スピツアー宇宙望遠鏡、打上げ15年間の成果


2018-08-31(平成30年)  松尾芳郎

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図1:(NASA)「スピッツアー」は、NASA / JPL / Caltechが運用する宇宙望遠鏡、ロッキード・マーチンとボール・エアロスペースが製作した。打上げ時の重量は950 kg、太陽に面する側はサン・シールドで覆われ、望遠鏡の温度上昇を防いでいる。

 

「スピッツアー宇宙望遠鏡(Spitzer Space Telescope)」は、NASAの「宇宙探査用4大望遠鏡(four Great Obsevatories to reach space)」計画の最後の望遠鏡として、2003年8月25日にケープカナベラルから打ち上げられた。今年2018年8月で、打上げ後15年目になる。当初、搭載する冷却用液体ヘリウムが無くなるまでの2.5年を寿命としていたが、その5倍以上の今も活躍を続けている。

「スピッツアー」はこの間、宇宙で最も古い銀河、土星を回る新しいリング、星雲の中から生まれる新しい星々、ブラックホール、などの詳細を明らかにしてきた。さらに恒星トラピスト-1(TRAPPIST-1)の周囲に7個の地球サイズの惑星を発見した。

NASA ワシントン宇宙物理部門の主席ポール・ハーツ(Paul Hertz)氏は次のように語っている;—

『「スピッツアー」は、この15年間で我々に宇宙に関する新しい視界を開いてくれた。「スピッツアー」のお陰で、太陽系から数光年しか離れていない近くの恒星から、数千光年離れた銀河系内の星々、さらには遥か遠方の他の銀河系までを見渡せるようになった。そして他の望遠鏡の観測結果と照合して宇宙の様々な出来事を詳しく理解できるようにしてくれた』。

 

  •  赤外線とは

 

「スピッツアー」は赤外線望遠鏡である。赤外線は人の目には見えないが、あらゆるものから放射されている。我々の周りにある暗視装置、カメラなどはこの特性を利用したものである。簡単に説明しよう。

人の目に見える“可視光線”は波長0.36μm(紫色)から0.77μm(赤色)の範囲、それより長い1μmから0.1 mm付近までが“赤外線(infrared) ”である。あらゆる物体は“可視光線”に限らず“赤外線”を放射している。次の写真では人が黒の袋に手を入れて写っている。左は“可視光線”の写真、右は“赤外線”の写真。“赤外線”写真では袋を通して両手、腕がはっきりと写っている。

赤外線1

図2:(NASA Sean Carey Manager, Spitzer Science Center) 左“可視光線”写真と右“赤外線”写真の違い。“赤外線”は、波長が長いので微細な塵、ダストの影響を受けず透過し、その背後にある物体を鮮明に知ることができる。

 

  •  過去の眺め-126億光年の彼方にある世界

 

「スパイツアー」は高感度の赤外線受信能力を備えているので、宇宙の遥か遠方、120-130億光年にある銀河系の観測が可能になった。これで、これらの遠方銀河系の誕生後4億年未満の若い姿を観ることになる。天文学者は、これらの数々の古代の(若い)銀河が予想に反しいずれも大型に成長していたのに大変驚いた。

「スピツアー」は、前述の「4大望遠鏡計画」の一つ「ハブル宇宙望遠鏡」などと観測データを共有しながら、この超遠距離の銀河の観測を行なった。両者は、違う波長帯を使って観測し、補完しあって従来得られなかった精度の高いデータを得ることができた。これらの銀河系は、我々の天の川銀河と同様、可視光線と同じくらいの規模で赤外線を放射している。

超遠距離銀河

図3:(NASA/Subaru/JPL-Caltech)) 小さな丸で囲った赤い点々が超遠距離の銀河。これらの銀河はお互いの重力で引寄せられつつある。この未完成の銀河集団(proto-cluster)は”COSMSO-Az’TEC3 ”と名付けられている。この写真は、NASA「スピッツアー」、「チャンドラ(Chandra)」、「ハブル(Hubble)」の各宇宙望遠鏡と、ハワイ島マウナケア山頂にあるNASA「ケック(W.M. Keck)」と日本「すばる」望遠鏡で観測した多数の周波数帯の画像から得られた。小さな丸で囲った赤点以外は、殆どが地球に近い銀河。白く輝く大きな星々は赤外線映像で、可視光線ではほとんど見えない。

 

この集まりつつある銀河集団は地球から126億光年の彼方にあり、つまり126億年昔の若い銀河を示している。我々の宇宙は137億年昔に誕生したとされるので、これらは誕生後10億年しか経っていない。銀河は、多数の超新星爆発で生じる物質と巨大なブラックホールから噴出される物質から生まれる。そして銀河同士が重力で引き合い集まって集団を作る、と考えられている。この銀河集団にはおよそ4兆個の太陽サイズの星々があり、個々の銀河の中心部では新しく大量の星が誕生しつつある。

この距離になると、星々、銀河はどんどん遠ざかるので、地球に到達する光の波長が伸びて赤い色の方向にシフトし、「スピツアー」の赤外線望遠鏡でしか観測できない。

 

  •  新しい世界-太陽系外惑星の数々

 

最近数年間、「スピッツアー」は、当初の予定にはなかった太陽系外惑星の研究に多く利用されている。太陽のように高温の恒星を回る惑星系だけでなく、冷え切った恒星を回る惑星や、その中間温度の恒星/惑星などの観測を行っている。太陽系に近い恒星系から、未発見の遠距離(銀河系中心方向へ13,000光年)にある恒星系惑星の観測に成功した(04-14-2015)。この恒星系は”OGLE-2014-BLG-0124L”と名付けられ、新しい手法“マイクロ・レンジング(microlensing)”を使い発見された。

新規発見の系外惑星

図4:(NASA) 太陽系外惑星の探査は、これまで太陽が属する銀河系の “腕”の部分で行われてきたが、「スピッツアー」は、初めて銀河系中心部近くの別の“腕”にある恒星を回る惑星系の観測に成功した。これで惑星系は、銀河系で部分的でなく普遍的にどこにでも存在する、と考えられるようになってきた。

 

「スピッツアー」は、系外惑星の探査でこれまで最大の成果を挙げた観測機である。恒星を周回する7つの地球サイズの惑星を発見したのはその一つである。「トラピスト-1 (TRAPPIST-1) 」と名付けたこの恒星系では7個の惑星が周回し、そのうち3個は生命存続に適した“ハビタブル・ゾーン(habitable zone)”にある。それらの表面温度は液体の水が存在できる範囲なので、宇宙には生命が普遍的に存在すると考える手掛かりになりそうだ。

「スピッツアー」が打上げられた頃は、系外惑星の研究は緒に就いたばかりだったが、この数年は半分以上の観測時間が太陽系外惑星探査に使われている。

トラピスト1

図5:(NASA T. Pyle, JPL/Caltec) 恒星「トラピスト-1」と周囲を回る7個の惑星の想像図。「トラピスト-1」の諸元は:—

発見は2000年。地球から39.6 光年しか離れていない。恒星の重さは太陽の0.08倍 で極めて小さく、直径は木星の1.1倍 程度。恒星の表面温度は2,500度Kで、太陽に比べ9 %の熱量しか放射していない。みずがめ座(constellation Aquarius)にある超低温矮星である。

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図6:(NASA) 2018年2月に公表された「トラピスト-1」と7個の惑星のイラスト。いずれも岩石質で、直径、重さ、表面の模様、は2018年2月までの観測結果による。7個とも恒星の至近距離にあり、1.5日から20日で周回している。太陽系では水星が88日で周回し、系内惑星では最も短い。特に恒星に近い惑星“b”などには、大気中に多くの水蒸気を含むことが明確に分かった。

惑星の比較

図7:(NASA) 「トラピスト-1」の惑星“b”から”h”を茶色で示し、太陽系の惑星“水星”、“金星”、“地球”、“火星”を点線の円で示す。縦軸に密度の比率、横軸に恒星から受ける光度(地球を1とした比較値)を示す。いずれも岩石質だが、密度の低い惑星は水の量が多いと考えられる。惑星”d”は重量の5 %が水と思われる。地球の場合は0.02 %しかない。

 

以下に「スピッツアー」が発見したこの他の主なトピックスを紹介しよう。

 

  •  土星に新しい大型リングを発見

 

極めて希薄なリングだが大きさは土星直径の300倍もある。

木製リング

図8:(NASA) 土星の周りの巨大リング。これまで知られていた土星のリング面から27度傾斜している。土星からリング内側までの距離は600万km、リング外縁までは1,200万kmある。厚みは土星本体の20倍。リングは赤外線を出しているので観測できたが、目では見えない。若し地上で見えるとすれば、満月の2倍の大きさになる。

 

  •  太陽系外の恒星に大型の小惑星が衝突した証拠を発見

 

若い恒星を観察していたところ、突然大量の埃が発生しているのを発見した。これは小惑星が衝突したためと考えられる。若い恒星の周りにはチリ、埃が周回していて、お互いが引寄せられ繰り返し合体し、1億年ほど経過すると小惑星が形作られる。この類の衝突が惑星の誕生に関わっていると考えられている。

「スピッツアー」の赤外線センサーで、太陽系から1,200光年離れている天体NGC 2547-ID8、推定年齢35億年、を観測したところ多少の埃が見られた。

このため2012年5月から定期的に調べ始めたが、途中5ヶ月間ほど太陽の影に入り観測不能となり、その後観測を再開したところ大規模な衝突を示す大きな変化が見られた。

惑星衝突

図9:(NASA) NASAの08-28-2014発表によると、岩石質の若い天体NGC 2547-ID8 を定期的に観測していたところ、2012年8月と2013年1月の間に大きな変化があり、大規模な新しいダスト、埃が発生していた。これは大型の岩石小惑星が衝突したため、とされる。天体が衝突すると大量の細かい砂埃が舞い上がる。天体衝突の前後のデータが採取されたのはこれが最初である。

 

  • 「スピッツアー宇宙望遠鏡」とは

 

望遠鏡は直径85 cm、焦点距離10.2 m、の赤外線望遠鏡で、受信波長は3.6 μm-160μmである。冷却用液体ヘリウムが使えた最初の数年間は、搭載する4個のカメラ(3.6μm、4.5μm、5.8μm、8μm)全てを12度Kに保持できたが、ヘリウムを使い切った後は28度Kに上昇したため、中波長のカメラ2台は使えなくなり、2009年以降は、3.6μmおよび4.5μm用カメラだけが作動している(この運用期間をSpitzer Warm Missionと呼ぶ)。

「スピツアー」の名前は、1946年に宇宙望遠鏡の概念を提唱した物理学者、天文学者であるLyman Spitzer氏から付けられた。建造、打上げ、に要した費用は7億2,000万ドル(約790億円)。

「スピッツアー」の軌道は、地球周回ではなく太陽周回(heliocentric)軌道である。地球の太陽周回軌道上を地球から遅れて飛行し、毎年少しずつ地球から離れている。 普通人工衛星に使われる地球周回軌道では、地球からの熱で衛星は250度K(-23度C)まで加熱されるが、「スピッツアー」の太陽周回軌道ではずっと低温に保つことができる。「スピッツアー」は、地球や月から遠く離れているため、観測の邪魔になるのは太陽だけとなる。つまり太陽の近く80度以内には望遠鏡を向けられない。また、サン・シールド表面にはソーラー・パネルがあり、これが太陽方向から120度以上離れると計測機器用の電力が不十分となる。

このような制約があるが、40日間ずつ2回の観測不能な期間を除いて、ほぼ年間の3分の2の期間は観測ができる。

スピッツアー3

図10:(NASA) 「スピッツアー宇宙望遠鏡」。太陽に面する側はサン・シールドで覆い、望遠鏡と計測用カメラなどの装置の温度を低温に保つ。サン・シールドにはソーラー・パネルが貼り付けられ、計測装置などに電力を供給する。

 

  • 「スピッツアー」の今後

 

「スピッツアー」は2019年11月まで運用を続ける予定。「トラピスト-1」より冷たい恒星、矮星系惑星の探索に主力を注ぐ。また、視認されていない孤立したブラックホールの探索も行う。

 

—以上—

 

本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。

NASA Video 08-10-2018 “Spitzer’s Continuing Adventures” by Sean Carey, Manager of the Spitzer Science Center, Caltec/IPAC

NASA Jet Propulsion Laboratory 08,22.2018 “15 Years in Space for NASA’s Spitzer Space Telescope”

NASA Jet Propulsion Laboratory 02, 05, 2018 “The 7 Earth-sized Planets of TRAPPIST-1”

NASA Jet Propulsion Laboratory 02, 05, 2018 “Comparing TRAPPIST-1 to the Solar System”