令和元年(2019年)11月14日 政治アナリスト・元杏林大学教授 豊島典雄
◆中国は人治国家
アメリカに代わり世界の覇権を狙う中国の帝国主義路線にアジア諸国は振り回されている。
中国はいまだに、支配者が法に拘束されることのない“人の支配”の国である。
米中貿易戦争の激化に伴い、日米分断を狙う中国の対日接近の動きが顕在化している。
12月には、安倍首相の中国訪問、来春には習近平国家主席の国賓訪日が予定されているが、習近平政権の強権的な体質、尖閣諸島への執拗な領海侵犯もあり、日本人の対中国印象は良くない。「日中関係は完全に正常な軌道に戻った」(安倍首相)状態ではない。
中国の強権的な体質の改革無くして、日中関係の根本的改善は不可能であり、日本政府も国会も、欧米と連携し、人の支配から法の支配への転換を強く促し続けるべきだ。
最近、言論活動に携わる者にとって看過できないことが二つあった。
一つは中国国家安全局が9月上旬頃に北海道大学教授を北京で、“スパイ容疑”で拘束した事件である。
国家安全当局は、国家の安全を脅かすスパイなどを取り締まる機関だ。北大教授は、中国近代史を研究しており、防衛研究所や外務省に勤務していた。日中戦争の研究で知られているし、中国の治安機関の歴史に関する論
文もある。また、中国軍の歴史などを分析した論文の共同執筆者でもある。
日本の学会も学問の自由擁護の声を大きく上げるべきである。
2015年以降、日本人がスパイ容疑などで拘束される事件が相次いでいる。13人も日本人が拘束され、うち9人が起訴され、8人に“有罪判決”が出ている。
「日本政府も邦人拘束を伝達されながら秘匿するなど、中国側を極力刺激しない対応を取り続けてきた。中国当局は邦人拘束が両国関係に影響しないと判断し、『表と裏の顔を使いわけて日本への牽制手段を新たに得ようとしている』(外交筋)のが現状だ。」(産経新聞、10月19日)。情けない日本政府である。
◆記者に習近平思想を強要
中国のマスメディアは共産党の喉と舌。宣伝機関であるが、習近平政権下で、さらに言論統制、報道への締め付けが強化されている。
習近平思想の理解度で記者証発行という記事が二つ目のびっくりである。
中国政府は10月28日から、国内メディアの記者や編集者を対象に、習近平主席の思想の理解度などを問うテストを実施する、という記事だ。
このテストは、習近平主席の思想を学ぶスマホの無料アプリ“学習強国”を利用して受ける。
問題は100問あり、いずれも選択肢から正答を選ぶ方式である。
10月22日の読売新聞によれば、アプリで公開されている練習問題には、習氏の演説内容や報道規制の知識を問う問題のほか、巨大経済圏構想「一帯一路」が「人民に利益をもたらすか」かどうかを問うなど、事実上習氏の政策の賛否を迫るものもある。
踏み絵である。再試験も不合格なら記者証が没収される。
この“学習強国”にはスマホに保存されたメッセージや電話番号、写真、位置情報、ネット履歴等のデータを抜き取る「バックドア」の機能があることが判明した。恐るべき監視システムである。
在日の中国人研究者で帰国した時に拘束される者もおり、日本のテレビに出ても習近平国家主席へのごますり論評である。在日の他の研究者も「明日は我が身」と怯えている。
一時、中国について「法治元年、人治三千年」と言われたが、法の支配は元年にもなっていない。
日本のマスメディアは反論のない自由主義国家には激しく筆誅を加えるが、中国、北朝鮮等の全体主義国家の残虐な人権侵害は見てみぬふりをしてきた。ダブルスタンダード体質である。ペンが泣いている。
中国で言論が完全に統制されようとしている今こそ、言論、学問等の自由を守れとの声を上げるべきである。
◆ペンス副大統領演説
米政府、議会は大きな声をあげている。
ペンス副大統領は10月24日に演説し、「今日、中国共産党は世界で類のない監視国家を構築している。何億もの監視カメラが頭上から見つめている」。一国二制度下にあるはずの香港に対しては、「この2、3年、中国は香港への介入を強め、市民の権利と自由を奪う行動を進めてきた。
トランプ氏が『米国は自由のために戦う』と述べている通り、その考えははっきりしている。
米国は中国に対し、約束を守ることを求めている。当局が香港の抗議者に対して暴力を行使すれば、貿易協議での合意ははるかに難しくなることを、トランプ氏は繰り返し明確にしてきた。
今後も米国は中国に対し、自制と約束の履行、香港の人々への尊重を引き続き強く促していく」。市民の権利と自由の擁護に命をかける香港人へのエールである。
◆米国議会が香港支援
香港人権・民主主義法案は、米国の超党派の議員が提出した法案で、米国政府に香港で「高度な自治」が保たれているか毎年検証するよう義務づける。十分でないと判断した場合、香港への通商面の優遇措置の見直しや、人権抑圧に関わった当局者の米国への入国を禁じる条項が盛り込まれている。米国下院が10月10日に可決した。
◆欧州議会の人権活動
10月24日の時事通信の記事によると、欧州連合(EU)欧州議会は同日、人権や自由の擁護活動をたたえるサハロフ賞を、中国で国家分裂罪に問われ服役中のウイグル族経済学者イリハム・トフティ氏に授与すると発表した。ウイグル族と漢民族の融和や和解に努めたと評価した。
サッソリ議長は声明で、中国政府に対し、「トフティの釈放を強く要請し、中国における少数民族の権利を尊重するよう求める」と訴えた。
イリハム氏は、新疆ウイグル自治区の現状を発信し、中国の発展からウイグル族が排除されていると論じてきた。こうした活動が原因で、イリハム氏は2014年に中国当局に拘束され、無期懲役を言い渡された。欧州議会は、17年以降に100万人以上のウイグル族が収容所に抑留されたと指摘している。
人権擁護への欧州議会の努力は高く評価されるべきである。
日中関係は、中国政府の発言と行動は全く一致しない。「この一年間で中国の行動は隣国に対してさらに挑発的になってきた。……東シナ海では、同盟国である日本の中国の挑発に対する緊急発進(スクランブル)の回数が19年は最多となる見通しだ。また中国は日本に施政権がある尖閣諸島の周辺水域に60日以上連続で艦船を送り込んだ」(ペンス副大統領)。
◆これでは日本人の対中感情は改善しない。
日本の「言論NPO」と中国国際出版集団による日中共同世論調査が9月に行われたが、中国に良くない印象を持つ日本人は84.7%、日中関係が悪いと答えた日本人は44.8%(5.8ポイント増加)。
日中関係が良い8.5%、中国に対する印象が良いと答えた日本人は15%。
日中関係が悪いと答えた中国人は35.6%(9.5ポイント減少)、良いと答えた中国人は34.3%(4ポイント増加)。
日本に対する印象が良いと答えた中国人は45.9%(3.7ポイント増加)で過去最高。対日感情改善の背景には、日本への接近をはかる習政権の政策がある。
対中感情の改善が進まないことに中国は苛立ちを募らせているが、内に強権支配、外に膨張主義の自らの野蛮な体質を猛省すべきだ。
◆喧嘩しなくちゃ
安倍首相は10月23日に王岐山国家副主席と会談し、来春の習近平主席の国賓としての来日に向けて協力していくことを確認した。邦人拘束事案への前向きな対応を求めた。香港情勢も取り上げ、「大変憂慮している」と伝えた。
全体主義国家の元首を国賓として招くことに強い違和感を感じる向きは少なくあるまい。
12月に安倍首相が日中韓国首脳会談で訪中し、来春には習近平主席が国賓としての来日が予定される今こそ、体質改革を求めるべきだ。
昭和47年の日中国交正常化の時に、毛沢東主席は田中角栄首相に「喧嘩は済みましたか。喧嘩しなくちゃ駄目ですよ。喧嘩して初めて仲良くなるんです」と語ったが、日中は国是、国益が異なるのだから、激しい議論があって当然だ。
また、内弁慶の日本の国会も中国や香港民主派を招いての公聴会や民主化支援決議等で、米国議会にならい香港人の人権擁護を世界に発信し、国会の存在感を示すべきだ。