2023-02-01(令和5)木村 良一(ジャーナリスト・作家、元産経新聞論説委員
■パンデミック・フルーの襲来
かなり気になっていることがある。増え続けている鳥インフルエンザウイルスの感染だ。ニワトリの間で感染を繰り返すと、人に感染しやすくなり、最後は人から人へと次ぎ次ぎに感染する人のインフルエンザウイルスに変異する。新型インフルエンザの出現だ。パンデミック・フルー(インフルエンザの地球規模の流行)の襲来である。
新型インフルエンザが出現すると、「世界で7400万人が感染して亡くなり、日本国内でも4人に1人の割合で感染して17万~64万人が命を落とす」とWHO(世界保健機関)や厚生労働省は20年ほど前から警告してきた。病原性(毒性)や感染力がかなり強いとこれを軽く超える被害が起きる。これまで新型インフルエンザは、1918(大正7)年のスペインかぜ、1957(昭和32)年のアジアかぜ、1968(同43)年の香港かぜ、そして2009(平成21)年4月にアメリカとメキシコの国境付近で発生したブタインフルエンザ由来のものと、計4回発生している。すべてもとは鳥インフルエンザだった。
新型コロナの場合、感染力の強いオミクロン派生株の流行によって死者が増えても、日本では3年で計6万7000人超の死者数を記録しているに過ぎない。しかし、新型インフエンザはこの3~10倍、いやそれ以上もの死者数を出すことになる。
消毒用の白い石灰が一面にまかれた養鶏場で防護服とマスク、ゴーグルに身を包んだ自治体職員や自衛隊員が殺処分を行う光景は、すっかり冬の〝風物詩〟になっている。しかしながらニワトリとの濃厚接触で人が感染する問題や、鳥のインフルエンザが人のインフルエンザに変異して多くの死者を出す事態がどこまで理解されているのだろうか。私たちは「鶏肉は食べない方がいいのか」「卵は大丈夫なのだろうか」と目先のことばかりに気を取られ、鳥インフルエンザを甘く見ている。農林水産省も「感染したニワトリの肉や卵を食べて感染したケースはないから安心してほしい」とアピールするが、肝心要の鳥インフルエンザの本質まで説明しようとはしない。
■1000万羽を超える殺処分
今シーズンの病原性の高い鳥インフルエンザの感染は、昨年10月28日に岡山県と北海道で確認されて以来、かなりのスピードで広がっている。11月4日に茨城県で102万羽、岡山県で51万羽、12月15日に青森県で139万羽、今年1月6日に新潟県で130万羽と、それぞれ殺処分された。感染が確認されると、家畜伝染病予防法に基づいてその養鶏場のニワトリなどの家禽が殺処分され、卵や肉の移動制限が敷かれる。
さらに1月9日に茨城県で93万羽が殺処分され、殺処分されたニワトリの全国の累計数が過去最多の998万羽を記録し、翌10日には宮崎県で10万羽、広島県で83万5000羽が殺処分され、累計殺処分数が初めて1000万羽を超えた。農水省によれば、高病原性の鳥インフルエンザの発生件数は、1月23日午前9時時点で25道県64件に及び、計1179万羽が殺処分された。検出されたウイルスのタイプは、大分県の1件を除いてすべて「H5N1」だった。
なぜ、ここまで殺処分の数が多くなるのか。近年、養鶏場は大規模化が進み、飼育するニワトリの数が増えているからだ。さらに流行の長期化も殺処分数の増加に拍車をかけている。これまで流行は初夏まで続き、特に今冬は初めて10月という早い時期に発生した。
日本では2004年1月、山口県阿東町の養鶏場で鳥インフルエンザが79年ぶりに確認され、それ以来、毎年のように流行が繰り返し起きている。この山口県で確認されたウイルスもH5N1だった。
■新型インフルを生む人獣共通の感染症
冬場に発生するのは、鳥インフルエンザウイルスの宿主であるカモの仲間がシベリアから日本に飛来するからだ。鳥インフルエンザのウイルスは腸内で増える腸管ウイルスで、カモの糞に多量のウイルスが存在する。その糞に触れた小鳥や小動物(ネズミなど)、昆虫が鶏舎の隙間から入り込んでニワトリに感染させるとみられている。
農水省によると、殺処分は周辺の養鶏場の感染予防と卵・鶏肉の安定供給のためだという。しかし、本来の目的は人への感染予防と新型インフルエンザ発生の防止だったはずだ。
26年前まで鳥インフルエンザは「人には感染しない」と考えられていた。その常識が覆ったのが、香港で起きた人への感染だった。香港では1997年に鳥インフルエンザが流行し、その年の5月にインフルエンザ様の症状で死亡した3歳男児の検体を調べたところ、鳥インフルエンザウイルスが検出された。そのウイルスタイプは前述したH5N1で、家禽ペスト、鳥エボラといわれるほど病原性が高く、このウイルスに感染したニワトリは全身でウイルスが増殖して臓器や皮下から出血して死んでいく。
香港政府は「鳥インフルエンザは人にも感染して命を奪う」と判断し、直ちに問題の養鶏場のニワトリ150万羽すべてを殺処分して人への感染防止にみごと成功、世界から賞賛された。これをきっかけに感染が判明した養鶏場のニワトリは即座にすべて殺処分されるようになったのである。
鳥インフルエンザは口蹄疫のような牛や豚、羊などの動物だけが感染する家畜伝染病とは大きく違い、人にも感染する人獣共通の感染症であり、人の新型インフルエンザの出現につながる。私たちはこれを忘れてはならない。
■導火線に火が点いた状態
これまでに鳥インフルエンザは人にどのくらい感染して何人が亡くなっているのだろうか。WHOの公表をもとに厚労省がまとめた「H5N1発生国及びヒトでの確定症例」の世界地図(2022年12月1日作成)=写真=と「確定症例数」の表(同)を見てみよう。
2003年~2013年の10年間は、インドネシアやエジプト、ベトナム、カンボジア、中国、タイ、トルコでの発生が目立ち、計649人が感染してうち385人が死亡している。致死率は60%とかなり高い。その後の2014年~2022年の9年間は感染者219人、死者72人(致死率30%)と減少してはいるものの、アメリカやインド、スペイン、イギリスなどの国に新たに拡大していることが分かる。ニワトリを殺処分する体制が世界各国で徐々に整ってきた結果、感染者と死者が減っているのだと思うが、人の居住区内で多くのニワトリが放し飼いされているような国ではどうしても人に感染する。しかもウイルスの運び屋がシベリアから飛来する渡り鳥だから予防はなかなか難しい。
新型コロナと同様、人には鳥インフルエンザと新型インフルエンザに対する免疫(抵抗力)がない。ニワトリの体内だけではなく、人の体内で新型インフルエンザが生まれる危険性もある。ブタの体内でも発生する。人・人感染する新型インフルエンザが出現すると、あっと言う間に世界中に広がり、パンデミックにつながる。ここ数年、高病原性鳥インフルエンザの発生は世界規模で広がっている。いまやどこで新型インフルエンザが出現しても不思議ではない。導火線に火が点いた状態である。
ただし、むやみに恐れることはない。インフルエンザの治療薬もあるし、効果の高いワクチンも早期に量産できる。新型コロナの経験もある。いま大切なのは、正しい知識で正しく恐れ、新型インフルエンザの出現を未然に防ぐことである。
―以上―
◎慶大旧新聞研究所OB会によるWebマガジン「メッセージ@pen」の2月号(下記URL)から転載しました。
「鳥インフル」は新型コロナよりも怖い | Message@pen (message-at-pen.com)
H5N1の「症例の世界地図」と「症例数の表」のURL