NASA宇宙機“プシュケ”、金属塊の小惑星探査に向けスペースX・ファルコン・ヘビーで打上げ



2023-12-1(令和5年) 松尾芳郎

NASAの「プシュケ (Psyche)」と名付けられた宇宙機が今年10月13日朝、ケネデイ宇宙センター (KSC=Kennedy Space Center)パッド39AからスペースX社のファルコン・ヘビー(Falcon Heavy)ロケットで打上げられた。この宇宙機は太陽系の火星と木星の間の小惑星帯にある金属で出来た奇妙は小惑星の探査に向かっている。2029年に接近、2年ほど滞在して調査する。
(NASA’s Psyche spacecraft launched Oct. 13 from Pad 39A at Kennedy Space Center. The Psyche probe lifted off atop of a SpaceX Falcon Heavy rocket, bound to rare metal-rich asteroid in the main asteroid belt between Mars and Jupiter, will arrive 2029 and staying two years for observation.)

図1:(Space.com, photo by Josh Dinner) 2023年10月13日10時半、ケネデイ宇宙センターからファルコン・ヘビーロケットで打上げられたNASA「プシュケ (Psyche)」宇宙機。6年後の2029年8月に小惑星帯にある金属で出来た小惑星付近に到達、探査をする。

打上げに使われたスペースX社の「ファルコン・ヘビー(Falcon Heavy)」は「ファルコン9」ロケットを3基束ねた大型の打上げロケット、エンジンは「マーリン(Merlin)」合計27台を装備する。打上げ時の推力は500万ポンド(2,250 ton)に達する。「プシュケ」宇宙機は、太陽系の火星の軌道と木星の軌道の間の小惑星帯にある奇妙な金属でできた小惑星を調べるため、35億キロの長旅に出発した。
打上げ2分30秒で、ファルコン・ヘビー両側に取付けた2基のサイド・ブースターが停止し、コアのファルコン9から分離、フロリダ州沿岸にある着陸場に向かった。
打上げ4分後に、ファルコン・ヘビー・コアのエンジンが停止し、2段目を分離した。2段目は「プシュケ」を乗せたまま地球周回軌道から離脱するまで速度を上げ、宇宙空間にでた。
ファルコン・ヘビーのコア部分は、「プシュケ」を予定軌道に投入するため燃料満載で打上げられ、これまで「ファルコン9」が到達したことのない高高度まで上昇した。このため大西洋上に配備したドローン船に着陸・回収することはせず、そのまま大西洋に落下した。
打上げ8分後に、ファルコン・ヘビーから分離したサイド・ブースター2基は、大気圏外でロケットを再着火、大気圏に向け急降下を開始した。約15秒後に打上げパッド39Aから数キロ離れたスペースXの着陸場ゾーン1および2に着陸した。大気圏再突入・降下時に音速を超えるため衝撃波が2回が出るが(全長50 mなので前後で発生する)、この時も2基のブースターが発する計4回の衝撃音が周辺に鳴り響いた。
「プシュケ」打上げに使われたサイド・ブースターはいずれも4回目の再使用になる。今回も整備後、今年末の国防総省の衛星打上げ、そして2024年にはNASAの「ヨーロッパ・クリッパー(Europa Clipper)」ミッションに使われる予定だ。いずれもファルコン・ヘビーで発射され、そのサイド・ブースターとして使われる。
打上げ後約1時間後に、「プシュケ」はファルコン・ヘビーの第2段から分離され予定の軌道に乗ることに成功した。
ここで「プシュケ」は”セーフ・モード“に入り、飛行を続け、11時50分(東部時間)にNASAの「深宇宙通信網(DSN=Deep Space Network)」との双方向通信の接続に成功、「プシュケ」が正常に機能していることが確認された。
アリゾナ州立大学(ASU)の主席担当Lindy Elkins-Tanton氏は語っている。「これでひとまず安心、次の未知の世界でのマラソンは数年後から始まる」。
最初の100日間は、全てのフライト・システムが予定した通り作動するかチェックする期間になる。最も大切なのは、「ソーラー電気推進 (SEP =Solar Electric Propulsion)」 システムが正常に推力を出すことの確認である。
3~4ヶ月のチェックアウトが終わると「プシュケ」は火星に向けて航路を変え、2026年5月に火星から3,500~4,200 km離れた辺りで火星の重力を利用してスイング・バイ、速度を時速73万km/hrから84万km/hrに加速して小惑星に向かう。

図2:(NASA TV)2023年10月13日、「プシュケ」宇宙機を打上げたファルコン・ヘビーのサイド・ブースター2基が、ケープカナベラル宇宙軍基地の着陸場に着陸した直後(打上げ後8分52秒)の写真。

少し戻るが、打上げ後約8分30秒後(T+00:08;26)に、2段目ロケットの最初の燃焼が停止。打上げ後T+00;54;00辺りで2段目ロケットが運転を再開2分間燃焼し、T+01:02;09に2段目から「プシュケ」宇宙機を分離した。
「プシュケ」は折畳まれた状態で約1時間飛行し、そこで大きなソーラー・パネルの展張を開始。このパネルは面積75平方メートル、2枚合わせた全長はテニスコートの長辺に匹敵する。
一部既述したが「プシュケ」は、NASAの惑星間宇宙機としては初めてのイオン・エンジン「ハル・エフェクト・スラスター (Hall-effect Thruster)」を装備する機体となる。このエンジンは電気推進システムで、宇宙機のソーラー・パネルからの電力で作動する。
「プシュケ」は、最初2022年10月の打上げ予定だったが果たせず、ソフト、ハードの修正のため数回の遅延を繰り返した後、既述のように2023年10月13日に打上げ成功、目標の小惑星に向かっている。

図3:(NASA/JPL-Caltech) 「プシュケ」宇宙機の飛行経路。打上げは2023年10月、2026年5月に火星近傍3,000 km付近で火星重力でスイング・バイして加速、目的の金属小惑星(地球からの距離2.7 AU)到着は2029年8月、小惑星近くの軌道を飛行し、探査は2031年11月に終了。「プシュケ」が飛行する軌道は地球から2.5~3.3 AUの遠距離の宇宙空間になる。

NASAサイエンス・ミッション担当部長ニコラ・フォックス(Nicola Fox)氏によると、目標の小惑星は宇宙機と同じ「プシュケ」と名付けられ、公式名称は「16 Psyche」である。
これまでに太陽系では9個の金属小惑星が発見されているが「プシュケ」はその中で最大である。
NASAによると、[16プシュケ」のサイズは幅280 km、長さ232 km、で米国のコネチカット(Connecticut)州とほぼ同じ大きさ。形は不明だがニッケルと鉄が主成分と見られる。
原始惑星のコア/中心核ではないかと考えられ、詳しく調べることで惑星の生成の過程を知ることができる。
「プシュケ」宇宙機は小惑星「16プシュケ」に2029年8月に到着する。途中2026年5月に火星の重力でスイング・バイ加速して、35億km飛行した後目標小惑星近くに到達、そこで1ヶ月ほどシステムの点検、校正を実施、それから運用に入る。
そして順調に行けば2029年8月末から21ヶ月かけて高度約70 kmを飛行しながら「16プシュケ」小惑星の地図を作成、表層の解析をする。このミッションは2031年11月1日に終了する。
フォックス女史は「この小惑星探査で、太陽系の地球を含む岩石惑星の中心にあるコアについて理解が深まることを期待している」と話している。

小惑星帯
小惑星帯 (Asteroid belt)は、火星の軌道と木星の軌道の間にある多数(百万以上)の小惑星の集まる区域で、太陽からの距離はおよそ2.7 AU(AUは地球―太陽間の距離1億5000万kmを云う)。ここには直径100 km を超える天体が220個ほどあり、最大は「1ケレス(1 Ceres)」で直径は1,000 kmの大型小惑星。「16プシュケ」は16番目の大きさでこの集団の外周付近、太陽からの距離約3 AUの軌道上にある。

図4:(Wikipedia) 小惑星帯(Asteroid beltまたはMain belt)は火星軌道と木星軌道の中間。

スペースX ファルコン・ヘビー
「ファルコン・ヘビー」は2018年2月に初号機打上げに成功、以来8回打上げに成功している。打上げ後は、サイド・ブースターおよび中心のファルコン9コアを回収・再使用し、ほとんどが成功している。基本形の「ファルコン9」は、これまでに275回打上げ、233回の着陸に成功、再使用回数は208回に達する。

図5:(SpaceX)ケネデイ宇宙センターで打上げ前の「ファルコン・ヘビー」の全容。

ファルコン・ヘビー
「ファルコン・ヘビー (Falcon Heavy)」は、9台の「マーリン(Merlin)」エンジンを搭載する「ファルコン9 (Falcon 9)」ロケットを3基束ねた打上げロケットで、再使用可能なように作られている。ファルコン・ヘビーのエンジン数は合計27台、打上げ時の推力は500万ポンド(2,250 ton)に達する。「ファルコン・ヘビー」はペイロード64 tonを低地球周回軌道(LEO)に打上げる能力を持つ。ペイロード室を含む全体の高さは70 m、3基束ねた幅は12.2 m、重量は1,420 ton。

図6:(SpaceX) ファルコン・ヘビーの全体像。コアは「ファルコン9」頂部にペイロード部を含む第2段が乗る。両側に「ファルコン9」ブースターが連結され、打上げ後すぐに分離する。

「ファルコン・ヘビー」第1段
ファルコン・ヘビー第1段は、サイドコア(ブースター)2本と本体のファルコン9で構成され、サイドコアは、ノーズ・コーン、中間部、底部(オクタウエブ[octaweb]と呼ぶ)の3カ所で本体コアに結合されている。打上げ後間もなく本体コアのエンジンは減速される。サイドコアが分離すると、本体コアのエンジンは再び出力全開になる。本体コアの先端には「中間段」が結合されている。

図7:(SpaceX)「ファルコン・ヘビー」第1段。3本のファルコン9の下部に黒く見えるのは着陸時に使う脚

「ファルコン・ヘビー」中間段
中間段は複合材製で第1段本体コアと第2段を結合する部分、第2段は頂部で分離され、この分離システムはここに内蔵されている。中間段周囲には4枚の超音速用グリッドフィンがあり、大気圏再突入の際のブレーキ/姿勢制御に使われる。同様のグリッドフィンがサイドコア頂部周囲に4枚ずつあり、同様の役目をする。

図8:(SpaceX)中間段。左右の四角形はグリッドフィン。

「ファルコン・ヘビー」第2段
第2段は、「ファルコン9」と同じで、多くの使用実績があり信頼性が高い。「マーリン」真空用エンジン1基を装備し、第1段コアから分離した後、エンジンを全開、出力22万ポンドで397秒間燃焼を続け、ペイロードを予定軌道に乗せる。

図9:(SpaceX)ファルコン・ヘビーの第2段。

「ファルコン・ヘビー」ペイロード部
ペイロード部は複合材製で衛星や宇宙機を軌道に乗せる際保護の役目をし、再使用可能である。高さ13.1 m、直径5.2 m。

図10:(SpaceX)ペイロード部

「マーリン」エンジン
「マーリン(Merlin)」エンジンはスペースXが開発したロケットで、「ファルコン1」、「ファルコン9」、「ファルコン・ヘビー」に使われている。燃料はRP-1ケロシンと液体酸素(LOX)を使う。形式は「ガス・ジェネレーター・パワー・サイクル(Gas-generator power cycle)」で、回収後再使用可能にすることを前提に作られている。2006年完成の初期型「マーリン1A」は推力340 kN (76,000 lbs)だった。その後数回の改良で、現在の「ファルコン・ヘビー」には最新の「マーリン1D」2016年5月以降の型が使われており、推力を100 %から40 %の間で任意にセットできるようになった。推力は845 kN (19万ポンド)に増強されている。高さは2.92 m、重量は630 kg。
大気圏外で使う第2段目用エンジン「マーリン1Dバキューム (Merlin 1D Vacuum)」は、推力981 kN (220,500 lbs)。比推力(Specific Impulse)は348秒、この米国製ロケットとしては最高の性能は、ノズル開口比(Nozzle Expansion Ratio)を 165 : 1と大きくして得られた。

図11:(SpaceX)「マーリン」エンジン。

「プシュケ」宇宙機
「プシュケ」宇宙機は、NASAのジェット推進研究所(Jet Propulsion Laboratory)が「マクサー(MAXEAR)」社が作る「MAXAR 1300」系列衛星を基本にして開発した宇宙機で、打上げ時重量2,608 kgである。
「MAXAR 1300」衛星はいわゆるプラットフォーム衛星で、NASAなどユーザーが目的に応じて如何様にでも機器を追加・搭載できるシステム。「プシュケ」の他に、「OSAM-1」、「SXM-8」、「Star One D2」、などの衛星に採用されている。
小惑星「16プシュケ」の表面を詳細に調べるために「マルチ・スペクトラル(multi-spectral/複数波長帯)カメラを2台、金属が溶解していた時代の残留磁力の有無を調べるために「マグネトメーター(magnetometer/磁力計)」を2台、小惑星の化学組成分布を調べるために「ガンマ線・中性子線分光分析計(gamma ray and neutron mass spectrometer)」を1台、小惑星の重力分布を調べるために「radio science experiment」を1台、それぞれ搭載している。
宇宙機本体は立方体で、両サイドには折畳式ソーラー・パネルが装着され、頂部には地球との通信に使うお椀状の「高利得Xバンド・アンテナ」があり、底部には宇宙空間を飛行するのに使う「ハル・エフェクト・スラスター(Hall-effect thruster)」が付いている。

図12:(NASA/Jet Propulsion Laboratory)「プシュケ」宇宙機。両側は折畳まれたソーラー・パネル。横の円筒は望遠鏡と赤外線レーザー装置で遠距離通信用、深宇宙での試験のため搭載された。この赤外線信号をパロマ山天文台 (Hale Telescope at Mount Palomar, California)の200 inch望遠鏡で受信を試みる。

図13:(NASA Jet Propulsion Laboratory)ニッケルと鉄でできた小惑星「16プシュケ」上空を飛ぶNASAの「プシュケ」宇宙機の想像図。宇宙機本体/立方体の頂部のお椀状は「Xバンド高利得アンテナ」、反対側には「「ハル・エフェクト・スラスター(Hall-effect thruster)」が描かれている。

図14:(NASA Jet Propulsion Laboratory) 「プシュケ」宇宙機の構造。各種搭載機器の位置を示す図。1:「ハル・エフェクト・スラスター」、2:「オプテイカル・テレコミュニケーション・システム」、3:「スター・トラッカー」、4:「低利得アンテナ」、5:「太陽センサー」、6:「Xバンド高利得アンテナ」、7:「中性子線分光分析計」、8:「ガンマ線分光分析計」、9:「コールド・ガス・スラスター」、10:「―Yパネル」、11:「磁力計」、12:「トップ・デッキ」、13:「+Yパネル」、14:「複数波長帯カメラ2台」。

SPT-140 ハル・エフェクト・スラスター
「プシュケ」宇宙機に使われる「ハル・スラスター」は太陽光エネルギーを電力に変え推力を発生するシステムである。プラズマ・テレビや自動車のヘッドライトに使われている「キセノン・ガス(xenon gas)」を媒体として使う推進装置である。キセノン原子に高電荷を加え、高速にして推進力を発生させ、その力で宇宙機を動かす。
「ハル・スラスター」は「イオン・スラスター」と異なり、プラズマを発生させるため「スラスター」本体/陽極リングの外側に「陰極中和器/エレクトロン・デイスチャージ(electron discharge)」を取付けている。そして発生したプラズマ電子をスラスターの中心軸に流すために磁界で覆ってある。これでイオンが加速される。
「プシュケ」には「SPT-140ハル・スラスター」が搭載されているが、これは5 KWのパワーで0.06 lbsの推力を発生する。「ハル・スラスター」で重要な点は、数年間にわたってキセノンガスを正確な割合で供給する「ガス・フィード・システム」が必要なこと、航路維持のためスラスターの向きを変えるため正確な「ジンバル・システム」が必要なこと、の2点である。
JPLが「プシュケ」ミッションに関わる全てを統括しているが、その下で前述の「マクサー・テクノロジー(MAXER Technologies)社(Palo Alto, California)」社がスラスターを製造、供給している。

図15:(左/NASA Jet Propulsion Laboratory右/MAXER) ) 6 KW SPT-140ハル・スラスターの写真。左は、 2020年5月20日「ジェット推進研究所(JPL)」の真空室で運転中の写真。右はスラスターの写真で、推進力を発生させる「リング( ring)」が2本あるが一本は故障に備えた予備、頂部に「陰極中和器(electron discharge)」が見える。

図15:(Wikipedia) ハル・スラスターは同心円構造で、断面は図のようになる。スラスターから噴射する排気の速度は10-80 km/秒になる。図中、陽極(anode)と陰極(cathode)間の電位差は150-800ボルト、推進剤(キセノン)は陽極の多数のノズルから噴射され高電界中でイオン化され加速され、そして内側および外側磁気コイルが発生する磁力線でスラスター排気ノズルから噴射される。「ハル・スラスター」の名称は、イオン・スラスターで推進剤(キセノン・ガス)を電界内で加速させる現象を発見した物理学者「エドウイン・ハル(Edwin Hall)」の名前による。

終わりに
「プシュケ」宇宙機は、同じ名前の太陽周回軌道を回る火星と木星の間にあるユニークな金属でできた小惑星に向けて航海を始めたところだ。2029年8月に小惑星に到着、着陸はせず、ハル・スラスターを使い周囲を回りながら上空から観測を始める。この小惑星は、火星、地球、金星、水星のような岩石惑星になり損ねた微惑星の中心核の一部と考えられている。これを調べることで岩石惑星の生い立ちが解明されると期待されている。

―以上―

本稿作成に際し参照した主な記事は次の通り。

 NASA Science “Pyshche”
 Space.com October 14 2023 “SpaceX Falcon Heavy rocket launches NASA’s Psyche probe to bizarre metal asteroid” by Josh Dinner
 CBS News October 13, 2023 “NASA launches $1.2 billion Psyche asteroid probe on 6-years voyage to rare metal-rich asteroid”
 NASA/Jet Propulsion Laboratory “Psyche’s Hall Thruster ”
 Wikipedia “Psyche (spacecraft)”