打上げ29周年のハブル宇宙望遠鏡、記念に”南の蟹星雲“画像を公開


 

2019-04-28(平成31年) 松尾芳郎

 

NASAのハブル宇宙望遠鏡は打上げ後29周年を迎えたが、最近撮影した美しい“南の蟹(かに)星雲”の写真を記念として公開した。

この星雲は[Hen 2-104]と呼ばれ、地球の南半球から数千光年離れたケンタウルス座(Constellation of Centaurus)の方向にある。

(In celebration of the 29thanniversary of the launch of NASA’s Hubble Space Telescope, astronomers captured this festive, colorful look at the southern Crab Nebula. The nebula, officially named as Hen 2-104, is located several thousand light-years from Earth in the southern hemisphere constellation of Centaurus.)

南半球 “南天”の南極やや南には“南十字星(Crux)座”が見えるが、ケンタウルス座はそのすぐそばに位置する。太陽系とこれらの“星座”にある星々との距離は大きく散らばっている。例えば、同じ“ケンタウルス座”の星でも、プロキシマ星は僅か4.2光年の近くにあるが、本題の[Hen 2-104]は遥か7,000光年の彼方にある”星雲(Nebula)である。

光は1秒間に30万km進むが、1光年とは、光が真空中を1年間に進む距離、約9兆4,600億kmを言う。太陽系中心から外縁の“オールトの雲”まで約1光年とされる。太陽から10光年の範囲には10個ほどの恒星がある。また銀河系の直径は約10万光年、中心部の厚みは1.5万光年とされている。

 

“南の蟹(かに)星雲”[Hen 2-104]

“南の蟹星雲”[Hen 2-104]は、砂時計に似た形で、くびれた部分に連星(binary-star)が存在している。連星とは2つの恒星がお互いの重心の周りを軌道運動している天体で、この場合は一方が高齢化した赤色巨星で、他方は燃え尽きた白色矮星である。赤色巨星からは外層が剥れつつあり、そのガス化した一部が白色矮星の重力でお椀状に拡がっていると考えられている。

 

(注)赤色巨星(aging red giant)は半径が大きく、表面温度が低い赤色の星。その半径は太陽の数百倍、地球の軌道を超えるほどの大きさになる。オリオン座のペテルギウスなどがよく知られている。太陽などの星は中心の水素の核融合反応で輝いているが、水素が燃焼し尽くすと中心にはヘリウムが溜まり、一方外層は膨張し続ける。重力が弱い表面からは大量のガスが流出するようになる。これが赤色巨星である。一方”白色矮星”(white dwarf)は、赤色巨星がすべてのガスを失い、収縮した中心部だけが残った状態、これが“白色矮星”で、大きさは地球位だが質量は太陽ほどもある高密度な星で、表面温度は1万度K以上にもなる。白色矮星には燃料となる水素がないので核融合反応は起きない。熱エネルギーは光として放出され、次第に温度が下がりやがては褐色矮星に変化する。

 

赤色巨星から流出したガスや塵はお椀状に集まり光り輝き、さながら蟹の脚のように見える。これは、以前から宇宙空間に漂っているガスや粒子(あるいは以前放出されたガス)に、新たに赤色巨星から放出されたガスが衝突し光を放っていると見られる。

現在お椀状に輝いているガスは、放出が始まってから僅か数千年しか経っていない。中心近くに輝いている小さなお椀は、もっと最近形成されたガス放出らしい。中心の赤色巨星は最終的には(注記)したように収縮し白色矮星に変わる。そうしてやがて白色矮星の連星となり、お椀状ガスを照らし続ける。これは”惑星状星雲”[planetary nebula]と呼ばれる。

Hen 2-104

図1:(NASA,ESA, and A. Field (STScl))ハブル宇宙望遠鏡の打ち上げ29周年を記念してNASAが発表した”南の蟹星雲”[H 2-104]の写真。これは[H2-104]を構成する4つの元素に対応した4枚のカラーフィルター写真を合成した写真である。

“南の蟹星雲”[H2-104]が最初に発見されたのは1960 年代終わりで、当時は普通の星と思われていた。その後1989年にチリにあるヨーロッパ南部天文台、ラ・シラ天文台( European Southern Observatory’s La Silla Observatory in Chile)を使って観測した結果、これは蟹の脚のように対称形をした星雲だと判った。

この初期の観測では砂時計の中心部が輝く星雲としか判らなかった。ハブル望遠鏡が1999年に当時搭載していた”広視野惑星カメラ2”[WFPC2]で観測したところ、“南の蟹星雲”はかなり複雑な構造らしい、と判明した。今回発表した写真は2019年3月に撮影したもので、ハブル宇宙望遠鏡に搭載する最新の最も解像度の高い“広視野カメラ3”[Wide Field Camera 3]で複数のカラー・フィルターを使い撮影、合成した写真である。つまり星雲ガスの各元素の輝きを捉えるよう、硫黄/赤、水素/緑、窒素/橙、酸素/青の4種類のフイルターを用いた。

南の蟹星雲

図2:(NASA,ESA, and A. Field (STScl))”南の蟹星雲”[H 2-104]中心部の連星から吹き出すガスが2つの縁の直径が1光年以上にもなる巨大なお椀状に集まって、砂時計の形を作っている。連星は2つのお椀の接合部にあり相互に回転するデイスクを形成、赤色巨星から流出するガスが白色矮星の重力でお椀状になると考えられている。デイスクから放出されるガスの一部は両側のお椀状の外側で、宇宙空間に漂う粒子と衝突”吹き出しジェットの結び目”[knot from jet]を作っている。

 

”ハブル宇宙望遠鏡”[The Hubble Space Telescope]の概要

”ハブル宇宙望遠鏡”[The Hubble Space Telescope]は、NASA、ESA(欧州宇宙機構/European Space Agency)の国際共同開発事業である。望遠鏡の管理は、グリーンベルト(Greenbelt, Maryland)のNASA のゴダード宇宙飛行センター(Goddard Space Flight Center)が担当している。ハブル望遠鏡を使う科学観測業務(science operation)は、バルチモア(Baltimore, Maryland)にある宇宙望遠鏡科学研究所(STScL=the Space Telescope Science Institute)が担当している。STScLは、ワシントンD.C.(Washington, D.C)にある宇宙研究大学協会(the Association of Universities for Research in Astronomy)と共にNASAのために活動している機関である。

“ハブル宇宙望遠鏡”は1990年4月24日にスペース・シャトル・デイスカバリー(the Space Shuttle Discovery)に搭載、地球を回る周回軌道に打ち上げられた。これは紫外線(ultraviolet)から可視光線、そして近赤外線(near-infrared)の波長範囲を観測する宇宙望遠鏡である。現在は、地表353 miles(569 km)の高度を毎日15回周回飛行している、つまり95分で地球を1周している訳だ。速度は毎秒8 km、米大陸を横断するのに10分ほどしか掛からない。

 

“ハブル宇宙望遠鏡”の構造(Structures and Systems)

全体の5分の3ほどが望遠鏡部分で、先端の開口部から像の光が入り、主鏡(primary mirror)で反射して小型の副鏡(secondary mirror)に達する。副鏡で反射した像は主鏡の中心に設けた孔を通り焦点を結び、望遠鏡の計測機器(カメラと分光計)に到達する。主鏡は直径2.4 mで、膨大な量の光を集められるよう特別に研磨されている。ハブル望遠鏡は人間の裸眼で見える最も微かな光のさらに100億分の1の弱い光を検知できる。しかも大気圏外の真空中で観測をするので、大気の状態に左右される地上望遠鏡より精度の高い像が得られる。その分解能は0.05アーク秒(arc seconds)なので、100 km以上遠方にある直径1 cmほどの硬貨を分別できる。この分解能は、地上設置型の同クラス以上の望遠鏡の10倍以上に相当する。高分解能のお陰でハブル望遠鏡は、星を取り巻く薄暗い円盤や超遠方にある銀河の核の輝きなどを写すことができる。

ハブル望遠鏡は、全長43.5 ft (13.27 m)、幅は後端の計測機器が収まっている部分で14 ft(4.27 m)、重さは約25,000 lbs(11.25 ton)である。全体は重さを含めてスクールバスと同じ位である。両側には太陽電池パネルがあり、太陽エネルギーを電力に変え、6個の大型バッテリーに蓄える。これで、望遠鏡が地球の影に入り太陽光を遮断する間でも電力が供給され観測が続けられる。

ハブル望遠鏡本体の中央、ほぼ重心位置に、重さ100 lbs (約45 kg)の4個のリアクション・ホイール(reaction wheel)があり、望遠鏡の位置補正に使われている。ニュートンの第3法則(Newton’s Third Law of Motion)、作用・反作用の法則、により一つのホイールが回ると望遠鏡本体は反対方向に回る。望遠鏡には地上から、何時/何処の目標に向けるかの指令が届いているので、これをコンピューターが計算し、どのホイールを遅く、あるいはどのホイールを早く回すかの指示を出し、短時間で望遠鏡を新目標に正対させる。

ハブル望遠鏡は、搭載の高精度ジャイロ(high-precision gyroscope)で自身の動きをモニターしている。ジャイロは6個搭載しているが、普通は3個を使い、他は故障した時の予備である。現在は、2014年3月に1個と2018年4月に1個が故障している。ハブル望遠鏡はジャイロ1個だけでも観測できるようになっている。

ジャイロの他に、ハブル望遠鏡には、3台の精密ガイダンス・センサー(FGS=Fine Guidance Sensor)が搭載されていて、目標を捉え観測している間は望遠鏡が動かないようロックし続けている。ハブル望遠鏡が目標にロックされている間、その微動(jitter)範囲は、24時間で僅か7 milli-arc-second以内である。これは300 km以上離れた所にある直径1 cmの硬貨にレーザー光線を照射し続けることに相当する。

ハブル望遠鏡が地上管制センターの指示を受け、望遠鏡がデータを送るなどの通信には2個の高利得通信アンテナが使われる。通信は、赤道上空約3,6000 kmにある対地同期軌道(geosynchronous orbit)上に配備されている中継衛星システム[NASA’s Tracking Data and Relay Satellite System]を経由して行われる。地上管制センターが受信した観測データは、広帯域ネットワークを通じて宇宙望遠鏡科学研究所(STScL)に送られる。

ハブル望遠鏡には観測のために3種類の計測器を搭載している。すなわち、カメラ(camera)、分光分析装置(spectrograph)、光干渉計(interferometer)である。

カメラは2つあり、[ACS]・Advanced Camera for Surveys(先進探索用カメラ)と[WFC3]・Wide Field Camera 3(広視野カメラ3)である。[ACS]は2002年に取付けられたが2007年に故障、2009年に修復されて主として可視光線帯域の撮影に使われている。[WFC3]は2009年に取付けられ、赤外線領域と紫外線領域を含む広帯域の電磁波の観測に使われている。

分光分析装置は、虹の光をプリズムに通すと7色に分かれるが、同じように宇宙の光を分光して解析する装置である。2つあり、[COS]・Cosmic Origins Spectrograph/宇宙発光分光分析装置は、主に超遠方の宇宙から出ている微弱な紫外線の分析に使い、一方[STIS]・Space Telescope Imaging Spectrograph /宇宙望遠鏡映像分光分析装置は一般的な光の受信解析に使われる。

光干渉計は[FGS]・Fine Guidance Sensor /精密ガイダンス・センサーと呼ぶ装置を3個搭載して、観測する星々の相対的位置と輝度を測定する。ハブル望遠鏡が目標を捉える際、3個の[FGS]のうち2個を使い目標にロックする。3つ目の[FGS]は目標の科学的情報、つまり目標の正確な天空上での角度位置を測定する。[FGS]は極めて精密な計測器で[guide star]と呼ぶ定点となる星を探し出し、それを基点にして望遠鏡の位置決めをする。

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図3:(NASA,ESA, and A. Field (STScl))ハブル宇宙望遠鏡の概要。

ハブル電磁波

図4:(NASA,ESA, and A. Field (STScl))ハブル宇宙望遠鏡が観測する電磁波の領域。波長400-700 nmの可視光線域を含み、波長の短い紫外線(UV)領域と波長の長い近赤外線(Near IR)領域を観測している。

 

ハブル宇宙望遠鏡のサービス・ミッション(Service Missions)

NASAはハブル望遠鏡の修理や改良のため、これまで5回の宇宙飛行士によるサービス・ミッション(SM=Service Mission)を実施した。計測機器と主要なサブシステム(ジャイロ、リアクション・ホイール、太陽電池パネル、バッテリーなど)に行われた整備で性能と信頼性が一層向上し、耐用年数は2020年代までに伸びている。NASAは、後継機として2021年に赤外線観測能力の優れたジェームス・ウエブ(James Webb)宇宙望遠鏡を打ち上げる予定だが、それまではハブル望遠鏡を使い続ける。

1990年に打上げたが観測を始めて直ぐに主鏡に異常が見つかった。ハブル望遠鏡は高度569 kmを飛行しているので、宇宙飛行士が直接手に触れ、修理、改良の作業ができる。これまでのサービス・ミッション(SM)を簡単に振り返ってみよう。

・SM1:1993-12-02~13

主鏡の球面歪み、つまり直径2.4 mの主鏡の周辺部分を2.2ミクロン程研摩し過ぎたため撮影画像が不鮮明になっていた。このため”COSTAR”と呼ぶ補正装置を開発、取付けて修正した。

SM1の前後

図5:(NASA)1993年12月に実施した[SM1]の前後にハブル望遠鏡が撮影した銀河[M100]。左が修正前、右が修正後の写真。

・SM2:1997-02-11~21

観測可能な電磁波領域を近赤外線まで拡張し超遠距離にある銀河を撮影するための新計測器を搭載した。これでハブル望遠鏡の性能が著しく向上した。

・SM3A:1999-12-19~27

1993年11月13日に6個のジャイロのうち4つ目が故障したために計画された。ハブル望遠鏡が正常に作動するには3個が必要。ハブルは休眠状態に入ったが新しいジャイロを取付けて機能を正常に戻した。

・SM3B:2002-03-01~12

太陽電池パネルを交換、に更新した。カメラを最新の高性能型[ACS]・Advanced Camera for Surveys(先進探索用カメラ)に交換した。[ACS]は、可視光線領域から縁紫外線領域の範囲を受感でき、旧型の10倍の探知能力がある、つまり同じ時間で10倍の情報を取得できる。

・SM4:2009-05-11~24

ここでは[COS]・Cosmic Origins Spectrograph/宇宙発光分光分析装置と[WFC3]・Wide Field Camera 3(広視野カメラ3)を取付けた。そして故障中の[STIS]・Space Telescope Imaging Spectrograph /宇宙望遠鏡映像分光分析装置と[ACS]・Advanced Camera for Surveys(先進探索用カメラ)の修理を宇宙空間で初めて実施した。またハブル望遠鏡の寿命延長のため、バッテリーの交換、ジャイロスコープの交換、新型コンピューターへの換装、精密ガイダンス・センサー(FGS=Fine Guidance Sensor)の更新、などの作業を実施した。

 

“蟹(かに)星雲”

本題の“南の蟹星雲”に対比される北半球の北天にある“蟹星雲”(Crab Nebula)について調べてみた。

”蟹星雲”M1、NGC1952は、オリオン座近くの”おうし座(constellation of Taurus)“にある超新星爆発の残骸(supernova)で、地球から6,500光年離れた銀河系内のペルセウス腕(Perseus Arm)内にある。”蟹星雲“の名前は1840年に天体望遠鏡で観測したウイリアム・パーソンズ(William Parsons)氏により付けられた。超新星爆発は1054年7月4日に起こり、その記録が宋の「天文志」と我国の藤原定家の日記「明月記」に”客星現わる“として記録されている。

現在の光度は8.4等級で肉眼では見えない。ガスの広がりは直径11光年になり、今でも光速の0.5%の速度で拡散を続けている。中心には直径30 kmほどのパルサー(Pulsar)、つまり中性子星(neutron star)があり、毎秒30.2回の高速で回転し、ガンマ線からラジオ波までの広い範囲の電磁波のパルスを放射している。

既述のように、太陽ほどの質量の星は燃料となる水素を核融合反応でヘリウムに変換し燃え尽きると「白色矮星」となり静かに死んで行く。質量が太陽の8倍以上もある星は、最後に大爆発を起こし超新星となり短期間光り輝く。爆発で核融合により作られた多種の元素が宇宙空間にばら撒かれる。“蟹星雲”はこの代表的な事例である。

かに星雲

図6:(NASA, ESA, J. Hester and A. Loll (Arizona State University) ) M1/かに星雲(the Crab Nebula)は1054年に新星として宋および我国で記録された。直径は11光年になり今も爆発による拡大が続いている。画像の色は構成する元素を表している。

―以上―

 

本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。

NASA April 18, 2019 “Hubble Celebrates 29thAnniversary with a Colorful Look at the Southern Crab Nebula”

NASA “Hubble Space Telescope Observatory”

NASA “Hubble Highlights – Documenting the Death Throes of Stars”