ボーイング777 X が初飛行、これから証明取得の試験飛行へ


2020-02-02(令和2年) 松尾芳郎

 

悪天候で2日遅れたが、1月25日にボーイングは業績回復の期待を込めて開発した最新型の長距離広胴型機 777 Xの初飛行を行った。これからFAAの型式証明取得のための試験飛行が始まる。[777-9]型の1号機 [WH001]が工場に隣接する空港・エベレット(Everett, Washington)のペイン・フィールド(Paine Field)を午前10時9分に離陸。そして3時間51分の飛行の後、再びペイン・フィールドに着陸した。

(After two days of delays due to bad weather Boeing’s 777X, the company’s new long range widebody jet, successfully completed its initial test flight on Jan. 25. The 777-9 took off Paine Field at 10:09 and landed back after 3 hr. 51 min. The plane marks the start of an intense certification campaign. The following is a news story based on the articles of The Seattle Times by Dominic Gates and Aviation Week Network by Guy Norris.)

以下は、「シアトル・タイムス」1月25日ドミニク・ゲイツ(Dominic Gates)記者の記事、および「エビエーション・ウイーク・ネットワーク」1月26日ガイ・ノリス(Guy Norris)氏の記事を参照して取りまとめたものである。

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図1:(Boeing) ボーイング777 Xの1号機777-9型 [ WH001 ]が1月25日土曜日(現地時間)、エベレットのペイン・フィールドを離陸、4時間にわたり初飛行した。777 Xは、日本でも飛んでいる777型の後継機だが、主翼は炭素繊維複合材製に変わり、新開発の大型エンジンを搭載した最新の広胴旅客機。写真は飛行を終えて雨中のペイン・フィールドに着陸する777-9 [ WH001 ]。

 

777 Xの初飛行

1号機 [WH001 ]はペイン・フィールドを離陸後ワシントン州東部上空で周回飛行を繰り返し、それからレニア山(Mount Rainier)上空でチェイス機と合流し写真撮影を行った。そして4時間後にボーイングの空港、ペイン・フィールドに着陸し、地上で待ち受ける大勢のボーイング従業員の前で停止した。テスト・パイロットのバン・チェイニー(Van Chaney)とクレイグ・ボンベン(Craig Bomben)の両氏は、拍手と歓声の中、タラップを降り立った。

この一年間、737 MAXの飛行停止の暗いニュースに包まれて来た同社従業員にとっては、自社の技術の底力を思い起こす歓喜に満ちた瞬間となった。

ボーイング民間航空機部門の新しい指揮官(chief executive/首席副社長)に就任したスタン・デイール(Stan Deal)氏は着陸したパイロットをねぎらい、インタビューに答えて「この飛行機はこれからの世界の航空界を変えることなるだろう、我々に仕事への誇りを呼び覚ましてくれた」と述べた。

デイール首席副社長は、777 Xの初飛行終了後直ちに全従業員に対し次のような祝福のメッセージを送った。すなわち;―「777 Xの就航が始まるのは1年以上先になるが、これに乗った人達は、以後の旅行には必ずや777 Xを選ぶようになるだろう。我々はこれら旅客の期待に応えるべく、安全、品質、誠意、(safety, quality, and integrity)を第一として追求し続け、業務に精励して行こう。」

初飛行のパイロット、ボンベン氏はボーイングの運航部担当の副社長で主席テスト・パイロット。当日の機長を務めたチェイニー氏は777の主席テスト・パイロットで、初飛行の感想として「性能は全て満足でき 完成度が極めて高く(very solid)、 予定した試験、チェック項目はほとんど全て実施できた。777 Xは長距離路線用だが、操縦特性は現在の777-300ERと驚くほど似ている、客室内では新型エンジンの騒音が著しく低いことが実感できた。全体を通じて我々は極めて快適な飛行を体験できた。」

 

初飛行の詳細

初飛行は昨年中頃にする筈だったが、搭載するGE9Xエンジンで生じた耐久性不足の問題、地上での荷重試験中に起きた胴体構造の破損問題などの修正に手間取り、半年遅れの今年1月の飛行となった。基本型の777の初飛行から25年、そして基本型エンジンである777-300ERに搭載したGE90-115Bの初飛行からほぼ17年を経過しての初飛行となる。

777-9 [WH001]は、ペイン・フィールドの北端[ランウエイ34L]から離陸、直ぐに低く垂れ込めた雲の中に姿を消し、高度15,000 ft、速度207~270 ktでワシントン州北部の空域に向かった。ここで大きく旋回飛行をしながらシステム・チェックや飛行特性の検証、低速飛行時の安定性のチェックなどを行った。一連の作業が終わった後、南に向かいレニア山の上空でチェイス機[T-33]と合流、写真撮影を行った。そして再び北に針路をとりペイン・フィールドの[ランウエイ14R ]に着陸した。

離陸・着陸は、いずれも長大な胴体(全長252 ft /76.7 m)を考慮してか浅い迎え角で行われた。777-9は、基本型の777-200に比べ胴体は43 ft長く、大型双発機として最も長い胴体の飛行機である。また離陸・着陸時ともに大型のGE9Xエンジンから生じる騒音は極めて低くかった。

[ WH001] では、これから初期耐空性審査(initial airworthiness)、飛行包絡線の拡張試験(basic envelope expansion)、フラッター試験(flutter clearance testing)、などが行われる。型式証明取得には4機を充てる予定で、数週間後には2号機 [WH002]が試験に加わる。

[WH001]で初期の試験が済めば、ボーイングとFAAが共同で実施する「型式証明取得のための試験{ TIA = Type Inspection Authority} 」か開始される。ここでは翼端24 ftの折り曲げ部(folding wing tip section)を含む長大な主翼を中心に試験が行われる。

 

777 Xの主翼

この主翼は、ボーイングにとって4番目となる大型の複合材製翼で、787で開発した巡航時の抵抗削減のための「改良型後縁可変キャンバー・システム(modified trailing edge variable camber system) 」、および、乱気流時などに主翼の構造に加わる荷重を軽減する「飛行荷重軽減システム(maneuver load alleviation system)」を採用している。

「翼端折り曲げ機構( folding wing tip)」 は、地上で短時間で折り曲げ・展張の操作ができなくてはいけない。

空港には「民間航空条約機構( ICAO=International Civil Aviation Organization)」が定めた機種ごとに空港が備えるべき要件[ Aerodrome Reference Code ]があり、その中にA330、A340、A350、B747、B777、 B787、用として[ Letter E ]が定められている。[ Letter E ]には、「翼幅 52-65 m」、「主車輪間隔 9-14 m」と規定されている。言い換えるとタキシーウエイ、ゲート、ランプの広さは、これらを満足するよう設置する、ということ。

777 Xの主翼は巡航時の空力抵抗を減らすため翼幅を大きくし( 71.75 m)、このままでは[ Letter E ]の制限値を超えるので、地上では翼端を折り曲げ、翼幅を[64.82 m ]にし規定値の65 m内にしている。

離陸前にはパイロットの操作で翼端を展張する、しかし着陸時には接地・滑走に入ってから50kt以下に減速すると自動的に翼端が折れ曲がる。

証明所得のための試験は、通常の場合と通常でない場合について行われる。「通常の場合」は、翼端は20秒以内で折れ曲げ/展張される。「離陸中断 (RTO=rejected take-off)」時のような「通常でない場合」は、85 ktかそれ以上の速度で離陸が中止された場合、自動ブレーキとスピード・ブレーキの作動と共に「自動で折れ曲がる」。しかし、「離陸中断」が85 kt以下で行われた場合は「自動折れ曲げ」は働かず、パイロットが手動で「翼端折れ曲げ」をしなくてはならない。

「翼端折れ曲げ機構」は、民間旅客機に採用されるのは初めてなので、FAAは特別な要件を作った。試験は、飛行中や離陸中に意図しない「翼端折れ曲げ機構」の作動が起きないよう安全装置が組み込まれているか、また、突風/ガストを受けた場合の抗堪性が十分であるか、について検証される。翼端部に関わるこの試験は、基本的にはエルロン(補助翼)やフラップなどの可動翼に対する認証試験と同じである。

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図2:(Mike Siegel / The Seattle Times) 777 -9 [ WH001 ] が初飛行のためペイン・フィールドの滑走路に向かうところ。777 Xの翼幅は、展張時71.75 mになるためICAO Code Letter Eの空港設備規定を超える。このため、地上では翼端を折り曲げる。

 

777 Xの概要

777 Xは、既述のように新しいGE9Xエンジンを装備、全く新しい炭素繊維複合材で作る翼端折れ曲げ式主翼を備え、ボーイング787で採用した技術を組み入れた機体である。2013年11月に、777 Xとして777-8と777-9の2機種の開発が決定した。

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図3:(Boeing) 777 X、すなわち[ 777-8 ]と[ 777-9 ]の主要諸元。最大離陸重量は両者とも775,000 lbs ( 351.5 ton )で同じ。

 

基本型の777が1994年6月に姿を現してから25年が経つが、ボーイングの技術陣は依然として改良に取り組んでいる。777は、最初のコンピューター設計の旅客機、最初のフライ・バイ・ワイヤ操縦系統を備えた旅客機で、これまでに日本を含む全世界で1,500機以上が使われている。

 

客室

777の客室デザインは、初めて多くのエアラインからの意見を取り入れ設定された。その後に出現した787ドリームライナー(Dreamliner)の客室は「スカイ・インテリア構想(Sky interior philosophy)」に基づく斬新さで好評を博しているのはご存知の通り。777Xでは、787の経験を踏まえ更に快適性を向上した仕様になっている。すなわち;―

①     サイドウオールと取付金具を再設計/薄くし、客室内側幅を777-300ERの587 cmから 597 cmに拡張した。

②     頭上手荷物収納棚/オーバーヘッド・ストウエイジ・ビン(overhead stowage bin) は、これまでやや膨らんでいたドアを凹面にし、客室を広く感じるように改めた。ビンの容積は787と同じで、客席当たり1個の“車付きケース(roll-on bag)”を収納できる。そしてビンを押し上げるのに必要な力を777に比べ40 %も少なくした。

③     客室窓(windows)は、10 cmほど持上げ中央席の人からも外がよく見えるようにした。窓の面積は777の140 in2から162 in2に広がる(エアバスA350は125 in2)。これで787とほぼ同じ面積になったが、777 Xの胴体はAl合金製のためかなり設計が難しかった(787はCFRP 製)。777 Xの窓は、普通のシェード(shades)式とオプションとして電子減光(electronically dimmable)式が選択できる。

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図4:(Boeing) 777X客室の「頭上手荷物収納棚/オーバーヘッド・ストウエイジ・ビン」。容積は787型機と同じだが、ドアは僅かに凹面となり、空間を広く感じるようになる。ドアの開閉の要する力らが777対比で40 %軽減されている。

 

GE9Xエンジン

GE9Xは世界最大の民間機用エンジンで推力は105,000 lbsクラスで[GE9X-105B1A]と呼ばれる。GEがこの10年間に開発した最新技術を組み込んだエンジンで、単位推力当たりで最も燃費が少ない。777-300ERに搭載するGE90-115Bエンジン対比で燃費は10 %向上している。これはファン・バイパス比(ファン空気流と内部の空気流の比)を[ 10:1 ]にし、全体の圧力比を[ 60:1 ]に高めた結果達成できた。騒音レベルは[ ICAO Stage 5 の騒音制限値]を、余裕をもってクリアしている。

IHI(日本)、サフラン(Safran)航空エンジン、サフラン・エアロ・ブースター、MTU航空エンジン(ドイツ)、の各社がGE9Xプログラムに参加している。

特徴は以下の通り;―

①     ファン

第4世代の炭素繊維複合材製ファン・ブレードで、777 Xが就航するまでに GE製の炭素維複合材製ブレードとしては1億時間の運転実績を達成する。ファン・ケースも複合材製で直径は134 inch( 340 cm )になる。大型ブレードなので16枚となり、広胴型機用エンジンとしては最も少ない。

②     ブースター

ブースター(低圧コンプレッサー)は3段で、エンジン内部に空気流を効率的に取り込む。吸入部には、ごみ排除装置(debris rejection system)があり、内部に吸引する空気からゴミを排除し、内部を保護する。

③     高圧コンプレッサー(HPC)

11段で、そのうち前方5段はデイスク・プレード一体型の「ブリスク(blisk)」構造、ブレードは全て3D空力設計で、燃費向上を図っている。圧力比は極めて高い [ 27 : 1 ]で、これで全体の圧力比を[ 60 : 1 ]としている。高圧タービンと連結するシャフトは粉末冶金(powder metal)製である。

④     燃焼器

[ TAPS III ]型、第3世代希薄ガス燃焼技術(lean-burn technology)を使った高効率燃焼器で、排気ガス中に含まれるNOx成分は[ CARP /8 ]制限値を30 % の余裕を持ってクリヤしている。

⑤     高圧タービン(HPT)

2段で、燃焼器と同じく日本カーボン社が開発した「セラミック・マトリックス・コンポジット(CMC=ceramic matrix composite)」材でノズル、シールなどを作っている。CMCは、在来の超合金製に比べ強度で2倍、重量で3分の1、更に空冷システムを簡単にできる。

詳しくは「TokyoExpress 2014-04-09 “超合金に替わるセラミックス・マトリックス複合材(CMC)”」を参照されたい。

⑥     低圧タービン

6段、ブレードは、強化型チタン・アルミ合金(enhanced titanium aluminide / Ti-Al)製で、在来のニッケル基合金に比べ高強度、耐久性があり、軽量。

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図5:(GE Aviation) GE9Xエンジンのカットビュー。ファンは大型ワイドコード炭素繊維複合材製でこれまでの最小の16枚。高圧コンプレッサー(HPC)は12段で圧力比 [27 : 1 ]を達成。高圧タービン(HPT)には日本で作るセラミック・マトリックス・コンポジット(CMC)材を多用。

 

受注状況

777 X開発が発表された直後、2013年12月にキャセイパシフィック(Cathay Pacific)が777-9を21機確定発注し、続いてローンチ・カストマーのエミレエーツ(Emirates)航空が115機を発注(2014-07)した。その後我が国のANAが20機、ルフトハンザが20機、シンガポールが20機など発注が相次ぎ、2019年末現在で309機の確定発注がある。いずれも777-9を選定、777-8の発注はまだない。引渡しはエミレーツへ2021年から始まる予定。

 

終わりに

1月29日にボーイングが発表した2019年度通期の損益は、民間機部門、防衛・宇宙部門を含め、6億3,600万ドルの損失、となった。2018年度は、創業以来103年間での最高となる利益104.6億ドルを出したのとは対照的だ。

2019年収入は当初予定の1,100億ドルから766億ドルに減り、2018年の1,011億ドルから24 %の減収となった。2019年の赤字はボーイングにとり1997年以来22年ぶりとなる。

さらに737MAXの飛行停止による損失は、顧客エアラインへの補償費82億ドル、受注機3,100機の生産遅れに関わる費用52億ドルなどを含み、総額180億ドルに達する模様。

好調だった787の受注が、総受注1,500機を目前にして頭打ち傾向になり、月産機数を現在の14機から2020年末に12機、2021年前半には10機に減らす、と発表された。

このような厳しい状況下にあるボーイングにとって、新開発の777 Xにかける期待は大きい。

 

―以上―

 

本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。

The Seattle Times Jan 25, 2020 “Boeing enjoys rare moment of brightness as massive 777X makes first flight” by Dominic Gates

Aviation Week January 2020 “Boeing 777X Launches into Flight Test Campaign” by Guy Norris

Aircraft Interiors International July 8, 2019 “The Boeing 777X cabin: what we knou so far” by Adam Gavine

GE Aviation “GE9X Commercial Aircraft Engine”

TokyoExpress  2015-02-02 “民間用エンジンの開発が目白押し、軍用エンジンを抜く(その2)

TokyouExpress 2014-04-09 “超合金に替わるセラミックス・マトリックス複合材(CMC)”