「新型肺炎の流行 背後に社会の歪みが見えてくる」


2020-02-04(令和2年) 木村良一(ジャーナリスト)

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フィリピンを除く中国以外の国では死者は出ていない

中国の感染者が2万人を超え、死者は300人以上を記録している。日本を含む世界25以上の国・地域でも患者や感染者が出ている。

中国湖北省武漢(ウーハン)市の病院が正体不明の肺炎を初めて確認したのが昨年12月8日。年が明けると、中国政府は1月9日に「新種のコロナウイルスを検出した」と公表し、19日からは国家衛生健康委員会が感染者数の発表を開始した。その時点で確認できた感染者はわずか計62人だった。それがいまや、武漢を中心にうなぎ上りに増え続けている。

新型肺炎を引き起こす「ウーハン・コロナウイルス」の感染拡大である。感染者数の急激な増大は不気味だ。新聞記事やテレビのニュース番組を見ていると、まるでエボラ出血熱のようなキラー感染症が襲来したかのような騒動で、不安になる。日本政府の指定感染症への決定や邦人を救出する武漢へのチャーター便などの対策も気になる。日本の経済や金融市場への影響も甚大だ。五輪の開催にも支障が出るだろう。ネット上には数々のデマ情報が飛び交う。

だが、決して慌ててはならない。フィリピンを除く中国以外の国々では死者は出ていない。日本と違い、医療の設備や体制が末端まで行き届いていない中国だから、爆発的に感染が広がり、その結果、死者も増えているのだ。

 

ウイルスの特徴を知って正しく対処することが大切だ

ここで明らかになってきたウーハン・コロナウイルスの特徴を見ておこう。感染は飛沫感染だ。ウイルスを含んだ感染者の咳やくしゃみで出る飛沫(しぶき)を浴びたり、ドアノブや電車の吊革に付着した飛沫に触れた手で鼻や口を無意識に擦ったりすることで感染する。1人の感染者が何人に感染させるかという感染力は「1・4人~2・5人」。「3人前後」のSARS(サーズ)や、「2人~3人」というインフルエンザに比べて弱い。さらに空気感染(飛沫核感染)するはしかの感染力(「12人~18人」)と比較すれば、その感染力の弱さがよく分かる。感染は共に生活するなど濃厚接触をしない限り、成立しない。

症状は発熱、咳、息苦しさ、下痢。風邪やインフルエンザとよく似ている。肺炎を起こす患者もいるが、多くは軽症で、しかも無症状(不顕性感染)の感染者もいるようだ。感染者のどのくらいが命を落とすかという致死率はいまのところ2%~3%で、10%のSARSの半分以下だ。個人で行う対策は手洗い、うがい、それに十分な睡眠と栄養で抵抗力を付けること。これも風邪やインフルエンザの予防と同じだ。

こう考えていくと、ウーハン(武漢)の新種コロナウイルスは、過度に恐れる感染症ではない。対症療法で治る。特効薬やワクチンがないからと不安がることもない。敵の特徴を知って正しく対処していけば決して怖くはない。SARSやMARS(マーズ)、新型インフルエンザなどの感染症の問題を20年以上にわたって取材してきた経験からざっと判断してもそう思う。

 

染症が拡大すると、その先には健康弱者が存在する

怖くはないとはいえ、注意しなければならないことはある。

感染してから発症するまでは1日から14日と長く、この潜伏期間中に他人に感染させる危険性がある。前述したように感染しても発症しない不顕性感染者の存在も指摘されている。潜伏期間中、もしくは不顕性感染の場合は、感染者にまったく自覚がないから元気で歩き回り、感染を広める可能性がある。

さらに「多くが軽症だ」とも指摘したが、高齢者や心臓病や高血圧など基礎疾患のある人、いわゆる健康弱者は重篤になって命を落とす危険性がある。

一般的に感染症は感染が拡大すればするほど、その先に健康弱者の存在がある。健康な人は「自分は感染しても大丈夫だから予防はいらない」と考えるのではなく、個人の感染防御が感染の拡大を防ぎ、さらには健康弱者を守ることにつながることを理解してほしい。

この考え方は、もと国立感染症研究所感染症情報センター長で、川崎市健康安全研究所長の岡部信彦先生から教わったものだ。岡部先生とは産経新聞の記者時代に取材を通じて知り、それ以来20数年間、お付き合いさせていただいている。今年1月27日の夜も日本記者クラブ(東京・内幸町)で行った「メッセージ@pen」の編集会議の後、軽く飲食しながら新型肺炎について話を聞いた。

 

「差別」「入国拒否」「過剰反応」「政治的臭い」が強く感じられる

都内のある百貨店では中国人グループが飲食ブースから帰ると、すぐにアルコールスプレーをテーブルやイスにかけて消毒しているそうだ。テレビのニュース番組に流れた映像にも驚かされた。中国では武漢から戻ってきた人を見つけると、その人の家のドアに板を張って釘を打ち付け、外出できないようにしている。

「濃厚接触がなければ感染しないし、感染しても治癒する」という基本的知識の欠如から生まれる差別だ。感染症にはこの差別が付きまとう。

ところでWHO(世界保健機関)が「国際的な公衆衛生上の緊急事態」を宣言したことを理由に、世界各国が警戒レベルを引き上げた。日本は2月1日から過去2週間以内に湖北省に滞在歴のある外国人の入国を拒否している。特定地域を指定した入国制限は初めてだ。指定感染症の決定の仕方も異例だった。「安倍1強」を盾にして専門家会議を開いて意見を聞くことなしに首相官邸がトップダウンで決定を行った。

アメリカは1月30日に中国全土への渡航警戒レベルを最も高い「禁止」に引き上げた。韓国は中国全土への渡航を制限。ロシアは中国国境の検問所を閉鎖。フィリピンも武漢からの入国を禁止した。

過剰反応に思えてならない。国が取るべき感染症対策の基本は移動の禁止と隔離だが、感染力も毒性も弱いとみられる「ウーハン・コロナウイルス」に対し、ここまでやる必要があるのだろうか。さじ加減やバランス感覚を失っている。

WHOの動きもおかしい。緊急事態の宣言を見送る一方で、テドロス事務局長がわざわざ中国を訪問して習近平国家主席らと会見し、中国の肩を持つような発言をしていた。テドロス氏はアフリカで一番中国に近いエチオピアの出身だ。明らかに政治的な臭いがする動きだった。

世界各国が自国第一主義に傾くなか、感染症対策も自国優先に陥る。しかし自分たちさえ感染しなければそれでいいという考え方が、感染症よりも怖いのである。

ー以上ー

※慶大旧新聞研究所のOB会による「メッセージ@pen」2月号から転載しました。http://www.message-at-pen.com/?cat=16