FAA、飛行停止中だったボーイング737 MAX型機の飛行再開を認可


2020-11-27(令和2年) 松尾芳郎

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図1:(Boeing) 飛行再開に向け準備中のボーイング737 MAX 7。MAXは基本型737 NGから高効率の新型エンジンに変更したが、エンジンと地上との隙間を保つため、取付位置を前方に移し、ノーズギアの支柱を20 cm長くした。しかし飛行中に機首上げの傾向が生じることがわかり、補正のためにオートパイロットに機首下げ指示をするソフトMCASを組み入れた。しかしMCASの不具合で2件の事故が起きた。

 

米連邦航空局( FAA=Federal Aviation Administration ) は、11月18日に、2件の墜落事故で346名の犠牲者を出し飛行停止中だったボーイング737 MAX型機の飛行再開を20ヶ月振りに認可した。

(The FAA cleared Boeing’s 737 MAX to fly again on November 18, after grounding for nearly two years due to two crashes that killed 346 people in Indonesia and Ethiopia.)

 

FAA、飛行停止解除を発表

11月8日の週にFAA長官ステイーブ・デイクソン(Steve Dickson)氏は、「FAAは737 MAXの改善策を検証し、これで飛行再開後の安全運航が保証される事を確認、これで型式証明の再交付を行う。」と述べた。11月18日にこれが正式に交付されたことで737 MAXの民間航空輸送が再開され、ボーイングは引渡し停止中の新造機の納入を開始することになった。

ここに至るまでに議会での数次に及ぶ公聴会が行われ、FAAはこれまでボーイングが提出する案件を十分検討せずに承認してきた、と追求さた。またボーイングは安全より利益優先の経営をしてきたのではないかと非難され、責任を取る形でCEOが解任に追い込まれた。

 

[飛行停止処分解除]の発表を受けてボーイングのデイビッド・カルホーン(David Calhoun)会長は次の決意表明を行なった;―

「飛行停止処分の原因となった2件の悲惨な事故のことは決して忘れない。これを教訓として社内の組織を見直し、安全・品質・誠実さ、(Safety, Quality and Integrity)を中核とした経営を行う」。

この20ヶ月間、ボーイングは顧客と緊密な連携をしながら、長期係留された機体の安全復帰に必要な整備項目を決めてきた。

FAAは耐空性改善通報(AD=Airworthiness Directive)で、エアラインに対し737 MAXの飛行再開の前に、改善済みソフトウエアの挿入、一部配線を分離する改修、パイロットの再訓練、および長期保存処置の解除、を実施するよう指示した。

ボーイング民間航空機部門社長スタン・デイール氏(chief executive officer Stan Deal)は「FAAのAD発行は極めて重要な第一歩。これから世界各國の監督官庁と顧客に対し、飛行再開に向けた話し合いを始める」と話している。

ボーイングは、機体の改修とパイロット訓練改善に加えて、安全と品質に焦点を当てた3段階の社内強化策を打ち出している。

  1. 組織の見直し(Organizational Alignment):5万人以上の技術者を単一の新組織[ Product & Services Safety ]に所属させ、全社を横断する統一的な安全に関わる責任を負わせる。
  2. 風土・文化の焦点(Cultural Focus):技術者の考え方を安全と品質に一層重点を置くように仕向ける。このため社内組織を、高い透明性(transparency)と即応性(immediacy)を備えた明確さ(identifying)、判断(diagnosing)、および解決策(resolving)が提示できるようにする。
  3. 手順・工程の強化(Process Enhancements):AIなど次世代型設計手法を駆使して、第1級の品質水準の製品を作り出す。

 

2件の事故

  1. 2018-10-29にインドネシアのライオン・エア(Lion Air)610便がジャカルタ離陸後6分後にジャワ海に墜落186名が死亡。
  2. 2019-03-10にエチオピアン航空302便がアジスアベバ離陸後13分に近郊に墜落157名が死亡。

詳しくは「“TokyoExpress 2019-04-15 “ボーイング737 MAXの事故について”」を参照されたい。

 

3月10日のエチオピアン航空の事故後、各國の航空当局は737 MAXの飛行停止措置を発行した。

 

737 MAXの改善(Changes to the 737 MAX)

737 MAXはファン直径が大きく燃費の良い新型エンジン[CFM Leap 1B]を搭載している。Leap 1Bは離陸推力29,000 lbs、ファン・バイパス比 9 : 1、ファン直径176 cm、と大型なので、このままでは地面との間隙が狭くなる。間隙を基本形の737NGと同じにするため、主脚の高さは変えずに、エンジンの位置を前方にずらし且つノーズギアの支柱を20 cm 伸ばして対処した。

試験飛行したところ機首上げ傾向が生じることがわかり、これを補正するため失速防止用のソフトウエアを搭載した。すなわちパイロットが手動で飛行する場合、迎え角(AOA= angle of attack)が大きくなるのを防ぐため、水平安定板に“自動”で機首下げ指示を出すソフトである。これがMCAS (Maneuvering Characteristic Augmentation system/操縦特性増強システム)で、機首両側にある迎え角(AOA)センサーからの信号の「どちらか一方」で作動するようになっていた。

事故の原因としてこのソフトに焦点が当てられた。2件の事故では、いずれもこのソフトがパイロットの機首上げ操作に対抗して、尾部にある水平安定板に機首下げ指令を繰り返し出し、その結果墜落に至っている。両事故とも引き金となったのは機首にある迎え角センサーの誤指示だった。

ボーイングは今年春に次に示すハード、ソフト両面の改善策を策定、同様事故が再び起こらないようにし、飛行再開に備えた。

  1. MCAS (操縦特性増強システム)

改良後のMCASは;―

・機首両側の迎え角(AOA)センサー2個からの信号を比較する。

・両センサーそれぞれのデータをフライトコントロール・コンピューター送る。

・MACSは両センサーからのデータが一致する場合のみ作動する。

・MACSは一回のみ作動し繰り返し作動はしない。

・MACSはパイロットが動かす操縦桿(control column)の動きに逆らう作動はしない。

AOAセンサー

図2:(Boeing News)改良前のMCASは片方の迎え角(AOA)センサーの信号を受感していた。2件の事故は、いずれも片側センサーからの不正確な信号をMCASが受信、MCASは機首下げ指示を尾翼水平安定板に繰り返し出した。改良後は両方のAOAセンサーの値が一致している場合のみMCASが作動するよう改められた。

 

MCASが作動するのは;―

・パイロットが手動で飛行している時。

・機首が通常より機首上げ状態に近ずいた時。

・パイロットが主翼のフラップをアップ(収納)している時。

 

  1. 追加の改修(Additional Updates)

737 MAXの飛行再開の前に行う追加の改修は次の通り。

追加改修

図3:(Being News) 飛行停止期間中に行われた長期の試験で、改良が望ましい箇所が数カ所あることが判った。いずれもMCASや事故とは関係のない項目である。

改良する箇所は「図3」に数字で示してあるが、それぞれについての説明は次の通り。

1 水平安定板に関わるソフトウエア

起こり得る不具合を複数想定して試験したところ、ある種の不具合の組合せで水平安定板が異常な動き”暴走(runaway)”をすることが判った。737全シリーズの2億飛行時間の中でこの種の事故は皆無であるが、絶対起こり得ないという保証はない。そこでソフトウエアを改良して、飛行再開前に全機に搭載する。

2   FAAの要求に従い配線を修正

FAAは水平安定板のコントロール・システムの検証を行い、一部の配線が接近し 過ぎていると判断、これを飛行再開の前に修正するよう命じた。これに従い引き渡し済みの機体は顧客の手で、これから引き渡す機体はボーイングが改修作業を実施する。

3   係留中の機体に対し残留物(FOD=Foreign Object Debris)検査を実施

機体の製造中に内部に置き忘れた工具、部品、ウエスなどの残留物(FOD)の有無を検査し、除去する。保管中の機体の定期検査中に数件の事例を発見したため、飛行再開の前にこの検査を実施する。対象箇所を明示し、引渡し済みの機体に対しては顧客の手で実施する。

4   長期にわたる試験と解析の結果、パイロットが指示しなくてもオートパイロットが稀に解除されることが判った。オートパイロットが解除されると緊急警報でパイロットに警告するシステムはすでに装備済みである。このような事例はこれまで737系列機で生じた事はない。しかし安全のため新ソフトを開発、737 MAX-8および737 MAX-9型機には飛行再開の前にこのソフトを組込む予定である。

 

  1. 対策の認証(Validation)

737 MAXの飛行再開については、FAAのみならず世界中の国々の航空当局と緊密に連絡を取り合い進めている。関係するエンジニア、研究者、パイロットの手で1,000回以上に及ぶ試験飛行を実施、結果を関係当局に報告してきた。

米国FAAは737 MAXの型式証明交付の権限を持つ機関だが、このほど米国内で737 MAXに課してきた飛行停止処分を解除した。この決定は直ちに他の諸国の航空監督機関に通報され、それぞれで飛行再開に向けた手続きが進められている。

ボーイングはFAAと協力しながら、次の各項目について他国の機関と協議を行っている。

・航空機に搭載するソフトウエア(Airplane software)

・パイロットの操作方法(Flight Crew procedures)

・整備に関わる要件(Required maintenance)

・パイロットの訓練および整備士の訓練(Flight and maintenance training)

・シミュレーター(Simulators)

・出発許容最少装備品リスト(Minimum equipment list)

・型式証明基準(Certification standards)

 

終わりに

MITの航空学科教授ジョン・ハンスマン(John Hansman) 氏は「今回の事故原因探求とその改善策は異例なほど精緻なもので、これで737 MAXは世界で最も安全な航空機になった云える」と述べている。

ボーイングの売上は、現在MAXの事故の影響とコロナ・ウイルスの流行で大きく落ち込み失速状態にある。737 MAXの受注残高は、事故後のキャンセルを含み新規発注の減少で「図6」のように、最大5,000機を超えていた時期から現在は4,300機ほどになっている。

しかし復調の兆しもあり、アメリカン航空では、12月からニューヨーク・マイアミ路線にMAXを投入する予定。また、32機を発注済みのアラスカ航空はこのほど13機を追加すると発表した。

飛行停止の結果、全世界で387機の737 MAXが飛行再開を待っているが、それと顧客に引渡し予定の機体などを合わせて500機ほどが地上繋留されている。現在これらは飛行再開に向けて整備中であったり、必要な改修を行っている。

エアラインのパイロット達は、新しく設定されたシミュレーター訓練を受ける必要がある。この訓練はMAXの新しいソフトウエアに対応するもので短時間で終了できる。新ソフトでは、パイロットの操作に反して機首下げ指令を繰返すこと絶対に起こり得ない。

 

以下に、「737 MAX系列の最新型MAX 10の近況」、「737 MAX系列機のスペック比較表」、それに「737 MAXの確定受注数の変遷」、を参考のため示す。

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図4:(Boeing)737 MAX系列で最大の737 MAX 10型機は、2019年11月にシアトル郊外のレントン工場でロールアウト、数千人の従業員が参加して完成式が行われた。最大230名の乗客を乗せ、狭銅型機の中では最も座席・マイルあたりのコストが低い。初飛行は2020年内の予定。20社以上から550機の注文を受けている。

737MAX比較

図5:(Boeing)機種別の受注機数は2019年2月現在で、MAX 7/52機、MAX 8/2,150機、MAX 9/234機、MAX 10/483機、未定/1,470機となっている。

受注機数

図6:(Wikipedia) アメリカン航空が最初のカスタマー、以後続々と受注が増え2019年1月には78社から5,011機の確定受注を得た。大口はサウスウエスト航空の280機、フライ・ドバイの251機、ライオン・エアの251機。最初の引渡しは、2017年5月のマリンド・エアへの737 MAX 8である。事故後2019年3月から飛行停止となり、発注キャンセルがあり、受注残は2020年7月現在で4,129機までに減少したが、その後新規受注が増え現在では4,300機ほどに回復している。

2019年1月にANAホールデイングスがMAX 8型機30機を発注すると発表したが、その後の航空業界の不況の影響もあり実際に発注したか定かでない。

 

―以上―

 

本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。

Boeing News Nov. 18, 2020 “Boeing Responds to FAA Approval to Resume 737 MAX Operations”

ABC News Nov. 18, 2020 “Boeing 737 Max Update: FAA clears plane to fly again”

Boeing News Nov. 18, 2020 “Boeing 737 Max update: FAA clears plane to fly again”

Seattle times Sept. 16. 2020 “As the FAA finalizes the 737 MAX’s reurn, is Boeing jet now Safe?” by Dominic Gates

TokyoExpress 2019-11-16 “ボーイング737 MAX、1月に運航再開の見通し“

TokyoExpress 2019-04-15 “ボーイング737 MAXの事故について