日本、軍民両用の[光データ中継衛星]の打上げに成功


2021-1-2(令和3年) 松尾芳郎

 11-30 LUCAS

図1:(NASA/JAXA)2020年11月29日午後4時半、内閣衛星情報センター/JAXAは三菱重工製[ H-IIA ]ロケット43号機で、偵察衛星や地球観測衛星の能力拡大のため「光データ中継衛星( LUCAS )」を打上げた。

 

政府の「内閣衛星情報センター」とJAXAは、11月29日に光学偵察衛星・レーダー偵察衛星からのデーターを中継・送信する軍事衛星を打上げた。この新衛星は、2017年に役目を終えたデータ中継試験衛星(DRTS=Data Relay Test Satellite)と交代するもの。新衛星は、「光データ中継衛星」と呼ばれ高速「光衛星間通信システム(LUCAS=Laser Utilizing Communication System)」を搭載している。

(Japan launched a military communications satellite on November 29, 2020, that will relay data collected by optical and radar-imaging reconnaissance satellites. The new satellite replaces the Data Relay Test Satellite, decommissioned in 2017. The new satellite has a Laser Utilizing Communication System (LUCAS) which makes a network throughput 1.8 gigabite/sec.)

 

「光衛星間通信システム(LUCAS)」とは、低軌道上の地球観測衛星(情報収集衛星)と静止軌道上の中継衛星間のデータ中継を波長1.5 μmのレーザー光線で行うシステムで、日本電気(NEC)が開発した。開発した通信装置には、静止衛星用と観測衛星用の2種類がある。

中継衛星と観測衛星の距離は最大で40,000 kmの超長距離となり、この間を光通信で結ぶためにNECでは、海底ケーブルやLANで使われる低出力の半導体レーザー光(波長1.5μm帯)を基に、真空環境下で高出力、安定的に増幅する技術を開発した。

観測衛星が撮影した画像などのデータを中継衛星を介さずに直接地上局に送る場合は、観測衛星が地球を1周する時間(約90分)のうち10分程しか通信時間がない。これを静止軌道上の中継衛星で中継すれば、観測衛星の地球1周の半分ほどの間(直接送信の場合の約4倍の時間幅)の通信が可能になる。

JAXAは1992~2017年間、電波を使うデータ中継試験衛星(DRTS)「こだま」を打上げ、観測衛星 ALOS-2などの画像データの中継伝送を行なってきた。「こだま (DRTS)」の通信速度は 240 Mbps (毎秒130 mega bit)で、通信用アンテナは直径3.6 mもあった。

今回打上げた中継衛星は波長の短い(1.5 μm)レーザー光を使うので、通信容量は「こだま(DRTS)」の7倍以上、1.8 Gbpsに高速化され、アンテナ径は14 cmに小型化された。

このように「光衛星間通信システム(LUCAS)」は、観測衛星(情報収集衛星)のデータ伝送大容量化と即応性の向上に大きく寄与することになる。

スクリーンショット 2021-01-01 13.21.36

図2:(JAXA) 観測衛星は高度1,000 km以下の低軌道を周回、一方データ中継衛星は高度36,000 kmの静止軌道にあるため、観測衛星の周回時間のほぼ半分の観測時間帯の画像データを中継し地球局に送ることができる。これで観測衛星の視野範囲が4倍以上に広がり、データ伝送量が増大、即時性が著しく向上する。

 スクリーンショット 2021-01-01 13.41.09

図3:(JAXA) 高度36,000 kmの静止軌道上にある「データ中継衛星」を使い極軌道上の観測衛星からの画像を送れる範囲を示す。

 

「光衛星間通信」を行うには、静止衛星と観測衛星(情報収集衛星)の両方に送受信機を搭載する必要があり、今回の成功で静止軌道側には「光ターミナル(OGLCT)」が搭載され準備が整った。2021年に打上げられる先進光学衛星「だいち3号(ALOS-3)、先進レーダー衛星「だいち4号(ALOS-4)」には低軌道衛星用の「光ターミナル」OLLCT)が搭載される。

tec_03 

図4:(JAXA)高度36,000 kmの軌道上にある静止衛星(LUCAS)に搭載された光通信装置(OGLCT)、日本電気(NEC)製。

tec_04 

図5:(JAXA)高度1,000 km前後の低軌道にある 観測衛星「だいち3号」や「だいち4号」に搭載する光通信装置(OLLCT)、日本電気(NEC)製。昨年打上げた情報収集衛星「光学7号」(2020-2-9)には搭載済みである。

 

先進光学衛星「だいち3号(ALOS-3)」

「だいち3号(ALOS-3)」は、2006~2011年にかけて運用された「だいち」地球観測衛星の後継機で三菱電機が主契約で組立てを担当、2021年に高度約670 kmの太陽同期準回帰軌道に打上げられる。大型高性能センサーを搭載して「だいち」と同じ直下幅70 kmの広い観測幅を維持、観測分解能は「だいち」の2.5 mより鮮明な80 c mになる。

「だいち3号」は、通常運用で1周回あたり幅70 km / 距離4,000 kmの広範囲を観測できる他、特定地点を2方向から観測する「立体視モード」、幅200 kmを1回で観測する「広域観測モード」、自身の進行方向とは異なる方向を調べる「方向変更観測モード」を備える。また直下に対し左右60度までの観測が可能。さらに防衛省からの要求で、弾道ミサイル等の発射を直後に捕捉する2波長赤外線センサーを搭載する。設計寿命は7年。

だいち3号

図6:(JAXA)「だいち3号(ALOS-3)」、大きさはソーラー・パネル展開時で5 m x 16.5 m x 3.6 m、重さ約3 ton、設計寿命7年以上。極軌道を回る太陽同期準回帰軌道、高度669 kmに打上げられ、90分ほどで軌道を周回、少しずつ軌道をずらしながら地表を撮影する。そして再び最初の軌道に戻るまでの回帰日数は35日。これを繰り返して日本列島、中国大陸、ロシア、オーストラリア、その周辺海域を含む広大な地域を観測する。

 

先進レーダー衛星「だいち4号(ALOS-4)」

「だいち4号(ALOS-4)」は2014年打上げた観測衛星「だいち2号」の後継機で、Lバンド合成開口レーダーを搭載する。新しくデジタル・ビーム・フォーミング技術を採用し「だいち2号」と同じ分解能3 mを維持しながら観測幅を200 km (4倍)に拡大、地殻・地盤の変動の観測頻度を向上させ、火山活動、地滑りなどの早期発をする。また海洋監視のため日本電気が開発する「船舶自動識別装置(AIS)」/[SPAISE3]を搭載、合成開口レーダー情報と統合化して海洋監視の精度向上を図る。

だいち4号

図7:(JAXA) 先進レーダー衛星「だいち4号(ALOS-4)」は、Lバンド合成開口レーダーで、広域観測モード(観測幅700 km、分解能60 m)、高分解能モード(観測幅200 km、分解能3m)、スポットライト・モード(観測幅35 km、分解能1 m)、の3つのモードを切り替え監視ができる。重さ3ton、設計寿命7年。2022年に極軌道の太陽同期凖回帰軌道、高度628 kmに打上げられる。回帰日数は14日。写真の輝いている平板が合成開口レーダー・アンテナ面。

 

情報収集衛星/偵察衛星

 

情報収集衛星/偵察衛星については、安全保障上の極秘事項に含まれるものが多いため、公表される事項が限定され、衛星本体、分解能、打上げ軌道、回帰日数、など内容に不明な点が多い。ここでは予算要求書やマスコミの断片的な報道等を基に紹介する。

 

文部科学省・JAXAが主管する地球観測衛星「だいち3号」、「だいち4号」などとは別に、内閣衛星情報センターは、近隣諸国の軍事行動をごく初期段階で把握するため「情報収集衛星・偵察衛星」を運用している。JAXA打上げ衛星との間には共通する部分が多くあり、その一つが今回H-IIAロケット43号機で打上げに成功した「光データ中継衛星(LUCAS)」、内閣衛星情報センターの呼称「データ中継衛星1号機」である。

内閣府は、文部科学省、防衛省、運輸省その他にまたがる宇宙開発関連業を「宇宙開発戦略本部」の下に統括、相互運用を進めている。

内閣衛星情報センターは、情報収集衛星の開発運用に令和2年度は800億円を投入、安全保障、大規模災害に必要な情報を収集している。将来目標として、「基幹衛星」4機、「時間軸多様化衛星」4機、および「データ中継衛星」2機の合計10機体制の確立を目指す。

「基幹衛星」および「時間軸多様化衛星」で地球上の特定地点を1日2回以上撮影する。両衛星を異なる時間帯に配備することで撮影時間帯を拡大する。そして「データ中継衛星」を使い伝送時間を大幅に短縮、即時性を向上させる。

「情報収集衛星」(基幹衛星)は、近赤外線機能付き超望遠カメラを搭載する「光学衛星」と合成開口レーダーで画像を得る「レーダー衛星」の2機を1組として運用している。

「光学衛星」で得る画像は昼間の写真撮影をするので分解能は高い。「レーダー衛星」は合成開口レーダーで画像を得るので分解能は低いが、夜間・曇天でも偵察か可能。最近の「光学衛星」の分解能は30 cm級、「レーダー衛星」は50 cm級と言われている。

 

現在運用中および今後打ち上げ予定の情報収集衛星は次の通り;―

スクリーンショット 2021-01-01 10.54.52

図8:(内閣衛星情報センター、Wikipedia “情報収集衛星”)現在は光学衛星3機とレーダ衛星5機、およびデータ中継衛星1機で運用されている。このうちレーダ衛星3機と光学衛星1機は耐用年数の5年を過ぎ、早急の交代が望まれている。

スクリーンショット 2021-01-01 10.03.02

図9;(内閣衛星情報センター)2027年完成目標の情報収集衛星10機体制のイメージ。「光学衛星」と「レーダ衛星」には新型の「時間軸多様化衛星」が含まれる。

 

終わりに

述べたように、JAXAの「光データ中継衛星」と内閣衛星情報センターが主管する「データ中継衛星」は同一システムで、民生用の地球観測衛星と防衛用の情報収集衛星からの画像取得に共通に使われる。

情報収集衛星では2020年2月打上げた「光学7号機」との間で試験運用が始まっている。「光学7号機」と同じ通信機器を搭載する民生用の「だいち3号光学衛星」、「だいち4号レーダ衛星」、は少し遅れてそれぞれ2021年、2022年に打上げられる。

観測衛星の重要な性能指標である分解能は、「だいち3号」は80 cm、「だいち4号」は3 m、いずれも「情報収集衛星」では数年前に実現済みの値である。これは両分野の衛星開発担当の企業が同じ三菱電機、NEC等のこともあり、先行の軍用技術が民間向けに転用されるもの。

残念なことにマスコミを通じて我々の耳目に入るのは、もっぱら民生用の話が主で、情報収集衛星に関する話は極めて稀にしかない。冒頭に記したが、「光データ中継衛星」/「データ中継衛星」打上げ成功のニュースは、米国の国防問題ニュース専門メデイア[ Defense Industry Daily]が打上げ当日に報道し、続いてNASAが報じた。このことは本件が緊張高まる東アジア情勢に影響する重要性を持っている証左である事を示している。

 

―以上―

 

本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。

 

Defense Industry Daily Nov. 30, 2020 “Japan will attempt to launch a military communication satellite”

NASA November 28, 2020 “Japan launches joint military, scientific optical data relay satellite” by William Graham

JAXA 2020-12-29 “光データ中継衛星搭載の光通信機器の状況について“

JAXA ”LUCAS 光衛星間通信システム・ミッションと技術“

JAXA “ミッション だいち3号“

NEC News Room 2020-12-10  “NEC、JAXA光衛星間通信システム「LUCAS」向け衛星用光通信装置を開発“

内閣衛星情報センター 2019年10月 “情報収集衛星に関わる令和2年度概算要求について”

宇宙開発戦略本部 令和2年6月29日決定 “宇宙基本計画工程表”