EPI-Loで観測できない高エネルギー粒子の測定をする機器で、3層の検知器で構成される。これで、粒子の方向を知り、同時にノイズを減らす。太陽に最も近ずいた時には10万個の粒子を観測できる。

ISOISは、こうしてSWEAPが検知できなかった太陽から出るエネルギー粒子を全て捕捉する。

ISOISは、ニュージャーシー州プリンストン(Princeton, New Jersey)のプリンストン大学が主導、ジョン・ホプキンス大学、カルテック、などが協力して作られた。

探査機概要

図6:(NASA) パーカー太陽探査機の外観。探査機は全長約3 m、小型自動車ほどの大きさで打上げ時の重さは685 kg。

 

パーカー太陽探査機は、NASAの“Living with a Star (星と共に生きる)”プログラムの一つで、我々の生命と社会に直接関わる「太陽-地球システム」を解明する研究項目である。“Living with a Star “プログラムはNASAゴダード宇宙飛行センター(Greenbelt, Maryland)が主管している。

 

—以上—

 

本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。

 

NASA Release 18-072 Aug 12, 2018  “NASA, ULA Launch Parker Solar Probe on Historic Journey to Touch Sun”

NASA “Parker Solar Probe Instruments”

NASA July 31, 2018 “Parker Solar Probe and the Birth of the Solar Wind”

NASA May 11, 2016 “Swept up in the Solar Wind”

Aviation Week Aug 18, 2018 “Spacecraft Launched to Sample Sun’s Corona” by Mark Carreau

Wired 2018-08-20 “太陽に接近するNASAの探査機は、こうして溶けずに高温に耐える“

TokyoExpress 2011-08-27 “太陽嵐/コロナ質量放出(CMC)の観測技術が向上“