2020-02-16(令和2年) 松尾芳郎
図1:(US Air Force) 2019年4月、米空軍はニューメキシコ州ホワイトサンド・ミサイル演習場で、地上設置型レーザー・ガンを使い、高速で飛来するミサイルを迎撃、撃墜することに成功した。写真中央の円形がレーザー・ビーム発射装置。
飛来する弾道ミサイルを迎撃するミサイルの開発は1950年代から米露両国で始まった。最初に迎撃実験に成功したのはロシア(当時のソビエト連邦)で(1961-03-04)、ロシア東南部のカスピ海西岸のミサイル基地カプステイン・ヤール(Kapustin Yar)から発射されたR-12弾道ミサイルから分離した模擬弾頭を、カザフスタン・サリーサガン(Sary-Shagan)基地から発射したV-1000ミサイルで迎撃、発射140秒後、高度25 kmで撃破した。
それから60年の現在、攻撃側ミサイルは、デコイやターミナル段階でのチャフ散布、フレア発射、進路変更などを含む改良で、敵の防空網の突破を図っている。迎撃する側も識別機能の精度向上や射程の延伸などで性能を上げてきた。
[SHiELD]システム(航空機搭載用)
米空軍ではこれまで迎撃ミサイルや対空射撃に頼る伝統的な迎撃システムの発想を転換し、今後5年以内に全く新しい迎撃システムの実用化を目指している。
空軍技術研究所[ AFRL=Air Force Research Laboratory ]では、新しいミサイル防衛システムとして、「防御用高エネルギー・レーザー実証機 [ SHiELD=Self-Protect High-Energy Laser Demonstrator ]」の試作に取り組んでいる。
[ SHiELD ]システムの実証試験は、2019-04-23にホワイトサンド・ミサイル試験場(White Sands Missile Range, N.M.)のレーザー・システム試験設備で行われ、航空機から発射された複数のミサイルを迎撃、いずれも撃墜することに成功した。これは[ SHiELD ]Phase 1試験と呼ばれ、レーザー光線で敵ミサイルを撃墜できることを示した最初の一歩である。
試験では、 [AFRL ]が開発中の[ SHiELD ]システム自体ではなく、米陸軍が開発中の車載型レーザー・システムを使って行われた。このシステムは、空軍が[ SHiELD ]で実現を目指す航空機に搭載するポッドよりずっと大きい。
航空機搭載型[SHiELD ]ポッドは、小型、軽量、2021年にPhase 2試験として現用のF-15を含む戦闘機に搭載して行われる予定(米空軍戦闘機航空団司令官ホーク・カーライル将軍(Gen. Hawk Carlisle)談)。
ポッドは、ボーイングが筐体、ノースロップ・グラマンがビーム照射器、そしてロッキード・マーチンが出力50-kW級の半導体レーザー(solid-state laser)を担当・製作する。
必要があれば2021-2025年に、さらに強力な150-kW級レーザーを使う試験をPhase 3として実施する。
[SHiELD]プログラムの目標は;―
- 軽量で高出力ビームを発生する装置
- 高高度で使用でき、大気の影響を受けない
- 来襲する敵の空対空ミサイルを容易に撃破できる
- 敵ミサイルの先端にあるシーカーを真っ先に破壊できる
- デコイを識別・排除し、ミサイル本体を目標にする
これまでの空軍機は敵のミサイル攻撃から自機を守るため、フレアやデコイを装備してきたが、将来は[SHiELD]を加えて一層安全な飛行ができるようになる。
従来のレーザーはケミカル媒体を使うことが多かったが、今では半導体レーザーを使うのが主流になっている。
米空軍の専門家は次のように語っている;―
【ケミカル・レーザーは、媒体に腐食性の化学物質を使い、複雑なシステムで装置が大型になり運用が難しい。これに対し半導体レーザーは、電気で作動する半導体を媒体とする光ファイバー・ケーブル(fiber optic cables)の形で使う。従ってずっと小型にでき、出力あたりの重量(kg/kW)はケミカル・レーザーの30分の1で済む。半導体レーザーは、将来の戦闘機にとって、高速が要求される空対空戦闘のみならず敵防空システムに対抗する兵器として欠かせないものになろう。しかも運用費は安い。】
電気式(半導体)レーザーは、適切に電気が供給されればいつでも目標にビームを照射できる。通常兵器で生じるいわゆる”弾切れ“になることはない。電源はバッテリーで、充電(つまり弾込め)、レーザー照射、再充電、のプロセスを繰り返し、複数の目標に対し光速のビームを次々に発射できる。
[SHiELD ]ポッドには、360度全周にレーザー・ビームが出せるよう[ABC]と呼ぶターレットが取付けられる。ロッキード・マーチン開発の[ABC](Aero-adaptive Aero-optic Beam Control)ターレットの原型は、2014-2015年に高速ビジネスジェットを使って試験され、その機能を確認済みである。
大型機や無人機に搭載すれば、弾道ミサイル防衛のための手段が一層増えることになる。
戦闘機に搭載する[SHiELD]ポッドは全体の重量1,500 lbs(約670 kg)以下にするのが目標。AFRLは総額$40 million(約44億円)で 2021年9月に[SHiELD]試作機の試験をする予定。ロッキード・マーチンはこのうちの30億円でレーザー・システムを試作する。
[SHiELD]ポッドはF-15やF-16などの第4世代の戦闘機に搭載するが、第5世代機のF-22やF-35には考えていない。理由は第5世代機の特徴であるステルス性を損なうためと言う。
[ATHENA]システム(地上用)
大量のドローンや巡航ミサイルで基地や都市が一斉攻撃されたら、ペトリオットPAC-3対空ミサイルやCIWS機関砲システムに頼っている現在の防空システムでは対処できない。駐機中の高価な戦闘機や地上に配備する対空レーダーは、ドローンから投下される手榴弾程の小型爆弾で容易に破壊される。2018年1月にシリアのロシア空軍クメイミン基地(Khmeimim Air Base, Syria)がシリア革命軍から複数のドローンで攻撃された事件で、多くの軍事関係者は衝撃を受けた。
米空軍では前述[SHiELD]プログラムとは別に、ロッキード・マーチンと共同で、地上用の車両積載型迎撃システムとして、[ATHENA=Advanced Test High Energy Asset ](高エネルギー兵器先行試験)と名付けたレーザー・ビーム・システムの開発に取り組んでいる。
[ ATHENA ]は、来襲するロケット、無人機(UAV)、ドローン、無人車両、小型舟艇、などを10 km以内の近距離で迎撃・破壊するシステムで、車載型で移動可能な実証試験用の装置。これには、開発済みの10-kWファイバー・レーザー(fiber laser)を3個束ね、出力30-kWレーザーとして使う。ドローンなどの構造を破壊するにはこの程度の出力で十分である。
赤外線カメラのセンサーで目標を識別・追尾し、その情報でレーザー・ビームを目標に照射・破壊する。
昨年暮れ(2019-11-07)オクラホマ州フォートシル(Fort Sill, Oklahoma)演習場で行われた試験では、翼幅3.5 mサイズの仮想敵ドローン5機を迎撃し、全機撃墜することに成功した。試験は空軍が準備したレーダー及び通信連絡システム(C2=command and control)を使ってドローンを追跡・捕捉、[ ATHENA ]から高出力レーザーを発射して行われた。
今回の試験は、ドローン発見からレーザー発射までのループに空軍兵士の判断操作が介在したが、高速で飛来する砲弾やミサイルに対処する場合は、全自動で作動する。
図2:(Lockheed Martin) [ ATHENA ]の赤外線センサー部(左)とレーザー・ビーム発射部(右)。レーザー出力は30-kW。
図3:(Lockheed Martin)[ATENA] 装置全体は車載型で、電源部(手前)と装置本体からなる。センサーとレーザー発射部は本体の上に取り付けられる。
レイセオン(Raytheon) の高エネルギー・レーザー兵器
米空軍は、レイセオンに対し、[HELWS=High Energy Laser Weapon System]と名付ける車載型高エネルギー・レーザー装置の試作機2輌を26億円で発注した(2019-08-02)。この[HELWD]は、不整地走行可能なPolaris MRZR車両にレイセオンが開発する10 k-W級レーザーと多目標追跡システム(Multi-spectral Targeting System)を搭載するもので、空軍基地に来襲するドローン・無人機(UAS=unmanned Aircraft System)を迎撃する。試験は2020年11月まで海外の基地2カ所で行われる予定。
図4:(Raytheon) レイセオンが米空軍用に開発中の[HPLWS]の完成予想図。
米陸軍は、2019年6月にレイセオンと実戦用のレーザー兵器原型機の開発で540億円の契約を結んだ。契約によると、多目的装甲車ストライカー(Stryker)4輌に出力50 k-Wのレーザー・ガンを載せた[M-SHORAD=Maneuver-Short Range Air Defense]/移動式短射程防空システム]と呼ばれる車両で、2022年までに完成する。[M-SHORAD]は、来襲するドローン、無人機、ヘリコプター、砲弾、などから地上部隊を守るシステム。
図5:(DEFPOST)ストライカー装甲車にレイセオン製出力50 k-Wレーザー・ガンを装備した写真。ストライカーは、General Dynamics社が作る米陸軍用の装輪装甲車、11名を乗せる多目的車両で4,500台以上が作られ、多数の派生型がある。
レーザーとは
レーザー(LASER=Light Amplification by Stimulated Emission of Radiation/輻射の誘導放出による光増幅)とは、波長と位相が揃った光のことである。
レーザーは、ビームの広がりが小さく遠距離まで届くため、衛星-衛星間の光通信やなどに使われる。またエネルギーの伝送にも有効で、金属加工に使われ、さらに宇宙空間で、太陽光から得た電力をレーザーに変換し地上に送信、再び電力に戻す「宇宙太陽光発電システム」に使うことも研究されている。
既述のように、航空機搭載用の[SHiELD]システムや地上用車載型[ATHENA]システムは、いずれも[k-W](キロワット)で表示される大量のエネルギーを持つ電磁波のビーム(レーザー)を使う装置で、目標にレーザー・ビームを照射し、目標を急速に加熱、溶解し、破壊あるいは火災を生ぜしめる。
レーザーは「レーザー発振器」で作られる。
レーザー発振器は、レーザー媒質とそれを入れる容器/キャビテイ、媒質を高エネルギーにする励起エネルギー・ポンピング装置、からなる。励起エネルギーは電流や光としてレーザー媒質に供給される。キャビテイの両端に反射鏡があり、半波長がキャビテイ長さの整数分の1になる光はキャビテイ内を繰り返し往復、定常波となり、増幅される。片側の反射鏡/レーザー・カップラーは半透明な鏡で、増幅されたレーザー光はここからビーム状になり放出される。レーザー媒質は、誘導放出で光を増幅する特性を持つ材料(例えばヘリウム・ネオン(HeNe)ガス等)が使われる。
図6:(Wikipedia)レーザー発振器の構造
半導体レーザー(solid-state laser or LD=Laser Diode)は、半導体に電流を流すこと/電圧をかけることでレーザー発振を起こし光を出す素子。非常に小さくできるので、我々の身の回りでも光通信、レーザー・プリンター、CDなどの光デイスク、商品のバーコードを読み取るPOSスキャナ、医療用レーザー、など多くに使われている。
光が出る仕組みは;―
原子のの周りを回っている電子は、エネルギーを得ると外側の輪(高いエネルギーの輪)へ移動する。電子が元の内側の低いエネルギーの輪に戻る時、余ったエネルギーを光の形で放出する。
図7:(富士通研究所)原図を修正した原子と電子の仕組み。エネルギーを加えると電子は内側の輪から外側の高いエネルギーの輪に移動する。電子が内側の低いエネルギーの輪に戻る時、余ったエネルギーが光となって放出される。
電子がいっぱい詰まっている半導体(N型半導体)と、電子の空きがある半導体(P型半導体)で活性層(発光層)を挟み、N型基板上に配置する。電圧をかける(電子が動く)と、N型半導体の詰まっている電子が活性層を通りP型半導体の電子の足りない部分に移動するようになる。このとき活性層の中で光を出す。光は活性層の中で、両端面の反射鏡で閉じ込められ往復して“位相の揃った強い光となる誘導放出”の現象を生じ、レーザー発振を起こす。
図8:(富士通研究所)レーザー発光の仕組み。
図9:(ファイバーラボKK)半導体レーザーの基本は、N型半導体(Negative semiconductor)とP型半導体(Positive semiconductor)で活性層を挟み、電圧をかけることで活性層内にレーザー光を生じさせる。光は両端面の鏡で閉じ込められ往復して誘導放出光となる。片方の鏡を半透明にしてここから光を放射させる。
図10:(Wikipedia) 半導体レーザーの例。背景は5セント銅貨。非常に小さくできる。
ファイバー・レーザー
既述したが米空軍が目指しているシステムは、開発済みの10-kWファイバー・レーザー(fiber laser)を3個束ね出力30-kWレーザーとして使う装置。ファイバー・レーザーは単一波長を安定的に発光するレーザーで、半導体と光ファイバーを一体化した構造で、次のようなものがある。
- 半導体レーザーの一端を高反射コート(HR coat)の鏡にし、もう一方を光を反射しない無反射コート(AR coat)にし、こちらの端面を光ファイバーに接続する。光ファイバーには低反射率のFBGが書き込まれ、半導体レーザー素子と一体となりレーザー・キャビテイを構成する。キャビテイで増幅されたレーザー光線は、光ファイバーの他端(図の右)から放射される。これを「FBG波長安定化半導体レーザー」と呼んでいる。
図11:(ファイバーラボKK)半導体レーザーを光ファイバーに接続、一体化したファイバー・レーザーの原理。
- 2層式ファイバー(Double-clad Fibers)の方式で、高出力のレーザーはこの方式を使うものが多い。
レーザー光を増幅する媒質をコアに入れ、その周囲を2層のクラッド(clad)で覆う構造。媒質には、エルビウム(Er=Erbium)、イッテルビウム(Yb=Ytterbium)、ネオジム(Nd= Neodymium)、ジスプロシウム(Dy=Dysprosium)、プラセオジム(PR= Praseodymium)、ツリウム(Tm=Thulium)、およびホルミウム(Ho=Holmium)などの稀元素を使う。
コアでレーザーを発生させ、その光を内側クラッド内で増幅させる。外側クラッドはレーザー光をファイバー内に閉じ込める役をする。これでコア内のレーザー光は一層高出力のビームを形成する。
ファイバー・レーザーは、発光区域を長くできるので、k-W級の高出力が容易に得られ、しかも表面積と容積の比が大きいので冷却も優れている。ファイバーは曲げたりコイル状にしても使える。高出力のピーク・パワーとナノ秒(nanosecond)単位のパルス・ビームを作り出せるので金属加工などに用いられる。
図12:(Wikipedia) 高出力レーザーでは2層ファイバー(Double-clad Fibers)を使うものが多い。コアに媒質を入れ、それを内側クラッドと外側クラッドで覆う。コアでレーザー光を発振、内側クラッドで増幅、これを外側クラッドが包み放散しないようにする。これで低輝度だったレーザー光が高輝度に変わる。
終わりに
米国では現在のペトリオット対空ミサイル、ファランクス機関砲(CIWS)などに頼る防空システムを、より効率的な高出力レーザー・システムに置き換えようとしている。我が国ではどうか。TokyoExpress 2019-11-23 “無人機(UAS)によるスワーム攻撃の脅威に対抗する手段は?”の9ページ“高出力レーザー・システム”に記したように研究は続けている。もっと予算を付け早急に実用化を図るべきと思う。
―以上―
本稿作成の参考にした記事は以下の通り。
Aviation Week Dec. 29, 2019 – Jan. 12, 2020 “Air Defense Redefined” by Steve Trimble
Interesting Engineering Nov. 08, 2019 “Lockheed Martin Showcases its Latest Laser Weapon to the US Air Force” by Fabienne Lang
Lockheed Martin Newsroom NOV. 7, 2019 “ATHENA Successfully Defends Drone Threar”
JAXA “レーザー無線エネルギー伝送技術の研究“Engineering 360 “Helium Neon Lasers Information”
Global Security Org. “Self-protect High Energy Laser Demonstrator (Shield)
U.S. Air Force News May 3. 2019 “Air Force Research Laboratory Completes successful shoot down of air-launched missiles” by 88th Air Base Wing Public Affaires
Jane’s 07, May 2019 “Missile shootdown marks program milestone for AFRL’s SHiELD” by
Robin Hughes
Air Force Magazine Jan. 23, 2020 “Raytheon: DOD needs More Research on Stopping Medium-size Drones” by Rachel S. Cohen
Lockheed Martin “ATHENA Laser Weapon System Prototype
Jane’s 05 August, 2019 “US Air Force awards Raytheon contract for laser weapon system prototype” by Pat Host
DEFPOST August 3, 2019 “US Army Awards Laser Weapon System Contract”
富士通研究所 “半導体レーザーってなんだろう”
ファイバー・ラボKK “半導体レーザ(レーザーダイオード)の仕組みとは”
Wikipedia “Fiber Laser”