エアバス、水素燃料旅客機3機種の構想を発表-2035年実現を目指す


2020-09-27(令和2年) 松尾芳郎

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図1:(Airbus) エアバスは2035年までにゼロ・エミッションの民間旅客機を開発、就航を目指す。「ゼロe(ZEROe)」と呼ぶ水素燃料使用の旅客機の普及で、将来は航空業界が排出するエミッションを半減させる。

 

エアバスは、2035年の就航を目指して液体水素燃料エンジンを搭載する次世代民間旅客機構想をまとめ、このほど3機種の案を公表した(21 September 2020)。すなわち、リージョナル・ターボプロップ、A320サイズの狭胴型機、および、その後の案として提出された翼・胴一体型機(BWB=blended wing body)である。

(Airbus has revealed three concepts for the world first zero-emission commercial aircraft, could enter service by 2035. These concepts each represent a narrow-body aircraft successor from A320neo series, regional turboprop airliner, and uniquely shaped blended wing body aircraft.)

エアバスの“セロ・エミッション航空機”担当副社長グレン・リウエリン(Glenn Liewellyn)氏は、5年前までは排気ガス低減の手段として水素を考えたことはなかった、と話している。しかし、その後の研究で考えが一変、水素こそがCO2エミッション削減の担い手、と確信するに至った。

エアバスのCEOのギョーム・フォーリー(Guillaume Faury)氏は「水素は燃料として最も優れたものの一つで、多くの可能性を秘めている」と語っている。

このような経緯でエアバスは、将来の民間旅客機のあるべき姿として、燃料を現在のCO2排気ガス問題を抱えるケロシンから液体水素に切り替えるのが最も現実的な方向、と決めた。

エアバスを含む民間航空機メーカーは、今のコロナ・ウイルス騒動が収まった後に、環境問題で大きな政治的圧力を受けるだろうと予想している。エアバスなど欧州の航空機メーカーは、フランスおよびドイツ両政府から巨額の水素燃料の基礎研究に関わる資金援助を受けて、ヨーロッパの “環境に優しい航空機” 実現に向けて研究を進めている。

エアバスCEOフォーリー氏は「多額の資金が必要だが、早く進めたい。技術的には確信がある」と語っている。

エアバスの説明によると「水素の推進力(hydrogen propulsion)」を使う方法には2つある、“水素を燃焼させ推力を得る ” 方法と“水素を使う燃料電池(fuel cell)からの電力でファンを回す ” 方法である。エアバス構想のゼロ・エミッション航空機「ZEROe」は、3機種とも「水素ハイブリッド型」。すなわち、現在のガスタービンを改良して燃料に液体水素を使い推力を出す、同時に水素燃料電池を使って電力を発生しガスタービンの推力の補填をする、この結果、効率の高いハイブリッド-電気推進システムが得られる。しかしながら、両者には燃料タンクと燃料供給システムに多少の違いがあり、その統合化が今後の研究課題の一つになる。

液体水素(LH=Liquid H)とは液化した水素(H2)で、沸点は -253 ℃、融点は -259 ℃。非常に軽く密度は70.8 kg / m3 で、重量エネルギー密度が最も大きい。従って酸化剤に液体酸素を使うロケット燃料として、化学推進ロケットの中で最も高い比推力が得られるため広く使われている。。

現在の水素は、天然ガスや石油や石炭などの化石燃料から安価に大量生産されているので、代替エネルギーに過ぎない。CO/炭酸ガスを全く排出しないクリーンな燃料とするためには、原子力発電による電力で水を電気分解して水素を得る以外に方法はない。しかし電気分解による水素製造は高価格なため実用化されていない。しかしフランスは、隣国への輸出を含む電力需要の70 %以上を原子力発電で賄う原発大国なので、近いうちに電力による低廉な水素精製法を実用化するだろう。

燃料電池は、水の電気分解で水素と酸素を発生させる反応の逆の反応で、継続的に電力を得る発電装置である。負極に水素を、正極に酸素を供給、常温または高温下で反応させることで電力を取り出す。反応の化学式は [ 2H2 + O2 → 2H2O ]であり、反応で出来るのは水、実際には温水や水蒸気が生成されるだけで問題のCO2は発生しない。

余談だが、我国の新エネルギー・産業技術総合開発機構 (NEDO )が川崎重工に依頼して製造中の世界初の液体水素運搬船が2019-12-11に進水した。2020年秋には竣工し、オーストラリア・ビクトリア州の州都メルボルンから150 km東のラトルブバレーに豊富にある褐炭から水素を精製、液化して日本に輸送する業務を開始する。運搬船は全長116 m、幅19 m、総トン数8,000 ton、デイーゼル発電・電気推進で速力は13 kt、貨物倉に容積1,250 m3 の真空断熱2重殻構造の液体水素タンクを装備している。この事業はNEDOが主導し、岩谷産業、川崎重工、シェルジャパン、電源開発、の各社で作る技術研究組合「CO2フリー水素サプライチェーン推進機構 [HySTRA]」が実施している。

なおNESOは、2009年に家庭用燃料電池の商用化、2014年に燃料電池自動車の市場導入などを実現し、水素エネルギーの研究開発を着実に進めている。

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図2:(HySTRA)2019年12月11日に進水した川崎重工製の8,000 ton級の液体水素運搬船。今後NEDOの助成事業で開発中の海上輸送用液化水素タンクを搭載し、2020年秋からオーストラリア-日本間に就航する。

 

エアバスでは、2025年までに基礎的技術を研究・習得し、3機種の設計改善に反映させ2035年の完成、就航を目指している。最初に取り組むのはA320型の狭胴型機になるか、あるいはリージョナル・ターボプロップとの同時開発になるか、をこれから決める。2026年から協力企業と協議を進め、公式な開発決定は2027年もしくは2028年に予定している。エアバスは開発に8年かかると想定しており、これは在来型機の場合とほぼ同期間である。

民間航空業界に最も大きな影響を及ぼすのは、液体水素燃料使用の狭胴型機と見られる。これは120~200席級で航続距離は2,000 n.m.(3,700 km)以上となる。現在のA320狭胴型機シリーズ、A319neo/A320neo/A321neoの130~240席に比べると多少小型になる。

巡航速度はマッハ0.78 で、エンジンは液体水素燃料を燃焼し、ハイブリッド電力システムを採用する。全体の形はA320neo系列機とあまり変わらないが、後部胴体に水素燃料タンクを入れるので胴体はかなり長くなる。

航続距離は2,000 n.m.以上とされるが、これはA320neo の3,400 n.m.に比べかなり短いが、ヨーロッパ全域内の飛行は十分カバーでき、アメリカ大陸横断飛行にも使える。

新技術の航空機の就航実現には相当なな努力が必要だ。すなわち空港には大型の液体水素供給装置が必要だし、水素を取り扱う関連法規もこれまで全く違ったものを整備しなければならない。

航空機搭載の液体水素燃料タンクの開発は大きな課題で、エアバスではこの10年ほども研究を続けてきた。液体水素のタンクはケロシンのタンクと形、重量とも大きく異なり。特に液体水素をケロシンと同じ水準で安全に貯蔵する技術を確立するには、大きなハードルを越えねばならない。

しかし最大の課題は新しいエンジンの開発・選定である。新エンジンは在来エンジンの改良型になる見込みだが、エンジン製造業界、GE、PW、RR、の3社はいずれも水素燃料エンジンの開発に手を挙げていない。

水素は天然ガスの7倍の速さで燃焼し、しかも高温になるので、燃料ノズルの焼損、不安定な燃焼、窒素酸化物 [NOX]の増加、などの課題を解決しなくてはならない。川崎重工では「水素専焼ドライ低NOX燃焼技術」の考え方を基にして、極細のノズルから燃料を噴射、マイクロな炎で燃やしきる燃焼器を試作研究している。

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図3:(Airbus) A320neoの後継となるやや小型の120~200席級の狭胴型機。両翼にハイブリッド水素燃料ターボファン・エンジンを備え、胴体の後部圧力隔壁の後ろに液体水素タンクを装備する。

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図4:(Airbus) リージョナル・ターボプロップ機は、ターボファン機と同じく胴体後部に液体水素タンクを備え、翼にはハイブリッド水素燃料ターボプロップ2基を搭載、8翅プロペラを回し推力を得る。

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図5:(Airbus) BWB (Blended-Wing Body)と呼ぶ翼胴一体型の旅客機は、室内が非常に広くなるので液体水素タンクを自由に設置できる。この機体では水素タンクを翼下面に装備している。推力は、2基のハイブリッド・ターボファンからの電力で8基のファンを回す方式を採用する。

 

―以上―

 

本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。

 

Aviation Week network September 22, 2022 “Airbus Presents Three Hydrogen-Powered Aircraft Concepts” by Jens Flottau

Airbus News 21 September 2020 “Airbus ZEROe puts hydrogen at the heat of future aircraft”

Kawasaki Hydrogen Road