フライング・ホエールス、新型飛行船を開発・2027年輸送事業に


2023-05-23(令和5年) 松尾芳郎

「フライング・ホエールス (FLYING WHALES)」はフランスのスタートアップ企業で、2012年9月の創業、伐採木材、発電用風車のブレードなどの大型貨物を60 ton運べる環境に優しい新型飛行船「LCA60T」を開発している。原型機は2024年に地上試験を予定、飛行試験は2025年に行い、本格的な運用開始は2027年を目指している。

(Flying Whales is a French aviation start-up, founded September 20, 2012 by Sebastien Bougon. It develops an environmentally-friendly airship. LCA60T, designed to transport heavy loads as much as 60 tons, like wood logs and wind-turbine blades. the first prototype is expected ground test in 2024, and the first models will enter commercial operations in 2027.)

開発資金は、フランス政府から2,950万ユーロ、カナダ・ケベック州 (Quebec, Canada)政府から3,000万ドル、中国の航空国有企業「AVIC」、フランス国内の投資家などからの出資を含めて総額1億ドルを調達済み。

「フライング・ホエールス」は、飛行船「LCA60T」の製造をするだけでなく、運用も行う。製造拠点はフランスとカナダ、そしてできればアジアにも設立、2032年までに150機以上を運航、世界中で物流事業を展開する。

図1:(FLYING WHALES) 「フライング・ホエールス」が開発するハイブリッド電動飛行船「LCA60T」の完成想像図。全長200 mの硬式飛行船で60トンの貨物を搭載、時速100 kmで1,000 kmを飛行できる。初飛行は2025年の予定。

図2:(FLYING WHALES)災害地緊急援助に出動した「LCA60T」飛行船の想像図。搭載の救援物資コンテナをウインチで降下している。「LCA60T」は胴体内の非与圧型ヘリウム・タンク10個の浮力で浮揚する。高価な地上の繋留設備は一切不要。上昇・下降、前進、ホバリングは、胴体各所に取り付けられた合計32セットの電動プロペラで行う。胴体下部には長さ94.2 m、幅7.8m、高さ6.9 mサイズの貨物室がある。目的地に到着するとホバリングしながら、12個あるウインチで貨物を所定の位置に降ろす。

「フライング・ホエールス」は、2024年にはフランスのボルドー近郊 (Laruscade, near Bordeaux, France) に組立用ハンガーを建設する予定。これは後述する他の飛行船開発会社が既存のハンガーの利用を決めているのに比べ対処的である。

  • 「LXA60T」は、「ハニウエル(Honeywell) 」が作る最も強力な1 MW電動モーター・システムを採用する。これは現在航空業界で使われている電動モーターの4倍も強力なシステムで、これを4個搭載する。ハニウエルは、プラット&ホイットニー・カナダ(P&WC)製「PT6C」タービン・エンジンに、新設計のギアボックスを組合せて電動モーターを駆動する。「PT6C」は普通ジェット燃料あるいは“環境に優しい”燃料(SAF)のいずれでも運転が可能。P&WC社は、カナダ政府の支援で “ハイブリッド動力試験機デハビランド・ダッシュ8 (De Havilland Dash 8)”用として、コリンズ (Collins)社と協力して1 MW級のモーターを試作した経験がある。

4MWハイブリッド電動システムで駆動するのは、胴体各所に取付けた32個の電動式プロペラである。図1及び図2に示すように、後部胴体両側に4個ずつ計8個、中部胴体両側に6個ずつ計12個、残り12個は前部胴体上面に4個、その他となっている。

Megawatt Generator

図3: (Honeywell) 「ハニウエル」社が作る1MW級ジェネレーター。新設計のギアボックスを介してP&WC製「PT6C」タービン・エンジンに接続、発電して「LCA60T」飛行船の各システムに電力を供給する。

「ハニウエル」では、2022年5月に1 MWジェネレーターの最初の運転試験に成功し、2022年末には1.06 MWの出力レベルで長時間運転を達成した。。この試験運転は1,000 KW ( =1 MW) 出力の連続運転で、ジェネレーター重量1 kg当たり8 KWの出力、つまり出力密度「8 KW/kg」をマーク、発電効率は97 %を達成した。これは、現在の航空機や地上装置で使われているハイブリッド推進システムでは達成したことない高い水準である。

  • 「フライング・ホエールス」は「LCA60T」の電気システム、すなわち電力システム、配電システム、電力変換システム、バッテリー・システム、の開発に「サフラン・エレクトリック&パワー (Safran Electric & Power)」社を選定し、協定を締結した(2021年11月3日)。

「サフラン・エレクトリック&パワー」は、飛行船に搭載する推進システムを除く全装置に電力を供給し、ジェネレーターが発電する115 V交流電力を28 V直流に変換し、バッテリーを用意する。

この会社はフランス「サフラン」社の一部門で英国が本拠地。「サフラン」は航空宇宙で著名なスネクマ、ヒスパノ・スイザ、ターボメカ、ゾデアック等の合体企業である。

  • 「リール(REEL)」社はカナダを本拠とする建設現場のリフテイングなどを担当する専門企業。ここが「LCA60T」飛行船が使う貨物昇降用のウインチ・システム合計12個の設計、製作を担当する。

終わりに

「サフラン・エレクトリック&パワー広報担当チーフ「ロマイン・シラク (Romain Schlack)」氏は「この飛行船はインフラの未整備な場所への輸送問題を解決する手段となる。飛行船は乗員2名で操縦でき、大型トレーラー2〜3台分の輸送能力に匹敵する60 tonの大型貨物を運べる。例えば、風力発電用の長大なブレード、山岳地帯の急斜面に集められた伐採木材、僻地への建設資材、入港待ちのコンテナ船のコンテナの運搬、自然災害地の復旧作業などに役立つ」と言っている。

飛行船を開発中の企業は「フライング・ホエールズ」だけではなく、英国の「ハイブリッド・エア・ビークルス (Hybrid Air Vehicles)」、フランスの「タレス (Thales)」、それに米国の「LTAリサーチ (LTA Research)」などがあり、それぞれ民間輸送用、通信用、軍用の分野で実用化を目指している。

「フライング・ホエールス」の「LCA60T」は、前述したようにヘリウム・ガスを使う。「LTAリサーチ」の飛行船「パスファインダー1」も同じ。ヘリウムは不燃性だが年々価格が上昇し極めて高価になり、2020年では水素の67倍にもなった。

化学分野の研究を支援する学術専門団体・米国化学協会 (American Chemical Society)によると、ヘリウムは需要が伸び続け今後100年で無くなる、と警告している。主な理由は、液体ヘリウムは、超電導マグネットの溶接作業やX線に代わる医療用の検査装置「MRI (Magnetic Resonance Imaging)スキャナー」の冷却などに欠かせない存在になっているためだ。液体ヘリウムは「-269 ℃(4 kelvin)」まで下げられる唯一の冷媒で、新しい産業で需要が急増中である。

1世紀近く前まで飛行船には水素ガスが使われていたが、ドイツ「ヒンデンブルグ (Hindenburg)」号の事故で、水素の取扱いが厳重に規制され、以後飛行船には使われていない。水素は空気と触れると発火する性質がある。しかし科学の進歩で水素の微量な漏れでも検知可能 (Hydrogen Sniffers)になっているので、制限を見直す動きが出始めている。

カナダのマニトバ大学教授でマニトバ (Manitoba)で飛行船の製造を始めた「BASI」社の創立者バリー・プレンテイス(Barry Prentice)氏は、カナダ政府が規制緩和することを見越して飛行船の揚力ガスに水素を使うことを決めた。またカリフォルニア(California)のベンチャー企業「H2 Clipper」社も2030年に民間輸送開始を目標に、揚力に水素を使う飛行船を開発中である。欧州航空安全庁 (European Aviation Safety Agency)は2022年に規則を改定「飛行船のガスに水素の利用を認可」した。しかし米国FAAはまだ改めていない。

―以上―

本稿作成に参照した主な記事は次の通り。

  • Aviation Week April 24-May 7, 2023 “Flying Whales selects Honeywell-Pratt for Airship power” by Guy Norris
  • Safran November 03, 2021 “Safran signs deal with FLING WHLES to equip its LCA60T airship with electrical systems”
  • Aerospace TESTING April 6, 2023 “Flying Whales cargo airship picks Honeywell generator” by Ben Sampson 
  • REEL 2022 “REEL participate to development of the LCA60T project”
  • Japan Press 2023-04-12 “フライングホエールス:最大級の貨物飛行船の開発進める“