2020-02-28 (令和2年) 松尾芳郎
図1:(Boeing) ボーイングが研究中の[TTBW]・(Transonic Truss-Braced Wing /遷音速支柱付き主翼機)の完成予想図。主翼は抵抗を減らすため薄く細長く、アスペクト比(翼幅と翼弦長の比率) [ 19.6:1] にする。主翼の重量増を抑えるためトラスで支える構造である。
[TTBW]は、支柱で支える高アスペクト比の細長い薄い主翼の航空機。翼幅は170 ft(51 m)で、ほぼ同じ座席数の737-800型機の118 ft(36 m)よりずっと長い。地上では737と同じゲートを使えるよう支柱の外側で翼を折り曲げる。[TTBW]の最新版・フェイズ4(Phase 4)では翼の後退角を増やし、巡航速度を現在のジェット旅客機と同じマッハ0.8で飛行する。[TTBW]当初案では、マッハ0.70 – 0.75であった。
(The TTBW has a high aspect-ratio wing for low drag, supported by a strut to minimize the structural weight of the long thin wing. The aircraft span is 170 ft, compared with 118 ft for similar size 737-800 airliner. This requires the wing to fold on the ground, outboard of the struts, to fit the same gates. The latest version of the TTBW, Phase 4, has increased wing sweep to cruise at the Mach 0.8.)
TTBW
NASAとボーイングは研究中の高効率の [TTBW]・(Transonic Truss-Braced Wing /遷音速支柱付き主翼機) の縮尺モデルで風洞試験を行ない、予期した性能を示すデータを得た。
風洞試験は、NASAが行う「先進航空輸送技術プロジェクト(AATT=Advanced Air Transport Technology project)」の予算で、「亜音速・環境に優しい航空機研究・フェイズ4(SUGAR Phase 4)」の一環として行われた。
つまり[TTBW]は、NASAの将来輸送機プロジェクト[SUGAR]の一つに位置付けられている。
[SUGAR フェイズ4]/[TTBWフェイズ4]では、巡航速度マッハ0.8に対応するよう主翼の後退角を20度に改め、翼幅は51 m、薄く細長く、アスペクト比(翼幅と翼弦長の比率)を [ 19.6:1] にし、翼端に生じる誘導抵抗(induced drag)を大きく減らすのに成功した。細長い主翼では構造重量が増えるが、トラスで支えてこれを抑える。
ボーイングのTTBW担当部門長ニール・ハリソン(Neal Harrison)氏は語っている;―
「トラス支持で主翼に加わる曲げモーメントが著しく減り、翼・胴の結合部(wingbox)はヒンジ・ジョイントのような簡単な構造にできる。トラス自体も大きな翼弦長にして揚力を生み出すようにして、燃費改善に貢献する。」
主翼の後退角を増やすと機体の重心位置が変わるので、翼の付け根を前方に移し、それに伴いトラスの付け根を後方にして、重心位置の変動を防ぐ。新トラスは、胴体付近で翼弦長を大きくし前方へ角度を付け(前進翼とし)主翼下部を支える。これで翼とトラスの重なり部分が少なくなり両者間に生じる空力干渉が減るので、離着陸時フラップを展張した時の空気流の乱れを減らすことができた。
フェイズ4の風洞試験
2019年7月にモフェット・フィールド(Moffett Field, Calif.)のNASAエームス(Ames)研究所にある11 ft (3.4 m)サイズ風洞 [UPWT=unitary Plan Wind Tunnel]で、遷音速領域の試験を実施した。4.5 %サイズの風洞模型を使い、機体の揚力・抗力比(L/D ratio)を調べる試験、機体の長手方向(longitudinal)、横方向(lateral)の安定性試験、それに操縦系統を検討するに必要な基礎データの試験などを行った。これらで遷音速域で十分飛行可能な機体になるとの確信を得た。
低速領域の試験は、2019年9月から11月にかけてNASAラングレー研究所(Langley)の14 ft x 22 ft(4.3 m x 6.7 m)サイズの亜音速風洞で行われた。こちらは8 %サイズの翼幅14 ft ( 4.3 m)の風洞模型を使い、複数の高揚力装置の評価試験を行った。特に、前縁に取付ける固定式あるいは可変キャンバー・クルーガー・フラップ(VCK=variable camber Krueger leading edge)、普通のスラット(slat)、ドループド前縁(drooped leading edge/垂れ下り型前縁)、などのテストを行った。試験の結果、後縁は1段式フラップ、前縁には可変キャンバー・クルーガー・フラップを採用することにした。可変キャンバー・クルーガー・フラップは、外翼部では大きなたわみに対応するため5分割にし、内翼は4分割、の合計9分割にする。
内翼部分の試験は上手く行ったが、外翼部では、たわみのためクルーガー・フラップからの後流が翼上面から剥がれる問題が生じた。これについては後日改善に取り組む。
クルーガー・フラップとは主翼前縁に取り付ける高揚力装置の一つで、前縁下面に収納したパネルをヒンジで半回転し前方に開き翼弦長を伸ばし、高揚力を得る装置。これで前縁のキャンバーを変えて前縁に生じる圧力のピークを下げる。
クルーガー・フラップは前縁スラットに比べて機構が簡単で軽くできるが、翼上面の空気流剥離を抑える効果はない。これを改良したのが可変キャンバー・クルーガー・フラップで、主翼前縁との間に隙間を作りスラットと同じ効果を得る。
図2;可変キャンバー・クルーガー・フラップ(VCK)の説明図。主翼前縁部を示している。離着陸の低速時では、翼の揚力を増やすために、後縁フラップと同じく前縁でもこのような高揚力装置を展張する。
この試験結果、全体として20度後退角付きの[TTSWフェイズ4]案は、遷音速領域で十分効率が高く、低速領域では予想通りの特性を示し、構造上では空力荷重によるたわみ解析手法の向上が得られた。「2019年に実施した[TTBWフェイズ4]のエームスおよびラングレーでの風洞試験の結果、概ね予期した性能が確認でき、総合的に言ってTTBWは実現可能な航空機である」とハリソン氏(既述)は語っている。
次の段階[TTBWフェイズ5]は、NASAと協議中だが2020年7月ごろから開始する予定。
フェイズ5の試験ではさらに細部に踏み込み、高速時のバッフェト(high-speed buffet)試験、高揚力装置のさらなる研究、高レイノルズ数(higher Reynolds number)での遷音速風洞試験、空力荷重によるたわみの解析、主翼・トラスの詳細な構造設計、騒音解析、などにを行なう。
その後は、型式証明取得のための研究として、バード・ストライクを含めた損傷許容設計(damage tolerance design)、着水時の機体特性(ditching characteristics)、氷結時の空力特性試験(icing effects)などが行なう予定。
これまでの試験結果、[TTBW]は現用の737型機に比べ、3,500 n.m.(6,500 km)飛行時で9 %の燃費改善が可能との見込みを得た。
図3:(NASA Langley) 2019年7月、 NASAエームス(Ames)研究所11 ft (3.4 m) サイズ風洞 [UPWT=unitary Plan Wind Tunnel]に取り付けられた[TTBW]フェイズ4の模型、大きさは実機の4.5 %で翼幅は7.5 feet (2.3 m)。
SUGAR
[SUGAR]とは、[Subsonic Ultra-Green Aircraft Research]の略で「環境に優しい遷音速機の研究」と云う意味、NASAとボーイングが9年前の2006年12月から共同で研究を続けている将来旅客機の構想である。主題の[TTBW]はこの中に含まれる。
NASAは、2030 -2040年頃に実現するであろう遷音速旅客機の目標として、次の3点を掲げている;―
- 現行のFAA騒音規制値から騒音値を71デシベル(decibel)下げる。
- 国際民間航空条約機構(ICAO)の航空環境保護第6回委員会(CAEP/6=Committee on Aviation Environmental Protection6th Meeting)で定める窒素酸化物(NOX)エミッションを75 % 以上削減する。
- 燃料消費を70 %以上削減する。
[SUGAR] プログラムにはボーイングと共に、ジョージア工科大(Georgia Tech)、バージニア工科大(Virginia Tech)、GE、およびNextGen Aeronautics、が参加している。
[SUGAR]は、3つの技術分野で研究を進めている。
- SUGAR High :高アスペクト比の長大な翼をトラスで支える既述の[TTBW]が風洞試験を進めている段階。現用の737級に比べ燃費を8 %改善するのが目標。高翼なので大口径のファンやオープン・ローター形式のエンジンにも容易に対応できる。
- SUGAR Volt :ハイブリッド・電動式旅客機で、ハイブリッド・カーの飛行機版。エンジンにジェネレーターを組み込み発電、あるいはソーラー・セルの電力で多数のファンを回し、燃費を大きく改善すると共にエミッションを少なくする。
- SUGAR Freeze :ジェット燃料ではなく液化天然ガス(LNG)を使用、燃料電池(fuel cell)、超伝導モーター(cryogenically cooled electric motor)、先進バッテリー、および機体尾部に境界層吸入式ファン(aft fuselage boundary layer ingestion propulsion)を装備し、燃費向上を図ると共にカーボン・エミッションを70 %削減する。
図4:(NASA/Boeing) 2019年1月の米航空宇宙学会会議(AIAA=American Institute of Aeronautics and Astronautics conference)で展示された[TTBW]フェイズ4の模型。巡航速度マッハ0.8に対応するよう主翼後退角を大きくする。
TTBW/SUGARフェイズ4
[TTBWフェイズ4]は、既述のように巡航速度をそれまでのマッハ0.75から0.80に改め、主翼に装着する高揚力装置の性能調査を目的として、2016年12月にNASAとボーイング間で研究契約が締結された。
フェイズ3からフェイズ4で変った主な箇所は、主翼で厚みを薄く後退角を増やした事、および、トラス(支柱部分)を薄い平面形の翼状に広げ揚力を生じるようにした事、である。翼幅、翼弦長の分布、胴体、尾翼、エンジンのファン直径、は両者で変わっていない。
風洞試験の結果、マッハ0.80のフェイズ4では驚くほどの性能改善効果が得られた。すなわち、機体の性能を示す指標の “揚力と抗力の比率” 揚抗比(L/D=Lift/Drag)は、マッハ0.80で23 : 1に向上し、737級の揚抗比L/D=18:1に比べ大きく改善された。
図5:(31st Congress of the International Council of Aeronautical Sciences September 09-14, 2018) TTBWフェイズ4(左)とフェイズ3(右)の比較図。フェイズ4は主翼後退角が増え、付け根を前に進め、トラス(支柱)は翼弦長を長くし、付け根を後ろに下げている。これで揚抗比(L/D ratio)を改善している。
図6:(NASA Ames Research Center) NASA エイムズ研究所の11 ftサイズ風洞(UPWT)に取り付けられたTTBW模型。風洞{UPWT=Unitary Plan Wind Tunnel}は断面が11 ft x 11 ftの正方形、米国の軍民航空機だけでなく、有人宇宙船などの試験も行っている。測定可能範囲は、速度:マッハ0.20 – 1.40、レイノズル数:0.3 -9.6 million/foot、気圧(stagnation pressure);3.0 – 32.0 psia、最高気温(max. stagnation temp.):150℉、通常時の気温:20℉、など。
あとがき
[SUGAR]および[TTBW]の現況は述べた通りだが、さらなる新技術取得の役割も望まれている。すなわち;―
新しい層流翼型の研究にNASAは取り組んでいる。これは「[SNLF=slotted natural laminar flow]・スロット付き層流翼型」と呼ばれる翼型。翼弦方向に空気が下面から上面に流れるように隙間/スロットを設け従来の翼型を2つに分割している。これで圧力の高い下面の空気流が上面の後部に流れ、翼上面の層流域が後方まで保持されるようになり、乱流発生による空気抵抗が減殺される。
巡航時における航空機の空気抵抗の最大のものは[翼の形状抵抗(wing profile drag)]で、全抵抗の3分の1を占める。「翼の形状抵抗」を減らすため、翼型を層流(NLF=natural-laminar-flow)にすることで層流域を翼弦長の30 -50 %に伸ばせる。
層流翼の後縁近くにスロットを付ける[ SNLF]翼型にすれば、試算によると「形状抵抗」は乱流翼型に比べ12.5 %削減が可能と云う。[TTBW]に[SNLF]翼型を取り付けて2022年に風洞試験を計画している。
図7:(NASA/CR-2019-220403 “Design of a Slotted, Natural-Laminar-Flow Airfoil for Transport Aircraft”)NASAが2019年8月に公表した「スロット付き層流翼型」[S-207]。翼厚比は13.49 %。後縁近くにスロットを設け、下面の空気流の一部を上面に導き、上面の層流域を拡げる。マッハ0.70の風洞試験で、揚力が増え、抵抗が減ずることが確認された。
電気推進システム(EAP=Electrified Aircraft Propulsion)を[SUGAR Volt]で[TTBW フェイズ1]として検討項目に入れ、さらに[SUGAR Freeze]でも[フェイズ2]に取り上げ、2040年ごろの実現を目指している。
電気推進システム[EAP]とは、両翼のターボファンエンジンに高出力のジェネレーターを組み込み、推力だけでなくメガワット級の発電をして機体各システムに電力を供給する考え方。その電力を使い機体尾部に装備したファンをモーターで駆動、これで推力を生じると共に、胴体表面を流れる空気流/乱流境界層を吸収し抵抗の削減を狙う。エンジン低圧ローターに取付ける大電力ジェネレーターの開発にはGEが協力している。
図8:( NASA/CR-2012-217556 May 2012 “Subsonic Ultra Green Aircraft Research Phase II: N+4 Advanced Concept Development” page 59) [SUGARフェイズ2]/[TTBWフェイズ2]として描かれた機体の3面図。客室前後に燃料のLNGタンク(点線で示す)があり、尾部には胴体表面の境界層吸入(BLI=boundary layer Ingestion)用の電動ファンが描かれている。フェイズ4と違い、主翼の後退角が少なくトラス構造も異なっている。
スロット付き層流翼[SNLF]と胴体境界層吸入用[BLI]電動ファンを備えた[TTBW]が飛行するにはまだ20年ほど先になる。しかし政府の強い支援を受けるNASAの手で必ず実現するだろう。今年10月から始まる2021年度 NASA予算は今年度より12 %増額されこれ迄で最高の252億ドル(2兆8,000億円)になる。これで有人月着陸の計画、有人火星探査の準備、新宇宙望遠鏡の打上げ、その他諸々の計画が着実に進むだろう。
過去のNASA予算は、2000年/1兆2,100億円から2020年/2兆4,700億円と、途中多少の増減はあるものの、一貫して増え続けている。これは背景に強い国民的支持があるためで、政権の交替とは無関係である。
我が国JAXAの年次予算はNASAの10分の1以下で、過去10年にわたり1,200億円程度で変わらず、僅かずずつ減少する傾向にある。我が国の場合、マスコミを含む多くの人々の関心事は「航空宇宙」にはなく、もっぱら弱者救済や寿命延長の問題にあり、その結果が年間40兆円にもなる広い意味での社会保障費の支出となって現れている。これが改まらない限り、経済力では米国、中国に次ぐ世界3位にありながら、「航空宇宙」分野で二流国から抜け出ることないだろう。
―以上―
本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。
AIAA ARC(Aerospace Research Central) Online 5. Jan 2020 “Development of an Efficient M=0.80 Transonic Truss-Braced Wing Aircraft” by eal A. Harrison and Others
SAE 2019-01-11 “Boeing and NASA unveil lightweight ,ultra-thin, more aerodynamic Transonic Truss-Braced Wing Concept” by E. Howard
Aviation Week February 10-23, 2020 “Reshaping the Future” by Graham Warwick and Guy Norris
Aviation Week January 15, 2020 “Boeing Plans Nest Steps for Ultra-Efficient Airliner Concept” by Guy Norris
Boeing com. “Spreading our wings: Boeing unveils new Transonic Truss-Braced Wing
Boeing Com. “How sweet the future of aviation” by Marty Bradley
Boeing com. January 08, 2019“SUGAR sweetens the deal with Phase 3 results, Phase 4 underway” by Christopher Droney
31st Congress of the International Council of Aeronautical Sciences September 09-14, 2018 “Subsonic Ultra-Green Aircraft Research: Transonic Truss-Braced Wing Technical Maturation” by Chris K. Droney and others
TokyoExpress 2019-01-19 “ボーイング、トラス・ウイング型旅客機の構想を発表“
TokyoExpress 2015-04-12 “NASA・ボーイング、757エコ実証機で空力性能試験を開始“
NASA/CR-2019-220403 August 2019 “Design of a Slotted, Natural-Laminar-Flow Airfoil for Transport Aircraft” by Dan M. Somers
NASA/CR-2012-217556 May 2012 “Subsonic Ultra Green Aircraft Research Phase II: N+4 Advanced Concept Development” by Marty K. Bradley and Chris K. Droney/Boeing R&T
Aviation Week Network February 13,2020 “Trump Asks 12 % Budget Hike for NASA-Will Congress Bite?” by Irene Klotz