2019年11月18日(令和元年)
政治アナリスト・元杏林大学教授 豊島典雄
◆レガシーを残せるか
安倍内閣は11月20日には桂太郎を抜いて日本最長の政権となる。平成24年末の第2次安倍内閣誕生時に誰がこんな長期政権を想像したであろうか。
11月の世論調査でも、内閣支持率はNHKで47%、TBSで54.3%、テレビ朝日で44.4%と安定飛行である。
しかし、「最長だが、教科書に載るようなレガシーはない。二番目の東京五輪をやっただけになる」(全国紙OBの政治評論家)という辛口の批評もある。
外政は、相手があることであり、北方領土返還などでレガシーを残すのは至難である。
しかし、「国内問題は政府与党が一体になれば実現する。第四次安倍再改造内閣は憲法改正をやる態勢を敷きました」(政治記者)という。
だが、野党、立憲民主党は臨時国会で、改憲論議の土俵に乗ることを事実上、拒否している。2年を切った任期を睨みながら、苦悩する安倍内閣ではないか。
レイムダック化を回避しながら、レガシーを残せるか?また、日本丸の舵取りを託す人を残せるか?という課題もある。
業績は第一次安倍内閣はわずか一年間だったが、教育基本法改正、防衛庁の防衛省への昇格、国民投票法制定を成し遂げた。
第二次安倍内閣以降、内にアベノミクスで経済活性化に注力しながら、インド太平洋構想の推進で安全保障強化の強化に取り組んだ。
外交の武器となる特定秘密保護法、NSC(国家安全保障会議)、安保関連法の制定を実現した。「この三つがなかったらトランプ大統領と付き合えない」(政府高官)という。
今のところ「サミット参加国で最も安定した政権」と言われているが、安倍首相は教科書に載るような業績を残せるか。残された総裁任期は二年弱、時間との競争である。
◆改憲に挑戦した総理たち
田中角栄は「我が国の戦後歴代総理の仕事はいずれも占領行政の清算であった」と言っていた。しかし、根本的な清算はない。憲法は国産ではない。米国製で、一度の改正もなかった。
国家の昼寝である。日本人の日本人による日本人のための憲法制定を目指すべきである。
リチャード・フィンは米国の外交官として昭和22年から27年まで占領下の日本で勤務したが、著書の中で「1946年、連合国最高司令部が日本政府に押し付けて交付した新憲法は、近い将来改正せざるをえず、占領時代に手のつけられた経済・政治改革もやがて破綻するだろうと予想されていた」という。
日本国憲法の改正には2つの障害物がある。両院の3分の2の議員の賛成を得ての発議、国民投票の過半数確保である。ハードルは高い。
制定から70年間に米国製の日本国憲法を見直す動きは二度あった。吉田茂、鳩山一郎であり、安倍首相は三人目になる。
吉田茂は昭和25年に北朝鮮の韓国への侵略である朝鮮戦争が始まると憲法改正を考えた。
原彬久著・岸信介証言録によると吉田は「占領下のうちに憲法改正をやろうと思って、朝鮮戦争が起こった当時、マッカーサーに相談した。マッカーサーも、自分がこれをナニしたのは間違いだった、改正すべきだと言っていた。そうこうしているうちにマッカーサーがトルーマンに首切られちゃって、後任に(M・B)リッジウェイ(1951年4月、第二代連合国最高司令官に就任)が来た。しかし、リッジウェイにはマッカーサーほどの力はなかった。だから、占領下に憲法改正をすることはできなかった」と岸に語っている。
自主憲法、自主防衛、自主外交を標榜し、昭和29年に首相に就任した鳩山一郎は三分の二の議席を確保出来なかった。
昭和30年の自民党結党時の政綱の第6項には「現行憲法の自主的改正をはかり、また占領諸法制を再検討し、国情に即してこれが改廃を行う」とある。改憲は自民党結党の悲願である。
◆憲法改正シフトを敷いたが
安倍首相は「党全体として改憲に向かわなければならない」(菅官房長官)とする進言を受けいれ、二階俊博幹事長を留任させた。
二階幹事長も9月24日に記者会見で「憲法改正は、ほかのいかなる議案よりも重要だ」と強調した。
いわゆるリベラル派寄りだった岸田文雄政務調査会長も改憲に前向きになって世論の喚起に努めている。
自民党憲法改正推進本部長に細田博之氏、衆院憲法審査会会長に佐藤勉氏、参院憲法審査会長に林芳正氏という練達の士を据えた。
しかし、改憲は時間との戦いである。
まずは国民投票法の改正。そして憲法改正の発議ー国民投票という関所がある。憲法改正の発議には前提として与党の公明党の協力が必要である。
「安保関連法でも連立離脱カードをちらつかせたが結局、ついてきた。参院選でも前回比100万票減らした。公明党単独で選挙できる状況にはない。安倍首相の強い決意を感じついてきますね」(政治記者)。
公明党工作は、「最高の政治技術者」(安倍首相)と言われる二階幹事長の手腕に注目である。
自民党には、自衛隊の明記、緊急事態対応、合区解消、教育充実の改憲四項目があるが、自公と、改憲賛成の日本維新の会との調整もある。
自公維は衆院で三分の二あるが、参議院では四議席足りない。野党の一部への工作は進んでおり顕在化しつつある。
しかし、「与党内、日本維新の会、他の一部野党を抱き込もうとすると四項目で残るのは何か」という観測もある。
最後の関門である国民投票はなかなかの難事だろう。「人はヘッドなくハートで動く」。政府与党が一丸となって国民のハートをつかむ辻説法をできるか?
◆人を残せるか
吉田茂は造船疑獄事件があり昭和29年に石を持って追われる形で退陣したが、「“吉田学校の優等生”といわれた池田、佐藤の首相時代となると、吉田の現実政治への影響力は復活した。そのため、“大磯詣で”も激増した。大磯の吉田邸には『海千山千楼』の扁額がかかっていた。二階の居室からの眺めがすばらしいせいかと思うと海千山千の客が絶えないことだと笑っていたが、晩年の吉田は『財を残すは下 仕事を残すは中 人を残すは上』という言葉を好んで披露した」
「昭和42年10月20日吉田が89歳で死去したとき、東南ア旅行中であった佐藤首相は、急遽帰国してその国葬をとりしきった。さらに43年10月の一周忌には、六賢堂に彼を合祀して七賢堂としたが、吉田は『人を残すは上』の幸せに恵まれたのかもしれない」(岸本弘一著・『政界ライバル物語ー明治・大正・昭和の政治と政治家』)。安倍首相は、人を残せるだろうか?
ポスト安倍に関する世論調査では、10月末の日経新聞で小泉進次郎環境相20%、石破茂元自民党幹事長18%、安倍首相16%、河野太郎防衛相8%、菅義偉官房長官5%、岸田文雄政務調査会長4%である。
ポスト安倍候補としては、党内に岸田、閣内に菅官房長官、茂木外務大臣、河野太郎防衛相、小泉進次郎環境相等を配置した。
①、小泉進次郎環境相はバッシングされているが、試練の修行期間である。
②、石破茂元幹事長は安倍首相への批判は鋭いが、党内のコンセンサスから離れた言動が孤立化を深めている。
③、岸田氏は改憲にも尽力し安倍首相からの禅譲を期待している。今のところ、安倍首相は、佐藤栄作内閣末期とは違い国民にあきられていないが、安倍首相に禅譲出来る力が残るか?
④、茂木外相は「頭のよいできる奴だが、人徳に難がある」(政治評論家)、「知名度が低いが有資格者。人徳に懸念があったが、最近は人当たりがよくなった」(政治記者)。徳を積めるか、というところか。
⑤、河野太郎には「発信力があるがエキセントリック」との批評があるが、防災相、外相、防衛相と経験を積み、やはり有資格者である。
⑥、菅官房長官は霞が関を抑え、自民党内には「ポスト安倍の本命」と言う向きもある。
しかし、大番頭、必ずしも大店の旦那に適任とは言えないし、国際政治の舞台での経験も乏しい。最近は側近の菅原前経産相、河井前法務大臣の辞任問題で菅株は下がり基調である。
地位は人を作るという。令和3年9月までの2年弱の安倍自民党総裁の任期中に日本丸を託す人を作れるだろうか。