台湾海峡波高し―台湾総統選挙と日台関係


2019年11月22日(令和元年)       政治アナリスト・元杏林大学教授  豊島典雄

◆台湾総統選挙の影響は

来年1月11日投開票の台湾総統選挙が注目である。現時点の世論調査では、可能性は低いが、共産党一党独裁の中華人民共和国寄りの国民党候補が当選すれば、中台統一=中国による台湾支配が危惧される。

今、中国の代理人である林鄭月娥行政長官の香港政府と、民主化勢力の血みどろの“市街戦”が展開されている香港や、東アジアや我が国の安全保障にも大きな影響を与えそうだ。

我が国も台湾支援政策を格段に強化する必要がある。

戦後日本の外交・安全保障政策は日米同盟を基軸にしてきた。日米安全保障条約で結ばれた日米同盟で軽軍備、経済復興、経済成長が可能になった。

 

◆日台関係は唇歯輔車(しんしほしゃ)

しかし、冷戦時代に、米国中心の自由陣営に属する韓国、中華民国(台湾)が存在しなければ我が国の防衛費はもっと巨額になったはずだ。

北朝鮮に対峙する韓国、中国に対峙する中華民国(台湾)の存在が抑止力になっていた。

また、漢江の奇跡と言われる韓国の経済発展、台湾の経済発展は日本の存在抜きには語れない。いわば、日韓、日台は唇歯輔車の関係にあった。

その韓国は今や、大量破壊兵器保有の独裁国家の北朝鮮に無警戒になり、反日を政権の求心力にしている。抑止力にならない。

むしろ、核兵器を保有する統一朝鮮の出現を警戒すべきである。

台湾でも一時、国民の一部に全く国是を異にする全体主義国家中国への警戒心が希薄になり、中台統一=中国による台湾併合の危険性がある。

 

◆武力使用を放棄しない中国

中国の台湾政策は、「一つの中国の原則を堅持し、武力使用は放棄せず」という方針である。

国家主席の習近平は2019年1月2日に演説で五項目の台湾政策を示した。

① 平和統一を実現。台湾問題は中華民族の復興とともに終結。

②「一国二制度」の台湾版を検討。各政党、各界との民主的な協議を提唱。

③「一つの中国」堅持。武力使用は放棄せず。

④ 中台経済やインフラの融合促進。

⑤ 同胞意識と統一への共感を増進。

最近、中国のステルス戦闘機J11二機が台湾海峡の中間線を越え、中国の海軍、空軍が4月15日に台湾海峡で軍事演習を行った。また、台湾との国交のある国に圧力を加え断交させて孤立させようとしている。国連加盟国は193か国だが、台湾と国交を有する国はわずか15か国である。

台湾を国家として承認している国がゼロとなると国家として存在出来るかとなる。

この15か国の中にバチカン市国が入る。ローマ法王が11月23日に来日するが、ローマ法王はバチカン市国の元首である。このバチカン市国の動向が気になる。

自由な日本なくして自由な台湾はないし、自由な台湾なくして自由な日本もない。

台湾海峡の波高し、である。頼清徳前行政院長の講演を5月12日に東京で聴いたが今の台湾にとって最大の危機は、中国による浸透だ。中国は人的交流やインターネットを通じて台湾内部に入り込み、偽情報を流布したり、選挙に干渉したりしている。現在の国内法はインターネット時代を想定しておらず、対応しきれていない。

私が総統になったら、反浸透法、反併呑法の立法を推進したい。中国は日本に対しても浸透工作を行っているため、日本との協力体制をしっかりと構築する。国際社会と協力し、中国の民主化も促していきたい」と危機感を露にしていた。

中国は観光客を減らしたり、軍事演習等で台湾を脅しながら、一方で台湾の若者の留学や就職の支援で台湾世論を切り崩している。硬軟両用の方法で台湾社会の分断、孤立化を策している。

相手国への世論工作、シャープパワーである。

シャープパワーは「権威主義国家が世論工作や工作活動などの強引な手段を用いて他国に圧力をかけ、自国に有利な状態を作り出していく外交戦略のこと。………中国、ロシアの外交戦略は鋭利な刃物で突き刺すように民主主義国家の社会や制度を分断・弱体化させるものであるとして、米国のシンクタンク・全米民主主義協会が『シャープパワー』と命名した」(知恵蔵)。

シャープパワーで精神的武装解除をしてしまえば、「血を流さずして台湾を併合できる」わけだ。

蔡英文総統も11月19日に、中国が「毎日のように」介入し、台湾の民主主義にダメージを与えようとしている、と批判した。

 

◆今日の香港、明日の台湾

今や、五十年間保証されたはずの香港の一国二制度はまったく形骸化している。中国の習近平政権の“代官”である林鄭月娥行政長官による民主派への暴力的抑圧がエスカレートしている。

台湾も来年の総統選挙次第で台湾の香港化、中国による統一=併合の可能性がある。

というのは、中国寄りの総統誕生の可能性もあるからだ。

11月22日に来年1月の台湾総統選挙の立候補が締め切られた。そして台湾の二大政党からは与党の民進党から中国への警戒心を高める蔡英文総統が立候補した。副総統候補は頼清徳前行政院長である。

野党の国民党からは総統選挙に、韓国瑜・高雄市長が立候補した。野党の親民党の宋楚瑜主席も韓国瑜氏は中国寄りである。韓国瑜氏は、若年層から熱烈な支持を受け、一番人気だった。しかし、一国二制度が形骸化している香港情勢が台湾国民の中国への警戒心を呼び覚まし、形勢は蔡英文総統に有利になっているが、予断を許さない情勢である。

台湾の大手テレビ局TVBSの11月7日の世論調査の支持率は、菜英文氏45%、韓国瑜氏37%、親民党主席の宋楚瑜氏10%である。

台湾のシンクタンク「両岸政策協会」が11月12日に発表した世論調査の支持率は、菜英文氏48.9%、韓国瑜氏28.8%、宋楚瑜氏9.6%である。

台湾のメディア・美麗島電子報が11月16日に、発表した世論調査では、蔡英文氏40.5%で、対中国融和路線の韓国瑜氏を13ポイント差でリード

している。

11月18日の台湾のメディア・聯合報では蔡英文45%、韓国瑜29%、宋楚瑜8%である。

しかし、「ただ、蔡氏の支持層は若者が多く、陣営は世論調査と実際の投票に差が出る可能性があるとして、上滑りを警戒している」(11月20日の産経新聞)。

この韓国瑜氏は、3月に中国要人との会談予定を明かさないまま訪中し、要人と会談するなど、異例の歓待を受けた。

「中国が韓氏を厚遇する背景には、総統選で独立志向の強い民進党候補の当選を阻止し、台湾

統一を引き寄せたい狙いがあると見られる」(東京新聞、3月27日朝刊)。

 

◆チベットの教訓

この国民党の候補者は中国との平和協定を締結する意向を示している。危うい。第二のチベットになる。

頼前行政院長は産経新聞のインタビューに「平和協定は、中台の問題を解決するものではない。六十数年前、中国はチベットと平和協定を締結したが、その後の中国はチベットに高圧的な政策を取り続け、弾圧で大きな流血事件が起きた。チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマはインド亡命を余儀なくされた。

独裁国家と平和協定を結べば、台湾がチベットと同じ運命をたどることが目に見えている。

台湾にとって災難にほかならない」(5月13日の産経新聞)と断じている。

チベットから移住したペマ・ギャルポ拓大教授も「協定には、中国は『チベットの現行政治制度に介入しない』『ダライ・ラマ法王の固有の地位、職権に関して介入しない』『各階級の公務員は従来の職務の通りに働く』『宗教信仰の自由を保証する』『チベットに進駐する人民解放軍は針一本、糸一本略奪しない』と書かれていました。これらの条約はことごとく破られるばかりでなく、全く逆の政策がとられました」(しがく講演録169)と語っている。

台湾の苦悩は明日は我が身である。

日米同盟の強化、防衛力の強化が緊要である。

また、台湾との関係強化を急がねばならない。

米国は台湾関係法に加え、高官の相互訪問を可能とする台湾旅行法、台湾への武器売却を促すアジア再保証イニシアチブ法を制定し台湾を支援している。台湾海峡で、航行の自由作戦も展開して

中国を牽制している。

台湾立法院の蘇嘉全院長は、4月に日本の毎日新聞に「断交以来、台米関係は最も緊密な時を迎えている」と語った。

その上で「中国は国力を増強して台湾を侵略しようとしており、こうした脅威はインド太平洋の平和と安定を脅かしている」と指摘。「(米政府に)武器売却の定期化と常態化を求める。また米議会に、台米関係強化のためのさらなる法律の制定を期待する」と求めた

台湾の要人の一人は、このような米国の施策は朗報であり、中国への牽制になるが、唇歯輔車の関係にある日本の態度が心配だという。自由な台湾なくして自由な日本は難しくなる。

我が国台湾政策の強化が緊要である。

 

◆台湾関係法の制定を

メニューとしては

①日台関係基本法を制定し、台湾との関係強化を図る。

②日台間の安保対話=安全保障交流を行う。

③台湾の生存空間拡大を支援する=TPP、WHO、ICAO加入を支援する。

④日台自由貿易協定(FTA)締結。

ー等が考えられる。時間は限られている。待ったなしである。