この冬、新型コロナとインフルは同時流行するのか


2020-10-02(令和2年) 木村良一(ジャーナリスト、元産経新聞論説委員)

政府もメディアも同時流行を心配する

インフルエンザと新型コロナとの同時流行がこの冬、懸念されている。

9月25日には菅義偉内閣が発足して初の専門家による分科会が開かれ、田村憲久・厚労相が「秋冬にかけてインフルエンザとの同時流行が心配されている。検査できる体制を都道府県にお願いして整備する」と話していた。

新聞の社説やテレビの解説番組も同時流行を心配する。たとえば9月22日付の読売新聞の社説は「インフルの季節 コロナとの同時流行に備えよ」という見出しを立て、こう主張していた。

「冬にかけて新型コロナウイルスの再流行が懸念される。加えてインフルエンザの患者が増える季節でもある。同時流行を防ぎ、医療現場の混乱を避けねばならない」

9月20日付の毎日新聞の社説も「冬にかけては季節性インフルエンザとの同時流行が懸念される。かかりつけ医には、患者の診察に不安もあるようだ。スタッフの感染を防ぎながら、地域で検査を担う体制作りが欠かせない」と訴えていた。

 

インフルエンザは侮ってはならない感染症だ

大陸から強い寒気が流れ込んでくると、インフルの季節がやってくる。例年、年明けに全国の小中学校で流行し、家庭から職場へと感染が拡大していく。38度以上の高い熱を出し、のどの痛みや頭痛、筋肉痛、強い倦怠感などの症状が出る。患者のせきやくしゃみでインフルエンザウイルスを含んだ唾液や鼻水がしぶきとなって飛び散って感染していく。飛沫感染だ。しぶきが付着したドアノブや電車のつり革を介して感染する接触感染も多い。

1シーズンに2000人を超えるお年寄りが命を落としたり、幼い子供が脳症で亡くなったりするケースもある。高齢者や幼児だけでなく、高血圧、高血糖、心臓病などの持病のある人もその持病を悪化させて死亡することがある。インフルエンザは風邪とはまったく違う。

密接に生活して感染が広まりやすい高齢者施設や体力の落ちた入院患者がいる医療機関での感染拡大には、細心の注意が必要だ。電気やガスなどインフラを担う人たちが次々と感染して倒れると、私たち国民の生活はたちまち混乱する。インフルは治療薬やワクチンがあっても侮ってはならない感染症である。

 

新型コロナ感染者の80%は他人にうつさない

インフルエンザウイスと新型コロナウイルスはともに呼吸器感染症の病原体に分類され、人の気道粘膜が弱くなる乾燥した冬場に流行する。どちらも重篤な肺炎を引き起こすことがある。感染ルートも同じで、飛沫感染や接触感染が中心だ。それゆえ、手洗いの励行や室内でのマスクの着用、3密(密閉、密集、密接)の回避、ソーシャルディスタンス(社会的距離)といった新型コロナ対策がそのままインフルエンザの感染予防につながる。ただし、こうした対策を実施することに神経質になり過ぎると、余計なトラブルを生むので注意してほしい。

インフルに比べると、新型コロナは感染力が弱く、感染者の80%は他人にうつさないことが分かってきた。病原性(毒性)は新型コロナの方が高いようだ。しかし、患者の大半は軽症で回復し、無症状の感染者も多い。致死率はいまのところ2%程度で、別のコロナウイルスが病原体となっている重症急性呼吸器症候群のSARS(9・6%)や中東呼吸器症候群のMERS(35%)に比べると、かなり低い。

どちらのウイルスに感染しても同じような症状が出て見分けが付けられず、医療機関が混乱する。対策としては、簡単に早くしかも廉価に診断できる抗原検査などを広く普及させる必要がある。

 

インフルエンザの流行はなく、あっても小規模だ

果たしてこの冬、厚労相や新聞、テレビが指摘するようにインフルエンザと新型コロナの同時流行が起こるのだろうか。結論から先に言うと、インフルの流行はないと思う。あっても小規模な流行だろう。

感染症の専門家がその年のインフルの動向を予測するとき、先に冬を迎えている南半球の状況をみて判断する。ワクチンに使うインフルエンザウイルス株を選定する場合も、南半球で流行している株が推奨される。その南半球での流行だが、WHO(世界保健機関)によれば、流行がみられないという。

秋口の日本の現状はどうか。毎年、9月初旬には数百人の患者が報告されるのだが、厚生労働省によると、全国5000カ所の医療機関(定点観測地点)からの報告が8月31日~9月6日までの1週間に大阪、岐阜、沖縄で各1人ずつの計3人だけ。これは昨年同時期に比べて1000分の1以下という極めて低い数字である。

南半球も日本も新型コロナウイルスの感染予防対策がそのままインフルエンザウイルスの活動を封じ込めているのだろう。

感染症の専門家の間では、似通った感染症はお互いに強く影響を与えることがあり、同時には流行するようなことはないとの見方もある。

だが、インフルが流行しないからといって油断してはならない。ウイルスのことはウイルスにしか分からない。高齢者や持病のある人はインフルエンザワクチンを接種し、新型コロナとの重複感染を防ぎたい。

 

―以上―

◎慶大旧新聞研究所OB会によるWebマガジン「メッセージ@pen」10月号(下記URL)から転載しました。

http://www.message-at-pen.com/?cat=16