はやぶさ2が探査した「りゅうぐう」の素性 ―小惑星でなく死んだ彗星!―


2022-04-04(令和4年) 松尾芳郎

図1:(JAXA他)はやぶさ2撮影の「りゅうぐう」と試料を採取した地点(右の白枠で囲った区域)。右の拡大写真で「はやぶさ2」自身の影が映っている。「りゅうぐう」はこま(独楽)の形で赤道直径は約1 km、質量は約4.5億トン、7.6時間で自転している。太陽公転周期は1.3年。表面は予想以上に多くの岩塊(rubble piled)で覆われている。

初めに

航空宇宙開発機構/JAXAは、宇宙探査機「はやぶさ2」で小惑星「りゅうぐう」を探査、試料を採取、地球に持ち帰って研究を進めている。これで判ったのは「りゅうぐう」は小惑星ではなく「死んだ彗星」だということ。「りゅうぐう」は岩石の集合体で、大昔に小惑星どうしが衝突して出来た天体とされてきた。しかし新しい証拠は、含まれていた水分やガスが全て太陽光で蒸発してしまった彗星の残り/残骸であると示している。

(The Japanese JAXA’s Hayabusa 2 mission visited asteroid Ryugu, has brought back a sample to Earth and are studying the tiny spacerock. New evidence indicates, Ryugu might not an asteroid but the remnant of dead comet. Ryugu is a collection of rocks, and the traditional theory is that it was smashed up long time ago. But the new evidence suggests, it might be residual after all water and gasses were blasted away by the Sun.)

はやぶさ2の「りゅうぐう」探査

「はやぶさ2」は2014年12月に「小惑星帯にある無数の小惑星の一つ「りゅうぐう」に向け出発した。そして太陽を回る軌道を約4周して2018年7月に「りゅうぐう」の近くに到着、「りゅうぐう」を周回しながら1年以上かけて表面を探索、2019年に2回タッチダウンして試料を採取した。そして「りゅうぐう」を出発、2020年12月6日に試料の入ったカプセルを地球に届けることに成功した。

試料は複数の研究機関で精査されているが、最も興味深い発見は【「りゅうぐう」は小惑星帯にある本来の小惑星ではなく、太陽系の遥か彼方(カイパー・ベルトの辺り)から太陽系の中心に向かって飛来する途中、小惑星帯に捕捉された彗星( comet)らしい】ということだ。「りゅうぐう」の表面は、岩石の一体構造ではなく多くの無数の岩塊の集合体であることが判った。

名古屋市立大学グループの論文によると、太陽系の彼方から小惑星帯に飛び込んだ「りゅうぐう」は、ここで大型の小惑星と衝突したため太陽系中心への飛行が中断され、小惑星帯に留め置かれたらしい。

図2:(JAXA)「はやぶさ2」が高度64 mから撮影した「りゅうぐう」の表面。図1右の「白枠」の拡大写真。2018年9月21日13:04 (JST)に撮影したもので「りゅうぐう」表面の最も高解像度の写真である。

探査で「りゅうぐう」は多くの点で小惑星の特徴を備えていることが判ったが、異なるのは”有機物( organic matter)”を多く含んでいる点である。

小惑星が衝突して「りゅうぐう」が生まれたのであれば、何故“有機物”が多いのか?これを解明したのが、名古屋市立大学の三浦ひとし准教授の論文「The Asteroid 162173 Ryugu: a Cometary Origin(小惑星162173りゅうぐうは彗星が起源)」である。この論文はアストロノミカル・ジャーナル(Astronomical Jounal)に掲載された。

この中で三浦氏は、「りゅうぐう」だけでなく同じように多数の岩塊(rubble piled)からなる小惑星は、いずれも「彗星の残骸」つまり「死んだ彗星」の可能性がある」と述べている。これを天文学者は「CAT=Comet Asteroid Transition」オブジェクト(彗星が小惑星化した移行天体)と呼んでいる。

小惑星帯

小惑星帯については、TokyoExpress 2018-11-07 “小惑星ミッション、JAXA[はやぶさ2]とNASA[オシリス・レックス]” で述べたが、簡単に復習してみよう;―

小惑星帯(asteroid belt)とは、火星と木星の間の平面に分布するドーナツ状の小惑星の集まりである。小惑星帯は、メインベルト(main belt)と他の集団、例えばトロージャン小惑星群(Trojan asteroids)やグリークス(Greeks asteroids)など と分けて扱うことが多い。

ここには、無数の様々な形をした岩塊、大きさも最大の「セレス」から微細な岩の小片まで、多種多様な小さな天体が集まっている。

小惑星帯の全体の質量は、月のわずか4 %で、その半分はセレス(Ceres)、ベスタ(Vesta)、パラス(Pallas)、ハイジア(Hygiea)の4つが占めている。月の質量は地球の1%。最大の小惑星「セレス」は直径950km、「りゅうぐう」はずっと小さくて1 km未満である。

太陽系が誕生した46億年前に、太陽を周回していた無数の岩の小片やガスはお互いの重力(引力)で引き寄せられ纏まり、地球や火星などの惑星が誕生した。しかし火星と木星の間では、木星の引力の影響で摂動(perturbations)を受けて岩石小片の軌道速度が速まり、お互いが衝突で合体するより破砕し合うことが多くなり、地球や火星のような惑星になり損なった、と考えられている。

太陽から木星を含む内側太陽系は初めの1億年ほどの間に形成されたが、この期間小惑星帯に存在していた質量の大部分(99 % 以上)はお互いの激しい衝突で失われ、今の姿になった。一部分は太陽系のさらに内側に飛来し地球を含む惑星に衝突している。

太陽系の小型天体グループには「小惑星帯」の他に、地球近くに飛来する「NEO=near-Earth object (地球近傍天体)」、土星より外側で不規則軌道を回る「centaurs (小型太陽系天体)」、それに太陽系の外縁、太陽から30 AUの距離にある海王星の外側の50 AUあたりまでに広がる「カイパー・ベルト(Kuiper Belt)」がある。(1AUは天文単位で、地球-太陽間の距離1億5000万キロのこと)

「カイパー・ベルト」天体は、大部分が岩石とメタンやアンモニア、水などが混じり凍った氷の天体で、惑星の祖先とも言われている。「カイパー・ベルト」は幅が「小惑星帯」の20倍、質量は「小惑星帯」よりずっと大きいが、それでも地球の1 % 程度と推定されている。

「カイパー・ベルト」でよく知られている天体は「冥王星(Pluto)」、以前は太陽系の第9惑星とされていたが、2006年に「カイパー・ベルト」天体と認定された。「冥王星」は直径約2,400 kmで月のほぼ3分の2の大きさ。2015年7月にNASAの探査機「ニュー・ホライズンズ(New Horizons)」が接近、探査をしたのでかなり詳しく分かっている。

図3;(Wikipedia)内部太陽系の図。太陽—地球の距離は1億5千万km、これを「1 天文単位(AU=Astronomical Unit)」という。火星(Mars)までは2億3千万km、太陽—木星(Jupiter) 間は7億8千万km。“火星—木星”の間に広がる幅約5億5千万kmにあるのが「小惑星帯(Asteroid belt)」である。「はやぶさ2」が試料採取した「りゅうぐう」とNASA「オシリス・レックス」が調べた「ベニュー」はここにある。

「りゅうぐう」の試料採取

前述したように、彗星は太陽系の外縁の冷たい空間からやって来る。岩石の塊である小惑星と違い、彗星は岩石を含む氷の塊で出来ており、輻射熱を受けると蒸発する。蒸発するのは大部分が水の氷だが、彗星にはこの他に氷結した二酸化炭素(carbon dioxide)、アンモニア(ammonia)、メタン(methane)、および一酸化炭素(carbon monoxide)などを含んでいる。このため専門家は彗星のことを「汚れた雪の塊(dirty snowball)」呼んでいる。彗星はさらに“浮遊大気(unbound atmosphere)”も含んでいる。太陽に近ずくと熱で氷が蒸発、気体となり宇宙空間に昇華する。この気体は(岩石の小片、粉末など)の微粒子と蒸発したガスからなる。

多くの彗星は、太陽に接近、近日点を過ぎるとほとんどの蒸発物を蒸発で失い、岩石だけになる。これを”死んだ彗星(extinct comet)” と呼んでいる。

図4:(JAXA)「はやぶさ2」は、2018年6月27日に「りゅうぐう」に到着、2019年にタッチダウンを2回行い試料を採取し、2020年12月6日に地球に試料の入ったカプセルを送り届けた。探査機から切り離された着陸機「マスコット(MASCOT)」の「衝突装置 (SCI=Small carry-on Impactor)」で表面にクレーターを作り、そこから「サンプラー・ホーン(Sampler Hone)」を通して試料を採取した。写真は左が1回目、右が2回目に採取した試料。

図5:(Universe Today/三浦准教授論文) 「彗星から小惑星への移行」の説明図。(a) 初期の彗星の核には氷と岩石の小片/粉末がある。(b) 内部太陽系に入ると輻射熱で彗星表層の氷が蒸発/昇華し始める。(c) 彗星の表層に岩石粉末の層が形成される。(d) 氷が蒸発/昇華し終わると岩石の小片/粉末が残り、彗星が小惑星に移行/遷移する。

図1の説明のように「りゅうぐう」は赤道直径約1 kmで、7.6時間で自転している。このような高速回転の理由は、彗星であった時期から氷の昇華で質量が減り縮んで来たため、と思われる。そして高速回転の結果、独楽のような形が生まれたのではないか(三浦氏談)。

図6:(ISAS/JAXA, CC BY 4.0) 「りゅうぐう」は、独楽や算盤玉に似た形で、写真の上下(南北)の軸を中心に高速回転をしている。これは長期間にわたり含まれている氷が蒸発・昇華して質量が減り体積が縮小してきたため、とされる。そして赤道周辺に “Ryujin Dorsum (龍神の背骨)“と呼ぶ膨らみが形成された。

「りゅうぐう」が “死んだ彗星“だとする仮説を証明するもう一つは「有機物 (organic matter)」の含有量が多いことである。既述のように採取した試料からは、CO、CO2、メタノール(methanol)、carbonyl-sulphide (硫化炭素?)、蟻酸(formic acid)、メタン(methane)、その他の有機物が多く発見された。これらは氷の昇華で取り残された岩石の小片・粉末に付着したいた。

図7:(NASA他) 2018年12月2日、NASAの小惑星探査機「オシリス・レックス(OSIRIS Rex)」が高度24 kmから撮影した小惑星帯の「ベニュー(Bennu)」。「ベニュー」は自転周期4.3時間、直径500 m、太陽公転周期は1.2年。「りゅうぐう」のほぼ半分の大きさだが、多くの岩塊で覆われ、高速回転をして、形も似ているので、これも「死んだ彗星」らしい。試料の地球帰還は2023年を予定している。

「はやぶさ2」のその後

2021年12月6日に地球に「りゅうぐう」の試料を無事に届けた「はやぶさ2」は、搭載するイオン・エンジンの燃料/キセノン・ガスが半分近く残っているため、現在拡張ミッションに移行している。

拡張ミッションでは、小惑星「1998KY26」に2031年に接近して観測をすることになっている。目標に到達するまでに、2026年に小惑星2001 CC21でフライバイ、2027年に地球のスイングバイを2回予定している。

小惑星「1998KY26」は、直径は数十mの極めて小さな天体で、自転周期は僅か10分、高速自転小惑星(Fast Rotator)と呼ばれている特殊な天体である。このようなサイズの小惑星は宇宙に多数存在していて、1000年に一度程度の頻度で地球に衝突、大きな災害をもたらす。

「はやぶさ2」の概要

図8:(JAXA)飛行中の「はやぶさ2」の想像図。この角度からはイオン・エンジンは見えない。左の面に4基付いている。

探査機本体のサイズは「 1 m x 1.6 m x 2.5 m」、打上げ時の重量は燃料を含み600 kg、2014年12月3日H-IIAロケット26号機で打ち上げられた。推進は改良型のイオン・エンジンを使っている。

通信系として、送信用アンテナとして「Xバンド平面アンテナ」および「Kaバンド平面アンテナ」、「近赤外線分光計」、熱慣性計測用の「中間赤外線カメラ」、「多バンド可視カメラ」、「レーザー高度計」、を搭載する。

ミッション機器として、着陸用ローバー「MINERVA-II」、小型着陸機はドイツ・フランス製の「MASCOT」、クレーターを作る「衝突装置SCI」、「分離カメラ」、「サンプリング装置」、「再突入カプセル」を装備する。

図9:(JAXA) 「はやぶさ2」の構成。詳しくはTokyoExpress 2018-11-07 “小惑星ミッション、JAXA[はやぶさ2]とNASA[オシリス・レックス]”を参照する。

終わりに

天文学の進歩は日進月歩で、各國で打上げられる多数の宇宙探査機、新しい天体望遠鏡、などで次々と新発見が続いている。本稿「小惑星帯の素性」で紹介したのもその一つ。

「りゅうぐう」に関する三浦論文の要点は;―

1)岩石の集合体で、お互いの重力により一体化している。

2)南北を結ぶ中心軸の周りを高速回転しているため赤道部分に膨らみを生じている。

3)有機物の含有量が、一般の小惑星に比べ際立って多い。

この結果「りゅうぐう」は、最初から小惑星帯に存在していたのではなく、太陽系外縁から飛来し捕捉された彗星、すなわち 「CAT=Comet-Asteroid Transition object/彗星・小惑星遷移天体という意味」に分類される。

「CAT」を含む小天体は、稀に地球に衝突し大きな災害をもたらす危険性があり、これに関する知見を深めることで、衝突を防ぐ手段を立てることができる、と考えられている。

―以上―

本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。

  • Universe Today March 25, 2022 “Asteroid Ryugu Might Actually be a Dead Comet” by Evan Gough
  • 名古屋市立大学Research News “Could the Asteroid Ryugu be a Remnant of an Wxtinct Comet? Scientists Now Answer! “
  • JAXA “「はやぶさ2」ミッション”
  • TokyoExpress 2018-11-07 (2018-11-12改定)「小惑星探査ミッション、JAXA[はやぶさ2]とNASA「オシリス・レックス(OSIRIS-Rex)」